033 ほんのちょっとだけ、素直になれたでしょうか
「ついてこいって、親方。それじゃあ……」
「さっさと支度しな。出発は明日だ、かなりの間空けることになるぜ」
「はいっ!!」
クロエの返事を聞くと、スミスは立ち去っていく。
親方の背中に深々と礼をするクロエ。
頭を上げた彼女の表情は、喜びと達成感に満ちていた。
「ボク、親方に認められた……!」
「やったね、クロエ!!」
「うん、ありがとう。あとソラ、声大きい……」
「あ……」
慌てて口元を押さえるソラだったが、すでに周囲の鍛冶師からは白い目を向けられている。
「あぅ、ごめんなさい……」
「もう、ソラさんはすぐに周りが見えなくなるんですから」
「とりあえずここを出ようか。あの女の子とメイドさんも外で待ってるし」
「そうしよう……、あたしすっごい睨まれてるし……」
クロエはツヴァイハンダーを鞘に納めて抱きかかえて店舗の方へ向かう。
その後ろをバツが悪そうに歩くソラと、頭を撫でて慰めるセリム。
三人が店舗側へと出ると、クロエはそっとツヴァイハンダーをカウンター裏に立てかける。
次の瞬間、両腕で渾身のガッツポーズ。
堰を切ったように喜びを爆発させた。
「いやったぁぁぁぁぁぁぁっ!!! とうとう親方に認められたんだぁぁっ!!!」
「おうっ、驚いたぞ」
陳列された魔法の杖をのほほんと眺めていた魔王様は、突然の大声に驚きになられる。
声の発生源に目を向けると、鍛冶場から帰還した三人の姿。
「クロエか、何事ぞ。ちと心臓に悪いではないか」
「マリちゃん、実はね。クロエが親方さんに選ばれてね、王都に行くことになったんだ」
「んん……、んん? それは……。よくわからぬが目出度い、のか?」
ソラの詳細を省きに省いた説明ではいまいち理解出来ず、マリエールは首を傾げる。
「えっと、私が説明しますね」
見かねたセリムが代わって工房内での出来事を説明すると、マリエールもようやく事の次第を飲み込めた。
「ふむ、成程。ではアダマンタイトの情報は手に入ったのだな」
スミスに認められれば、アダマンタイトの情報が得られる。
クロエによるツヴァイハンダーの打ち直し、そのそもそもの目的はそれだった。
——だった、はずなのだが。
「……へ?」
「……あ」
「そうじゃん、ボク何も聞いてないんだけど」
「なんと……」
クロエは認められた喜びから、ソラは剣のパワーアップが嬉しくて、セリムは喜ぶソラが可愛すぎて、それぞれ頭からスッポリと抜け落ちてしまっていた。
「揃いもそろって何をやっておるのだ。うつけの集まりか、お主ら」
「まったくで御座いますわ。やはりお嬢様が足を運ばれるべきでした。そして汗だくの太ももでわたくしの顔を挟んで——」
「却下である」
メイドの変態発言を一蹴しつつ、呆れ果てるマリエール。
セリムは自らの落ち度を悔やみ、頭を抱える。
アホの子ソラと、波長が彼女とそっくりなクロエ。
あの場では自分がしっかりしなければならなかったのに。
「あぁ、大事な旅の目的を忘れてしまうなんて……。やっぱり私はアホの子です……、ソラさんをアホアホ言う資格など無いのでは……」
「セリム、そんなに気に病まないで。一番忘れちゃいけなかったのはあたしだよ……」
「ほんとにゴメンね、二人とも。ボクも親方も明日王都に出発しなきゃいけないから、今日中になんとか聞き出してみるよ」
自分たちは、明日にはこの町を発ってしまう。
ソラ達には今日しか残されていない、この世の終わりのような落ち込みっぷりの二人を前に、クロエはそう思っていた。
「クロエさん、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。私達の旅も目的地は王都なので」
「へ、そうだったの? なんだ、なら一緒に行けばいいだけじゃん、脅かさないでよ」
「……おぉ、その手があったか」
目から鱗といった具合に、ソラは手をポンと叩く。
彼女に同行するという発想は無かったようだ。
さすがのアホの子っぷりに、セリムもジト目を向ける。
「でも助かるよ。ソラ達が一緒に来るのなら、冒険者を雇う手間も省けるしね」
「んぇ、どういう事?」
「イリヤーナと王都アーカリアの間に跨る街道は、危険度レベル5の危険地帯を突っ切っているんだ。親方とボクは鍛えてるからいいとして、他の鍛冶師や荷運びの人、馬車の御者を守らなきゃいけないからね。冒険者を雇おうと思ってたんだけど……」
「例の場違いな魔物の出現、であるな」
「各地に有力な冒険者が散らばっていて、人手不足なんですよね」
「そういうこと、だからもし良ければ、護衛の方お願いしたいんだけど……」
「全然いいよ、あたしに任せといて!」
ソラはふんぞり返って、どーんと胸を叩いて見せる。
もとより断る理由はない。
その危険地帯なら、王都を飛び出した時に抜けてきた場所だ。
あの頃よりもずっと強くなった今なら、セリムの助けが無くても余裕で抜けられる。
「いいでしょ、みんな」
「私に異存はありません。クロエさんにはお世話になってますしね」
「うむ、受けた恩は返さねばな」
「それでこそ我が主。お嬢様は戦えませんが」
意見は全員一致。
王都までの道中、馬車隊の護衛を請け負う事が決定した。
「ありがとう。セリム、ソラ、そして、えーっと——」
順番に名前を呼んで感謝を伝えようとしたクロエだったが、魔王主従で止まってしまう。
「おぉ、そう言えばまだ名乗っておらんかったか」
「正解で御座います、お嬢様。貴女様の身分を考えれば、軽々しくその名を口にするべきではありませんわ」
「うむ、だがクロエにならば良いだろう」
仰々しいやり取りを、鍛冶師の少女は首を傾けながら見守る。
魔王様は咳払いをすると、自らの名を宣言した。
「余はマリエール・オルディス・マクドゥーガル。魔都ワイアムズに君臨する、全ての魔族の頂点に立つ者である」
「わたくしはアウス・モントクリフ。マリエール陛下の側近にして、御身のお世話を務めるメイド長に御座いますわ」
「……えっと、セリム。これホント?」
あまりにも想定外な自己紹介に、思わず確認を取ってしまう。
「ですよね、私も最初は信じられませんでした……」
「本当なんだよね、イメージと全然違うけど」
「お主ら、無礼であるぞ!」
「本当に魔王なんだ……。えっと、よろしくお願いします……?」
「うむ、殊勝な態度である」
恐るおそる挨拶しつつ握手を差し出すと、マリエールは満足そうに握り返す。
二人と出会って以来、荷物のように小脇に抱えられたのを皮切りに、変な子供扱いをされ、素の部分をいじられ。
敬意を払われるなど久しぶりのことだった。
「あはは、そんなに固くならなくてもいいよ。マリちゃん相手に」
「ま、マリちゃん!?」
「……さて、出発は明日であろう。準備に取り掛からねばな」
そう呼ぶ許可を自分で下しただけに、楽しげに笑うアホっ子相手に何も言えず。
せっかくの威厳がソラによって崩壊する前に、素早く話を転換する。
「特にクロエ、長い間留守にするのだ。準備にも時間がかかるだろう。ギルドにて早々に剣の受け渡しを済ませて来るが良い」
「そうだね、あたしも早く素ぶりして、色々確かめたいし。クロエ、早くいこっ」
「うん、それじゃあボクたちギルドに行って来るね」
忘れずにツヴァイハンダーを抱え上げたクロエは、ソラと共に店を出て行った。
店内に残ったセリムは肩の荷が降りたように、ふぅ、と一息。
「アダマンタイト探しも終わりが見えて来ましたね。まぁ、採掘場所がわかっても、その方法が尋常じゃないってパターンがありそうですが」
「うむ、そしてもう一つの依頼も忘れてはならぬぞ」
「忘れてませんって。今のところ、敵の情報も何もないですからね」
「この旅の終わりは、まだまだ見えませんわね」
「終わり、ですか……」
旅の終わり。
アウスの言葉に、セリムはハッとする。
アダマンタイトが見つかっても、マリエールの一件が片付くまではソラは自分と行動を共にしてくれるだろう。
では、その問題も含めて全てが片付いたら。
その時、自分はソラと一緒にいる理由を失ってしまう。
ソラと離れたくない口実として始めた、当ての無い旅。
こんなにも早くに見えた終わりと、自分でも押さえきれないほどに膨らんだソラへの想い。
セリムの胸中に、不安が渦を巻く。
○○○
トライドラゴニスの爪とタイマーボムを創造術で合成。
虎の子の爆弾をポーチに収納したセリムは、深い深いため息をついた。
「はぁ……。ため息なんてダメなのに、幸せが逃げちゃうのに、勝手に出てしまいます……」
ここは宿の一室、二人部屋にセリムは今一人だけ。
新調した剣の振り心地を試すため、ソラは裏庭で素振りをしている。
窓の外に見える彼女の姿は、とても楽しげだ。
一週間ぶりの感覚を取り戻すために、一心不乱に打ち込み続ける。
「ソラさん、私の気も知らずに楽しそう……。はぁ、こんなに切ないなんて……」
彼女が自分をどう思っているのか知りたい。
抱き合って彼女の温もりを感じたい。
そして、彼女と甘い口づけを——。
「……うぅ、こんなえっちな妄想までしてしまうとは」
セリムによるエッチな妄想の限界点が、キスである。
「ソラさん、私、こんな気持ち初めてです……」
ぼんやりと窓の外を見つめながら、セリムは物思いにふける。
どのくらいの時間、そうしていただろうか。
いつの間にやら窓の外にソラの姿は見えなくなっていた。
「あれ、ソラさん居ませんね。そろそろ戻ってくるんでしょうか」
「…………わっ!!!」
「ひゃあああああああああああああっ!!!」
背後からの奇襲に、悲鳴を上げつつ椅子から転げ落ちる。
いたずらに成功したソラは、八重歯を覗かせて楽しげに笑った。
「にゃはは、すっごい驚きよう! ソラ様の気配を消す技術もかなり高まってきたね」
「い、い、い、いつの間に戻って来てたんですか……!」
「いつの間って、さっきの間? セリム、窓の外見てぼんやりしてたから、ちょっと脅かしてやろうかなって」
「ちょっとじゃないですよ、もう! ……私がどんな気持ちでいると思ってるんですか」
差し伸べられたソラの手を取って立ち上がる。
すると、そのままグイっと手を引かれてソラの腕の中へ。
優しく抱きしめられてしまう。
「あ、の、ソラさん……っ?」
「何か悩んでる? あたしアホだから、言ってくれないとわかんない。こんな感じでしか慰められない。だからさ、良ければだけど話して欲しいな」
ソラに抱きしめられながら、優しく頭を撫でられる。
いつもソラが好きだと言っている理由が理解出来た。
彼女の匂いと温もりに包まれながら頭を撫でられると、この上なく安心する。
乱れていた心が解きほぐされ、温まっていく。
普段なら意地を張って口に出来ないようなことも、今なら言えてしまいそう。
「……ソラさん。この旅が終わったら、あなたはどうしますか?」
「旅が終わったら?」
「はい。アダマンタイトが見つかって、マリエールさんの件も片付いて、そうしたらあなたは……」
「うーん、そうだなぁ……」
しばらく考え込む。
彼女の反応を見るに、考えてなかったのだろう。
うーん、と唸ること数回。
ようやく結論が出たようだ。
「世界最強の剣が手に入ったら、世界最強の剣士を目指さなきゃでしょ。自分のレベルより上の危険地帯にガンガン突っ込む!」
「……あの、本当に死にますよ?」
自分のレベルよりも危険度が上のモンスターを倒す。
強くなるためにはこれ以上ない近道だが、その分命の保証は出来ない。
大幅に時間は掛かるが、同レベル帯のモンスターを相手取った方がいいのでは。
彼女と出会った当初、その無謀さに放っておけない気持ちにさせられたが、彼女はあの時から変わっていないようだ。
「死ぬって、なんで?」
「なんでって……、一人でそんな場所に行ったら——」
「一人じゃないよ?」
さも当然のように、当たり前でしょ、と言わんばかりに。
ソラは心底不思議そうに言ってのけた。
「だって、セリムがいてくれるじゃん。セリムが援護してくれれば、どんなモンスターだってへっちゃらだよ」
——ああ、この子は最初からそうでした。
アダマンタイト探しに私がついてくると信じて疑わず。
一緒に行けないとわかると無茶苦茶な調達依頼で連れ出そうとして。
私が嫌だって言っても、絶対に離れてくれないんですね。
だったら、本当に仕方ないですけど。
本当は、私も一緒にいたいから。
「ふふっ。もうソラさん、お家には帰らないんですか?」
「いや、家は……、帰らない!!」
「私、リゾネの町に帰りますよ?」
「だ、だったら一緒に行く!!」
「ソラさんったら、本当に仕方ないですね。そんなに私と一緒にいたいんですか?」
「いたいよ! 出来ればずっと一緒にいたい!!」
いつでも真っ直ぐで、自分のやりたいことを押し通す。
そんなソラの態度に、色々考えていたのがアホらしくなってしまう。
「そんなに言うなら、いいですよ」
吐息がかかりそうな距離で、青い瞳をじっと見つめる。
胸の中に寂しさは一欠片も残っていない。
あるのは彼女に求められる喜びと、愛しさだけ。
「ずっと一緒にいてあげます」
ちゅっ、と頬に口づけを落とす。
セリムも根は、ソラと同じなのだ。
ミニスカートを履きたい、可愛い服を着たい、——ソラについていきたい。
自分に正直に、したいと思ったことをする。
だからこうして、したいと思ったから、ソラの頬にキスをした。
「へ、セリム……っ?」
「今のは特別の特別、これ一回きりです。それよりもソラさんの照れ顔、珍しいですね」
「うぅ、セリムだって真っ赤じゃぁん」
早々に友情を飛び越えてしまった、この想い。
したいからする、の勢いだけではこれ以上進めなくても、いつか気持ちを伝えられたら。
互いに顔を赤くして、二人の少女は笑い合った。