019 私、アイテム調達屋なんです
「マリちゃんってさ、案外子供っぽいとこあるんだね」
「忘れよ、早急に忘れよ。良いな」
焚き火を囲んでの夕飯。
ソラはニヤニヤしながらスプーンでマリエールを指し、アウスに泣きついた件をいじり始める。
「いやー、あれは忘れられないわよ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったし」
「アウス、お前からも何か言ってやってくれ。魔王としての威厳に関わる」
「うふ、うふふ。お嬢様の涙と鼻水が染み込んだ……、うふふふふっ」
「アウスっ!?」
頼みのメイドは自分のエプロンに付いた染みを眺めながら、不気味な笑みを浮かべ続けていた。
「うぅ、セリムよ。もはやお主だけが頼りだ……」
「あぁ、私を頼ってくれるんですか。嬉しいです、マリエールさん!」
ずっと怖がられていると思っていたマリエールが自分を頼ってくれたことに、セリムは感激する。
思わず彼女の両手を握って涙ぐむが、当の魔王様は困惑気味。
「う、うむ、だからな、余を助けて……」
「ねえねえ、あれがマリちゃんの素なの? 普段はキャラ作ってるってコト?」
「違う! 余は威厳に満ちた魔王なのっ。……だ!」
「今素が出そうになった」
「なっていない! セリム、早く助けろ! 余の威厳の危機なのだ!」
必死になって助けを求める様子に、もはや威厳など欠片も無い。
手遅れな気もするが、助けを求められた以上はそれに応えなければ。
「ソラさん、そこら辺にしておいてあげなさい。いくらマリエールさんの素が可愛くても、これでは気の毒です」
「はーい」
「うむ。……いや、違う。断じて素などでは」
威厳が守られたかどうかはさておき、ソラは大人しく引き下がった。
「ところでセリム、シチューまだ?」
「待ってください。誰かさんが放り出したせいで、膜がしっかり張ってしまっていますので」
セリムはシチューの表面に張った膜をせっせと取り除いている。
「だって、一人で待ってるなんてどうしても出来なかったんだもん」
「まあ、そうでしょうね。ソラさんはそういう性格です」
「それにね、あたしが残っても結果は同じだよ」
「と、言いますと?」
「シチューを加熱しすぎると膜が出来るなんて知らないし、絶対に見てるだけだったと断言できるから!」
「威張って言う事ですか」
ため息混じりにシチューをよそってソラに手渡す。
「加熱しすぎで味が崩れてるかもしれませんが」
「全然大丈夫だよ、きっと。いただきまーす」
「全員に行き渡るまで待ってくださいね」
早速食べようとするソラに待ったをかけ、セリムは魔王主従の分のシチューをよそう。
最後に自分の分を確保し、準備は完了。
「簡素な食事で申し訳ありませんが」
「問題は無い。うむ、中々良い香りだな」
「御相伴に預からせて頂きますわ」
「もういいよね。今度こそ、いただきまーす」
器一杯に盛られた具がたっぷりの白いシチュー。
もう辛抱出来ないと言わんばかりに、ソラは肉と一緒に掬って口の中へ。
「んま! やっぱりおいしいよ、セリムの料理」
「お粗末さまです」
じっくりと煮込まれたイノシシ型モンスター・タスクボアの肉。
口の中に入れただけで繊維がほぐれ、旨みが染みだしたシチューと絡み合う。
大きめに切られた野菜もほど良い柔らかさ。
「中々の味だな。アウスの作ったモノには及ばぬが」
「いえ、これは思った以上に良く出来ていますわ」
「アウスさん、お料理上手なんですか?」
「わたくしの得意分野はお茶菓子ですので。野営料理も少々嗜んではいますが」
「謙遜するでない。お主の料理の腕は間違いなくセリムより上だ」
マリエールがそこまで断言するとは、セリムはアウスの料理の腕が非常に気になってきた。
「あの、今度一緒に作りませんか?」
「一緒に、ですか。確かにわたくしの作った料理がお嬢様の体内に入り込み、御身の血肉となるのは堪らない快感。喜んでご一緒させていただきますわ」
「は、はいぃ……」
自らの提案をセリムは早くも後悔する。
忘れていた、目の前のメイドが自分の苦手な人種だという事を。
「うぅ、言わなきゃよかったです。あむっ、うーん……、なんだか味が濃すぎますね。やっぱり火加減が?」
自分の作った味に納得いかず、首をかしげる。
ソラは満面の笑みで空になった器を差し出した。
「そんなコトないよ、すっごくおいしい! 毎日でも食べたいくらい!」
「さすがに毎日シチューはダメですが。ふふっ、ソラさんは料理の作り甲斐がある人ですね」
「だからおかわりっ!」
「いいですよ、まだちょっと残ってますから」
ソラに注いだ分で、鍋はきっちり空に。
なみなみと盛られたシチューを受け取ったソラは、大喜びで食べ始める。
「むぐむぐっ、やっぱりおいしい!」
ソラの食べっぷりに癒されながら、セリムも食事を進める。
こうして和やかな空気の中で夕食は終わった。
「さて、お腹も膨れたところで、先ほどの敵について話しましょうか」
「ええ、情報共有は大事ですわ」
食事中は、飯が不味くなりそうな話は意図的に避けていた。
正体不明の敵について、情報を整理する時だ。
「まず、あの二人組。前衛で戦うフレイムナイトの女と、後衛で支援する幻惑師の男」
「あの二人が王宮に忍び込み、余の杖を盗んだのだ」
「イリュージョニストの幻術で、姿を隠していたのでしょうね」
「うむ、迂闊であった。もっと警備を強化せねばな」
レベル差が開けば開くほど、幻術は効果が薄くなる。
倍以上の差があれば、ほとんど無効化出来るはず。
アウスやマリエール、加えてセリムにすら効くとなると、あのグロールという男はかなりの高レベル。
「余を直接暗殺しに来なかったのは、流石に無理があったのだろうな」
「ええ。わたくしと妹君が四六時中、片時も離れずにお守りしていますから」
「……用を足す時ぐらいは離れて欲しいぞ」
「いいえ、離れませんとも。うふふふふふふ」
「その話はそこまでにしておいて。セリムが涙目になってるから」
小さく震えながらソラの背後に隠れようとするセリム。
ソラは話の流れを止めつつ、彼女を押しとどめて隣に座らせた。
「イ、イリュージョニストがいるのならば、あの時私が感じた違和感も説明がつきますね」
「はて、違和感とは」
「マリエールさんが、女を追って山に入ったという話です。あの山道に新しい足跡は、マリエールさんの物しかありませんでした」
「そういうことでしたか。成程、突然お嬢様が姿を消された理由、わたくしにもわかりましたわ」
腑に落ちた様子のアウスとセリムの顔を交互に見比べ、マリエールは首をかしげる。
「一体なにが分かったのだ。余にも説明せよ」
「お嬢様、あの二人組はずっとわたくしと戦っていました。手の内を晒さないためか、武器による直接攻撃のみで攻めて来ましたが」
「むぅ、だがあの女は山に逃げ込んで……」
「マリエールさん、それはイリュージョニストの幻覚魔法によって見せられた幻です」
「なんと!」
「おそらくわたくしとお嬢様を分断し、一人になったところを拐うつもりだったのでしょう」
「うむぅ、セリムに拾われなければ余は今頃……」
恐ろしい想像にマリエールの小さな体が震えた。
メイドは素早く主を自分の膝の上に乗せる。
「大丈夫です、お嬢様。もう絶対に離れません」
「アウス……。うむ、頼みにしておる。セリムにも感謝しきれぬな。紛れもなく命の恩人ぞ」
魔王様の中からセリムへの恐怖心は完全に消え去ったようだ。
ついに信頼を勝ち得たセリムは、感動に打ち震える。
「いえ、そんな……、当然のコトをしたまでで……」
「でもさ、結局アイツらの目的ってなんなのさ」
今まで黙っていたソラが口を開く。
話に付いてこれなかったのではなく、彼女なりに情報を整理していたのだ。
セリムは失礼ながら、物凄く意外に思った。
「杖を盗み出すのが目的なら、とっくに果たしてるじゃん」
「おそらく、杖だけでは不完全なのだろう」
「と、言いますと。何か心当たりが?」
マリエールは自らが羽織ったマントを掴むと、首を縦に振る。
「うむ。盗まれた杖ともう一つ、このマント。二つの至宝は代々、魔王を名乗る者に受け継がれてきた。言わば魔族の王たる証なのだ」
「その証を奪い、不遜にも魔王を名乗ろうとする輩がいる。そんなところでしょう」
「あの二人の魔族はおそらく、そいつに金で雇われた傭兵。任務は杖とマントの奪取であろうな」
そこまで言うと深くため息をつき、自らの不甲斐なさを嘆くように、言葉を絞り出した。
「これも全て、余の不徳の致す所。余が唯一無二たる魔王として君臨してさえおれば、このような思想を抱く者も現れなんだだろうに」
「お嬢様……」
「兄上が後を継いでおれば、このような事態は起こらなかったやも——」
「それは違いますわ」
弱音を吐き出す主君に、アウスは強い口調で断言する。
「お嬢様は立派に王を務め上げております。それに、先代が後継者として指名したのは紛れも無くお嬢様。魔族の王たる器の持ち主はこの世にただ一人、マリエール・オルディス・マクドゥーガル陛下だけにございますわ」
「……そうであるな。礼を言うぞ、アウス。王たる者、このような姿を他人に見せてはならぬ」
「それでこそ、わたくしが忠誠を誓うお方」
「セリム、ソラ、情けない姿を見せてしまった。恥入るばかりだ」
「いえ、立派だと思います。その歳でもう、自分の役目としっかり向き合っているのですね」
「うん、マリちゃん立派。それに比べてあたしは……」
「ソラさん?」
隣に座る彼女の顔がわずかに曇る。
声をかけようか迷う内に、ソラはいつもの表情に戻った。
気のせいだったのか、気にはなるが、今は話の腰を折ってはいけない。
頭の隅に追いやり、もうひとつ気になった質問をぶつける。
「マリエールさん、お兄さんがいらっしゃるのですか?」
「正確にはいらっしゃった、ですわ。あの方はご出奔なされた。もう我らが王家の者では御座いません」
「アウス、そのような言い方は……」
「事実ですわ」
温かみのあるマリエールへの対応とは一変、マリエールの兄について話すアウスの言葉は非常に冷たい。
「あの、ごめんなさい。聞いてはいけないコトみたいですね……」
「はい、そうして頂けると助かりますわ」
そこで会話は途切れた。
重苦しい沈黙、焚き火の音だけがパチパチと聞こえる。
沈黙を破ったのはアウスの声。
「どうやら、これは我々魔族の問題。人間であるセリム様とソラ様には、関わり合いの無い事件のようですわ」
「……そうですね。そもそも私はただのアイテム調達屋。依頼を受けてアイテムを調達する、それだけです」
「そんな、ここまで首を突っ込んでおいて。セリム、あたしマリちゃんたちの力になりたい!」
「そうでしょうね、ソラさんならそう言いますよね。でも私はアイテム調達屋なんです。傭兵じゃありません」
セリムの言葉も尤も、アウスの言葉も正論だ。
だが、マリエールは不安な気持ちが湧き上がるのを抑えられない。
あの傭兵二人にしたって、アウスと同等の実力者。
バックにはもっと強大な存在が控えているかもしれない。
各地に散らばった部下たちは諜報力には長けるが戦闘には不向き。
戦闘力の高い面々は、魔都の備えに残っている。
自分が戦えない今、アウス一人に戦わせなければいけないのだ。
「セリム、戦ってはくれぬのか……?」
「ごめんなさい、私はアイテム調達屋なんです」
セリムはその一点張り、やはりダメか。
その時ふと、マリエールは違和感を覚える。
彼女は先ほどから執拗に、アイテム調達屋と繰り返しているではないか。
「……セリムよ。お主はどのようなアイテムでも調達してくれるのか」
「はい、アダマンタイトなんて存在するかも分からないものまで請け負ってますから」
「いや、存在するよ! 絶対存在するから!」
そう、彼女は既に答えを示してくれていた。
「では、依頼を出しても良いのだな」
「ええ、報酬さえ支払ってくださるなら」
「お嬢様、まさか——」
マリエールはセリムの目をまっすぐに見つめ、依頼を出した。
「セリムよ。我が王家に伝わる至宝、元徳の白き聖杖の調達を依頼したい」
アイテム調達業を営む少女は、ニッコリと微笑むと答えを返す。
「ご依頼、確かに承りました」