038 ホント、とんでもない武器ですね
蛇腹剣が鞭のようにしなり、複数のアーメイズを細切れに変える。
アウスの視界の外では、ゴドムとスミスがお互いに背中を預けて奮戦していた。
乱戦の最中でも、彼女の視線は常に主君に注がれている。
大振りのメイスを振り回して奮戦するマリエール。
アリの側頭部を渾身の力で殴打し、叩き伏せる。
「お嬢様、そろそろお下がりを」
「何のこれしき、余は魔王ぞ。アリ如きに遅れは取らぬ」
セリムたちが女王アリ討伐に向かって十分ほど経った頃、馬車の列は再びアリの群れの襲撃に遭った。
第二陣の総数は、少々減って八十匹。
それでも馬車を守る四人にとっては、手一杯の数だ。
「だいぶ、減ってきたな……っ!」
メイスをアリの脳天に振り下ろし、マリエールは荒く息を吐く。
彼女のレベル自体は、アウスと比べてもひけを取らない。
しかし彼女のクラスは遠距離魔法専門。
近接戦闘には致命的に向いていない。
「それにしても、さすがは我が第一の家臣。見事な働きである」
「お褒めの言葉、恐悦至極に存じますわ」
彼女たち四人の奮戦によって、残るアーメイズは十匹以下にまで減っている。
中でもアウスの働きは群を抜いていた。
葬られた敵の半数以上が、彼女の蛇腹剣と風魔法の餌食となっている。
その上この長時間の戦闘で、汗の一つもかいていない。
アウスの放った風の刃により、アーメイズは二匹まとめて首を飛ばされる。
後方でのスミス達の戦いも、なんとか無事に終わったようだ。
残った最後の一匹が、マリエールの殴撃で脳天を割られ、地に伏した。
「……ふぅーっ。何とかなったか」
「お疲れ様に御座います。さて、どうやら汗をおかきになっておられるご様子。どうぞこのメイドめの顔を汗だくのおみ足で挟んで——」
「余は休む」
いつも通りの変態発言をいつも通りにスルーし、荷台へと戻ろうとする。
「お嬢様、お運びいたしますわ」
「良い、どうせ撫で回される」
「……左様で御座いますか。ではお体をすみずみまでお拭きしま——お嬢様!」
アウスが叫ぶと同時、マリエールの足下が盛り上がり、地中からアーメイズが飛び出す。
「なっ……!」
不意を突かれた彼女は対応が遅れてしまう。
メイスでの応戦も出来ず、鎌のような鋭い鉤爪が振り下ろされる。
「狼藉者めッ!」
アウスは即座に風の魔力を集中。
「ウィンドカッター!」
アーメイズの首が真空の刃によって斬り飛ばされ、宙を舞った。
アウスはすぐさま主君に駆け寄る。
「お嬢様、お怪我は——」
「うむ、余は平気だ。かすり傷一つ付いてはおらぬ。だが……」
「……そうですわね。第三波の襲来ですわ」
次の群れは、休む間も無く襲い来た。
もはや飽きるほど倒した黒い大蟻が次々と地中から姿を現し、馬車は三度包囲される。
彼らは視覚に加え、嗅覚も発達している。
二つの群れの撒き散らした濃厚なフェロモンに誘われ、丘陵中に散らばっていた働きアリがこの場所に結集しようとしていた。
「おいおい、マジかよ。冗談じゃねえぞ」
「愚痴を言ってる暇があったら体を動かしな、冒険者さんよ」
疲労困憊のゴドムと、強気に出るものの同じく限界が近いスミス。
マリエールを最優先で庇い、彼らの命も守りつつ、百匹近いアリを殲滅する。
やって出来ないことではないが、少々骨が折れそうだ。
「お嬢様。御身の警護、少々手薄になりますわ。ご容赦くださいませ」
「うむ、この場に限り気は使わんで良い。存分にやるが良い」
「では——」
アウスが体中に膨大な魔力を漲らせたその時、丘陵に凄まじい打撃音が響き渡った。
包囲網の外側、最後列に位置するアリたちが、圧倒的な力によって弾け飛ぶ。
突然の出来事に、マリエールはただただ呆気に取られる。
「……アウスよ、お主の魔法か?」
「いえ、わたくしはまだ何もしていませんわ」
大規模な魔法を準備していたアウスは、一旦魔力を引っ込める。
その間にもアーメイズの群れは蹴散らされ、みるみるその数を減らしていった。
一方、後方の戦場でも。
スミス達に襲いかかろうとしたアリの群れが、神速の剣撃によって数十体まとめて細切れになり、残骸が風に舞い散った。
「なんだこりゃ、一体なにが……」
困惑するスミスとゴドム。
彼らの視界に映ったのは、白銀の軽鎧を身に纏った剣士。
風に揺れる長い銀髪、細身の剣を自在に振るい、瞬く間にアーメイズを駆逐していく。
彼女の姿を見たゴドムは、驚愕の顔でその名を口にした。
「おいおい、ありゃぁ正真正銘世界最強の剣士、ローザンド・フェニキシアスじゃねえか……」
後方に陣取った五十匹余りの大アリの群れは、彼女の剣によってものの三十秒で全滅。
腰の鞘に剣を納めた彼女は、スミス達に声をかける。
「無事でしたか、皆さん」
「あ、ああ。それよりあんた、こんなところにどうして……」
「ウチのアホがやらかした尻ぬぐい、そんなところです。……向こうも終わりそうだな」
ローザの視線の先、車列の先頭付近。
短い白髪に紫の独特な服を着た小柄な少女が、無造作に回し蹴りを繰り出す。
直接蹴られたアリは風船が割れたように弾け飛び、その圧倒的な力によって生じた衝撃波が、背後のアリを次々に薙ぎ倒す。
「はぁ……、めんどくさ。タイガはおうちで寝ていたい……」
眠そうな半開きの目。
しかしその体捌きは人の域を遥かに超えている。
嵐のような拳の乱撃。
打ち出される拳圧で、アリの大群に次々と大穴が開く。
「なんでこんなこと……。めんど、一気に決める」
右拳に生命エネルギーを集中。
溢れだすオーラで、拳が光り輝く。
そのまま渾身の力で大地を殴りつけると、地面が陥没すると共に、オーラがドーム状に広がっていく。
闘気の壁に触れた瞬間、アーメイズは粉々に砕け散る——消滅すると言った方が正しいか。
半径二十メートル、巨大なクレーターが生まれ、その範囲にいたアーメイズは跡形もなく消え去った。
「終わり、終了。タイガは帰って寝る」
「寝るな、帰るな、このアホ!」
おもむろに帰ろうとした彼女は、ローザに首根っこを掴まれ宙吊りになる。
「苦しい、暴力反対。タイガは法的措置も辞さない」
「誰のせいでこんなことになったと……」
深い深いため息。
さっぱり事情の飲み込めないマリエールは、ただキョトンと見つめるのみ。
スミス達も武器を納め、彼女たちの様子を窺いに先頭付近までやってきた。
他の鍛冶師たちも何事かと顔を出し、集まってくる。
「私は彼らに説明をしなければならない。お前、勝手に帰るなよ」
「了解。タイガはその辺で寝ているとする」
「寝るな、起きてろ!」
タイガを放り捨て、マリエールたちに歩み寄るローザ。
投げ捨てられたタイガは、猫のような身のこなしで華麗に着地。
ローザの後をちょこちょこ付いてくる。
「あなた達は、英雄と呼ばれているお二人……ですわよね」
「いかにも、驚かせてしまったようで申し訳ない。改めて、私はローザンド・フェニキシアス。一介の冒険者です。で、こっちが……」
「タイガ・ホワイテッド。世界最強の拳闘士。皆の衆、タイガを褒め称えるが良い」
「いや、ふてぶてしいな……」
白髪の短い髪に、青いリボンを結んだ三つ編みを一つ、肩に垂らしたこの少女。
身長はセリムよりも少し低い程度、身につけている紫色の服は武闘着と呼ばれる種類のものだ。
袖が無く、左足のサイドに大きくスリットが入っている。
「お主が英雄の一人、タイガであるか。まさかこのような年端も行かぬ子どもであったとは」
「失礼極まりない。タイガはこれでも成人済み」
「……本当であるか?」
思わずローザに確認を取る。
こちらはイメージ通り、眉目秀麗な顔立ちに透き通るような銀の長髪。
身長は背の高い方であるアウスと同じくらい、160センチは越えている。
「……残念ながら本当だ。コイツ、これでも18歳なんだよ」
「その通り、立派な大人。故にタイガは何者にも縛られない。ごーいんぐまいうぇい」
「少しは周りを気にしろ! まったくもう……」
思わず頭を抱えるローザ。
こいつに構っていては話は進まない。
もう無視を決め込む。
「私達は今回、このリーヤ丘陵に潜む場違いなモンスターの討伐にやって来ました。本来ならコイツが倒して来てるはずなんですけど」
「タイガは本能で戦ってる。知識など必要ない」
ふんぞり返るアホに思わずゲンコツをお見舞いしたくなるが、無視を決め込むと決意した手前、グッと我慢。
「……というわけで、無駄に強い割にモンスターの知識ゼロなコイツが、大元の女王アリを放って働きアリだけを倒してきてしまい、報告を聞いてギルドは大騒ぎに」
「さすがに申し訳ないと思ってる。でも知らなかったんだから許して欲しい」
「私達は今から、女王アリの討伐に向かいます」
ローザの言葉に、一同思わず顔を見合わせる。
「どうしたのですか?」
「実はだな——」
○○○
セリムが取り出した、ボタンの付いたボール。
見覚えのあるアイテムの登場に、ソラは石の刃を避けながら問い掛ける。
「それってタイマーネットじゃない? 25のヤツにもすぐに破られてたよ」
「タイマーネットではありません。これは接着剤です」
「接着剤?」
足下から突き出る岩の槍を横っ跳びで避け、石の矢を気鋭斬で斬り払う。
「ソラさんに質問です。酸の攻撃が無ければ、敵の懐まで飛びこめますか?」
おもむろに飛んできた酸をヒラリとかわしつつ、ソラは考えを巡らせる。
「……うん。行けると思う」
「わかりました、今から酸を封じますので」
セリムは右手に気力を集中、絶対投擲の準備に入る。
照準は腹部の先端、酸を射出する鋭い尾針。
ボールのボタンを押し、大きく振りかぶる。
「行きます、絶対投擲っ!!」
鋭い下手投げで放たれたボールは、地を這うような軌道で女王アリに迫る。
迎撃の岩刃や岩槍をぐねぐねと曲がりながら掻い潜り、きっちり三秒後、腹部の針に到達。
「タイマーゼロ、塞いじゃってください」
ボールが弾け、撒き散らされたのは透明な液体。
それが大量に針に降り注ぎ、瞬時に乾燥。
針の先端部に開いた酸の射出口は、穴の奥まで固められた。
「これでもう、酸の攻撃は来ません。ソラさん、やっちゃってください」
「がってんしょーちっ!」
一撃必殺の酸に怯える必要は無くなった。
ソラは闘気を纏った剣を握りしめ、女王アリへと駆け込む。
飛び来る石の矢は剣で弾き、岩の槍は突き出るよりも速く前へ、前へ。
とうとうアーメイズクイーンの巨大な腹部が眼前に迫った。
「うぇー、気持ち悪い……って言ってる場合じゃないや」
白い壁のように立ちはだかる腹部を前に、ソラは高く跳ぶ。
「闘気大収束!」
力を更に上乗せし、作りだした闘気の大剣。
それを頭上に振りかぶりながら落下、腹部目がけて振り下ろす。
「食らえ、集気大剣斬ッ!!」
全力で放つ、渾身の一撃。
必殺となるはずのそれは、白い皮膚にブヨン、と跳ね返された。
「うっそ!」
伸縮性の強いアーメイズクイーンの腹部の皮膚。
今のソラの力では、この防御を突破するには至らなかった。
「腹に通らないなら、頭を潰せば……」
頭部ならば、通常のアーメイズと同じ。
そう判断し、腹の上に着地したソラはその上を走って女王アリの本体へ向かう。
しかし、女王の武器は鋭く巨大な二本の大鎌。
闘気の大剣を振りかぶり、頭部を斬り飛ばそうとしたソラに、鋭い刃の洗礼が浴びせられる。
「はや……っ!」
鋭く速い鎌の一撃は、ソラにとっては辛うじて視認できるレベル。
バック転で距離を取り、間合いから離れる。
空を切り裂く鋭い音に、ソラは肝を冷やした。
「セリム、またピンチ! 頭に近付いたら一瞬で細切れだよ!」
攻撃の届かない距離まで離脱したソラに対し、女王は魔力を用いて両の大鎌に岩を纏わせた。
「ちょ、それはずっこい! すっごいリーチ伸びてんじゃん!」
ソラの闘気の大剣よりも更に長大な岩の大鎌。
速度は落ちたが威力と間合いは大幅に伸びている。
大質量の攻撃は、剣で受け止めたが最後、押し潰されてしまうだろう。
ブオン、ブオン!
力任せに振り回される岩の塊。
完全に攻めあぐねたソラは、回避で手一杯だ。
「……ソラさんにはまだ、荷が重すぎましたかね」
前回の戦闘でソラが倒したモンスターは、危険度レベル33のニードレッグ。
いくらレベルアップの幅が広くとも、今のソラのレベルはそれ以下だ。
たいしてアーメイズクイーンのレベルは45。
彼我のレベル差は10以上も開いている。
「馬車の方も心配です、あまり時間はかけられません。ソラさん、トドメは私が——」
「待って、セリム。ここはボクに任せてよ」
「クロエさん……?」
ドリルランスを構えてセリムの隣まで進み出た彼女には、何か勝算があるようだ。
「セリムってすっごく強いんだよね、何となく察しはつくよ」
柄に施された様々な機巧の内、大きなレバーを力を込めて手前に引く。
「でもさ、ここまで頑張ったソラに何とか華を持たせたいじゃん」
すると、ドリルランスの先端が割れ、中心から筒状の部分がせり出した。
「私もそう思いますけど、ソラさんはああ見えてもクロエさんより遥かに強いです。たとえクロエさんがドリルで突っ込んでいっても……」
「わかってる。ボクがあの場に飛び込んでも、むざむざ死にに行くだけ。助太刀するのはこの場所からさ」
ボタンを押して板状に加工された雷の魔力石を引き抜く。
それをポケットにしまうと、入れ代わりに取り出したのは、冷気を放つ青い板。
「先ほども入れ替えてましたが、それは……?」
「ドリルランスのパワーの源さ。平たい板の形に加工した魔力石、ボクはカートリッジって呼んでる」
手慣れた手つきで氷の魔力を帯びた青いカートリッジを挿入し、準備は完了。
筒の先端を女王アリの上半身に向ける。
「基本的には電気で動くから、普段は雷のカートリッジを入れてるんだ。他の属性に入れ替えると、突進攻撃は出来なくなるけど——」
狙いを定めて、クロエはトリガーとなるボタンを押した。
「ソラ、上に飛んで!」
「わ、わかんないけどわかった!」
岩の塊を避け続けていたソラが、クロエの声に高く飛び上がる。
次の瞬間、ドリルランスの砲門から青白い極太の光線が射出された。
魔力石に込められた魔力を全て消費して放つ、ドリルランスの最終機巧。
発射の反動により、クロエは地面を後ろに擦り下がっていく。
さらに、発生する衝撃により帽子が飛ばされてしまった。
冷気の光線は、女王アリを直撃。
圧倒的な氷の魔力が、アーメイズクイーンの上半身を見る見る凍結させていく。
氷に包まれ、女王はその動きを完全に停止した。
「おぉ、凍ってる!」
「つくづくとんでもない武器ですね……」
常識外れの攻撃に、セリムはそんなコメントしか残せない。
「ソラ、敵の力を考えるとすぐに復活する! 早くトドメを!」
おそらく凍結したのは女王アリの体表だけ。
数秒もせずにその膂力で氷を割り、攻撃を再開するだろう。
「おっし、トドメ行っとく!」
ツヴァイハンダーに込めた闘気の形状を、ソラは変化させた。
切り裂くために長く鋭く伸ばしたオーラを、短く太く、砕き割り、叩き潰すために。
群青の剣が纏う闘気は、大剣から槌へとその姿を変える。
「集気圧壊撃ッ!!!」
凍結し、身動きの取れない女王の脳天目がけ、落下の勢いも乗せた会心の一撃を叩きつけた。




