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020 野宿しなくてもいいなんて、素敵ですね

「お嬢様、それは!」

「アウスよ、これは魔王である余の決定だ。口出しは許さぬ」

「……はっ。出過ぎた真似を致しましたわ」


 異を唱えたアウスであったが、魔王の一声に引き下がる。

 彼女としては、魔族の問題は魔族の中で片付けたかった。

 それに、先ほど話に出たあの男の存在。

 マリエールには知らされていないとある事実が、その影をちらつかせる。

 だが、魔王の決定には逆らえない。

 全ては自分の実力不足が原因なのだから。


「セリムっ♪」

「わひゃっ!」


 ソラはにんまり笑うと、隣に座るセリムに嬉しそうに抱きついた。


「にひひ、やっぱりセリムは優しいね。困ってる人を放っとけないんだ」

「勘違いしないでください。私はただ、リスクとリターンを勘定に入れて仕事を請けただけです」

「またまた、素直じゃないんだから〜」


 人差し指で柔らかなほっぺを突っつく。

 ぷにぷにとした感触に指が押し返され、セリムは頬を膨らませた。


「やめてくださいー」

「そうツンツンしない」

「ツンツンしてるのはソラさんですーっ」


 子猫のようにじゃれ合う二人。

 メイドの膝の上から飛び下りたマリエールは、改めてセリムに礼を言う。


「セリムよ、感謝する。お主が力を貸してくれれば心強い」

「あたしも手伝うよ! なんせ世界最強目指してるから!」


 自信満々のソラだったが、相手はアウスと互角以上の手練れ。

 さらに強い敵が何人控えているのか、その全貌も未知数。

 彼女にはいささか荷が勝ち過ぎているような。


「ソラさん、本気ですか? 敵の強さは見ていたでしょう」

「うっ、それは……。こ、これからもっともっと強くなるから平気なのだ。25のヤツ倒して、またレベルも上がっただろうし」

「まぁ、確かに。魔素は近くで浴びる程、効果が増大しますからね」


 レベル差があるほど、距離が近いほど魔素によるレベルアップの幅は大きくなる。

 レベル40のロックヴァイパーを倒した時、ソラは魔素が飛散するギリギリの範囲にいた。

 自らの手でトドメを刺し、至近距離で魔素を浴びたトライドラゴニスのケース。

 この場合、レベル25でも効果はより大きいだろう。


「でも、またあんな格上に喧嘩を売って倒せるんですか?」

「それはホラ、セリムが後ろで色々援護してくれるんでしょ。だったら楽勝だよ」

「とんだパワーレベリングですね……。まあいいです、ダメだと言ってもソラさんは首を突っ込んでくるんですし、もし死なれたら寝覚めが悪いですから。手伝ってあげますよ」

「ホント素直じゃないね。あたしが心配だって言えばいいのに。マリちゃんもそう思うでしょ」


 話を振られた魔王は、何度も首を縦に振る。


「うむ、セリムよ。ソラが好きで好きでたまらないなら素直になったらどうだ」

「そっ、なっ、すっ、好きとかあり得ませんから! 私もう寝ますっ!!」


 セリムは勢い良く立ち上がると、テントの中に急ぎ足で入ってしまった。

 その顔が赤く見えたのは、焚き火の照り返しのせいだろうか。


「待ってセリム……。んー、怒っちゃったかな。さすがにからかい過ぎたかも」

「いや、あれは怒ってはおらん。ただの照れ隠しだな。アウスもそう思うだろう」

「…………あっ。ふふ、そうですわね」

「アウス?」


 主君に話しかけられても、彼女は上の空だった。

 ぼんやりしていたというよりは、何か深刻に考え込んでいたような。


「どうしたのだ、何か懸念でもあるのか。遠慮せず申してみよ」

「はて、なんのことでございましょう。それよりもお嬢様、明日も早ようございますわ。わたくしたちも休みましょう」

「う、うむ……」


 なんとも釈然としないが、この第一の側近には絶大な信頼を置いている。

 彼女が自分に隠し事をするのならば、それは余程の理由があるのだろう。

 ならば、何も聞くまい。

 マリエールはその意を汲み、メイドに手を引かれてもう一つのテントへ。


「それではソラ様、おやすみなさい。良い夢を」

「お主の事も頼りにしておるからな」

「うん、ありがと。二人ともお休みー」


 ふりふりと手を振ると、ソラもセリムが寝息を立てているだろうテントの入り口をくぐる。

 ところが、待ちかまえていたのはジト目のセリム。


「ソラさん、火。ちゃんと始末して下さい、火事になっても知りませんよ」

「おっと、そうだった。ついうっかり」


 慌てて外に戻ると、用意されていた水桶を思いっきり焚き火にぶっかける。

 濡れた薪の中から炎の魔力石を取り出して、その熱さに慌てていると、セリムが出てきて石をポーチに突っ込んだ。


「おぉ、助かった」

「こんな調子でよく一人旅やってこれましたね。危なっかしくて見てられません」

「やっぱりね。口では色々言いつつも、最後は助けてくれるんだ」

「買いかぶりです。ほら、もう寝ますよ。まだまだ先は長いんです」

「はーい」


 二人揃って一緒のテントへ。

 その中で、ソラは思いっきりセリムにくっ付く。


「ねえねえ、一緒に寝ようよ〜」

「嫌です、暑苦しいです、離れてください」

「そんなコト言って、嬉しいくせに」

「嬉しくなんてないですから!」


 押し問答を続けつつ、やがて二人は眠りに着く。

 仲睦まじく、ぴったりとくっ付いたまま。




 ○○○




 コロドの町を出発してから七日が過ぎた。

 昨夜は宿場町で快適な夜を過ごし、セリムは意気揚々。

 山間から顔を出した太陽は次第に高くなり、大地を明るく照らす。


「いいですね、ベッドで眠れるって。いいですね、お風呂に入れるって」

「元気だね、セリム」


 二つに細く結んだ髪が、弾むような彼女の足取りに合わせてゆらゆら揺れる。


「そりゃ元気ですとも。ここ数日、毎日宿場があって。ふふっ、快適な事この上ないです」

「確かに多いね、宿場。街道も広いし」


 彼女達が歩く道の幅は、馬車が三台並んでも尚余裕があるほど広い。

 普段は滅多に出会わない他の旅人の姿も、そこかしこに見られる。


「もうじきノルディン教の聖地、カルーザス。大陸中から人と魔族とに関わらず巡礼者が訪れる地ですから、街道も広く宿場も多いのでございますわ」

「ノルディン教は魔族にも信仰されているからな。クラスを授けるのだから当然と言えば当然であるが」

「おぉ、なるほど。人がたくさん来るからこんなに快適なのか」

「ふふっ、ノルディス神に感謝しないといけませんね。到着したら大聖堂でお祈りでもしましょうか」


 上機嫌で先頭を進みながら、セリムにしては珍しい殊勝な言葉を口走る。


「あれ、そんなに信心深かったっけ」

「こうしてお恵みを下さったのですから。でもお祈りはその分だけです」

「だよねー」

「そうです。そもそもですよ、私にアイテム使いなんて選択肢を授けなければ……、あのような地獄の日々は……」

「あぁ、またトラウマがぶり返してる……」


 突然ガタ落ちしたテンション。

 浮き沈みの激しいセリムは放っておいて、ソラはマリエールに話しかける。


「聖地って魔族もよく訪れるんだね。あたしさ、王都でもあんまり魔族に会った覚えが無いから、魔族って自分の国から出てこないイメージあったんだけど」

「我が国とアーカリア王国は長らく友好関係にある。通行手形さえあれば、国境の行き来は制限されておらん。王都にも魔族は多く出向いておるはずだ」

「ふーん、そうなんだ。気付かなかっただけかな。魔族と人間って外見だと耳しか違わないし、髪で隠れてたらわかんないもんね」

「で、あるな。ところでソラよ。お主王都に住んでおったのか」


 うっかり口が滑ってしまった、ソラは慌ててセリムの方を見る。

 彼女は再び意気揚々と街道を突き進んでおり、こちらの話は聞いていないようだ。

 とりあえずは一安心、次はマリエールに対して口止めを試みる。


「あの、マリちゃん。あたしが王都育ちだって、セリムには内緒ね」

「何ゆえ秘密にする必要がある。生まれ故郷など大した情報ではあるまい」

「それはそうなんだけど、知られたくないのはそこじゃなくて……」

「なんだ、まだ秘密があるのか。興味が湧いた、聞かせよ」

「あぁん、もおぉぉう!」


 興味津々の魔王様。

 墓穴を掘ったソラは思わず奇声を上げた。

 セリムの肩がビクッと跳ね、慌てて後ろを振り向く。


「な、なんですか、今の声」

「セリムっ!? なんでもない、なんでもないから」

「セリムよ、実はソラのヤツ——」

「わーわーわー! と、ところで魔族にも強い剣士っているのかな! 会ってみたいなー!!」


 強引すぎる話題転換で、危機を脱しようと試みる。

 ところが、この言葉に今まで一歩引いて微笑んでいたアウスの顔がわずかに強張った。


「……む、魔族の剣士か。アウスもそうではあるが、最強といえばあの男、であろうな……」

「誰だれ、どんな人? どれくらい強いの?」

「そ、それはだな……」

「——ハンス・グリフォール。魔族最強の剣士。圧倒的な力を持ちながら、それを王家のために役立てず、ルキウス・シルフェード・マクドゥーガルに盲目的に追従して姿を消した愚物ぐぶつですわ」


 吐き捨てるようなアウスの口調。

 そこに込められたのは、心底からの失望と侮蔑。


「アウス、お主は兄上の件になると手厳しいな。事実ではあるが……」

「そうですわ。わたくしは事実を述べたまで」

「……ソラよ、すまぬ。この話はここまでだ」

「わ、わかった。ごめんね、変なコト聞いちゃったみたいで」


 なんだか気まずい空気になってしまった。

 変な意地を張って秘密にしなければ良かったか。

 それでも、この秘密をセリムに知られるのはなんだか嫌だった。

 王都に到着すれば、いずれはばれてしまう秘密でも、もしかしたら彼女の自分を見る目が変わってしまうかもしれない。

 セリムを信じていないわけではないが、万が一にでもこの心地よい関係が変わってしまったら。

 ソラはただ、それが怖かった。


「え、えーっと……。ほら、見てよみんな。聖地カルーザスの大聖堂が見えて来たわよ!」


 沈黙に耐えかねたソラは、視界の果てにうっすらと見える建造物を指さした。

 まだ数キロは離れているが、岩山の頂上に建てられた大きな教会、その青い三角屋根まで見える。

 感激のあまり、この場で跪いて祈りを捧げる巡礼者までいた。


「おぉ、遂に到着か。長いのか短いのか良く分からなかったが」

「快適だったのは確かですね」

「襲撃も受けませんでしたし、確かに快適でしたわ。お嬢様をたっぷりとお風呂に入れられましたし。うふふ、うふふふふ」


 宿ではセリムとソラ、マリエールとアウスの二部屋を取っていたが、果たして魔王様は無事だったのだろうか。

 己の無力さを嘆きつつも、セリムはやはり変態が怖かった。

 幼い主を眺めてよだれを垂らすメイドの姿に、感動が消し飛びそうになる。


「ところでアウスよ。あの姉妹と落ち合うのはいつ頃となっておる」

「道中、伝書鳩でやり取りしました。明日の正午、場所は第三区画の教会付近ですわ」

「ふむ、抜かりはないな。結構、大義である」


 きっちり仕事をこなす真面目なメイドに戻ったアウス。

 何とかセリムのメンタルも正常に保たれた。


「よーし、行こっか。セリム」

「そうですね……ってなんで手を繋ぐんですか」


 セリムの隣に走り寄ったソラは、彼女の手を取ってギュッと繋ぐ。


「なんでって、繋ぎたいから? セリムが嫌ならやめるけど」

「別に嫌とは……。仕方ないですね、ソラさんは。子どもみたいなんですから」


 目線を逸らして意地を張りつつ、セリムも握り返した。

 聖地までの残りわずかな道のり、二人の少女は手を繋いで歩んでいく。

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