034 王都に向けて、いよいよ出発です
王都へと続く街道が始まる、イリヤーナの東口。
この場所に今日、五台の荷馬車がズラリと並んでいる。
その役目は、この町のトップランカーである鍛冶師五名の鍛冶道具を運ぶこと。
王宮側が鍛冶に必要なものを一式取り揃えてくれても、やはり使いなれた道具が一番。
運びようがない炉以外の全てが、幌で覆われた大きな荷台に詰め込まれている。
「よっし、親方、ボクの分も積み込み完了したよ」
愛用の鍛冶道具と自分の得物を、先頭の馬車の荷台に詰め込んだクロエ。
これにて出発準備は完了、あとは護衛の冒険者の到着を待つだけだが。
「……おう、クロエ。実はお前以外にも冒険者を雇った奴がいてな」
「そうなの? ソラ達がいるから必要ないのに」
「フォージのヤツぁ頑固だからな。手前で選んだ冒険者しか信用ならねぇんだと」
「あの人かぁ、そりゃ納得」
親方も相当頑固だけど、と心の中で続ける。
フォージはこの町でナンバー2の腕前を持つ鍛冶師。
不動の一位であるスミスに激しく対抗心を燃やしており、今回もそれが原因だろう。
「おーい、クロエー!」
こちらに手を振りながら元気よく走ってきたのはソラだ。
その後ろにはセリムと、半分眠ったままのマリエールを抱きかかえたアウスが続く。
ソラが背中に背負うのはもちろん、新生ツヴァイハンダー。
さらに、身に纏った鎧も新調されている。
胴体をスッポリと覆う以前の無骨な鎧とは違い、急所の防備を固めて動きやすさを優先したタイプへ。
両胸と腹部をプレートが覆い、腰に直垂を付けたライトアーマーと呼ばれるものだ。
この鎧は工房ブラックスミスで買ったわけではない。
ギルドにて道案内をしてくれた鍛冶師の店で、律儀にお礼代わりに買ったのだ。
ソラ様は義理固いそうである。
「ごめん、待った?」
「全然大丈夫だよ。今回はよろしくね」
「ソラさんがご迷惑をおかけしないよう、しっかり手綱を握りますね」
「むぅ、酷くない? アウスさんもなんとか言って——」
「お嬢様の寝顔、お嬢様の寝顔……」
口の端から涎を垂らしながら、食い入るように寝顔を見つめるメイド。
彼女の方に振り返ったソラは、自分の行いを深く後悔した。
セリムは全力でアウスを意識の外に排除している。
「と、とにかくこれで準備完了、いつでも出発できそうだね」
「それがさ、フォージさんって人がもう一人冒険者を雇ったみたいで。その人がまだ来てないんだ」
「もう一人? なんで?」
「親方にライバル心剥き出しの人でね、親方の工房で選んだソラ達を気にいらないんだと思う。親方はただ頑固なだけとか思ってるけどね。あの人鍛冶以外に気が回らないから……」
小さな声で話していると、一つ後ろ、前から二番目の馬車に向けて大柄な男が歩いてくる。
筋骨隆々の体に大きな得物を背負い、ちょび髭につるつるの頭。
セリムが引きつったような声で、ひぃっ、と小さく叫んだ。
「あれ、ゴドムのおっちゃんじゃん」
「え、あ、ゴドムさん……? よ、よかった……。てっきり四人目が現れたのかと……」
心底ほっとするセリム。
彼女が何故ここまで同じ顔を恐れるのか、ソラは首をひねる。
だが彼女の心配も杞憂だろう、この世に同じ顔の人間は三人しかいない、昔からそう云われているのだから。
馬車の前にやってきたゴドムは、荷台の幌から顔を出した男となにやら会話を交わす。
年の頃はスミスと同じ四十半ば、片眼鏡をかけた細身ながらも筋肉質の男。
あれが彼の雇い主であるフォージなのだろう。
会話が終わるとフォージは幌の中に引っ込み、手持無沙汰になったゴドムがこちらに気付いた。
「おう、世界最強の嬢ちゃんじゃねえか。雇われたもう一組っておたくらの事か」
「おっちゃん久しぶり。聖地からこっちに来てたんだ」
「ソラ達、知り合いだったんだ。さすが冒険者、顔が広いね」
「おっちゃん、紹介するね。この子はクロエ、ブラックスミスの親方の弟子だよ」
「おう、嬢ちゃんも護衛対象に入ってるからな、話は聞いてる」
そこまで言うと、ゴドムはちょび髭を撫でつけながら眉を寄せる。
「しかし妙な話だよな。リーヤ丘陵は危険度レベル5、それにしちゃ大げさな備えだ」
「ですよね。クロエさんも親方さんもお強いと聞いていますし」
「その話ならそんな大げさでもないと思うよ。単純にライバル心剥き出しなだけ」
「場違いなモンスターの出現、それと関係があるのでは?」
「それは無いよ、メイドさん。確かに場違いに強いモンスターの群れは出てたけど、一週間くらい前にトップランカーの人が一日で殲滅しちゃったし」
トップランカー、その単語を耳にした瞬間、ソラのテンションが急上昇する。
「トップランカー!? それってもしかしてローザさん!?」
「違うよ、確かタイガさんだったと思う」
「そっかぁ……、もしかしたら会えると思ったのに……」
「ローザさんに、タイガさんですか。その人たち、凄いんですか?」
ソラとクロエは彼女の発言に、信じられないものを見たような顔をする。
田舎町の片隅で細々と暮らしてきたセリムは、華やかな冒険者の世界にてんで疎い。
そもそも冒険などという言葉そのものから距離を置いていたので当然か。
「え、ちょ、セリム、ホントに知らないの?」
「はい。有名な方なのでしょうか……」
「有名も有名だよ! ローザンド・フェニキシアスって言えば、世界最強の剣士との呼び声高い英雄! あたしの憧れなの!」
「タイガ・ホワイテッドも世界最強の拳闘士として有名だよね。はぁ、ボクもいつか英雄たちの武器、作ってみたいなぁ……」
「……えっと、皆さんは知ってました?」
その場にいる全員の顔を見回すと、眠っているマリエール以外の全員が首を縦に振る。
「浮世離れした嬢ちゃんだとは思ってたが、まさかこれほどとはな……」
「あぅぅ、これじゃあ私がアホみたいです……」
「とにかくリーヤ丘陵の状態は平常時に戻ってる。戦力もおっさん同士のライバル関係のおかげで過剰気味だし、気楽に行こうよ」
クロエが話を纏めたところで、先頭の荷台からスミスが顔を出した。
「全員、準備は完了したか! しばらくは戻ってこれねえ、やり残したことがあるなら今のうちにやっときな!」
彼の声に、後続の馬車から次々に鍛冶師たちが顔を出す。
いいから早く行こうぜだの、テメェが仕切んなだの、口々に返事が飛び出した。
「おっし、上等! 出してくれ、今から出発だ」
スミスの指示で御者が手綱を一振りし、馬車はゆっくりと動き出す。
わずかに間隔をあけて二台目、三台目と続き、計五台の幌馬車が一列になって王都を目指し進み始める。
「嬢ちゃん達は先頭だろ、俺は最後尾の守りにつく。じゃあな」
「おっちゃん、頑張ってねー」
ガドムは最後尾を進む馬車の護衛に向かい、荷台の隣をのんびりと歩き始めた。
「では、アウスさんは中央の守りをお願いしてもいいですか」
「わたくしは冒険者ではございませんわ。剣を取るのはお嬢様の危機に際してのみ」
「まあ、そうですよね。私の依頼人ですし」
融通が利かないと思いつつも無理強いは出来ない。
彼女はあくまで魔王の家臣、これは冒険者であるソラの依頼なのだから。
「あたしたちは先頭の護衛だね。よーし、いつでもかかって来い!」
「やる気満々のところ悪いけど、リーヤ丘陵に着くまではあと三日くらいだよ? この街道は王都が近くて有力な冒険者が行き交う場所だから、野盗の類も出ないだろうし」
「うぅ、そうだった……。早く試し切りしたいのになぁ……」
○○○
イリヤーナを発って三日。
野盗の襲撃も無く、マリエールを狙う敵も現れず、鍛冶師たちの馬車隊はとうとう危険地帯に差し掛かる。
危険度レベル5、リーヤ丘陵。
鍛冶の町と王都を繋ぐ街道は、この場所を突っ切る形となっている。
なだらかな丘が続く起伏の激しい地形だが、気候に特に異常は発生しない穏やかな環境。
冒険者の中でもトップランカーが頻繁に通るせいか、生息するモンスターの気性の問題か。
危険度の低いモンスターは街道には殆ど姿を見せずにひっそりと暮らしている。
「セリム、ソラ。いよいよリーヤ丘陵だよ。ここからは気を引き締めてね」
気合いを入れ、トレードマークである帽子を深く被り直すクロエ。
ここ二日間の中で、セリムもソラも彼女が帽子を取った姿を一度も見ていない。
何か思い入れのある品なのだろうか。
「よっし、今日こそ試し切りだ!」
「でもモンスターとの遭遇はないと思うけど。これだけの大所帯だし」
「……セリム。王都に着いたらさ、次の目的地はとびっきりの危険地帯にしよう? 一刻も早く試し切りしたい」
「なんでですか、わざわざどこまで行く気ですか」
セリムとソラは全く持って気を引き締めないまま、一行は危険地帯の境界を越える。
少々の違和感は感じるものの、他の場所の境界ほどではない。
「前に来た時も思ったけど、ここのモンスターってやる気無いんだよね。家から持ってきたなまくらを見せるだけで、逃げてっちゃうの」
「ローザさんたちトップランカーが頻繁に通るからね。喧嘩を売っては瞬殺を繰り返してたんじゃ、そうもなるよ」
「ちょっと可哀想な話ですね……」
青い空、白い雲、なだらかな丘にそよぐ風。
ここが危険地帯だと忘れてしまいそうなのどかな雰囲気の中、馬車隊はゆっくりと進む。
「順調ですね、このまま行けば二日後には王都です」
「王都……王都かぁ……。とうとう王都に戻っちゃうかぁ……」
「そろそろ話してくれませんか? ソラさんが帰りたくないワケ」
「ゴメン、話せない。出来ればずっと話したくないけど、そうはいかないよね。くっだらない理由だし。はああぁぁぁぁ」
憂鬱な声と表情、そして盛大なため息。
彼女の口ぶりからすると、それほど深刻な理由ではなさそうだが、やはりセリムには見当も付かず。
「いいですけどね、誰にだって話したくない過去の一つや二つはありますし」
「うん、セリムの原始人生活みたいにね」
「……もうそれを口にするのはやめてくれませんか?」
「え、何々、原始人って。ボクすっごく気になるんだけど」
「クロエさんも食いつかないでください! っていうかアダマンタイトの話はどうなっているんですか!」
あのくそったれな過去は、思い返すことすら御免こうむりたいというのに。
セリムは強引に話題を転換。
一人前になったらアダマンタイトについて教えてやるというスミスの約束、この件はどうなったのか。
「それなんだけどね、じきに教えてやるってさ。誰かが聞き耳立ててるような場所では話したくないみたいだよ」
「そっか、まあ結局王都までは行かなきゃいけないしね。情報聞いてとんずらってワケには行かないか」
「親方さん、師匠の名前も知っていました。そっちも気になりますね」
そもそもアイテム使いなるクラスは、その存在自体が全くと言っていいほど知られていない。
そのアイテム使いで世界最強を誇っていたマーティナの知名度とはどれくらいなのか。
「あの、もしかしてマーティナって名前、有名だったりします?」
トップランカーの名前を知らなかったセリム。
自分の世間ズレを認識した上で考えると、師匠は有名人だったのでは。
ソラは知らなかったようなので、クロエに聞いてみる。
「マーティナ、マーティナか。……確認するけどセリムのクラスってアイテム使いだよね?」
「そうです。もちろん師匠もアイテム使いですよ」
「だよね、なら知らないや。アイテム使いのマーティナなんて、聞いたこともない」
「そう、ですか……」
案の定のドマイナー、知る人ぞ知るどころではなく、知る人すらいない。
やはり師匠の世界最強も自称だったのでは?
常々抱いていた疑念は、セリムの中でどんどん膨らんでいく。
「あり得ますね、あの腐れ人間なら……」
「ねぇ、セリム? そんな怖い顔しないで。可愛い顔が台無しだよ?」
憎悪を丸出しにしたセリムの顔を見てしまったソラ。
彼女の頭を優しく撫でて浄化を図る。
「あぁ、ありがとうございます、ソラさん。そうですよ、私はあの日誓ったんです。あの子のように、誰よりも可愛くなってやると」
「そうそうその意気だよ、セリムは可愛いんだから。その子だって今まさに可愛いって思ってるから」
「ですよね、あの子だって——ソラさん? その口ぶり、まるであの子がこの場にいるような……」
「にゃっ! え、えーっと……、ほら、王都も近いしさ、なんとなく気配でわかる、的な?」
「意味がわかりません、アホですか」
顔から汗をダラダラ流しながら、苦しい言い訳を展開する。
セリムには彼女の発言の意図はわからなかったが、その言葉にも一理ある。
「でも、そうですよね。王都に行けば、またあの子に会えるでしょうか」
数時間だけ一緒に遊んだ、可愛らしい貴族の女の子。
彼女と再会したとして、自分を覚えてくれているだろうか。
また友達になってくれるだろうか。
「名前はたしか——ソアラさん、でしたっけ」
「ひゃいっ! ソアラですごめんなさいっ!」
思い出の中から引っ張り出したその名前に、隣を歩く金髪の少女が背筋を伸ばして答える。
「……あの、あなたはソラさん、ですよね。確かに名前は似てますけど」
「あ、あはは……。ついうっかり。そうだねー、似てるねぇ……」
おかしい。
どう見ても様子がおかしい。
鋭い方ではないセリムですら、何かあるのではと感付く。
「……あの、ソラさん。もしかして何か知ってるんじゃ——」
「——ねえ、ソラ。さっきから前の方の丘で、何か動いてる気がする」
会話に参加していなかったクロエが、唐突に口を開く。
彼女は先ほどから、進行方向の丘に違和感を抱き、観察していた。
「ほ、ホント!? どれどれー、なにかいるのかなー」
「うまく逃げましたね……。でも本当にモンスターなら大変です」
クロエの指さす先、前方の丘の中腹を注意深く観察。
セリムは視力での索敵と共に、その場所の気配を探る。
すると、彼女の鋭い感覚がすぐに捉えた。
丘の土を盛り上げながら近づいてくる、恐ろしいほどの大群を。
彼女はすぐさま先頭の馬車を駆る御者に指示を出す。
「いけない! すぐに馬車を停めてください! 後続の馬車も、早く!」
「え、どうしたんだい、急に」
「モンスターの襲撃です! それも——場違いに強力なモンスターの群れが!」