026 運命の赤い糸って、何を言い出すんですか!
「ソラさん、お疲れ様です」
「セリムこそ、ナイス後方支援!」
元気溌剌、崖を駆け登ってきたソラはセリムと両手でハイタッチ。
戦闘中気になって仕方なかった質問を早速ぶつける。
「ところでさっきのなんだったの? なんにもない場所に、突然足場が出来たんだけど。あれもセリムがやったの?」
「あれですか、ソラさんとっても驚いてましたね」
イタズラっぽく笑うと、左の手首にはめた青い腕輪を見せる。
「これは天翔の腕輪。使用者が念じた場所に透明な足場を生み出す力を持った、次元龍の素材と秘境で採れた鉱石から作ったアイテムです」
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天翔の腕輪
レア度 ☆☆☆☆☆
次元を旅する龍の魔力が
込められた腕輪。使用者
の魔力を糧として、空間
に足場を創り出す。
創造術
次元龍の翼膜×瑠璃瑪瑙
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「装備している限り、無尽蔵に魔力を吸われるので、普段は外していますが」
「ほえー、また次元龍の素材かー。なんかとんでもないね」
「そうですね、言われてみれば。次元龍の素材から出来たアイテム、そのどれもが規格外です」
腕輪を外してポーチに入れつつ、かつて戦った巨龍に思いを馳せる。
あの場所の危険度自体が常識外れだったが、中でもタキオンドレイクは格が違った。
次元龍の討伐が、師匠から提示された秘境の脱出条件。
空間を捻じ曲げ、自分の存在をも別空間に転移させる、普通の魔物では考えられない力。
半年間挑み続け、やっとのことで勝利を手にしたのだ。
「今思えば訳がわかりませんね、あの場所も、あの龍も……」
「まあいいじゃん、それだけ世界は広いってことで」
脳天気なソラの発言に、深刻に考えるのがバカらしくなってしまう。
「ふふっ、たまにはソラさんもいいこと言いますね」
「でしょでしょ、もっと褒めて褒めて」
「よしよし、よく頑張りましたね」
ソラの頭を撫で撫でしていると、生き物の焼ける嫌な臭いが崖の上にまで漂ってくる。
気持ちよさそうにしていた顔を一転してしかめると、ソラは崖下を見下ろした。
「でもさ、なんか勿体ないね。あのまま素材ごと燃え尽きちゃいそう」
全身を炎に包まれたニードレッグの死骸。
消火する手段が無い以前に、もはや手遅れ。
今の状態では、もう使える素材は残っていないだろう。
ゴウゴウと音を立てて燃え盛る様は、まるで巨大な篝火だ。
「あ、あの方法がベストだったんです! ……多分」
「にしし、冗談冗談。言ってみただけだから」
「もう、意地悪です……」
小さく膨らませたセリムのほっぺを、ソラが指先でつんつん突っつく。
「お二人は、本当に仲がよろしいのですね。気持ちが通じ合ってると言いますか……」
じゃれ合う二人の姿を微笑ましく、でもどこか寂しげに眺めながら口にしたメリィの言葉に、セリムの頬は急に赤くなる。
「そ、それはさすがに言い過ぎ——」
「でしょでしょ。あたしも昨日わかったんだけどさ、どうやらセリムとは運命の赤い糸で結ばれてるみたいなんだ」
「ちょっ!! 急に何てこと言い出すんですか! アホですか!」
「あれ、違ったっけ。なんか違う言い回しだったかな……。てかセリム、なんで照れてるの?」
「知りません、ソラさんなんて知りません!」
ますます真っ赤になってそっぽを向いてしまうセリム。
ソラは不思議そうに首を傾げつつ、メリィに手を差し伸べる。
「さ、行こっ。もうすぐ山頂なんでしょ」
「……はい。あと少しだけ、お付き合いください」
白馬の王子様が現れたと思った。
でもその王子様は、どうやらもうお姫様と出会っていたようで。
だが、たとえ勝ち目は見えなくても、諦めるつもりはさらさら無い。
隙あらば、横から奪い取ってやろう。
したたかな想いを胸に秘め、メリィは二人に守られながら山頂を目指す。
○○○
昼前まで寝ていた魔王様はお目々ぱっちり、気分爽快。
目覚めた瞬間視界にドアップで映り込んだメイドのよだれを垂らしたニヤケ顔が、寝覚めを悪くしたが。
「アウスよ、お主は少々自重せよ」
「はて、何を自重せよと。お嬢様、逐一説明して頂けませぬと、愚かなメイドには理解出来かねますわ」
「うっ、逐一とな……」
卑猥な言葉を吐かせ、その反応を見て楽しむつもりだ、この変態は。
素早い判断を下したマリエールは、
「……良い。これからも忠勤に励むがよかろう」
「仰せのままに、お嬢様」
直ちに前言を撤回した。
「それにしても遅いな、あやつらは。時刻は今、正午に相違ないか」
「はい。ただ今正午を十五分、回ったところですわ」
懐中時計を開けると、アウスは時刻を確認する。
この場所は上層部、第三区画の教会前広場。
噴水から吹き上がる水が虹を作り、小鳥が跳ねながら地面をついばんでいる。
「のどかな風景、退屈はせぬが……。あの姉妹、主をこうも待たせるとは」
「……もしかしたら、不測の事態が起きたのやもしれませんわ」
「——敵の襲撃に、遭ったというのか」
「可能性はゼロではないかと」
ベルフとベルズのフェーブル姉妹は、共に諜報活動に長けたクラス・ローグ。
直接の戦闘は不得手なため、襲撃を受けた場合無事では済まない可能性が高い。
「敵は想定以上に力を持っていた。その事実が判明した以上、彼女達にはアイワムズへの帰還を命じるつもりだったが……」
「遅かった——やもしれませぬ」
アウスの言葉に、マリエールは沈痛な面持ちで部下を思う。
「すまぬ、ベルフ、ベルズ。余が見通しを誤ったばかりに……」
「すぴー」
「すやー」
「……ん?」
よーく耳を澄ませば、向かい側のベンチから穏やかな寝息が聞こえる。
一見すると誰もいないベンチ、その上に小鳥が舞い降りた。
小鳥が停まったのは何もない空中、見えない何かの上を軽快にステップする。
「……おった。バカ者どもがおった」
「で、ありますわね……」
深刻な表情から一転、ジト目を向けながらつかつかとベンチの前まで行き、大きく息を吸い込む。
「すぅーっ……、起きろッ!! このうつけ共ッ!!!」
「ひゃあああい!!」
「寝てませええん!!」
広場中の小鳥が大声に驚き、空へと飛び立つ。
透明な二人は、透明なままで跳ね起きた。
「あ、魔王様。おはようございまーすぅ」
「アウスさんもお久しぶり、お元気そうでなによりですぅ」
「うむ、まずは透明化を解け。話はそれからだ」
「あ、忘れてましたぁ、えいっ」
「それっ」
ローグの固有技能、透明化。
体を透明化させ、周囲の景色と一体化する技。
透明になっている間は気配も遮断され、物音を立てない限り気付かれない。
ただし、効果時間中は他者に攻撃を加えられない制約が存在するため、専ら諜報活動に用いられる。
余談ではあるが、メイドは常々この技能を欲しいと思っている。
透明化を解除した二人は、ようやく主にその姿を晒した。
双子の姉妹である二人は顔も背丈も、濃い青の髪色も同じ、服も胸元の緩い色違いのおそろい。
ベルフがポニーテールの髪型にオレンジの服、ベルズがツインテールに紺色の服を着ている。
「さて、お主ら。聞きたい事は山ほどあるが、まず一つ。何ゆえ寝ていた」
「なにゆえって、ポカポカ日差しが気持ちよくてぇ」
「眠くなっちゃったんだよねぇ、ベルフちゃん」
「そうなの、でもそのまま寝てたら神父さんに注意されちゃってぇ」
「透明化使って寝れば怒られないって気付くベルフちゃん。賢いねぇ」
「えへへぇ、それほどでも……」
「うむ、よーくわかった。主君との待ち合わせを放って昼寝していたと。よぉぉぉくわかった」
こめかみに血管を浮かび上がらせながら、二人の話を聞いていた魔王様。
何度も深く頷きながら、ぷるぷると震える。
「お嬢様、ここは穏便に。後で妹様にお仕置き泡風呂して貰うとして、話を進めましょう」
「う、うむ、あれか。にゅるにゅるして凄いヤツだな……」
アウスの取りなしによって、この場でのお仕置きは回避された。
だが、魔都に帰還した二人には、さらに過酷なお仕置きが待っている。
以前布団に地図を描いてしまった時にお仕置きとしてやられた、メイドと妹に挟まれてのにゅるにゅるは、思い出しただけでも全身がぞわぞわする。
「コホン、叱責は後回しだ。報告を聞こうか」
「報告ですかぁ。ベルズちゃん、なにかあったっけ」
「そうだねぇ、なにがあったっけぇ」
「……お嬢様、具体的に聞いていきましょう」
「うむ、これでは埒が開かぬな……。まず、余の杖を奪った一味について、何か情報を掴んではいないか」
サイリン・マーレーンにグロール・ブロッケン。
あれ程の手練れを雇い、魔王の証を狙う者の正体。
それが今、マリエールが最も欲しい情報だ。
「敵の情報ですか、ごめんなさい。全然尻尾を出してくれなくてぇ」
「頑張ったんだけど、影も形も掴めなかったよねぇ」
「むぅ……、やはり難しいか」
こう見えても二人の諜報能力は本物、魔族でも右に出る者はいない——この調子では説得力が出ないが。
彼女達でも掴めないとなると、敵は相当に用心深い。
「でもでもぉ、変わりにモンスターの異常な出現について調べてきましたよぉ」
「気になるデータが出たんです、ビックリなんですぅ」
ベルフは荷物の中から大きな羊皮紙を取り出すと、主に手渡す。
「……これは」
そこに記されているのは、アーカリアス大陸中央部の地図。
場違いなモンスターが出現した危険地帯が丸で囲んであり、丸と丸が線で結ばれている。
「なんと、西から東まで緩やかな曲線で繋がってるんですぅ」
「終点は王都近辺、始点は危険度レベル47、巨岩の荒野ですねぇ」
「なるほど、これは明らかに人為的なものであるな」
「巨岩の荒野——大地の邪神がノルディス神に封じられたと伝わる場所、でしたわね」
巨岩の荒野から始まり、コロド山を経由して、次の目的地であるイリヤーナ、そして王都アーカリア。
西から東へ続くその曲線上に存在する危険地帯に現れた場違いなモンスター。
曲線の始点は、邪神の一柱が封印された土地。
「余の件との関係が有りにしろ無しにしろ、実にきな臭い話だ。これはアーカリア国王の耳にも入れた方がいいだろう。あるいはもう、知っておるやもしれぬが」
「次の目的地は王都、でございますね。奇しくもセリム様たちと行き先は同じ。手間もかからず、結構かと」
「うむ……、ん? 待て、この曲線上にある危険地帯、まだ丸は打たれていないが……」
マリエールが指さした危険地帯は、霊峰カザス。
まさにこの場所を、曲線が通っている。
「確かセリムたちは今日……」
「はい、霊峰カザスにて、神子の護衛を行っていますわ」
「ふむ、強大なモンスターに遭遇していなければ良いが……」
遥かにそびえる霊峰を見やりながら、マリエールは憂慮する。
「あやつらならば、万一は起こらぬと思うがな。特にセリム、あれは化け物だ……」
苦手意識は消えて来たが、それでもまだ時々怖い。
セリム本人が物凄く気にしているため、極力表には出していないが。
「セリムさん、ですかぁ?」
「誰ですかぁ、気になりますぅ」
「余の協力者である人間だ。杖の奪還を依頼したのだが、滅法強くてな。アウスでも相手にならなかった」
「あら? わたくし、セリム様と手合わせした覚えなど御座いませんわ」
「おっと……。そうであった、アウスは覚えておらぬのか……」
失言である、コホンと咳払いして仕切り直し。
「ベルフにベルズよ。余は敵と交戦した。彼奴らの力は強大。アウスと互角の者が最低でも二人、そのバックにはどれだけの猛者がいるか知れたものではない」
「そうなんですかぁ、怖いですぅ」
「私達、出くわさないでラッキーでしたぁ」
「その通り、お主らの力では、これ以上の深入りは危険だ。この件に関する諜報の任を解く、直ちに魔都アイワムズへ帰還せよ」
戦闘力を持たない彼女達に、これ以上危ない橋を渡らせられない。
ついでにお仕置きのにゅるにゅるも受けてもらわねば。
「それはありがたい話なんですけどぉ」
「魔王様、大丈夫なのですかぁ? 今は戦えないんじゃぁ……」
「ご心配には及びませんわ。わたくしがお嬢様の剣となり、盾となる。この身に代えてもお守り差し上げますわ」
「む、頼もしい心意気ではあるが、くれぐれも命を粗末にするでないぞ」
「勿体なきお言葉、胸に染み入りますわ」
一歩引いての優雅なお辞儀。
容姿端麗、マナーは完璧、雑務もそつなくこなし、戦闘となれば鬼神の如き働き。
つくづく変態でさえなければと、魔王様は嘆息なされた。
「えっと、それではお言葉に甘えてぇ……」
「お暇させて頂きますねぇ、魔王様、ご武運を祈ってますぅ」
「さよならですぅ」
何故か透明化を使い、双子の姉妹は忽然と姿を消した。
後で伝書鳩を飛ばし、魔王城にお仕置きの旨を伝えねば。
それにしても気になるのは、モンスターの異常出現。
「アウスよ。この件、お主はどう見る」
「……わたくしにはなんとも、計りかねますわ」
「そうか……。ならば良し」
敬愛する主につく嘘、それはアウスの胸を極限に締めつける。
心当たりが無いわけではないのだ。
しかし、憶測の域は出ない。
何よりその事実はマリエールには秘匿された情報。
今このタイミングで、自分の口から告げることは彼女には許されていない。
「それよりもお嬢様、お腹の虫は鳴いてはおりませんか?」
「失敬な、魔王たる者がそのようなはしたない——」
ぐううぅぅぅぅぅ……。
「うぐぅ、空気を読まぬ……」
「くすくす、下層部に降りて昼食としましょう。何をお召し上がりになりますか? アウスの特製ランチはどうでしょう」
「却下だ」
味は確かだが、異物を混入される気がする。
色々な体液とか。
「ではお子様ランチなどいかがでしょうか」
「子供扱いするでない!」
マリエールは両手を掲げてぷんすこ怒りながら、アウスと連れだって広場を後にした。




