036 暗がりから突然話しかけるとかやめてください
出発しようとする二人に対し、同行を願い出たクロエ。
その表情は真剣そのもの、決して軽々しく申し出てはいない。
「ボクも連れて行って。足手まといにはならないから」
「クロエも来るの? おっし、一緒に行こう! いいよね、セリム」
何も考えずに即決したソラに対して、セリムは難しい顔。
クロエを連れていくのが得策だとは、どうしても思えない。
「私は反対です。私達がいない間に、アーメイズの群れが襲撃をかけて来る可能性は非常に高いです。馬車を守るための戦力をこれ以上割くことは出来ません」
セリムとソラが不在の間、馬車に残された戦力はアウス、クロエ、スミス、ゴドムの四名。
そもそも女王アリ討伐の最大の目的は、馬車の安全確保。
持ちこたえられるギリギリの数から更に削って馬車に被害が出てしまえば、本末転倒だ。
「ボクだってなにも考えずに言い出した訳じゃないよ。ボクのドリルランスは本来は削岩機、つまり地面を掘り進むための道具を大型化した物なんだ。地下にあるアリの巣なら、こいつで近道を作れるはず」
「確かにそのメリットは大きいです。けど、馬車が心配ですし、やはり残って——」
「戦力に不安があるならばセリム、問題は無いぞ」
口を開いたのはマリエール。
アウスの腕の中からヒラリと飛び下りると、荷台で見つけたのだろう長柄のメイスを見せつける。
「魔法が使えぬとはいえ、余は魔王。肉弾戦だろうと、武器さえあればアリ如きに遅れは取らぬ」
「なりませぬ、お嬢様! 御身にもしものことがあれば、わたくしは——」
「ならば万一が起こらぬよう、お主が目を光らせよ。これは命令である、良いか」
「……ははっ、出過ぎた真似を」
アウスの反対を退ける。
これで馬車の戦力は当初の想定通りの四人。
クロエの同行を認めない訳にはいかなくなった。
「……仕方ないです。クロエさん、あまり時間は掛けてられません。準備があるなら急いで済ませてください」
「ありがと、セリム! ちゃっちゃと終わらせるからちょっとだけ待ってて!」
とうとう許可が下された。
赤髪の少女は喜び勇んで馬車の荷台に上半身を突っ込み、つなぎのポケットに次々と何かを突っ込む。
足をバタつかせながら上機嫌に準備を整える弟子に、スミスが声をかけた。
「おい、バカ弟子」
「なんだい、頑固親方」
「足手まといになんじゃねぇぞ」
「なんないよ、心配性だなぁ」
「あと、なんだ。……やれることやって帰って来い。それだけだ」
「……相変わらず口下手だな、もっと他に言う事あるでしょうに。まあボクもとやかく言えないか」
育ての親からの不器用な激励を貰い、ポケットの中に予備の弾も詰め込んだ。
万事抜かりなし、クロエは幌の中から飛び出す。
「準備おっけー、いつでも行けるよ」
「では出発しましょう。いつ再襲撃があるか分かりません、急いで行きますよ」
「うおぉぉ、燃えてきたぁぁ! セリム、後方支援よろしく。女王アリの魔素はあたしががっつり頂くから」
「さすがはソラさん、頼もしい限りです。皆さん、馬車の守りをお願いしますね」
「メイドさん、さっきはびっくりしちゃったよ。すっごく強いんだね」
ドリルランスの突進を生き残った数匹のアーメイズを、アウスは一瞬にして細切れに刻んで見せた。
クロエの見立てでも、この場に残る中で一番の戦力は彼女だ。
「メイドさんの強さを見たから、ついていっても大丈夫って思えたんだ。皆をよろしくね」
「畏まりましたわ。もちろんお嬢様を最優先で守りますが」
「うん。じゃあ親方、行ってくる」
「おう。……さぁて、残った鍛冶師の野郎どもになんて説明すりゃあいいんだぁ?」
かくしてセリム、ソラ、クロエの三人は街道を離れ、丘陵の奥深くへと急ぎ足で向かう。
二人がついて来れるように加減しつつ、セリムは迷いのない足取りで草原を走る。
「セリム、なんだか進む方向がわかってるみたい」
「みたいじゃなくて、実際わかるんです。こちらに襲撃をかけてきたアーメイズは、浅い地中を潜行して襲撃して来ました。土を盛り上げたわずかな痕跡が残っているんです」
「つまりその痕跡を辿って行けば、巣に辿り着けるってワケだね」
「その通り、と言いたいところですけど。巣そのものまでは続いていないでしょうね」
アーメイズは獲物を発見すると、接近するまで気付かれないよう地中に潜る習性がある。
痕跡が続いているのは、こちらを発見した場所まで。
「予想通り、この場所で盛り土は終わっています。ここから潜行を開始したのでしょうね」
「確かに、崩れててトンネル状にはなってないけどそんな感じだね。ここからどうするんだい」
「そうだよ、セリム! のんびり探してたら馬車がピンチになっちゃうわよ!」
「落ち着いて下さい、ソラさん。見失ったわけではありません」
わずかに鼻を鳴らすと、セリムは再び走り始めた。
「巣はこっちです、急ぎましょう」
「なんで? 今度は足跡とか?」
「違います。残念ながらアリの細い脚では、足跡はほぼ残りません」
答えは、アリが帰巣に用いるフェロモンの匂い。
規格外のモンスターの魔素を浴び続けたセリムには、通常人間には絶対に感知出来ない匂いも嗅ぎ分けられる。
もちろん意識すれば、の話。
嗅ぎたくない臭いまでキャッチしてしまうため、普段は常人程度の嗅覚に抑えている。
「——という訳ですけど、分かりましたか?」
「興味深い話だね、鍛えればそこまで感覚を鋭敏に出来るのか。鉱石の採掘にも役立てられそうだ。ねえソラ、……ソラ?」
「んぇぇ、フェロモンとは? フェロモンとはなんぞや?」
「……放っときましょう」
フェロモンは時間が経つと消えてしまう。
高低差の激しい丘陵地帯を駆け抜けつつ、帰りの道しるべのために一定間隔で、ポーチの中からフラッグを出して突き刺す。
そうして進み続けること十分あまり。
「二人とも、止まってください」
「おぉ、遂に発見!」
丘と丘の間、谷のような地形の場所。
地下へと続く洞窟が掘られていた。
入り口付近にアーメイズがうろつき、働きアリが忙しなく出入りしている。
「あれがアーメイズの巣か。どうする、セリム。丘の上からボクのドリルで掘る?」
「いえ、それでは敵のど真ん中に出るかもしれませんし、無事に巣の中へ入れるとも限りません」
「真正面から突っ込むしかないでしょ!」
「ソラさん、こんな時に冗談はやめてください。あの中にどれだけのアリがいると思ってるんですか。一々相手してたら陽が暮れますよ」
「あたしはいつでも大真面目なのにぃ……」
セリムはポーチの中から一本の筒を取り出す。
三つのタイマーランプと、ボタンが一つ。
タイマーボムと形状は似通っているが、筒のカラーリングは黄色。
「何それ、また爆弾?」
「確かに爆弾ですが、これ自体に殺傷能力はありません。その代わり、炸裂すると強烈な光と音を発し、至近距離にいる相手を行動不能にします」
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タイマーボム・スタン
レア度 ☆☆★★★
ボタンを押して3秒経つと大
きな音と光を発する。殺傷能
力は無いが、至近距離で炸裂
すると失明の危険アリ。やは
り取り扱い注意。
創造術
タイマーボム×太陽石
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「光を放つって、太陽石と似てるね」
「実際、太陽石が組み込んでありますから」
「鉱石を採掘しててさ、あれがいきなり光ったらびっくりするよね」
「わかります……。さて、ソラさん。これが入り口付近で炸裂したら突撃します。準備は……聞くまでもないですね」
「ばっちこーい!」
既に背中の剣を抜き放ち、今にも飛び出してしまいそうな状態のソラ。
セリムがスイッチを押すと、黄色い筒のランプが三つ点灯した。
握りしめた右腕に気力を込めて、狙うはアリの巣入り口ど真ん中。
「行きます、絶対投擲!」
投げ放たれたスタンボムは、アリの群れをグネグネと蛇行しながら避けつつ、入り口目がけて飛んでいく。
この奇妙な物体を見咎めた何匹かのアリが、撃墜しようと鎌のような鉤爪を振るうが、攻撃は絶対に当たらない。
セリムの一投は障害物を自動的に回避し、狙った場所に必ず届く。
「いち、ゼロ! 今です、突っ込みますよ!」
セリムの合図と同時、アリの巣の入り口に届いた黄色い筒が炸裂。
まるでその場に小さな太陽が出現したような強烈な光と、可聴域ギリギリの高音を撒き散らす。
入り口周辺に屯していた百匹以上のアーメイズが衝撃により昏倒。
暗い地中を好んで暮らすこのモンスターは、わずかな光も逃さぬよう視力が発達している。
そこに太陽を望遠鏡で覗くよりも強烈な光を浴びせられたのだ。
その目はもはや機能しないだろう。
「よっしゃ、先陣はソラ様に任せとけー!」
群青の大剣を両手に構えて、ソラを先頭に三人はアリの巣へ突撃をかける。
巣の中で最も働きアリが密集するのは、巣の入り口付近。
スタンボムの効果によって、この場所に行動可能なアーメイズは一匹たりとも存在しない。
異常を検知して巣から顔を出したわずかな働きアリは、ソラの一閃で斬り捨てられる。
「侵入成功だね!」
「気を抜かないで下さい、勝負はこれからです」
「アリたちにトドメはいいのかい。復活しちゃったら面倒じゃないか?」
「復帰にはかなり時間がかかります。それにあれだけの光を浴びたら失明しているでしょう。もはや脅威ではありません」
薄暗い洞窟の中、出会うアリを片っぱしから撫で斬りにしつつ突き進むソラ。
最後尾を進むクロエはアリの追撃を心配したが、セリムの言葉で一安心。
「それにしても、思ったより明るいね。ボク、たいまつの用意もしてたんだけど」
「アーメイズはアカリゴケと共生しますから。巣の壁面に植え付けて、照明代わりにするんです」
「なるほどね。モンスターに詳しいんだ、セリムって」
「まあ、色々ありましたからね。本当に色々……」
思わずトラウマスイッチが入りそうになったが、今はそんな場合ではない。
定期的に見える、壁に掘られた一回り小さな通路の先には、幼虫の蠢く小部屋がある。
働きアリがいる上に、うねうねと動く白い幼虫が不気味なので、処理は後回し。
大きな通路を奥へ奥へと進んで行くと、道が左右に分かたれていた。
「セリム、分かれ道だよ! どっちに行けばいいの?」
「こればかりは分かりませんね。どっちに進めば正解か。行ってみるしかありません」
幸い奥に進むに連れ、働きアリの数は少なくなっている。
片方が外れでも、タイムロスとなる可能性は低い。
「まずは右から——」
「あ、あの……それよりも良い方法が……」
「なんでしょう、言ってみてくだ——ひひゃああああぁっ!」
セリムの隣に唐突に現れた、黒コートに黒ズボン、黒い長髪の女性。
見知らぬ人物が当然のように会話に参加している、セリムの弱めなメンタルはパニックを起こしかけた。
「うわっ、凄い声。どしたのセリム……ってあんた誰?」
あわあわするセリムと絶句するクロエ。
二人とは対照的に、ソラは物怖じしない。
こんな怪し過ぎる人物にも積極的に話しかけていく。
「えっと、怪しい者ではありません……。私の名前はアモン・ラーナー。通りすがりの地図師です……」
彼女はマリエールの配下の一人、アモン。
イリヤーナにて主君と再会した後、彼女は秘めたる決意と共に王都を目指した。
一人では嫌なので能力でこっそりと気配を消し、マリエールたちにくっ付いて。
そんな彼女がセリムたちについてきたのは、自分の能力を役立てるため。
アリの巣程度にビビっていては、これから向かう場所で何も出来ない。
勇気を出すためのウォーミングアップなのだ。
「えっと、あの、怪し過ぎるんですけどぉ……」
完全に警戒してしまっているセリム。
マリエールの部下だと明かせば信用は得られるかもしれないが、そうすると本国に戻っていないことがバレてしまう。
「大丈夫です、ホントに怪しくないですから、信じてください……」
「あの、ソラさん。あなたはどう思いますか?」
「んぇ、あたし?」
「ソラさんが怪しくないと思うなら、私も信じます……」
「ボクもソラが信じられるなら……」
ソラの人を見る目は、セリムも信用している。
彼女が誰にでも優しくされるのは、無意識のうちに話しかけていい相手を見分けているから。
他人の雰囲気や内に秘めた何かを見分ける能力に、彼女は長けているのだ。
「んー……。信用、していいと思うよ」
「そうですか、では私も信じます」
ジロジロとアモンの顔を眺めて出した結論。
それに従い、セリムは彼女を信用すると決めた。
「よろしくお願いします、アモンさん」
「はい……、こんな私を信用して頂きありがとうございます……。早速ですが私のクラス、地図師の固有技能を使いますね……」
彼女は魔力を帯びた右手で、空中に円の軌道を描く。
「マッピング!」
すると目の前に魔力ビジョンが出現。
表示されているのは、このアリの巣の詳細なマップだった。