037 考えてみれば、お姫様だっこのチャンスでしたね
アモンの目の前に浮かび上がる魔力ビジョンに映し出された、入り組んだ地下迷宮。
横からソラがひょっこりと覗きこむ。
「おぉ、地図だ! セリム、地図だよ地図! 地図が浮かんでる!」
「何度も地図地図言わなくても。これが地図師の固有技能ですか」
「はい……。現在いる場所の地図を表示する魔法です……」
表示されている地図は、巣の入り口から最深部までを詳細に描き出している。
「大したものだね。これだけ詳細な地図が簡単に表示できるだなんて」
「この地図、立体になってまして……。操作してぐるぐる回せたりもします……」
アモンが指を動かすと、中央の座標を中心に立体の地図が角度を変えた。
これにより、高低差や地面の凹凸までが詳細に見通せる。
「凄い凄い! これなら迷わないで進めるよ! えっと、この先は……」
現在地は赤い点で示されている。
ここから左右に分かれる道の先、右はしばらく通路が続いてからの行き止まり。
拡張工事中といったところだろうか。
ならば正解は左、であるのだが。
「うっわ、なにこれ。無茶苦茶入り組んでる……」
「ホントだ、まるで迷路だね。こいつは地図があっても骨が折れそうだ」
左の道の先。
そこにはもつれた糸のように複雑に入り組んだ、地下迷宮が広がっている。
立体地図を回しても構造を読み取ることは困難な、まさに迷路。
ここまで入りこんだ侵入者を阻むための、最後の防衛線だ。
「迷路の奥に……、かなり大きな空間があります……。おそらくここが女王の間……」
「この場所に親玉がいるんだね、なら話は早いわ。セリム、ちゃっちゃと迷路を突破して、女王アリをやっつけちゃおうよ」
「そうですね。迷路の突破にどれほど時間がかかるか未知数ですが、それしかないでしょう」
「ちょっと待った!」
方針が決定しかけたところに、待ったをかけたのはクロエ。
背中に背負ったドリルランスを親指で指しながら、彼女は提案する。
「ここはボクの出番じゃないかな。アモンさんだっけ、もう一度地図見せてよ」
「はい……、どうぞ……」
立体の地図を熱心に眺めると、クロエは地図を回すよう頼む。
何度か確認するように角度を変えると、よし、と頷いた。
「やっぱり。ボクのドリルランスなら、一直線に女王の間まで行けるよ」
「それホント!? ってかドリルランスって何それ凄そう」
戦闘中に使用している場面は見ていなくとも、どういう物かの説明はソラも聞いていたはずなのだが。
「確か削岩機を大型化した物、でしたっけ。硬い岩盤も掘り進めるんですか?」
「可能だよ。大型化に伴って、無駄に出力を上げたからね。どんな岩にだって穴を開けて見せるよ」
「なるほど、迷路の壁もブチ抜いて最短で進めると。わかりました、早速左の道へ急ぎましょう」
「よーし、あたしが先頭で——」
「そっちじゃない!」
「ぐぇっ」
左の道へ駆け出したソラの首根っこを引っ掴んだクロエ。
金髪碧眼の美少女は、潰れたカエルのような声を出した。
「げっほ、なにすんのさ! 急がないと時間が無いんでしょ!」
「進むのは右の道だよ。通路の行き止まりの辺りが女王の間のすぐ近くなんだ」
「へ、それホント?」
ソラがまたまたマップを覗いて確認。
確かに通路の行き止まりから斜め四十度に突っ切れば、女王の間の壁面に飛び出せる。
「おぉ、こんなショートカットが……。気付かなかった」
「私も気付きませんでした。さすがですね、クロエさん」
「いやいや、照れるね」
「……あのっ、……ハァ、ハァ。そろそろ……っ、マップを消しても……、いいでしょうか……っ、ハァ……っ」
「あぁ、ごめんなさい! うぅ、こっちにも気付きませんでした……」
マッピングを長時間続け、魔力を大幅に消費してしまったようだ。
汗だくになって肩で息をするアモンに、感謝の気持ちと申し訳無さで一杯になる。
「いえ……、いいんです……。私が言い出した事ですから……」
マッピングを解除すると、彼女は黒いコートの袖で額の汗をぬぐった。
「じゃあ行こう。ボクに付いてきて」
「いや、あたしが先頭で……」
「こだわりますね、先駆け」
クロエとソラが並んで先頭を走り、セリムとアモンが後に続く。
拡張途中の通路に働きアリの姿は無く、アカリゴケの数も少ない。
薄暗い穴の中を走り抜けること数十秒、阻むものは何も無く、袋小路に到達した。
「予定通りの行き止まりですね。クロエさん、これからどうするんですか」
「アモンさん、悪いけどまたマッピングお願い。角度を確認するから」
「りょ、了解です……。……マッピング!」
再び魔力ビジョンを呼び出し、マップを表示。
現在地と女王の間の場所を照らし合わせ、向きを確かめて目の前の壁に印を付ける。
「ありがとう、もうしまっていいよ」
「はい……。今回は楽でした……」
アモンがマッピングを解除すると共に、クロエは背中にドリルランスを固定している金具を取り外す。
その手に握った得物の柄についたボタン、その一つを押した。
カバーがスライドし、平たい長方形の穴からカシャコン、と音を立てて飛び出したのは板状に加工された雷の魔力石。
それを取り出してポケットの一つに入れると、別のポケットから同じ形の雷の魔力石を取り出した。
バチバチと火花を散らす黄色い石をカチリと音がするまで穴に差し込むと、ボタンを押してカバーを閉じる。
「よし、換装終わりっ。みんな、ボクに掴まって」
「ねえねえクロエ、今の何? 教えてよ」
「話は後、喋ると舌噛むよ。しっかり掴まってて」
何が起きるかよく理解せず、言われるがままクロエの背中に両手を回してしがみ付いたソラ。
さらにソラの体に腕を回してアモンがしがみ付く。
「セリムはいいのかい?」
「はい、私なら付いていけると思いますので」
「そっか、じゃあ——行くよ!」
クロエはドリルランスの柄に付いた紐を思いっきり引いた。
スラスターに火が入り、ドリルが高速回転を開始する。
「へ、付いていけるってなににぬにゃあああああああぁっぁぁぁ!」
そして柄にボタンを押した瞬間、スラスターから青い炎が噴き出し、凄まじい加速がソラを襲う。
アリの群れを蹴散らした高速突進が、硬い岩盤をものともせずに削りながら突き進む。
「ああああああああぁっぁっあぁぁぁぁ!!」
喋るなと忠告されたにも関わらず、喋ってしまったソラ。
もはや彼女に残された道は、大口を開けて叫び続けるのみ。
「ソラさん……、なにやってるんですか」
セリムは最後尾を全力疾走しながら付いていく。
足を浮かせてぷらぷらさせながら絶叫するソラを、呆れ顔で眺めつつ。
ふと、彼女をお姫様だっこで運んであげる選択肢を思いついたが、もはや後の祭り。
アモンはソラの体に全力でしがみ付き、顔を青くしている。
轟音と共に高速で岩盤を削り進むドリルランス。
やがて地中潜行は終わり、薄暗い大広間の天井を彼女たちは突き破った。
「ああああああ、落ちるぅぅぅぅぅ!」
「ご、ゴメン! 壁から出るつもりが、天井から出ちゃった!」
「終わりました……。我が友よ……」
「もう、しょうがないですね」
ため息混じりにポーチから取り出した天翔の腕輪を装着し、セリムは腕をかざした。
透明な足場が生成され、クロエたちは無事そこに着地する。
「ええ、何コレ。透明な足場?」
「お、これ前にも見たヤツだ。セリムのアイテムの力だから、大丈夫だよ」
「ほら、さっさと降りますよ」
透明な足場を階段状に設置し、セリムは軽やかに降りていく。
ソラたちも後に続き、四人はなんとか無事に女王の間へ辿り着いた。
「はぁ、死ぬかと思った。セリム、あたし生きてるよね?」
「生きてますよ。幽霊なんかじゃない、可愛らしいソラさんです」
「にひひ、そんなにかわいい?」
「あの……、それより女王アリは……」
「どこかにいるはず——クロエさん!」
暗がりからクロエに向かって飛来する、黄色がかった粘液。
セリムはポーチから鉄鉱石を取り出し、絶対投擲で迎撃する。
「へっ、うわっ!」
クロエが気付くと同時、鉄鉱石が粘液に衝突。
彼女への衝突を防ぐと共に、ジュッ、という音と共に溶け消えた。
「あっぶな。ありがとう、セリム。助かったよ」
「いえ、それより皆さん、気を付けてください。あれが危険度レベル45、アーメイズクイーンです」
セリムが静かに指をさした先。
クロエに向かって酸の塊が飛んできた方角。
暗さに馴れた目にぼんやりと見える白い影。
やがて暗闇に、その巨体は浮かび上がった。
通常見られる働きアリと同様の、黒い頭部と胴体部。
カマキリを思わせる鋭い大鎌。
そこだけを見るならば、デタラメに巨大なアーメイズといったところ。
しかし、その腹部は異常なまでに肥大化している。
巨大に膨れ上がった腹部を入れたその全長は優に二十メートルは越えるだろうか。
限界まで引き延ばされた白い皮膚の下には、大量の卵が透けて見える。
腹部の先端から伸びるのは、産卵管と黒く鋭い針。
仰向けに横たわった姿勢で、小さな——腹部と比べると小さな、上半身を起こし、赤く光る複眼でこちらを睨みつける。
アリの宮殿の奥深くに住まう女王は、聖域に土足で踏み入った侵入者に怒りを隠さない。
「うっわ、気持ち悪っ。なにさ、あの腹」
「アイツがこの丘陵を荒らした元凶だね……!」
「あの……。私戦力にならないんで隠れてます……。隠密化……」
マッパーの固有技能の一つ、隠密化。
自身の気配を完全に消してしまうこの技を使って、アモンはそそくさと隅の方に隠れた。
「さて、ソラさん。私は後方支援ということで、よろしいでしょうか」
「もっちろん! セリムは後ろで見ててよ」
「そう言うと思いました。クロエさん、敵のレベルは45です。あなたは出来る限り離れててください」
「……そうだね、わかった。ソラ、セリム。あとは頼んだよ!」
ツヴァイハンダーを抜き放ち、ソラは女王アリと対峙する。
間合いはまだ遠い。
女王は微動だにせず、敵対する少女の出方を窺う。
「セリム、いつも通り爆弾頼むよ。トゲトゲを燃やしたアレでもいいけど」
「ごめんなさい、どちらも使えません」
「へ? なんでさ。在庫切らしちゃったとか?」
「まだたっぷり持ってます。そうではなくて、使えないんです。こんな場所で爆発させて落盤でも起きたら大変ですし、地下で大きな炎を燃やしたら酸素が無くなります」
「……なんで酸素が無くなるの?」
「勉強してください!」
「うーん……、とにかく使えないのか。わかんないけどわかった!」
非常に物分かりのいい返事を残して、ソラは横たわる女王アリに向けて走り込む。
相手は素早さとは無縁、近付けば攻撃は当て放題だ。
「あっという間に終わらせるから!」
「油断しないでください——ソラさん、足下!」
「おわっと!」
セリムの声に足下を見ると、隆起した岩盤の槍がソラを刺し貫こうと飛び出してくる。
横っ跳びで回避したソラの目の前、高さ三メートルにまで瞬時に岩が伸びた。
「土魔法を使うのかー。近付くのは苦労しそう……」
「足下ばかり気にしてると、蟻酸が飛んできますよ」
「そんでもって石まで飛んできてる!」
土魔法を操るアーメイズクイーンにとって、地下深くのこの場所に在るもの全てが武器。
辺りに散らばる石をその魔力で細かく砕き、鋭く尖らせる。
そうして生み出した無数の石を、ソラに向けて連続で発射。
十発以上の石の弾丸が襲い来る。
「やばいってこれ、全然近づけない!」
初撃を右に飛び込んで回避。
二撃目は剣の腹で受ける。
次の弾丸は垂直に飛んで避け、空中での更なる連続追撃を気鋭斬で斬り払う。
「休む間も、——ッ!」
空中に逃げたのは悪手だったか、ソラを貫こうと直下の地面から岩の槍が突き出した。
「くっそ!」
闘気を纏ったミスリルの刀身で、尖った岩を受け止める。
体を襲う衝撃。
真上に跳ね上げられるも、岩がソラの体を刺し貫くことは無かった。
「でもこれ、状況悪化してるんじゃ……」
滞空するソラの体。
回避不能な時間はさらに伸びた。
女王アリの腹部が持ち上がり、その尻尾の針に液体が滴る。
僅かな時間でチャージは終わり、蟻酸の塊が正確にソラ目がけて発射される。
「ちょっ、今度こそ無理!」
空中では身動きが取れない。
剣で受けようにも、流石のミスリルでも溶けてしまうだろう。
「そんな時のために私がいるんです」
セリムの投げた鉄鉱石が再び酸に命中。
致命の攻撃は、拳大の鉱物を溶かすだけに終わった。
「さっすがセリム、ナイスアシスト!」
無事に着地したソラは、セリムに笑いかける。
だが、彼女も極限の戦いの最中。
すぐに敵に目を戻し、切っ先を向ける。
「それにしても、勝ち目が見えないよ」
「弱音ですか? らしくありませんね」
「とは言ってもね、攻撃が激し過ぎて近づけないって」
「なんとか掻い潜れませんか?」
「うん、無理!」
再び飛び来たった石の弾丸。
今度は安易に飛び跳ねないよう、地面をゴロゴロと転がって避ける。
「なんか良い手は無いの?」
「そうですね……。あれの出番、でしょうか」
少しの間考えると、セリムはポーチからボタンのついたボールを取り出した。