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018 なんだか雲行きが怪しくなってきました

 ぐつぐつと煮立ったスープをゆっくりとかき混ぜながら、火から離す。

 焚き火の上に掲げた三脚を伸ばして、その上に鍋を置き、しばらくしたらミルクを入れてゆっくりとかき混ぜる。

 蓋を閉じてあとはじっくりコトコト煮込むだけ。


「もうすぐで特製シチューの出来上がりです。おいしく出来たでしょうか」


 一仕事終えたセリムは、鍋から目を離してソラを見つめる。

 少し離れた場所で熱心に素振りをする彼女は、世界最強の剣士になる夢を決して夢物語だとは思っていない。

 ソラのひたむきな姿に、セリムもその夢を本気で応援し始めていた。

 照れくさいので、心の中でこっそりと。


「ソラさん、そろそろご飯が出来上がるので、切り上げてくださいね」

「はいよーっ。……マリちゃん達、まだ戻ってこないわね」

「そうですね、まさか襲われているとか」


 セリムの言葉に、ソラは思わず噴き出す。

 確かに遅い、やけに遅い、だがいくらなんでもそれは無い。


「さすがにそれは無いでしょ。あの人がいくら変態でも、主人に襲いかかるなんてまさかそんな」

「え、例の敵に襲撃を受けているかも、という話ですが。ソラさん、一体何を言ってるんですか?」

「え、あ、そっちね。そっちの意味ね。なーんだ、そっちか、あはは……」


 心底不思議そうに小首をかしげるセリムの姿。

 彼女はどうやら、そっち方面に非常に疎いらしい。

 純粋な彼女を汚してはいけない、ソラは慌てて取り繕ったのだが。


「そっち? そっちと言うと、何か違う意味があるのですか? そもそも何故、あんなに忠誠を誓っているアウスさんがマリエールさんに襲い掛かるなどという発想が——」

「あ、セリム見て! あっちの方、なんか燃えてない!?」

「話を逸らさないで下さい、質問に答えて……」

「ホントなんだって、ホラ!」


 苦し紛れの言い訳などではない。

 ソラが指さす先、草原の中に小さく炎が揺らめいて見える。


「あれは……、魔力で生み出された炎ですね」

「わかるの?」

「魔力を扱う者には、何となく分かるモノなんです。どうやら懸念通り、襲撃を受けているようですね。私は助けに行きます、ソラさんはお鍋を見てて下さい!」


 火の番をソラに任せ、セリムは炎の方向へと走りだした。


「待って、あたしも行くから!」


 既にセリムは見えなくなりそうなほど遠くへ。

 ソラも慌てて後を付いていく。

 取り残された鍋が、コトコトと音を立てていた。




 ○○○




 炎を纏った二本のカットラスで、サイリンは文字通り炎のように攻め立てる。

 右での払い、左での薙ぎ、二本同時に振り下ろす袈裟。

 肩の傷をものともしない、息をも付かせぬ猛攻。

 最小限の動きで避け続けるアウスは、未だ涼しい表情のまま。


「どうした、メイドさん。避けるだけかい? それじゃあ、いつか捕まっちまうよ」

「捕まるのは貴女の方ではなくて? コソ泥さん」

「あたしはシーフじゃない、傭兵さ! おっと、口が滑っちまったかな。まあ関係無い。ここであんたを殺せばね!」


 挟み込むように腕を交差させた斬撃を、アウスは後ろに飛び上がって回避。

 空中で腕を鋭く振るい、蛇腹剣が一直線に敵の心臓目がけて伸びてゆく。


「こんな見え見えの軌道っ!」

「いかにも、見え見えですわ」


 クイっと手首を動かす、それだけで攻撃の軌道は変えられる。

 カットラスを心臓の前で交差させ、防御姿勢をとっていた彼女の左のカットラスに、蛇腹剣が巻き付く。


「いただきます」


 着地と同時に強く腕を引く。

 あえなくサイリンは武器を一本奪われる、とアウスは踏んでいた。

 だが、剣のワイヤーはピンと張ったまま、左のカットラスはビクともしない。


「これは……」

「どうやらあたしの方がパワーは上みたいだね。左の肩を怪我していてもなお」


 力比べでは、アウスは分が悪い。

 少しずつ足が滑り、敵の方へ引き寄せられる。


「このまま側まで寄せて、直接斬り刻んであげてもいいけど、メイドの丸焼きってのも、乙なモノよねぇ。——エンチャントォ!」


 武器に魔力を流し込み、自分の属性魔法を纏わせる、それがエンチャント。

 サイリンは魔力を流し込んだ。

 左のカットラスに巻きついたアウスの剣身を握って。

 剣先から炎に包まれた蛇腹剣、そのワイヤーを伝って、炎がアウスに向けて走る。


「アウス、今すぐ手を離すのだ!」

「いいえ、お嬢様。離す必要はありませんわ。——エンチャント」


 彼女は顔色一つ変えず、自身の剣に風の魔力を纏わせた。

 迫る炎は剣が纏った風によって掻き消され、反対に風の刃がサイリンに迫る。


「ちぃっ……、このままじゃ腕がズタズタに……っ!」


 彼女は拘束された剣を手放しての離脱を余儀なくされた。

 カットラスを包んでいた炎は風に吹き消され、アウスの手元へ引き寄せられる。


「くすくす、力は貴女の方が上ですが、どうやら魔力はわたくしが上のようですわね」


 引き寄せたカットラスを投げ捨て、メイドは優雅に口元を隠して笑う。


「勝った気になるのはまだ早いよ。あたしは金にはうるさいんだ、余計な出費は出ないようにしてるのさ」


 地面に転がるカットラスが動きだし、柄の方から引っ張られるようにサイリンの左手に吸い寄せられる。

 自分の手に戻った得物に、彼女は再び炎の魔力を注ぎ込んだ。


「なるほど、ワイヤーを仕込んでいたとは。奪い取るのではなく、破壊するべきでしたわ」

「それは無理だね。もう二度と、あんなチャンスは作らせない。そして予言するよ。あんたは焼け死ぬ、消し炭になって、無残に崩れ落ちるのさ」


 ハッタリか、それとも何か策があるのか。

 エンチャントにより纏った風の刃、これにより切断力は増している。

 牽制と武器へのダメージ蓄積を兼ね、鞭状に変化させた剣で中距離から攻める。


「なんだい、怖気づいたのかい」


 サイリンはもう、攻撃を剣で受け止めようとはしなかった。

 軽快なステップによってかわされ、攻撃はむなしく空を薙ぐばかり。

 好機と見たサイリンは、剣が伸び切ったタイミングを見計らって懐に駆けこんだ。

 鋭い踏み込みによる斬撃を、アウスは飛び跳ねて回避。

 しかし、彼女が空中に飛び上がる瞬間をサイリンは待っていた。


「飛んだね、もうどこにも逃げ場は無い。ファイアボール!」


 チャージの時間を必要としない低級魔法・ファイアボール。

 放たれた火球が真っ直ぐにアウスへと飛ぶ。


「くっ……!」


 足先に風を起こし、無理やりに空中で軌道を変える。

 ファイアボールを回避する速度を出した代償に、彼女は勢い余って地面へ叩きつけられそうになる。

 寸前で姿勢制御、前方に風を起こして減速し、一回転して着地。

 勢いは殺し切れず、地面を滑る。


「どうしたのです? あんな小さな火の玉でわたくしを焼き殺すなど、不可能でしてよ」

「焼き殺すのはこれからさ。この魔法は溜めに時間がかかるんだよ」

「なんですって」


 勝ち誇った顔で言い放つ敵に、アウスが訝しげな目を向けた瞬間。

 彼女の周囲から、無数の火柱が立ち上った。

 それは螺旋を描いて絡み合い、炎の渦となって彼女の姿を覆い隠す。


「アウスっ!」

「あははははっ、残念だったね、魔王さん。もうあのメイドは脱出不可能、炎の壁は勢いを増し、どんどん狭まって、最終的に灰も残らず焼き尽くす」


 アウスの周囲360度を覆い尽くす炎の壁。

 それは徐々に中心に向かって迫り来る。

 上にも同じく炎の天井、これも次第に下がって来ている。


「これがあたしの奥の手、スパイラルクリメイション!!」


 地面から炎の柱を昇らせる魔法、フレイムピラー。

 これを相手の周囲に無数に展開し、上昇軌道を螺旋状に操って相手を包み込む。

 四方の炎に逃げ場を無くした相手には、もはや死、あるのみ。


「魔王さん、最期に何か声をかけてやるかい? もしかしたら届くかもよ」

「……不要だ。アウスは絶対に負けぬ」

「そ、なら遠慮なく、灰にしてやるよ!」


 サイリンが魔力を上乗せすると、炎の旋回速度は加速し、中心部に向かって収束していく。

 限界まで圧縮された炎が行き場を無くし、夜空に巨大な火柱が立ち上った。

 螺旋を描いた火柱が徐々に弱まり、炎が消えていく。


「おそらくあのメイドは、もう灰の一片も残っちゃいないだろうねえ。忠誠を貫いた、あっぱれな最期じゃないか」

「アウス……、余は信じておる」


 サイリンは悠々と消えていく炎に近づく。

 勝利を確信した笑み。

 それが、次の瞬間驚愕に変わった。


「なっ、バカな——ぐぁっ……あぁ……っ」


 炎の中から真っ直ぐに伸び来たった蛇腹剣が、正確にサイリンの胸の中心を貫いたのだ。


「何故、生きてる……っ、ごぼっ……!」

「ふふっ、お忘れでしたか? 貴女よりもわたくしの方が、魔力は強うございましてよ」


 心臓を貫かれ、吐血するサイリン。

 誰がどう見ても致命傷だ。

 炎が完全に消え、アウスの姿が露わになる。

 彼女はその全身を風のバリアに守られ、火傷一つ負ってはいない。


「ふ、ふふ……っ、まったくやられたねぇ……。だが、あんたも忘れちゃいないかい? あたしたち(・・)は——」


 サイリンの口元がニヤリと歪む。

 次の瞬間、その体は霞の如く揺らぎ、消えた。


「なんっ——」

「あたしたちは、二人組だってコトをさ」


 アウスの背後に現れたサイリンは、胸を貫かれてなどいない。

 完全に虚を突かれたアウスに対し、首を落とすべく二本のカットラスが振るわれる。


「これで、トドメ——」


 もはや回避は敵わない。

 致命の一撃にどうすることも出来ないアウスは、その時視界の端に飛来する何かを捉えた。


「ぐあっ!」


 正確無比な彼女・・の投擲により、サイリンの額と頬に一発ずつ、拳大の鉄鉱石が命中。

 額から血を流しながら彼女は大きく飛び下がり、セリムを睨みながら血の混じった唾を吐き出した。


「ぺっ、増援かい。まさかお仲間がいたなんてねぇ」

「アウスさん、マリエールさん、お怪我はありませんか!」

「はひっ、はひっ、ソラ様さんじょぉ……っ。敵はどこだぁ……」


 一キロもの距離を走って来たセリムは、息一つ切らしていない。

 一方、後ろの方から追ってきたソラは息も絶え絶え。

 セリムの全力疾走に付いてこられただけでも、大したものである。

 大見栄を切って見たものの、非常に締まらない。


「セリム様、助太刀感謝致します。彼女たちが二人組だと、失念しておりましたわ」

「キッヒッヒッヒ、俺を忘れるなんて酷いじゃないかぁ。あんなに命を削り合った仲なのにぃ」


 サイリンの隣の空間がぐにゃぐにゃと歪み、一人の男がその場に唐突に現れた。

 一見して身長は低く見えるが、その実異常なほどの猫背。

 顔をゴーグルとマスクで覆い、広い額から後頭部に長い白髪を撫でつけている。

 露わになっている尖った耳から、この男も魔族だと推察出来た。


「あの男、イリュージョニストですね」

「してやられましたわ。幻覚魔法などに嵌められるとは」


 スパイラルクリメイションから抜け出る直前、認識阻害の幻覚魔法を受けてしまったのだろう。

 大鎌を持った小男を、アウスは忌々しげに睨む。


「おやおやぁ、もう見破られちゃったかぁ。これは多勢に無勢だしぃ、一旦退こうかぁ」

「そうだわね、貰った金の分は働いたし」


 二本のカットラスを腰に下げた鞘に納め、サイリンはアウスを指さす。


「メイドさん、今度会った時こそ、その首頂くよ。あんたを殺せば多額のボーナスが出るんだ」

「あら、いいのですか? 今度わたくしの前に出て来たら、貴女挽き肉ですわよ」

「キッヒッヒッヒ、怖いねぇ。それじゃあお美しいお嬢さん方ぁ、また会う日までぇ」


 二人組の足下が揺らめき、足先から姿が消えていく。


「最後に名乗っておこうかぁ。俺はグロール・ブロッケン。覚えなくてもいいけどねぇ」


 しゃがれた声を残し、二人は完全に姿を消した。


「セリム、あいつら消えちゃったけど。また幻覚魔法なの?」

「そうみたいですね。気配は…………ダメです、辿れません。見失いました」


 気配を消す技術か、あるいはイリュージョニストならではの固有技能か。

 セリムですら、その気配を追うことは出来ない。


「あのお二方には、たっぷりと借りが出来てしまいましたわね。いつか三倍以上にしてお返ししなければ」


 蛇腹剣をスカートの裏側に納め、メイドは優雅に毒づく。

 そんな彼女の胸に、マリエールは飛び込んだ。


「あうすーっ、ぶじでよかったよぉーっ」

「お、お嬢様!?」

「ふえぇぇっ、アウスが炎に包まれたとき、わたし、こわくってぇ、ぐすっ。でも、でも信じてたからぁ……、ひぐっ」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら泣きじゃくる。

 そんな年相応の主の頭を、アウスは優しく撫でる。


「大丈夫ですわ、お嬢様。このアウス、お嬢様の許可無く死んだりしませんから」

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