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169 あれから二ヶ月、私の心は憂鬱です



 邪神襲撃によるレムリウスの犠牲者数は、死者・行方不明者を合わせて五百人を越えていた。

 そのほとんどが、海邪神の放った光線による直接の被害。

 家屋の倒壊や火災、怪我による逃げ遅れなどの二次被害は、慈源龍の放つ癒しの力によって最小限に食い止められていた。


 人的被害も深刻だが、最もオルダたちの頭を痛めたのは街そのものへの被害。

 港の側はほぼ壊滅。

 その他の区画も、海邪神の熱線が走った部分はまるで削り取られたように建造物が失われ、舗装された道も砕けて地面が剥き出しに。

 海都のシンボル評議塔すら、瓦礫の山と化している。


 二人になってしまったレムライアの三元老は、唯一無傷だった北部高級住宅街、オルダの屋敷に拠点を移して、復興作業の指示に当たった。

 資材の調達や、家を失った市民のための避難所の確保、アストラス島以外の三島にある街への支援物資の要請。

 そして、海の向こうのアイワムズへは、魔王直々に支援の手配を出す。


 傷跡は深く、癒えるには膨大な時間が必要だろう。

 それでも、為政者たちの尽力によって、レムリウスの街は一歩ずつ着実に、復興への道を進んでいた。




 ○○○




 海邪神との戦いから、早くも二ヶ月が過ぎようとしていた。

 復興作業は順調とは言い難いが、街にも段々と活気が戻ってきている。


「ねえ、セリム。そろそろ二ヶ月経つよね。海神様の力が戻る頃だよね」

「そうですね。ですが困ったことに、魔石晶が手元に無いままなんですよね」


 セリムたちは今、プラテア邸に世話になっている。

 その屋敷に与えられた一室にて、ソラは退屈そうにあくびをした。

 オリハルコンの素材である魔石晶を採るためには、四島の一つであるベリエン島まで出向く必要がある。

 ところが、海邪神の襲撃によって港の船は半数以上が沈没、着底。

 無事だった数少ない船も、物資の輸送や漁業に使われていて自由に出せる船はゼロという状態だ。


「腕輪の素材に使われてた魔石晶は、魔素の汚染が酷くって使えないですし」


 慈源龍カナロドレイクの聖なる力を宿すオリハルコン。

 その素材にするには、腕輪の魔石晶は邪神の力に侵され過ぎている。

 素材としての使用は不可能だ。


「困りましたね、どうしましょうか」

「無理は言えないもんね、みんな大変なんだし」


 ここで船を出させるために我がままを押し通すワケにもいかず。

 瓦礫の撤去などの二人が役立てた力仕事も既に終わっている。

 つまり、現状彼女たちにするべきことは残されていないのである。


「……うん、やることないって暇だよね。イチャイチャする?」

「しません」

「ぶー、海水浴行こうねって約束も、結局ナシになっちゃったし」

「仕方ないですよ、状況が状況ですから」


 ソラも言い返すことは出来ず、とうとう黙ってしまった。

 リースはマリエール、アウスと共に、ラティスの抜けた穴を埋めるべく復興の指揮と行政の補佐。

 クロエは邪神の遺跡から持ち帰ったカラクリ兵のパーツの解析を、プラテアと一緒に毎日楽しそうに行っている。

 彼女たちにはやることがあるのに。

 そんなモヤモヤした気持ちが、ソラの中に渦巻いているようだ。


「……はぁ、困りました」


 一方のセリムも、抱えた問題は深刻。

 次元龍の力を宿した、天翔の腕輪。

 何もない空間に透明な足場を生み出し、空中を移動するための足場にしたり、衝撃波の防御壁にも使用できる、非常に汎用性の高い装備だった。


「まさか壊れちゃうなんて……」


 もう一度作るには、次元龍の翼膜が必要。

 まさかターちゃんの小さな可愛らしい翼を引きちぎるワケにもいかず。

 つまり、もう二度とあの装備は手に入らない。


「大幅な戦力ダウン、ですよね……」


 ただでさえ戦えなくなってしまっているのに。

 このままではソラの後方支援どころか、いつか足手まといになってしまうんじゃないか。

 そんな不安が、この二ヶ月間セリムを苛んでいた。


「はぁ……。何もすることがないと、嫌なことばかり考えちゃいますね。ちょっと気分転換に、外の空気を吸ってきます」

「セリム、大丈夫? あたしもついて行こうか」

「……そうですね、一緒に行きましょう」




 ○○○




 美しかった海都の街は、現在修復が進んでいる最中。

 物資も乏しく、店はどこも開店休業状態だ。

 崩壊した民家の復旧や砕けた道の舗装は、二ヶ月間でようやく着手を開始したという状況。

 邪神を倒したセリムとソラが近くを通っても、サインをねだったり取り囲んで握手攻めにあったりといったことはない。

 そこまでの精神的・肉体的余裕は、レムライア市民には戻っていなかった。


「……手伝いたいですけど、建築の心得もありませんからね。かえって足を引っ張っちゃいます」

「結局あたしたちは、戦うことしか出来ないんだ。戦うしか能がないって、ちょっと悲しいね……」


 なんだか遠い目をしながら呟くソラ。

 決してそんなことはない、と言いたかったが、ソラに関しては否定しきれないところもある。


「ソラさん、港に行きましょう。海を見て気分転換です」

「毎日見てる気もするけど」

「それでもです。さ、行きますよ」


 実際のところ、何もせずに復旧作業の真っ只中をぶらついているのは非常に気まずい。

 慌ただしい港なら、自分たちに向けられる目も少ないだろう、という打算も多いにあった。

 そんな自分の弱い心に自己嫌悪しつつ、セリムはソラの手を取って港へと向かう。




「うん、やっぱりここはそんなに荒れてないね」

「ほぼ元通りって感じです」


 海都の玄関口であり、生命線でもある港。

 真っ先に復旧工事が行なわれ、元々被害が少なかったこともあり、海都で唯一元の姿を取り戻した場所だ。

 今は停泊した多数の船舶から、積み荷の下ろし作業が行われている。

 アイワムズや他の島々から送られた、食糧や日用品だろう。


「さ、人のいない埠頭でのんびり過ごしましょう。平時の私たちにはそれしか出来ない、どうせ厄介者なんですから……」

「セリム、大丈夫? なんだか勝手にメンタルやられてない?」


 手を繋ぎながら埠頭を歩く二人。

 船乗りや兵士たちは作業に追われ、ここにいる者たちは誰もセリムたちを気に留めない。

 遠慮なく二人だけで海を眺められる、かと思われた。


「む? セリム、それにソラではないか。おーい、こっちだ!!」


 が、そうもいかないらしい。

 一つ隣の埠頭からよく知る声に呼びかけられ、無視するわけにもいかずに対応する。


「マリエールさん……。どうしてここに……?」

「アイワムズからの積み荷の検品だ。お主らもこっちに来い、顔見知りも来ておるでな」


 魔王の隣では、メイドが積み荷リストを荷物と照らし合わせつつ、幼い主をにこやかに見守っている。

 そして、魔王主従の後ろに停泊している帆船に、二人は見覚えがあった。


「とりあえず行こ、セリム。マリちゃんたちと話してれば気も紛れるかもよ?」

「はい……」


 ひとまず招きに応じて、マリエールたちのところへ向かうソラと、暗い表情のセリム。

 彼女の悩みが何なのか、ソラは未だに測りかねていた。

 小さな魔王は、二人がやってくると笑顔で手招きする。

 まるで無邪気な子供のような仕草を前に、メイドの目つきがねっとりとしたものに変わった気がしたが気のせいだろうか。


「おぉ、来たか。ほれ、丁度あやつも船から降りて来るとこだ」

「あやつ……? あ、この船ってもしかして……」

「お、セリムさん、ソラさん! お久しぶりッス!」


 『あやつ』とは誰か、セリムが確信を持つのと同時、船の上からオレンジの短髪の女性が身を乗り出した。

 彼女はそのまま渡された足場を渡って埠頭へと降り立ち、二人のところへ突っ走ってくる。


「ジュリーさん、お久しぶりです」

「帰り道、魔物には出会わなかった?」

「大丈夫ッスよ、危険海域は大周りして避けたッスから!」


 レムライアへの航海で世話になった交易船の女船長、ジュリー。

 マリエールの言っていた顔見知りとは、セリムの予想通り彼女のことだった。


「あっしのことより、お二人は大丈夫だったんスか? さっき到着したとこッスけど、街並みを見てびっくりだったッスよ」


 海邪神襲来のことは、彼女もマリエールの飛ばした伝書隼で把握していた。

 しかし、覚悟はしていたとはいえ、いざ船上から壊滅したレムリウスを見た瞬間、ジュリーは肝が冷えたという。


「魔王様や皆さんの無事は知ってたんスけど、それでも心配になっちゃって。こうして顔を合わせてやっと安心したッス」

「あたしらは全然へーき! クロエとお姫様も元気だよ!」

「いやはや、ホント無事で何よりッスよ」


 フレンドリーな笑顔を振りまいて、ジュリーとの再会を喜ぶソラ。

 彼女とは対照的に、セリムは暗い顔のまま。


「……あの、ソラさん。セリムさんはどうしたんスか? なんだか元気ないように見えるッスけど」

「んー、あたしもよく分かんないんだけどね。セリム、話してくれないし。でもきっと、魔石晶探しに行けないことが関係してる……んじゃないかなぁ」


 先ほどセリムは、自分を何も出来ない厄介者だとぼやいていた。

 自分も何か役に立ちたいのだろうと、ソラは憶測を立てる。


「魔石晶……? あー、たしかこの島では採れない鉱石だったッスね」

「そう。船に空きが無くって二ヶ月近く採掘に行けないままなの」

「ふーん、なるほどなるほど。分かりました、あっしがひと肌脱ぐッス!」


 事情を把握した女船長は、任せとけ、とばかりに胸をドンと叩いた。


「魔王様、次の出港を延ばすことって出来るッスか?」

「む、可能であるが。まさかお主、船を出してくれるのか」

「セリムさんたちにはご恩があるッスからね。リバイアスホエールの素材、めっちゃ高値で売れましたから。懐潤いまくりッス!」


 幻の魔物の巨体、セリムから譲られたその全身丸ごとを余すことなく売りさばいた結果、彼女の船は多額の臨時収入を得ていた。

 現在着ている服やアクセサリーは、その金で買ったかなりの高級品である。


「あの恩を思えば、船を出すくらいワケないッスよ」

「おぉ、ありがとうジュリーさん! セリム、まさに渡りに船ってヤツだよ!」

「あ……、そ、そうですね、はい。これで魔石晶を採りに行けますね」


 この朗報にテンションを上げるソラだったが、セリムはどこかぼんやりとしたまま。

 上の空、といった感じで生返事をする。


「ん? セリム、嬉しくない?」

「嬉しいですよ、もちろん嬉しいです」


 問いかけにも無理をして明るく振舞っているような。

 ソラの心配はますます膨らんでいく。

 きっとこれまでの戦いで負った心の傷が、セリムを苦しめているんだ。

 早くセリムの後方支援がいらないくらい強くなって、セリムを守らなきゃ、と彼女の本当の不安を推し量れず、ソラは強く心に誓う。


「じゃ、出発は明日、行き先はベリエン島ッスね。日程は三日ほど、色々と準備しといてくださいッス」

「はい、分かりました」


 ジュリーにペコリとお辞儀をして、セリムはマリエールに向き直る。


「マリエールさん、ずいぶんとお待たせしました。これでようやく、オリハルコンの調達依頼を果たせそうです」

「良い、これは余の私的な依頼ゆえな。レムライアの大事には代えられん」

「ご立派に御座います、魔王様。ですが御身はこの二ヶ月、ご公務に追われ続けておられます。どうでしょう、ご公務をお休みになられて、ベリエン島で息抜きでも」

「む、余もセリムらに同行せよとな」


 主を気遣っての腹心の進言に、魔王は耳を傾けて熟考する。

 確かにこの二ヶ月もの間働き詰め、一日も心と体が休まる日は無かった。

 レムライアは飽くまで他国、そこまで身を粉にすることはないと言いたいのだろう。


「……そうだな。余も少々働き過ぎた。少しくらい冒険に出ても構うまい」


 マリエールが頷いた瞬間、メイドの顔が邪悪な笑みを浮かべたことを、ソラは見逃さなかった。

 きっとまた、何かセクハラでも企んでいるのだろう。


「じゃああたしたちはお屋敷に戻るね。クロエたちにも知らせてあげないと!」

「ですね。ではこれで、積み荷のチェックお疲れさまです」


 セリムとソラが去った後、アウスはジュリーを連れてスキップ混じりに船内へ。

 甲板の上で、彼女と何やら交渉を始めるのだった。



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