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031 有力情報、とうとう見つけました

 伝説の金属アダマンタイトを追い求めて旅に出たソラ。

 旅路の中出会った人々は、その存在を信じない者が殆どだった。

 セリムですら、存在する確証は無いといつも言っている。

 この広い世界で、彼女は初めて己と夢を同じくする者と出会ったのだ。


「……クロエ!」

「ソラ! ボク達は同志だ!」


 がっちりと握手を交わす二人。

 この短い時間で、彼女たちには固い友情が芽生えた。


「あたし決めたよ。アダマンタイトが見つかったら、クロエに頼みに行く。あたしの剣はクロエに作ってもらう!」

「ボクも全力で腕を振るって、ソラのために世界最強の剣を鍛え上げてみせるよ!」


 お互いに手を握り合って、至近距離で見つめ合う二人。

 しかしセリムに嫉妬の感情は湧いてこない。

 この二人の間に流れる空気が、何があっても友情から逸脱しない雰囲気だからだ。

 まったくしっとりしていない、男同士の友情のようなカラッとした感じとでも言おうか。

 とはいえ二人だけで盛り上がっていては、話は前に進まない。

 セリムも二人の間に入り込んでいく。


「あの、クロエさん。あなたはアダマンタイトについて何か知っていますか? 小さなことでもいいんです、何か手掛かりになりそうな……」

「手がかりも何も、親方が全部知ってるよ」

「——はい? あの、今なんと……」


 聞き間違いだろうか、さらりととんでもないセリフが飛び出したような……。


「だから、親方が知ってるの。アダマンタイトがどこで採れるか。槌を振るって鍛え上げた実績もあるよ」

「…………あの、ソラさん。私の耳、正常ですよね? ……ソラさん?」


 大騒ぎするかと思えば、妙に静かなソラ。

 彼女は目を白黒させて固まっていた。

 セリムの声にようやく再起動を果たすと、クロエの肩に両手で掴みかかる。


「ちょっと! 詳しく聞かせて! ってかスミスさんに今すぐ会わせて!!」

「わわわ、痛いって。一旦落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるかぁぁぁあいたたたっ!」


 そして、セリムにほっぺを引っ張られて引きはがされた。


「もう、慌て過ぎです。そんなにがっつかなくてもクロエさんは逃げませんよ」

「如何にも。ソラ様、急いては事を仕損じるという言葉もございますわ」

「あ、そうだよね。ゴメン、セリム、アウスさん」

「謝る相手が違いますよ」

「あぅ、ホントにごめんね、クロエ」

「いいっていいって、それだけ真剣なんだよね」


 笑って許してくれたクロエ。

 彼女は竹を割ったようなさっぱりした性格らしい。


「まったくソラさんは。アウスさん、ありがとうございます。……あと、いつからいたんですか?」

「余もいるぞ。無事に用事は済んだのでな、追いかけて来た」

「追いかけてって、どうやって場所がわかったんですか?」

「ふふふっ、それは秘密ですわ」


 メイドはにこやかに笑いながら、ソラの懐から白い布のような物を素早く抜きだして懐にしまう。

 場所を突き止めた方法、セリムにはこれ以上なにも聞き出せなかった。

 聞き出す勇気も無かった。


「ソラ、こちらのお二人も、キミのお連れさん?」

「あたしのじゃなくて、セリムのかな。あたしと同じ依頼人なんだ」

「依頼人? 依頼って、セリムは何やってる人?」

「実はアイテム調達業を営んでまして。ソラさんからはアダマンタイトの調達依頼を受けて、一緒に旅してるんです」

「アイテム調達か。アダマンタイトの調達って、ボクが言うのもなんだけどよく受けたね」

「ですよね、本当に思い切ったと思います……」


 ソラと一緒にいたい一心で受けたこの依頼。

 あの時決断をして良かったと、今になって思う。

 日々の暮らしを選んでソラを見送っていたら、今頃彼女はトライドラゴニスに殺されていただろう。

 ソラが死んだりしたら、彼女の笑顔が永遠に失われたら、きっと正気ではいられない。


「さ、ソラさん。目的のモノはもうすぐそこかもしれません。正念場ですよ」

「そうだね! クロエ、親方には今すぐ会える?」


 今度は慌てず、落ち着いて確認を取る。


「居るには居るけど、忙しそうだからなぁ。会えるかどうかはわかんないよ」

「それでもいいから、案内して! お願い!」

「わかった。ソラの本気度は十分伝わってるし。でも鍛冶場は危ないから、足下とか気を付けて。あと、作業中の人に迷惑かけないでね。すぐに叩き出されるし、ボクも怒られちゃうから」

「りょーかいっ、絶対迷惑かけないから!」

「ソラさんが一番心配です……」


 無事に許可が下りた。

 クロエに先導され、一行は店内の奥、鍛冶場の中へと向かう。

 四人もの大人数でぞろぞろと行っていいものか。

 アウスはほんの少し迷ったが、マリエールの興味津々な表情を見ては何も言えず。


「ここがウチの鍛冶場、鍛冶師はボクと親方も入れて十一人。かなりの大所帯だね」


 重い鉄の扉を開けた先、金属を叩く槌の音と燃え盛る炉の熱気が早速出迎える。

 期待に胸を膨らませていたマリエールは、早くも付いてきたことを後悔しだした。


「おぉ、凄い熱気だね。汗が噴き出してくる……。こんなとこ、長い間いられないよ……」

「鍛冶師の仕事も割と命がけだよ。文字通り命を削って、魂を込めて槌を振るうんだ。使う人が命を預ける武器に手抜きなんてしたら、そいつは鍛冶師失格。親方がいつも言ってるんだ」


 鍛冶師の心得を語るクロエの口調は熱い。

 そして、全身黒ずくめのマント姿の魔王様は暑い。


「アウスよ、余はダメだ。引き返しても良いか……」

「汗で蒸れたお嬢様のぱんつは惜しいですが、仰せのままに」

「うむ、余は店内で待っておる。後はお主らに任せたぞ……」


 変態発言に突っ込む気力すら削がれた魔王は、メイドを連れてすごすごと引き返して行った。


「あの人たち、独特だね……」

「あまり気にしない方がいいですよ、特にメイドの人は。気にした分だけ正気が削られます」

「未だにアウスさんが苦手そうだよね、セリム」

「得意になる気がしません……」

「と、ともかく案内するよ。こっち、ついてきて」


 熱した金属に、一心不乱に槌を打つ職人たち。

 彼らの後ろをクロエは慣れた足取りで、セリムとソラは怖々歩いていく。

 やがて鍛冶場の最奥、ひときわ火力の高い炉へと三人は辿り着いた。

 炉に相対して腕を組む、焦げた茶色の肌の角刈りの中年男性。

 近寄りがたい雰囲気を放つ彼に対し、クロエは気安く声をかけた。


「親方、お客さんだよ」

「依頼はギルドを通してだっつってんだろうが。帰って貰え」

「そう言わずに。依頼じゃなくってさ、親方に話があるんだって」

「あぁ? 話だァ? まぁた弟子入り志願か……」


 振り向いたスミスは、来客の意外な容姿に眉根を寄せる。

 背中に剣を背負った、明らかに冒険者の少女。

 そして、箸より重い物が持てなさそうな、可憐な少女。

 二人とも明らかに鍛冶師志望ではない。


「……ってわけでもなさそうだな。クロエ、こりゃどんな客だ」

「この二人、アダマンタイトを探して旅してるんだ。親方、教えてやってくれよ」


 クロエの話が終わらない内に、スミスは背を向けて、再び炉と睨みあう。


けえんな。この話はおいそれと他人にするもんじゃねぇ。この工房でさえ話した奴は一人もいねぇんだ」

「別にいいじゃん、教えてやってよ!」

「そんなことしてる暇あったら、一回でも多く槌を振ってろ。悪いが話は終わりだ」


 取りつく島もないとは、まさにこの事。

 話はそこで打ち切られる空気となった。


「あの、スミスさん。お話だけでも聞いて下さらないでしょうか」

「え、セリム……」


 セリムの鈴の音のような声が、スミスに訴えかける。

 普段の彼女なら、絶対にしない行動。

 だが、今ソラの夢が手に届くところまで来ているのかもしれない。

 彼女の笑顔のためなら、この程度は軽く出来る。


「セリム……? 嬢ちゃん、名前、名乗んな」

「え……、せ、セリム・ティッチマーシュです」

「ふん。なるほどな、マーティナの……」

「マ……っ、師匠を知っているんですか!?」


 スミスは一人納得したように頷き、こちらへと振り向いた。


「だがな、やはり話せねえ。そこの弟子が一人前になったと認めたら、考えてやらぁ」

「へ? なんでボク? この人たちとは関係なくない?」

「うっせぇ、今度こそ話は終わりだ。ミスリルは俺でも気を使う代物、これ以上集中を乱すな」


 どうやら炉で溶かしている金属はミスリルのようだ。

 スミスは今度こそ何も答えず、三人は店内へと引き返すこととなる。



「ごめんね、力になれなくて。親方、とっても頑固だから。ああなったら梃子でも動かないよ」

「うぅ、残念……。初めての有力な手掛かりだったのに……。これからあたしはどうしたら……」


 がっくりと肩を落とすソラ。

 その落ち込み具合は半端なものではない。

 彼女の頭を撫でて慰めながら、セリムは店内の壁に所せましと飾られた賞状やトロフィーを見回す。


「これ全部スミスさんの賞なんですか。本当に凄い方なんですね」

「この国一番の鍛冶師と言っても過言じゃないよ。スミス・スタンフィードの名前を知らない鍛冶師はモグリだね」

「あれ? スタンフィード?」


 聞き覚えのある姓に、セリムは首をかしげる。


「確か、クロエさんもスタンフィード。お二人は親子なんですか?」

「実はそうなんだ。と言ってもボク、拾われた子どもなんだけどね。小さな頃から槌を握って、親方に鍛冶のいろはを叩きこまれて。そんじょそこらの鍛冶師には負けない自信があるよ」

「お父さんとは呼ばないんですね」

「うん、ずっと親方。周りのみんなも親方って呼んでるし、ボクも親方の方がしっくり来るから」


 独特の親子の絆があるのだろう、深くは触れないでおく。

 それよりも気になるのは、クロエが聞いたというアダマンタイトの話。


「クロエさん、もしよろしければ、スミスさんから聞いたアダマンタイトの話を聞かせて頂けませんか?」

「うむ、余も気になるぞ。つまびらかに語るが良い」


 暑さから解放されたマリエールは再び興味津々、クロエの話を聞こうと身を乗り出す。


「いいよ、大した話じゃないんだけどね」


 それは、クロエがまだ六歳の時の話。

 世界最強の金属であるアダマンタイト、その存在を知った彼女は大いなる夢に燃えた。

 アダマンタイトを使った世界最強の剣を自らの手で鍛え上げる、壮大な夢。


 初めて出来た目標、クロエは周りに対し、何もはばからずに言いふらす。

 所詮は子どもの夢、そう言って笑う者が大勢いた。

 アダマンタイトなど実在しない、そう言って嘲笑する者が大勢いた。

 幼いクロエは深く傷つき、父に泣きつく。

 アダマンタイトは嘘なのか、本当は無いのか、と。


 寡黙なスミスはクロエに対し、ぶっきらぼうに、しかしどこか優しげに語った。

 アダマンタイトは実在する、以前に王都で一度だけ打った事がある。

 お前が一人前の鍛冶師になったら詳しく教えてやる、と。


「大体こんな感じ。どう? 参考になったかな」

「んー、親方さんの方便、ではないよね?」

「あの人、嘘つける性格してないから。口から出まかせなら一発でわかるよ」

「ポイントは一人前の鍛冶師、ですね」

「一人前でなければ、アダマンタイトなど打てぬだろうからな。難易度は間違いなく、ミスリルより上だ」


 先ほどのスミスとの会話でも出て来た、一人前の鍛冶師というワード。

 何をもって一人前なのか、セリムは考る。


「一人前の鍛冶師、それって何なのでしょう」

「そうだね……。多くの賞を取ることとか、自分の店を持つ? あとはランクを上げるとか……」

「そんな形だけの話なのでしょうか」


 一緒になって考え込むセリムとクロエ。

 セリムに頭をずっと撫で撫でされていたソラは、ふと先ほどのスミスの言葉を思い出す。


「ミスリルを鍛える、とか? ほら、親方さんでも難しいって言ってたし」

「んん、確かにミスリルを取り扱った経験はないね。仕事を受けられるランクではあるし、自信も持ってる。でも肝心の依頼がね……」

「そっかー、どっかにミスリル転がってないかなー」


 ミスリルを鍛えれば、認めて貰えるのだろうか。

 しかし、ミスリルは希少な金属。

 おいそれと転がっているはずが——。


「いやいや、アホですか。ソラさん、背中です背中」

「へ? 背中? あ、そうだった! クロエ、これ見て!」


 鞘に収まっていた両手持ちの大剣を、ソラはゆっくりと引き抜いた。

 コバルトブルーの刀身が輝きを放つそれは、紛れも無くミスリル。


「おぉ!? ミスリルの剣じゃん! ……でも仕事が粗い。この剣を鍛えた鍛冶師、腕は良くないね」

「あの、恥ずかしながら、私がやりました」

「え、セリムが!? どういうことなのさ!?」


 改めて、セリムは自分のクラスを説明する。

 アイテム使いというドマイナーなクラス、その特技である創造術クリエイトとアイテム合成、そうして作った武器は品質が落ちること。


「そんなクラス初めて聞いたよ」

「ですよね、もう慣れました」


 もはやお約束の反応、セリムも馴れたものだ。

 群青の大剣を鞘にしまったソラは、すっかり元気を取り戻している。


「コイツを鍛え直してやれば、親方さんも認めてくれるんじゃないかな」

「そうだね、やってみる価値はある」


 ミスリルの剣を完璧に鍛え上げれば、一人前として認めて貰えるかもしれない。

 つなぎのポケットから愛用のハンマーを取り出すと、クロエは気合を漲らせた。

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