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028 悔しいですけど、もう認めるしかありません

 第三区画の広場前、セリムとソラは隣り合ってこの場所を歩く。

 遥か地平線が茜色に染まり、頭上には星が瞬き始める時間帯。

 お気楽な表情のソラとは対照的に、セリムは悶々とした思いを抱えていた。


「ねえねえセリム。凄かったよね、大聖堂。あんな広い教会初めて見たし」

「そうですね、私もです……」

「あんな場所で結婚式挙げられたら嬉しいわよね」

「は!? え、な、な、何を突然アホですか!」

「え、あたしなんか変なコト言ったっけ」


 キョトンとした顔で返され、セリムはハッと思い直す。


「あ、ああ、そうですね……。誰と結婚するとかはわかんないですけど、いつか挙げられたらいいなあって話ですね、分かります」

「うん……。ねぇ、さっきから変だよ、セリム」


 パニック状態真っ最中の頭で、おかしなことを考えてしまった。

 うっかり自分とソラが並んでウエディングドレスを着て、なんて妄想をしてしまったのだ。

 祝福のベルが鳴り響く中、ステンドグラスの下でソラと向かい合い、口づけを——。

 尚も進行する妄想を必死で振り払う。


「何かの気の迷いです、あり得ません。私がソラさんのことを……? あははっ、そんなまさか……」

「んー、疲れてるのかな。早く宿に戻ろっか」

「そうです、一晩眠ればきっと元通り。そうに違いないです」


 うんうんと頷くセリムの頬は、今なお赤く染まっている。

 第三区画の門を通り抜けて、二人は上層部の市街地へと出た。

 下層の雑多な空気は欠片も無い、落ち着いた雰囲気の町並み。

 普段は人通りも少ないこの場所、しかし今はカップルの姿がまばらに見える。

 景色もムードも良いため、デートスポットとして人気があるようだ。

 手を繋いで寄り添うカップル、ベンチに座って体を預け合うカップル。

 ただでさえ初心うぶな上に、ソラとの妄想で頭が一杯な今のセリムには、刺激の強すぎる光景が広がっていた。


「おわぁ、カップルだらけ……。ここってデートスポットなんだね」

「で、でぇと……」

「あたしたちも手、繋いでみる? もしかしたら恋人同士だって思われちゃうかも、なんちって」

「そらさんと、こいびとどうし……?」


 ただでさえ過剰に意識していたところにこの追い打ち、彼女の頭はとうとうオーバーヒートを起こした。


「セリム? どうしたのさ、急に寄り掛かって来て。ソラ様に甘えたくなっちゃったのかー?」

「かっぷる、でぇと、けっこん……」

「んー、聞こえてない? しょうがないなー、よいしょっと」


 突然体重を預けて来たセリムは、支えていないと倒れてしまいそう。

 ソラはおもむろに彼女を抱き上げ、お姫様だっこの体勢へ。


「これでよし。それにしても急に倒れちゃうなんて、よっぽど疲れてたのかな。でもセリム、あたしよりもずっとタフなはずだし。ナゾい」

「そらさんが……、わたしのうんめいのあいて……? そんな、そんにゃことぉ……」


 道行く人に可愛らしいカップルと思われて、暖かい視線を一身に受けながら、ソラとセリムは無事に宿へと帰還した。



「ほら、セリム。宿に着いたよ。もう自分で歩ける?」

「うぅ、ごめんなさい、ソラさん。なんだか頭がぼんやりしてしまって……」


 宿に到着したソラは、セリムをそっと床に下ろす。


「ソラさんも疲れてるでしょうに、わざわざここまで運んで貰っちゃって」

「全然平気だよ。セリム軽いし、いい匂いするし」

「——っ! もう、そういうことをさらっと……」


 そんなことを言われたら、また意識してしまう。

 同時に、ソラに褒められた喜びで、思わず頬が緩む。


「また顔赤くなってるよ。もう部屋に戻って休もうか」

「い、いえ、大丈夫です。これはソラさんのせいなので」

「え、なんでさ?」

「それよりも、マリエールさんたちの部屋に行きましょう。なにか新しい情報を掴んでいるかもしれません」

「お昼に部下の人たちと会ってたんだよね。まだ日が沈んだばっかりだし、いいと思うよ」


 方針は決定、魔王主従の泊まっている部屋へと向かう。

 扉の前に到着すると、ノックをして不在確認。


「……反応がありませんね。留守でしょうか」

「カギは開いてるの? えいっ」


 ソラがドアノブを回すと、なんの引っかかりも無くあっさりとドアが開いた。


「開いてたね、明かりも点いてるしやっぱり居るんじゃん。おじゃましまー……」


 無遠慮に室内へと踏み込んだソラは、そこで固まってしまった。


「なにしてるんですか、もう。勝手に入っては……」


 硬直する彼女の背後から顔を出したセリムの目に飛び込んで来た光景。

 それは、子ども用かぼちゃぱんつを頭から被って匂いを堪能するメイドの姿だった。


「………………ソラさん。私、気分が悪く……」

「えっと、色々言いたい事はあるけど。アウスさん、マリちゃんは?」

「シャワーを浴びてますわ」

「で、アウスさんはなにしてるの?」

「お嬢様の脱ぎたてぱんつを賞味……片付けていたところですわ」

「うん、わかった。じゃあ早く被ってるの外してね。これ以上セリムにトラウマを増やさないで」


 その後、シャワールームから出て来たマリエールは、真面目モードのアウスと共に昼間の出来事を説明。

 何とか立ち直ったセリムも、霊峰カザスでの場違いモンスターとの遭遇劇を語った。


「むぅ、やはり遭遇していたか。懸念通りとなってしまったな」

「王都周辺へと伸びる謎のライン、その上に出現する場違いな高レベルモンスター、ですか」

「うぅ、誰かの仕業だって言うの? 誰が何のためにそんなことするのさ」

「見当も付きませんね。この行動に何のメリットがあるのか、そもそもどうやってモンスターを運んでいるのか、さっぱりわかりません」


 法則性が見つかっても、それが何を意味するのか。

 不可解な謎だけが増え、一同首を傾げるしかない。


「一つだけ言えることは、わたくしたちの目的地も王都に決まった。それだけですわね」

「うむ。王都に到着次第、余はアーカリア国王と会談を行う。この件、この国の長の耳にも入れねばなるまい」

「行き先は一緒だね。あたしとしては、王都はあんまり行きたくないんだけど……」

「またそれですか。どうせ聞いても答えてくれないんでしょうけど」


 ソラに秘密にされている事柄がある、それがセリムにはどうにも気にいらない。

 何故か無性に腹が立つし、悲しくなってしまう。


「それよりもアダマンタイト、忘れてないですか? この場所も情報収集にはうってつけだと思いますけど」

「おおっ! すっかり忘れてた!」

「本当に忘れてたんですか……」


 結局その日はそのまま解散、情報共有のみで進展は得られず。

 翌日、ソラはカルーザスの街中でアダマンタイトの聞き込みをするが、これも成果は無し。

 丸一日を徒労の中に終える結果となり、さらに翌日。




 ○○○




 とうとう聖地カルーザスを発つ時が来た。

 旅装に身を包んだセリムは、意気込み高く気合十分。

 いつもテンションの高いソラよりもなお高く、まさに青天井。


「さあ行きましょう。目指すはここから東の町、イリヤーナです」

「いつもは旅を嫌がるのに、今回は元気だね」

「ソラ様、ここからイリヤーナへ続く道は、すなわち聖地へと続く道。舗装も行き届いて、宿場も豊富にありますわ」

「あぁ、なるほど。だからか」

「はいっ! なんと今回の行程も、野宿とは無縁なんです! 街道が危険地帯を通ってるわけでもないですし、とっても快適なんです!」


 野宿をしなくていい、それはセリムにとって何よりも喜ばしい。

 修業時代に嫌と言うほど野宿をしたのだ、可能な限り遠慮願いたい。


「青空が済み渡ってますね、良い旅行日和になりそうです」

「セリムっ、せっかくだし手を繋いで行こうよ」


 言うが早いか、ソラはセリムの手を取って歩き出す。


「えっ、ちょっと待って……、手を繋ぐのは特別って、言いましたよね?」

「あたしがセリムと繋ぎたいって思ったの。さ、どんどん歩こう!」


 ソラに手を引かれて、ひたすら照れるセリム。

 そんな彼女の様子に、数歩後ろを歩きながら、メイドは成程、と呟いて目を細めた。



 その日の夕刻。

 無事に辿り着いた宿場町、宿の一室でセリムはのんびり羽を伸ばしている。

 ソラとは相部屋だが、彼女は今、宿の外で一心不乱に素振りに打ち込んでいる。

 強くなるために、一日でも鍛錬は欠かしたくないとのこと。


「静かでいいですね。ソラさんがいないと寂しいですが……いえいえ、寂しくなんてありません!」


 道端で摘んだ火薬草と竹筒に創造術クリエイトをかけ、タイマーボムを生成。

 十分なストックをポーチに溜めこむと、椅子に腰を下ろしてゆったりくつろぐ。


「最近の私がおかしいのは、きっとソラさんと一緒に居過ぎたからです。たまには一人の時間も必要ですよ、うん」


 誰に対して言っているのか、この言い訳じみた独り言は。

 思わず自分で突っ込んでしまう。


「……ソラさん」


 それでも、考えてしまうのは彼女のことばかり。

 ついついソラの姿を探してしまい、目を閉じれば彼女の笑顔ばかりが浮かんでくる。


「はぁ……」


 一体どうしてしまったのか、考えても答えは出ず、切なげなため息が自然と漏れる。

 その時、部屋のドアがコンコン、と二回ノックされた。


「セリム様、いらっしゃいますでしょうか」


 聞こえて来た声、来訪者はアウスのようだ。

 常に犯罪スレスレを突っ走るメイドを、セリムは非常に苦手としている。

 もっとも、その変態性が発揮されるのは主人に対してだけ。

 その辺りはセリムにも理解出来て来た。

 一対一で会う分には、彼女はよく出来たメイドさんだ。


「アウスさん、カギは開いているので、入っていいですよ」

「では、失礼いたしますわ」


 静かに扉を開け、両手で閉める。

 彼女が一人で来訪してくるとは、一体なんの用なのか。


「いらっしゃい、アウスさん。どうぞおかけになってください」

「お言葉に甘えて」


 セリムの向かい側の椅子に腰かけ、二人は同じテーブルを囲む。


「マリエールさんは一緒じゃないんですね」

「お嬢様は湯浴みに入っておりますわ。非常に残念ながら、わたくしの同伴は断られてしまいました」

「そ、そうですか……。でも、珍しいですね。アウスさんが一人で来るなんて」

「ええ、ちょっとセリム様にお話がありまして」


 マリエール絡みでない場合、アウスは非常に有能な人物。

 どんな話が飛び出してくるのか、思わず肩に力が入る。


「最近お調子が優れないように見受けられますわ。貴女様は戦力の要、体の不調は正直に打ち明けて貰いたく、まかり越しました次第に」

「不調、ですか……」


 体そのものには異常はなく、健康そのもの。

 むしろおかしいのは心の方。


「実は最近、頭の中が、その……、ある人のことで一杯なんです」

「……ほう。具体的にはどのように?」

「その人の笑顔を思い浮かべると胸が暖かくなって、四六時中その人のことを考えてしまって……」

「……さらに、その人物が誰かと仲良くしている場面を思い浮かべると、胸が苦しくなる、ですわね」

「ど、どうしてわかるんですか!?」


 ソラがメリィに対して微笑み、見つめ合い、その手を取る。

 あの光景を思い出しただけで、セリムの胸は引き裂かれそうなほど痛む。


「もっと言えば、その人と触れ合ったり、側にいるだけで心が満たされ、けれども何故か素直になれない」

「凄い、全部当たってます……。サイキッカーじゃないですよね、アウスさんのクラスって……」


 ここ数日のセリムを悩ませる事象、全てをピタリと言い当てられ、驚きを隠せない。

 苦手意識はもはや消し飛び、尊敬の念すら向けてしまう。


「わかりましたわ、全てを理解しましたわ。セリム様、あなたは病を患ってしまったのです」

「や、病……。私、病気だったんですか……!」


 アウスから静かに告げられた宣告に、セリムはショックを受ける。

 もしも治らない病気だったら、みんなに迷惑をかけてしまう。

 それ以上に、ソラと一緒にいられなくなってしまうかもしれない、それが怖い。


「その病名は——」

「ごくり……」

「恋の病、ですわ」

「……は?」


 もったいぶった末に飛び出した、信じられない病名。

 思わず呆気に取られ、セリムは口をパクパクさせる。


「セリム様の病は恋煩い。貴女はその方に恋をしてしまっているのですわ」

「こ、こい……?」

「ふふっ、わたくしはこれにて失礼させていただきますわ。良い夜を」


 優雅にスカートの両端を持ってお辞儀をすると、アウスは部屋を去っていった。

 残されたセリムは、あまりにも大きな衝撃から立ち直れていない。


「これが……、恋? 私はソラさんに、恋をしている……?」


 あり得ない、あり得ない、あり得ない。

 いつものように否定しようとしても、心の奥底では認めてしまっている。

 ふらふらと椅子を立つと、勢い良くベッドにダイブ。

 そのままうつ伏せで、ソラの顔を思い浮かべてみる。


「ソラさん、私は、ソラさんが好き……?」


 ギュッと枕を抱きしめながら、確認するように口に出す。

 自分の発した言葉が染みわたり、胸の鼓動が高鳴っていく。


「そう、ですか。好き、だったんですね。もう、ソラさんのくせに私をこんな気持ちにさせて……。こんなの、認めるしかないじゃないですか……」


 横向きに転がって体を丸めながら、何度も繰り返す。


「ソラさん、ソラさん、ソラさん」


 彼女の名前を口にするたびに、心が温まる。


「私、あなたのことが、好き——」

「たっだいまー! ふぃー、いい汗かいたー!」

「好きなわけないじゃないですかっ! 勘違いしないでください!!」

「うぇぇっ、急にどうしたのさ」


 ベッドから跳ね起きたセリムに帰って早々怒られてしまい、ソラは困惑するしかない。

 彼女の顔を見た途端、素直な気持ちを口に出せなくなってしまう。

 ようやく自覚したソラへの想い、これを伝えるにはまだまだ長い時間がかかりそうだ。

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