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032 クロエさん、とっても頑張ってくれました

 鍛冶師ギルドの依頼受付窓口。

 ソラは胸の前に回ったベルトを外すと、鞘に収まったままの背中の大剣をカウンターに横たえた。

 書類のまとめ作業をしていた男が、カウンターの奥からやってくる。


「おっちゃん、仕事の依頼ってここでいいんだよね」

「そうだよ、お嬢ちゃん。で、依頼ってのはこの剣かい?」

「そうだよ、そいつを立派に鍛え直して欲しいの」

「鍛え直しか。じゃあ早速検分させてもらうよ」


 職員の男が馴れた手つきで鞘を取り払うと、コバルトブルーに輝く刀身が露わになった。

 滅多にお見にかかれない逸品に、思わず感嘆の声を漏らす。


「ミスリルの剣か……、こいつは凄い。でも確かに仕事が粗いね。よし、早速依頼を出しておこう。鍛冶師への報奨金は後払い、仕事が終わった後の受け渡し時に払ってもらうよ。それまでこの剣はこちらで預からせてもらうから」

「よろしく! ちょっとの間お別れだね、私の剣。また後でね」


 剣を鞘に納めた職員は、再び奥に引っ込むと依頼リストに新しく書き加える。

 ミスリルの剣の鍛えなおし、上位の鍛冶師のみに許された高難度の依頼だ。


「よし、登録完了。この依頼ならすぐに受け手が現れると思うから、明日にでもまた来てよ」

「りょーかいっ! おーいクロエ、終わったよー!」


 ソラが手を振ったテーブル席には、クロエとセリム、魔王主従が座って待っていた。

 赤髪の少女はソラの合図を受けると、すぐさま依頼受注のカウンターへ駆け足で向かう。


「おじさん、依頼! たった今入ったヤツ、ボクが受けるから!」

「え、ええ? なんだいクロエ、このお嬢ちゃんとグルだったのかい?」

「正規の手続き踏んだんだから、文句は無いでしょ。ほら、さっさとする!」

「わ、わかったよ……。いいのかなぁ、これ……」


 職員は釈然としないながらも仕事をこなし、無事にクロエは依頼を受注した。

 受注と共に受け取ったソラのツヴァイハンダーを両手で抱えたクロエ。

 ミスリルを扱う仕事はこれが初めて、自信と不安は半々といったところ。


「じゃあこの剣は預かるよ。見事に仕上げて返して見せるから」

「よろしくね。これできっと親方さんに、一人前って認めてもらえるよ」

「どうだろう、あの人石頭だからな……。じゃ、ボクはこれで。早速仕事に取り掛からなきゃ。何日くらいかかるかわかんないから、終わったら知らせにくるね」

「頑張ってねー!」


 ブンブンと手を振るソラに見送られ、クロエはギルドを後にする。

 あとは彼女の仕事が終わるまで待つだけ。

 扉が閉まってクロエの姿が見えなくなると、ソラの笑顔に少し寂しそうな色が見えた。


「ソラさん、どうかしたんですか? ちょっと寂しそうです」

「あー……、セリムにはわかっちゃうか……」

「それはもう、いつも見てる——違う! たまたまです、たまたま!」


 セリムが時々顔を真っ赤にして慌てふためくのは何故なのか、ソラには不思議で仕方なかった。

 それはさておき。


「あの剣さ、セリムがあたしのために作ってくれたでしょ。あれを握って戦ってる時、セリムを間近で感じられる気がして嬉しかったんだ。だからね、いくら性能が上がっても、セリムが作ってくれた剣じゃなくなるのは、なんだか寂しいなぁって」

「……ソラさん。もう、本当にアホですね」


 ソラのほっぺを人差し指で突っつきながら、セリムは笑う。

 彼女がそこまで自分を想ってくれていたことが何よりも嬉しい。

 うっかり口元が緩んでしまう。


「いいですか、剣という物は、自分の命を預ける物なんです。性能は高い方が良いに決まってます」


 でも、それとこれとは話は別。

 彼女がその思い入れによって命を落としてしまったら、セリムは悔やんでも悔やみきれない。


「それにです、ソラさんが戦う時には私が絶対後ろにいます。剣が無くても、いつも私と戦ってるじゃないですか」

「いつも一緒に……。にしし、そうだね。セリムはいつもあたしと一緒にいてくれる」


 セリムの体をギュッと抱きしめる。

 したいと思ったことをする、それがソラという少女。

 セリムを抱きしめる回数も、段々と増えてきている。


「セリムがいてくれる限り、あたしは誰にも負けないよ」

「誰にもって、喧嘩を売る相手は選んでくださいよ。一瞬でやられてしまっては、後方支援しようが無いので」


 ソラの大好きな、ふわりと甘く優しい匂い。

 サラサラの薄いグレーの髪に顔を埋め、すんすんと鼻をならす。


「この匂い、好き……。セリムの匂い、いくらでも嗅いでいたい……」

「んっ、ダメです、ソラさん。くすぐったいです……っ」

「セリム、ソラ。盛り上がっている所に水を差すようだが、続きは宿を取ってそこでせよ」


 魔王様の言葉に、セリムはハッと我に帰る。

 今いるこの場所は、鍛冶師ギルドの受付にほど近いテーブルの前。

 二人の少女の仲睦まじい姿は、ギルド内のどこからでも見える。

 微笑ましく見守る者や、尊さを感じてよだれを垂らす者、彼らの視線に気付いたセリムの顔は羞恥に染まる。

 彼女はソラの腕の中から抜け出すと、脱兎の如くこの場所から飛び出した。


「あ、セリムっ。行っちゃった……、宿探さなきゃいけないのに」

「アウスよ、あれが噂に聞くバカップルなるモノか」

「いえ、まだカップルではありませんわ」

「成程、ではバカと呼ぶべきだろうか」

「流石はお嬢様、辛辣にございます」




 ○○○




 乱立する鍛冶場の中でも、ひときわ盛んに槌の音が鳴り響く工房ブラックスミス。

 クロエはツヴァイハンダーを両手に抱えてこの場所に戻ってきた。

 兄弟弟子の一人が早速彼女の荷物に興味を示す。


「お、クロエ。なんだそりゃ。新しく依頼を受けてきたのか」

「いかにも。なんと今回はミスリルの剣だよ。鍛え直しの依頼なんだ」

「ミスリルだって!? 俺、見た事ないんだけど、ちょっと見せてくれない? あわよくば触らせてくれない?」

「ダメ。これはボクが預かったんだから、ボク以外には触らせないよ」

「いいじゃないか、減るもんじゃないし」

「あんだオイ、神聖な鍛冶場で騒ぐんじゃねえ」

「お、親方!」


 ゴネにゴネて大声を出した結果、彼はスミスに叱られてしまった。

 体を縮めて退散する見習い鍛冶師を見送ると、スミスはクロエの抱えた剣を見咎める。


「……ミスリルか」

「分かるの? 鞘に入ってるのに」

「俺を舐めんじゃねえ。目利きがありゃぁそんくらいは分かる。多くは言わねぇ。……頑張んな」


 一言だけを言い残して、スミスは去っていった。

 頑張んな、それはミスリルを扱う資格があると認められたことを意味する言葉。

 喜びを爆発させようとして、頭を切り替える。

 親方もさっき口にしたばかりだ。

 ここは神聖な鍛冶場。

 誰かが命を預ける武器を生み出す、鍛冶師と武器が一対一で向かい合う場。


 厳粛な気持ちで自らの工場こうばへ向かったクロエは、まず炉に火を入れる。

 ミスリルを溶かすには通常の炉の温度では不十分。

 高温に耐えうる炉がなければ、ミスリルを溶かすことさえ適わない。

 燃料も最高級、石炭の代わりに良質な炎の魔力石を惜しげもなくくべる。


「よし、次は……」


 鞘から剣を抜き、柄を取り外す。

 コバルトブルーの刀身をよく洗い、不純物を残さず綺麗に落とす。

 純粋なミスリルの塊となった剣を、いよいよ炉に入れる。


「まだまだ先は長いね。次は溶けるまで……」


 スミスがしていたように、腕を組んでじっと待つ。

 ミスリルが溶けるには、かなりの時間が必要。

 炉の中で燃え盛る炎は極高温の青色。

 時おりふいごで酸素を送り込み、火力を維持。

 熱と光に晒されながら、クロエはただその時を待った。


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 顔から滴り落ちる汗。

 懐に入れた氷の魔力石は、体を冷やすのに一役買っている。

 それでもこの暑さは堪えるはず。

 にも関わらず、クロエは直立不動。

 鍛冶師は体が資本、親方の教えに従って、彼女は修業の合間を縫って自らモンスターと戦った。

 自分の作った武器の性能を確かめられる上、魔素を浴びて力や耐久力を上げられる、まさに一石二鳥。

 彼女の力を測定機で測ったなら、レベルは20を越えているだろう。


 やがて鋳潰いつぶされ、ドロドロに溶けたミスリル。

 クロエはそれを型に流し込み、インゴット状に固める。

 赤熱するミスリルの塊を金床かなとこに乗せ、いつも腰に差している愛用のハンマーを取り出した。


「これからが本番だよ。気合入れろ、ボク」


 帽子の上のゴーグルを引き下げて装着し、熱したミスリルをハンマーで叩く。

 ひたすら打ち下ろす。

 炉に入れて熱し、また打ち下ろす。

 ソラが命を預ける大事な剣、一切手は抜かず、クロエは鍛え続けた。




 ○○○




 あれから一週間が経った。

 二日に一度、ソラはブラックスミスに顔を出して進捗しんちょくを尋ねる。

 その度に、クロエは取りつかれたようにハンマーを振るっていると答えが返ってきた。

 今日も来店した彼女たちは同じ返事を返される。

 腕を組んで体を傾けながら、ソラはうーん、と唸った。


「今日も出来てないみたいだね。ミスリル、そんなに手強いのか」

「それもあると思いますが、彼女は一切妥協せずに頑張っているんだと思います」

「ふむ、見上げた鍛冶師であるな。余も一本打って貰いたいものだ」

「マリちゃんの武器、杖じゃないの?」

「……杖を打って貰いたいものだな」

「お嬢様、杖はハンマーでは打たないかと」

「し、知っておる! 戯れに申しただけだ!」


 明らかに意地を張っているだけの魔王様。

 主君を見守るメイドの微笑みには、若干の愉悦が見て取れる。


「なんにしても、あんまり急かさないことです。彼女もミスリルを扱うのは初めての経験。色々と上手くいかないことも多いでしょうし」

「だねぇ。それにしても一週間も剣を手放すとは……、落ち着かない……」

「一本買っていきます?」

「ソラ様の財布は大きいけど、余計な出費は抑えたいの」


 意外と金銭感覚はシビアなソラ。

 たっぷりと入った財布にも、無駄に使っていい金は1Gも無い。


「何はともあれ、今日も引き返すとするか」

「そうですわね。そろそろお嬢様ぱんつの熟成も終わる頃……」

「ねえアウスさん、熟成って何してるの? どうなると熟成するの? あとセリムが涙目になるような台詞いきなり吐かないで」


 小さく震えるセリムの肩を抱きながら、店の入り口を出ようとするソラの背後、店の奥から赤髪の少女が大急ぎで飛び出してきた。

 ソラ達が宿泊中の宿に向かう予定だった彼女は、店内にいる依頼人の姿に足を止める。


「ソラ、みんな、丁度来てたんだ! やったよ、遂に完成したんだ!」

「完成って、ホント!?」

「うん、こっち来て! 早速見せたいんだ!」


 奥の工房へと連れられていくソラとセリム。

 魔王様は暑いのが嫌なのでお留守番、メイドはそのお供。

 二人が案内された彼女の鍛冶スペースに立て掛けられているのは、群青色に輝く抜き身の大剣。

 その刀身が放つ輝きは以前とは比べ物にならず、じっと見ていると目が眩みそうなほど。


「おぉぉぉぉっ! すっご、ホントにあたしの剣なの、これ!」

創造術クリエイトで作った剣とは全然違いますね。失礼でなければ、鑑定魔法いいですか?」

「いいよ、ちょっと緊張するけど。でも自信あるから!」

「では、鑑定スキャニング!」


 セリムの鑑定魔法が剣の性能を分析し、その詳細が魔力ビジョンとして空中に浮かび上がる。


  ——————————————


   群青のツヴァイハンダー


   レア度 ☆☆☆☆★

   攻撃力 125

   品質  最高級


  ——————————————


 当初の数値を覚えていたセリムは、感嘆するしかない。

 品質が並から最高級に、攻撃力は110から125にアップしていた。


「見事なお仕事です。こんなに強化されるなんて……」

「あたしは前の数字知らないけど、この刀身見てたらわかるよ。これがコイツの本当の力なんだね」


 柄をグッと握りしめ、両手で構えてみる。

 腕に馴染むような、どこか懐かしい感覚。


「おかえり、あたしの剣。これからもよろしくね」

「まだ受け渡しは出来ないけどね。ギルドを介してじゃないと」

「おっと、そうだった!」


 慌てて元の場所に剣を立て掛けると、コバルトブルーの刀身を名残惜しげに眺める。

 そんなソラを微笑ましく見守るセリムと、苦笑するクロエ。


「あはは、別にそこまで慌てなくても大丈夫だよ。ボクは預かってるだけ、それはキミのモノなんだから」


 彼女たちの背後から、のっしのっしと彼は近づいてきていた。


「おうクロエ。あんまり浮かれてんじゃねえぞ。ここが鍛冶場だって忘れんな」

「あ、親方。ごめん、でも遂に完成したんだ。ボク、ミスリルを鍛え上げてみせたんだ。親方も見てよ」

「……どれ、お前の仕事、じっくり見てやる」


 長さ一メートルの刀身を片手で軽々持ち上げると、スミスは隅々まで目を通す。

 表情は仏頂面のまま、時々わずかに目元をピクリとさせながら。


「ほう……、この仕事……。——なぁクロエ、お前これを打つ時、何を考えてた」

「何って、……ソラが命を預ける剣だから、一切手は抜けない。それだけかな」

「……そうか」


 顔には出さないが、彼は娘の成長に万感の思いを抱く。

 技術もさることながら、最も大事な部分をしっかり受け継いでくれた。

 剣を壁に立て掛けると、スミスは背中を向けて一歩、二歩とその場を後にする。


「親方、ボク……」

「明日、俺は王都へ発つ」


 クロエの言葉に被せるように、足を止めつつ彼は口を開いた。


「久々にでかい仕事が入った。この町のトップランカー五人へ、王宮から直々のご指名だ。俺ぁ一番信用出来る弟子を一人、お供に連れて行こうと思ってた」


 ゆっくりと振り向くと、表情は変えないままクロエを指さす。


「お前、ついて来い」

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