030 ソラさんが二人に増えたみたいです
さすがのソラも遠慮がちに、そーっと両開きの扉を開ける。
その建物は、セリムの予想通り仕事依頼の斡旋所。
職人の密集するこの町では、仕事の取り合いでトラブルが発生しないよう、職人同士で発足した独自のギルドが存在する。
ギルド内で職人ごとにランクを格付けし、その能力に見合った仕事を紹介するシステムは冒険者ギルドと共通。
依頼された武具の複雑さ、鉱石の取り扱い難度、そして職人ごとの独創性。
様々な項目によって、厳正に格付けが為されている。
「あのー……、おじゃましまーす」
恐るおそる中へと入るソラ。
建物の内部構造も冒険者ギルドと似通っており、奥には受付のカウンター。
広いフロアに所せましと並べられたテーブルでは、屈強な鍛冶職人たちが図面と睨みあったり打ち上げの祝杯を挙げたり。
そんな中に入った場違いな冒険者の少女、大勢の目が一身に集まった。
しかし彼らも暇ではない。
すぐに興味を失うと、それぞれの時間に戻る。
「ソラさん、たのもーはナシなんですね」
続いて入ったセリムが、ソラにからかい口調で尋ねる。
「あたしもそこまで怖いもの知らずじゃないよ……」
然り、彼女はアホの子ではあっても常識知らずではない。
真剣に取り組む職人を茶化すつもりはさらさらなかった。
「さて、情報収集ですが……。ソラさん、お願いします」
「んん、セリムってば人見知りなんだから」
「そこまでではないですよ。ただ、大きな体の男の人とか、ちょっと怖いんです……」
「セリムの方がずっと強いのにね」
「……」
事実ではあるが、そういう問題ではない。
そして何より、ソラに言われるとへこむ。
「さぁ、どんどん行こう!」
いつも通りの前のめりスタイルで、ソラは早速手近な職人に話しかける。
筋骨隆々のはげ頭、その後ろ姿に慄くセリムだったが、振り向いた彼にちょび髭は無く、顔も彼らとは似ても似つかない。
セリムはホッと胸を撫で下ろした。
「おっちゃん、ちょっといい?」
「あぁん? なんだい嬢ちゃん。武具の仕立ては俺らに直接じゃなく、カウンターで依頼として登録するんだぜ。それがこの町のルールだ」
「そうじゃなくてね、とある鉱石について聞きたいんだけど」
「ほう、鉱石。嬢ちゃんの剣、見たところかなりの上物みたいだが」
「この剣、ミスリル製なんだ」
「ミスリルたぁ、大したもんだ。そんな代物を背負って何を探してるってんだ」
「アダマンタイト!」
ソラがその名を口にした瞬間、職人ギルド内が静まり返る。
入場時と同じく、一斉に彼女に注目が集まった。
思わず噴き出す者、表情を強張らせる者、反応は様々だが、やはりすぐにそれぞれの作業へ。
目の前の職人は、絶句してしまっている。
ぱくぱくと口を動かした後、やっとのことで喋り出す。
「あ、アダマンタイトか。……済まねえな、そりゃあ力になれねぇ。この町の職人ですら、それをいじった者はおろか、見た奴すらいねえんだ」
「むー、そっか、残念。でもさ、本当にあるんだよね?」
「存在するかどうかは、そりゃわかんねぇ。存在を信じてねぇ奴もいる。俺は信じてぇ方だがな、この稼業は長いが、一度もお目にかかれてない」
「そうなんだ、でもあたしが絶対に存在を証明してやるから、楽しみに待ってて」
その自信はどこから来るのか、この期に及んでも一片も揺らぐことなく言ってのける。
そんな少女の姿に、職人の男はとある少女の影を重ねる。
「ふっ、嬢ちゃん、あの子に似てるな」
「あの子? 誰それ」
「この町の鍛冶師の中でも最高の腕を持つスミスさん、その弟子の一人さ。あの子もアダマンタイトの名前をよく口にしてんだ」
「おぉ、同志発見! スミスさんの工房、場所教えて!」
「いいぜ、と言ってもあそこはこの町で一番でかい工房だ。適当にぶらついてても見つかるだろうけどな」
ソラの渡した紙切れにサラサラと簡易地図を書くと、二つ折りにして手渡す。
「ほらよ、住所と一緒に地図も書いといた」
「ありがと、おっちゃん!」
「いいってことよ。後でウチの店でなんか買ってってくれたらな」
ソラが紙切れを広げると、鍛冶職人の店の住所も書かれている。
「抜かりないね、商売上手め」
「ご来店、待ってるぜ」
メモを片手に、ソラはセリムの側へ帰還。
結局会話には一度も入れなかった。
「お待たせ、有力情報ゲットしたよ」
「有力、なのでしょうか……。ソラさんが二人に増えるだけな気が……」
「あたしが二人かぁ。もしもそっくり瓜二つなあたしが二人いたら、セリムは嬉しい?」
「もちろんうれしっ……、くはないですよ! アホですか!」
二人のソラに両端から抱きつかれるソレスティアサンド。
うっかり妄想してしまい、この世の楽園を見た気がした。
大慌てで取り繕うセリムの顔は、例の如く真っ赤。
「嬉しくないのか……、あたしはセリムが二人いたら嬉しいけどなぁ」
「まったく、あり得ませんよ。同じ顔の人間が二人も三人もいるわけ……が…………」
「ん? どうしたのさ、急に青ざめたりして」
「なんでもないです……。さ、スミスさんの工房に行きましょう……」
同じ顔の人間が三人。
そう、既に前例はあったのだ。
ガデム、ガドム、ゴドムの瓜三つな赤の他人。
これから会うスミスの弟子の女の子、彼女が本当にソラと瓜二つだったら、嬉しいどころかショックで卒倒してしまうのでは。
恐ろしい想像に、セリムの背筋が震えた。
○○○
人目を避けるように路地裏に立ちつくす一人の女。
黒いコートに黒いズボン、長い黒髪と黒ずくめだ。
マリエールとアウスは、袋小路を背にする彼女に向かい合う。
「やっと追いついたぞ、こそこそと逃げ回りおってからに」
「まったくですわ。お嬢様にこのようなご足労をさせて、返答次第では……」
素早く蛇腹剣を取り出し、刀身を束ねて切っ先を向ける。
「ただでは済ましませんわよ」
「ひっ、ひぃぃぃぃっ!」
黄色い瞳が鋭く睨みつける。
明確に殺意を向けられ、彼女は情けない声を上げた。
「アウス、そう殺気立つでない。こやつの性格はお主も知っておるであろう」
「……お嬢様がお許しになるのなら、わたくしに異存はございません」
鞭状に戻した蛇腹剣を収納すると、アウスは一歩引いて控える。
「この町に居るとは思わなかった。フェーブル姉妹はとうに魔王城へ帰ったぞ。お主も戻れ、アモンよ」
「あ、あの姉妹が戻ったのですか……。やはり、敵はかなり強大な……」
ベルフとベルズの帰還を聞いて震えあがったこの女は、アモン・ラーナー。
情報収集のために散らばっていた三人の部下、その最後の一人だ。
生来臆病な気質である彼女は、探りを入れる内に敵の強大を悟った。
それからというもの、各地を逃げ回りアウスからの連絡も受け付けなかったのだ。
「お主も任を解く。早くアイワムズに戻れ」
「そ、そうさせて頂きます……。それにしても、敵の正体は一体……、掴めてはいるのですか……?」
「うむ、実を言うとまるで全貌が掴めぬままだ。分かっているのは敵に雇われた傭兵二人。……なんといったか、アウス」
敵の名前を思い出せないマリエールは、アウスに話を投げる。
「フレイムナイトの女サイリン・マーレーン、イリュージョニストの男グロール・ブロッケン。この二人ですわ。補足するとどちらも魔族です」
「うむ、そう、それだ。……しかし魔族か、誰か彼奴らを知っている者は——どうした、アモン」
怯えるだけだった彼女の様子が、明らかに変わっている。
体の震えが止まり、何かを思い返しているような、そんな様子だ。
「サイリン・マーレーン……。茶色の髪の魔族の女。年の頃はアウスさんと同じくらい、そうですね?」
「……お知り合いでありますか。詳しく話を聞きたいものですわね」
「大した話は出来ませんよ……。幼いころに一緒に遊んだ幼馴染、その程度の関係です……。五十年ほど前に姿を消してから、一度も会っていませんよ……」
「そうか、ならば参考にはならぬな。そもそもあやつは金で雇われた傭兵、その素性など聞いても仕方なしか」
当ては外れ、結局敵の情報は何一つ得られぬまま。
「あいわかった、我らはこれより王都へ向かう。お主は魔王城に帰還せよ、良いな」
「仰せのままに、魔王様……」
アモンは主君に対し、恭しく礼をする。
「よし、では行くぞ、アウス。セリムたちの居場所はわかるか」
「抜かりはございませぬ。別れ際、ソラ様のポケットにお嬢様のぱんつを一枚突っ込んでおきましたわ。匂いを辿ればすぐに見つかりましょう」
「う、うむ……」
優秀なメイドの鮮やかな手際にドン引きしつつ、マリエールはアウスと共にその場を後にする。
臆病者の秘めたる決意に、何一つ気付かぬまま。
「魔王様、申し訳ございません。帰るわけにはいかなくなりました。もう一度、彼女に会うまでは——」
アモンはその場から姿を消す。
呟きは喧騒に消え、誰の耳にも届かない。
薄暗い路地裏には、もう誰もいない。
ただ槌の音や喧騒が響き渡る日常が残るだけだ。
○○○
「セリム、ここだよここ! 間違いないわよ、でっかいし!」
「そうですね、でっかいです。工房ブラックスミス、ここで間違いないみたいですね」
メモを片手に辿り着いたのは、大きな大きな鍛冶工場。
冒険者ギルドの建物よりも幅が広く、奥行きもある。
広い広い店内には、所せましと武具が並ぶ。
セリムの目から見ても、一級品の品ばかり。
どれに鑑定をかけても、出る品質は最高級だろう。
「おぉ、凄い! この鎧も、この小手も、すっごい欲しい!」
「ソラさん、目的を忘れないように。ここには買い物をしに来たのではないでしょう」
「おっと、そうだった。それに買い物はあのおっちゃんの店って約束したし」
陳列された防具に目を輝かせていたソラは、本来の目的を取り戻す。
いきなり工房に土足で踏み入るわけにはいかない。
まずは商品を並べているつなぎ姿の見習い鍛冶師に話を聞いてみる。
「あんちゃん、ちょっといい?」
「おう。なんだいお客さん。なにかお探しかい」
「うん、探しもの。あんちゃんは知ってるかな」
「この店にある物ならなんでもわかるよ、言ってみな」
「アダマンタイト!」
案の定、見習いの青年は絶句する。
ずっとこの調子なので、最初はハラハラしていたセリムも馴れたもの。
並んでいる短剣を手にとっては、興味深げに眺めている。
「あ、アダマンタイトかぁ……。悪いがこの店には置いてないなぁ……、あはは……」
「だよね、ダメ元で聞いてみただけだし。じゃあもう一つの探し物、これは絶対あるから」
「おう、もう一つか……。なんでも言ってくれ……」
早くも疲れを見せ始めた青年に、ソラは本題を持ちかけた。
「この工房にさ、あたしそっくりな……じゃないや、アダマンタイトがあるって信じてる女の子いるでしょ。その子とお話したいなって」
「あぁ、クロエ。あの子に会いに来たのか。いいよ、呼んできてあげるよ」
「ありがと、あんちゃん。お礼にセリムが短剣一本買ってくれるって」
「勝手に決めないでください!」
青年が工房の奥に消え、程なくして少女を一人伴って戻ってきた。
「なにさ、モーフ。ボクは修業中の身、忙しいんだけど!」
「そう言うなや。せっかくお客がお前を訪ねて来てくれたんだ」
「へ? ボクにお客? 何それ、どうなってんの」
「知らねえよ、とりあえず話聞いてやれ。じゃ、俺は品出しに戻るから」
困惑気味にソラの前まで連れてこられた少女。
顔は可愛らしい部類に入るが、ソラとは似ていない。
茶色の瞳に耳の隠れた赤い短髪、ゴーグル付きの帽子を深く被っている。
一見して中性的にも見えるが、つなぎの下から女の子特有の膨らみが自己主張していた。
「えっと、用があるのってキミ? ボクになんの用なのさ」
「そうだよ。まずは自己紹介からね。あたしはソレスティア・ライノウズ。ソラって呼んでね。こっちはセリムだよ」
「セリム・ティッチマーシュです。ソラさんと一緒に旅をしてます」
突然現れた二人組を不信感たっぷりに眺めながら、彼女も自己紹介。
「ボクはクロエ・スタンフィード。このスミス親方の工房で鍛冶師見習いしてる身だけど、そんなボクにわざわざなんの用?」
「にしし、実はあたし、アダマンタイトを探して旅してるんだ」
「アダマンタイトだって!?」
その名を聞いた途端、明らかに目の色が変わった。
一気に警戒が解けたのか、キラキラと目を輝かせる。
「そ、あたしの夢は世界最強の剣士。アダマンタイトで作られた世界最強の剣を振るう、誰にも負けない最強の剣士になるの」
「世界最強の剣……! ボクわかるよ、キミが冗談で言ってるんじゃないって」
「その通り、本気も本気。誰に何を言われようと、あたしはアダマンタイトが在るって信じてる!」
「おぉ、おぉぉっ!」
確かにそっくりだ。
顔は似ていないが、芯の部分で似通っている。
「キミの夢、熱意、確かに聞かせてもらったよ。これはボクの夢も話さないと不公平だよね」
クロエは真っ直ぐに前を見て、曇りない目で高らかに宣言する。
「ボクは世界最高の鍛冶師になる。そして、アダマンタイトで出来た世界最強の剣を、自らの手で鍛えるんだ」