004 まるで地獄のような日々でした
その衝撃の事実は、セリムにとって全くの盲点であった。
彼女は物心ついた時には、既に師匠であるマーティナの下にいた。
最強のアイテム使いを目指して——と言うよりは目指させられての、過酷な修行の日々。
二年前に自由の身になってからは、気ままにアイテム調達業を営みがてら、女の子らしさを全開にして大好きなファッションを楽しんでいる。
同時に、かわいくないからと自分の強さを見せたくなかったセリム。
こんな格好をするようになってから、誰かと一緒に戦ったことなど一度も無い。
よって、戦闘中にミニスカートを穿いた場合の致命的な欠点を見落としていたのだ。
「いや、ゴメン。でもしっかり見えちゃったから。フリルがついたピンク色の——」
「ソラさんのアホっ! 変態っ!!」
両手でスカートを押さえながら、涙目で罵倒するセリム。
「もう金輪際飛んだり跳ねたりしませんから!」
「ミニスカート穿かなければいいだけじゃないの?」
「これだけは外せないんです! これはあの地獄の日々を乗り越えた私へのご褒美なんです!!」
「地獄?」
首をかしげるソラ。
セリムは一旦しまったツルハシを二本、ポーチから取り出すと、その内の一本を彼女に押し付ける。
「それよりもこれ、早く持ってくださいっ!」
「採掘ならもう終わったじゃん」
「ロックヴァイパーの残骸を掘るんです。あのモンスターの体内には希少な鉱物が埋まってることがあるんですよ」
希少な鉱物、そう聞いたとたんにソラの目が輝いた。
「激レア鉱物!? それってあたしの求めてるモノじゃん! よっしゃーっ!!」
ツルハシ片手に猛然と残骸に駆け寄ると、元気よくツルハシを打ちつけはじめるソラ。
さっきまで死にかけてたとは思えないバイタリティだ。
「あんまり張り切り過ぎると、また倒れますよ」
「へーきへーき、元気だけがあたしの取り柄だから」
「自分で言いますか、それ」
セリムもさっきまで岩蛇だった大岩の前に陣取ると、採掘を開始する。
「そう言えば、モンスターの襲撃で聞きそびれてしまいました。ソラさんの目的の物ってなんなんですか?」
「そっか、まだ言ってなかったね。あたしの求めるモノ、それは世界最強の剣士にふさわしい世界最強の剣の素材となる世界最強の金属!」
「アホみたいに言いますね、世界最強。——世界最強の金属? それってもしかして……」
手を止めてソラの方を見ると、彼女は頷いた。
「そう。伝説の金属、アダマンタイトよっ!」
高らかにその名を宣言するソラ。
セリムもアダマンタイトの名前はよく知っている。
そして、彼女ですら今まで一度も目にした事は無い。
それどころか、その実在すら怪しいと思っている。
「アダマンタイト……。私も今まで一度も見た事はありません。本当に存在するんですか?」
「わかんない」
「わかっ……、何のあても無く探し回っているんですか!?」
返って来たのはあまりにも想定外な答え。
存在すら不確かな物を探して、彼女は命がけの旅を続けていたということになる。
しかし、セリムの驚きの声にも、ソラの自信はまったく揺るがない。
「わかんないからこそ、あちこち回ってるんじゃん。あたしは信じてるよ。アダマンタイトは実在する、世界最強の剣士になったあたしは、アダマンタイトで出来た剣を振るうんだ」
ツルハシをカンカンと叩きつけながら、彼女は自分の夢を語る。
「どこにあるかわかんないからこそ、もしかしたら今この瞬間にも、目の前の岩の中から出てくるかもしんないしね」
「それはさすがに……。でもそうですね、ソラさんが本気だって伝わってきました。真剣な人を笑うことは出来ませんね」
並んでツルハシを振るいながら、セリムはまた少しだけ彼女の人となりが知れた気がした。
どこまでも夢に向かって真っすぐで、その夢が叶わないとは一欠片も思っていない。
「えい、えいっ。おぉ……セリム、なんか出て来たんだけど! もしかしてアダマンタイト!?」
採掘作業の中、ソラが掘っていた岩の中から何かが転がり出て来た。
足下に転がってきたのは、顔と同じくらいに大きな原石。
それを拾い上げると、コバルトブルーの美しい輝きにソラは目を奪われた。
「おぉ、めっちゃキレイ。なにこれ……」
「それは……。もしかして、ミスリルでは?」
「うぇっ、ミスリル!? あたしの伝説の剣に使われてた素材じゃん!」
「違いますからね、あれは。あの伝説、そこでバラバラに砕け散ってますし」
ロックヴァイパーの攻撃で砕け散った粗悪な鉄の剣。
もちろんミスリルは、あのような紛いものとは全く違う。
「剣の素材になる金属としては、世界で二番目に強いんだよね。丁度剣も壊れちゃったし、これは良い物を手に入れたわ」
「自分の物にするつもりなんですね。まあいいですけど」
ミスリルの原石を足下に置くと、ソラは俄然やる気を漲らせる。
「よっしゃーっ、もっとミスリル掘りまくるぞー!」
気合と共にツルハシを振り続けること三十分。
成果はミスリルの原石一つ、あとは大量の鉄鉱石と魔鉄鋼、それに炎の魔力石が一つだけ。
ぐったりと力尽きたソラを尻目に、山盛りに積み上がった鉱石をセリムはポーチに収納していく。
「ミスリル、ぜぇ、一つだけなの……、はぁ……」
「張り切り過ぎです。最初に言いましたよね、埋まってる“こともある”って」
○○○
レッドキャニオンのモンスター出没地帯から抜け出した二人。
魔物に共通する習性なのか、それともなんらかの力が働いているのか。
詳しい原理は解明されていないが、危険地帯と外界を隔てる境界線を、モンスターは自分の意思で滅多に越えることがない。
小さな岩の上に腰掛けると、セリムはポーチからバスケットを取り出した。
予定より少し遅れての昼食は、彼女が早起きして作ったサンドイッチ。
タマゴの黄色にレタスの緑、ハムのピンクと色彩豊かだ。
「中々おいしいね。さすがに実家でたべっ……ゲフン」
「何むせてるんですか。急いで食べなくても大丈夫ですよ」
小さく口を開けてパクつくセリム。
一人暮らしで鍛えた自炊力はそこそこと自負している。
「ゴホゴホっ、べ、別に急いでた訳じゃ……。それよりも、そのポーチなんだけど」
セリムが肩から下げている、ピンクと白を基調にした可愛らしいデザインの、一見何の変哲もない小さな丸いポーチ。
明らかに容量を無視して、アイテムを無尽蔵に飲み込み、何でも出てくる奇怪極まりない現象を引き起こしている。
ソラはその異様な存在感に、いっそ不気味ささえ感じていた。
「気になります? これ」
「気になるなんてもんじゃないし。完全に怪奇現象じゃん」
「これは時空のポーチ。次元龍タキオンドレイクの素材で出来ています」
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時空のポーチ
レア度 ☆☆☆☆☆
次元を旅する龍の魔力が
込められたポーチ。異空
間と繋がっており、何で
もしまえていつでも取り
出せる。
創造術
時空の魔宝玉×次元龍のたてがみ
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「次元龍タキオンドレイク!? なにそれすっごい強そう」
「強いなんてもんじゃありませんでしたね。危険度レベル測定不能、師匠の見立てでは95は軽く越えていると」
「きゅっ……」
思わず絶句して、サンドイッチを取り落としそうになるソラ。
慌てて両手で掴むと、気を取り直して大きくかぶり付く。
「むぐむぐ、ごくん。思った以上に半端無いね、セリム」
「このポーチ、どうやら違う空間と繋がっているらしく、何であろうとも幾らでも入るし、念じさえすればすぐに取り出せるんです。なぜか生き物だけは入りませんが」
「便利なアイテムもあったもんだ。タキオンドレイクだっけ、そんなバケモノどこにいたのさ。そもそもセリムは何でそんなに強いの?」
「……聞きたいですか、私の地獄のような日々を」
遠くを見つめるような目で、セリムは問う。
「もちろん気になるよ、そりゃ。いいじゃん、減るもんじゃないし教えてよ」
「そうですか、では……」
あまり思い出したくない過去ではあるが、ぽつぽつと語っていく。
「五歳の誕生日を迎えてアイテム使いにさせられてから、地獄は始まりました」
「させられたんだ、強制なんだ」
「はい、強制です。残りのクラスはセイントナイトとアークサマナーでしたっけ。ノータイムでアイテム使いを選ばされました」
「うわぁ……」
そもそも自分を拾った師匠がどうやってアイテム使いの素質を見抜いたのか。
同じアイテム使いにはわかるものなのだろうか。
今になってもその答えは出ていないが、それはさておき。
「アイテム使いになったばかりの五歳の私は、パンツ一枚で危険度レベル1の森の中に放り込まれました」
「五歳児が!? パン一で森に!?」
早くも目頭が熱くなってきた。
こんなのはまだ序の口だというのに。
ソラの合いの手のような驚き方も、くそったれな思い出の異常性を再認識させてくれる。
「アイテム使いの基本技能は創造術。二つのアイテムをかけ合わせて新たなアイテムを作ります」
「そうだったんだ。ポーチもそれで作ったわけか」
「創造術を駆使して武器や回復薬を調達し、私は何とか生き延びました。十日後に救助に来た師匠は、休む暇なく私を危険度レベル2の森の中にパンツ一枚で放り込みました」
「あ、もう読めたわ。それがずっと続いたんだ」
両手で顔を覆いながら、セリムはこくこくと頷く。
「次元龍と戦ったのは十二歳の時。半年後に迎えに来ると言い放つと、師匠は下着姿の私を危険度レベル90の秘境にブチ込みました」
「どこにあるのさ、そんなデタラメな危険度の場所!?」
「もう物資の調達にも慣れたものです……。原始人ですよ、ホント……。っひぐ、そのサバイバルで私は、ぐすっ、次元龍と遭遇しました」
「ちょっ、もういいから! 泣くぐらいなら話さなくていいから!」
とうとう泣き出してしまったセリムの話を、ソラは慌てて止める。
彼女の想像以上に過酷な日々に、もはやかける言葉もない。
「思った以上に壮絶だったわ。それで今、その反動でそんな格好してるんだ」
「そうです……っ。五歳から十二歳まで、服すらろくに着られませんでしたからね……えぐっ」
「いいのよ、セリム。思いっきり可愛い服を着て楽しんで。あなたはもう十分頑張ったから」
サバイバルの合間に叩きこまれた読み書きの勉強の時以外、下着にボロ切れ、あとは獣臭いゴツい防具くらいしか身に着けた記憶が無い。
ソラは声を詰まらせて咽び泣くセリムを優しく抱きしめて、背中をポンポンと叩く。
「ありがとうございます、ソラさん。もう大丈夫ですから」
「そっか、無理はしないでね」
大きく息を吸って気持ちを落ち着けると、セリムはサンドイッチを一口。
ポーチから取り出した竹筒の水筒を呷ると、口の中を潤おす。
「ふぅ。その後、師匠は私に自分の世界最強の称号を押しつけて勝手にどこかへ行きました。おしまいです」
「……ロクでもないね、その師匠」
あんまりにもあんまりな仕打ちに、ソラは恐怖すら覚えた。
「だから私は着たい服を着るんです! ミニスカートは絶対に外せません!」