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023 この胸のモヤモヤ、何なのでしょうか

 まだ幼さの残る無名の少女が叩き出した、23の数字。

 ざわめきの治まらない大聖堂に、パンパンと二回、手を叩く音が響く。


「皆さん、お静かに。どうやら決まりましたな」


 大司教メイナードの鶴の一声で、次第に堂内は静けさを取り戻す。

 装置を頭から取り外して祭壇に置いたソラは、この場に集まった冒険者全員の視線が自分に注がれていることに気づいた。


「え、えーっと……、なんだか照れるね」


 驚きと称賛の混じった顔を大勢に向けられる、今までにない経験。

 落ち着かない様子で後ろ頭に手を回すと、後方の席に座ったセリムと目が合った。

 見ず知らずの他人の視線とは異なり、彼女の向ける眼差しは心が休まる。

 ニコリと微笑む彼女に向けて、小さくブイサイン。


「嬢ちゃん、驚いたぜ。大したもんだ」


 苦笑いしつつ声をかけてきたのはゴドム。

 勝利を確信していた彼は、自分の娘程の年頃の少女に敗北を喫した。

 悔しさを通り越して、もはや称賛しか湧いてこない。


「いやはや、完敗だ。まだまだ上には上がいるってこったな」

「おっちゃん、ごめんね。最後に全部持ってっちゃった」

「言ってくれるぜ。さて、また修行のやり直しだ。最後に嬢ちゃん、名前聞いてもいいか」


 立ち去る前に、少女の名前を聞いておきたかった。

 彼女が将来名を上げた時、酒の肴の自慢話に出来るように。

 ソラは自信満々に胸を張り、自らの夢を添えて名乗った。


「あたしはソレスティア・ライノウズ。世界最強の剣士があたしの目標なんだ」


 少女の話した突拍子もない夢、しかしその夢を笑う気にはなれなかった。

 この少女なら本当に叶えて見せそうだと、不思議と思えたからだ。


「なるほど世界最強か、道理で勝ち目がねえわけだぜ。じゃあな、嬢ちゃん」


 大聖堂の扉を開け、ゴドムは立ち去っていく。

 それを皮切りに、冒険者たちは続々とその場を後にした。

 手狭に思えた大聖堂が、途端に広く感じる。

 残ったのは大司教であるメイナードとソラ、そしてセリムの三人。

 腰かけていた椅子を立つと、セリムは軽く拍手をしつつソラの隣へ。


「おめでとうございます、ソラさん」

「いやぁー、セリムのおかげだよ。あたし一人じゃこんな急に強くなれてないもん」


 ソラは謙遜して見せたが、セリムはそうは思わない。

 最後にセリムの助けが入ったものの、格上のトライドラゴニスを相手に一歩も引かず、見事打ち倒して得た力。

 もっと誇ってもいいのもだが。


「コホン、ソレスティアさん、でしたかな」

「はいっ! ソレスティアであります」


 威厳たっぷりの、白くて長いひげを生やした老人。

 大司教の呼びかけに、思わずソラの背筋がピンと伸びた。


「改めまして、神子の護衛の大任、引き受けて下さいますな」

「はいっ! 引き受けるであります」

「ソラさん、ふざけないでください」

「ふ、ふざけてるわけじゃないんだけど……」

「だったら敬語の使い方を勉強してください」

「ほっほっほ、元気でよろしい」


 二人のやり取りを前に、朗らかに笑う大司教。

 その背後、奥へと続いているであろう扉が少しだけ開き、淡い栗色の髪をした少女が恐るおそる顔を出した。


「あれ、あの子は……」

「ん? おぉ、メリィや。こっちへおいで。お前を護衛する冒険者様が決まったよ」


 大司教の手招きに、小動物のように怯えながら姿を現した白いローブ姿の少女がキョロキョロと忙しなく周囲を警戒しつつ、足早に彼の側まで走って来た。


「かわいい女の子だね、セリム」

「……可愛い、ですか」


 素直な感想を述べただけの、何気ないソラの一言によってセリムの胸に生まれた、小さなモヤモヤ。

 ソラが自分以外の少女をその言葉で褒める、それが何故だかおもしろくなかった。


「あ、あのっ、大司教様……。私を護衛してくださる方はどこに……」

「ほっほ、怯えずともよい。お前の目の前におる彼女がそうだ」


 大司教がソラを紹介すると、少女は金色の瞳でじっと彼女を見つめる。


「えっと、キミが神子さんかな。あたしはソレスティア・ライノウズ。ソラでいいよ。見ての通りクラスは剣士! よろしくね」


 ソラの自己紹介をじっと聞いていた少女は、不安な顔からようやく安堵の表情を浮かべた。


「あぁ、良かった。もしも冒険者様が大柄な男の人だったりしたら卒倒してましたわ」

「お前を守ってくださる方だろうに、そう怖がらずともよいではないか」

「んー、もし護衛がゴドムのおっちゃんに決まってたらどうなってたんだろ」

「卒倒してたんじゃないですかね」


 神子の少女は体の前で手を重ね、改めて自己紹介をする。


「私が今年の神子を務めさせて頂くことになりました、メリィ・バートレットです。不束者ですが、何とぞよろしくお願いします、剣士様」

「メリィちゃんか。ん? 今年のってどーゆーこと?」

「奉納の舞いを捧げる神子は、毎年この教会に勤めるシスターの中から一人が選ばれるのです。恐れ多くも今年は私が選ばれてしまい……」

「そうなんだ。神子の役目は初めてってことか。でもさ、このソラ様が護衛につくからには大船に乗った気でいてよ! キミには絶対に怖い思いさせないから!」


 ウインクを飛ばしたソラに、メリィの頬が赤みを増す。


「剣士様、なんて頼もしいお言葉……。頼みにしてますね」

「にしし、任せといて」


 大聖堂の祭壇の前、ステンドグラスから漏れる光に優しく照らされ、二人は向かい合う。

 ソラはいつも通りの人懐っこい笑顔だが、メリィの方は頬を染め上げている。

 見つめ会う剣士と神子、この光景に訳もわからず胸がざわついたセリムは、いてもたってもいられず話に割り込んでいく。


「と、ところで。聖地にはいつ向かうのですか?」

「貴女は?」

「私はセリム・ティッチマーシュ。冒険者ではないですが、ソラさんと一緒に旅をしてます。冒険者じゃないのなら、同行は許されるんでしたよね」

「確かにそうですけど、危ないですよ? 剣士様の負担が増えてしまうのでは……」

「大丈夫です。自分の身を守る程度のことは出来ますので、足手まといにはなりません」


 むしろソラ一人に任せる方が心配だ、というのは建前。

 本当は、ソラと彼女を二人だけにさせたくなかった。

 何故二人にさせたくないのか、それはよくわからない。


「剣士様、本当ですの?」

「うん、セリムは強いから、心配しなくても平気だよ」

「剣士様がそうおっしゃるのなら。出発は明日の早朝。霊峰には舗装された山道もありますし、おそらく夕暮れ時にはカルーザスに戻ってこられるかと」

「良かった、日帰りで済むんですね……」


 野宿を避けられたことに一安心すると、セリムは気になっていた質問をぶつける。


「大司教様、霊峰カザスには場違いなモンスターが出現する異変は起きていないのですか?」

「そういった報告は上がっておりませんな。ですが、万一遭遇してしまった場合は神子の安全を第一に考えて下され。撤退も許可しましょう」

「もし出てもあたしがやっつけちゃうけどね。セリムも助けてくれるし」


 場違いなモンスターがいないのなら、危険度レベルは10。

 ソラ一人に任せても問題はないだろう。

 問題は出現してしまった場合だが、今の彼女ならあるいは倒せるかもしれない。

 どの道セリムが付いていくのだから万が一はあり得ないだろうが、念には念を押す。


「ソラさん、油断はしないでくださいね。即死されたらさすがに助けようがないので」

「そんなヤワじゃないよ。それにあたしはメリィちゃんの護衛だからね、何があっても守って見せるから」

「剣士様……、嬉しゅうございます」


 またもや頬を染めてソラを見つめるメリィと、笑い返すソラ。

 セリムの胸のモヤモヤは、強くなる一方。


「あの……必要な話は終わったようですし、そろそろ失礼させて頂こうかと。明日の準備も色々とありますし」

「んぇ、セリム、どったの? なんか怒ってる?」

「怒ってません、全然怒ってません」

「んー?」


 彼女の怒りを買うような覚えの無いソラは、不思議そうにするばかり。


「ほっほっほ。では明日の早朝、カルーザスの入り口にてお待ちにておりますぞ」


 にこやかな大司教の言葉の後、メリィはおずおずとソラの前に進み出て、その両手を握った。


「剣士様。私、神子に選ばれてからとても心細かったんですの。でも今は、あなたのおかげでとっても心強いです」

「にひひ、そうかな。もっと頼ってくれても——」

「ほら、行きますよ」

「おわっ、急に引っ張らないで。セリム、さっきからどうしたのさ……」


 セリムは強引にソラの腕を引っ張って、メリィから引きはがす。

 引き摺られながらも笑顔で手を振るソラに、余計に腹が立つ。

 腹が立つ理由がさっぱりわからないのも、腹立たしさに拍車をかけていた。


「それじゃあね、メリィちゃん。また明日!」

「はい、頼みにしてますね」


 交わされる会話を背にずんずん進み、大きな扉を開けて外に出る。

 強い風が出迎え、髪とスカートを大きく乱した。


「……なにやってるんですか、私」


 ソラから手を放すと、頭の中が急に冷静になる。

 一体自分は何をしているんだ、ソラはただ役目を果たそうとしているだけなのに。

 心の狭さと情けなさ、自己嫌悪のあまり涙が出そうになった。


「どうしたの、なにかあった? あたしで良ければ聞くよ?」


 全部自分の身勝手、なのに彼女は怒るどころかこうして優しい言葉をかけてくれる。


「……アホです。私、アホですよ。ホント、何してるんですかね」

「どこか具合悪いの? 少し休んでいく?」

「すいません、ソラさん。私、一足先に宿に行ってますね」


 合わせる顔が無い。

 このまま彼女の優しさに触れていたら、本当に泣いてしまいそう。

 行き先だけを言い残して、セリムは走り去る。


「あっ、セリム!」


 呼び止めようとするソラの声を背にして、とうとう涙がこぼれ、風に吹き散った。


「行っちゃった……。うぅ、こういう時どうしたらいいんだろ……。一人にしてあげた方がいいのかな。追いかけたほうがいいのかな……」


 自問自答、必死に考えるが答えは出ない。

 そもそも何故彼女の様子がおかしくなったのか、セリム自身にもわからないのだから、当然と言えば当然。

 色々と頭の中で考えて出した結論、それは。


「んん〜〜っ、考えてても仕方ない! ここは自分の気持ちに正直に!」


 セリムが心配、理由はそれだけで十分だ。

 ソラは石の階段を駆け下り、セリムを追いかける。




 ○○○




 宿の一室、アウスがついでに手配してくれていた部屋。

 セリムは上半身をベッドに突っ伏して泣いていた。

 なんであんなことをしてしまったのか、この胸のモヤモヤは何なのか。

 考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「わかりません、全然わかりません……、なんなんですか、この気持ち……」


 自分の大好きな笑顔を自分以外に向けるのが嫌なのか。

 なんだ、そのとんでもないわがままは。

 第一、ソラは誰のものでもない。

 そんな風に縛りあげる権利なんて無いじゃないか。


「どうしたらいいんですか……、誰か教えてください……。助けてください、ソラさん……」


 バタァァァン!


 けたたましい音と共に部屋のドアが勢いよく開く。

 顔を上げると、入り口に立っているのは息を切らせたソラ。

 額から流れる汗を見るに、山頂からここまで全力疾走してきたのだろう。


「ソラさん、どうして……」


 彼女は無言でセリムの前に座ると、彼女を思いっきり抱きしめる。


「な、何するんですか、離して……」

「離さない。あたしがこうしていたいから」

「なに言ってるんですか、……大体あなたの目的はアダマンタイトでしょう」

「そうだけど、それがなにさ」

「この時間を利用して情報収集でもすれば……」

「セリムがそんな顔して泣いてるのに、できるわけないじゃん!」


 回した腕により力を込めて、ギュッと抱き寄せる。

 大きな喜びと小さな申し訳なさがごっちゃになって、セリムの目から大粒の涙が次々に零れ落ちていく。


「ソラ、さ……」

「あたしアホだからさ、セリムがなんで泣いてるのかも、どうしたらいいのかもさっぱりわかんない。でも、放っておくのは絶対に嫌だって思ったから。だからあたしがしたいこと、セリムにしてるだけ」

「アホなんかじゃないです……、これが今、私が一番して欲しかったことですから……」


 ソラの背中に腕を回して、二人は抱きしめ合う。

 この気持ちがなんなのか、セリムにはさっぱりわからない。

 それでも今この瞬間、彼女の中からモヤモヤした気持ちは完全に消えていた。

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