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168 全部やっつけて、ただ今戻りました!



 平原に避難した海都の住民たちは、みな一様に空を仰ぎ見て感嘆の声を上げた。

 邪神への恐怖から、あるいは逃げることに夢中で、先刻の降臨に気付けなかった者も大勢いる。

 死の淵に立たされた絶望の中で、奇跡の力によって命を救われた者もいる。

 彼ら、彼女らはその神聖な龍の降臨に涙を流し、あるいは地にひれ伏し、あるいは歓喜の声を上げた。


 この騒ぎにテントの中から飛び出したヘルメル。

 一足遅れて、マリエールやクロエたちも顔を出した。

 彼女たちが目にしたのは、青い体の龍。

 神聖なオーラを纏ったこの島の守護神、慈源龍カナロドレイク。


「海神様……! 無事お戻りになられたのですね!」


『ヘルメルよ、海神の神子よ。海邪神は滅びました。かの邪悪なる存在は、もうこの世界には存在しません』


 邪神が滅された。

 この報せに、避難民から一斉に歓声が巻き起こる。

 一方、海神伝説と海邪神の強大さ、不死身さを知るヘルメルは、喜びや安心よりも驚きが先に立った。


「封印ではなく、滅ぼしたのですか……!?」


『彼女たちの協力あってこそです。私一人の力では、良くて封印が関の山だったでしょうね』


 その言葉と同時、二人の少女が龍の背中から飛び下りる。

 地上十メートルの高さから軽々と降り立ったセリムとソラ。

 彼女たちの無事に、四人の仲間が駆け寄った。


「お主ら、よくぞ無事で戻った!」


 安堵から目尻に涙すら浮かべたマリエールが、セリムとソラの手をそれぞれ握る。


「はい、ただ今戻りました!」

「ただいま、マリちゃん! ラティスも海邪神も、あたしたちがあの世までぶっ飛ばしてきたよ!」


 ピースサインを向けるソラ。

 セリムも笑顔を浮かべていたのだが、その表情は次第に申し訳なさそうなものに。


「……ですが、オリハルコンは取り戻せませんでした。邪神に取り込まれて、それが討伐のカギになってくれたのですけれど、最後は粉々に……」

「む……、そうか……。残念だが仕方ない。そのような大役を果たしたのなら、オリハルコンも本望だろう」

「でもだいじょーぶ! 取り返すのは無理だったけど、調達依頼はバッチリ果たすから! ね、セリム!」

「調達とな? オリハルコンの入手先に心当たりがあるのか」


 元々はホースに奪われた物は諦め、このレムライアには新たなオリハルコンを求めて訪れたのだ。

 ラティスが持っていると判明したため、奪還に方針が切り変わっていただけ。

 新たに手に入るというのなら、マリエールにとっても異論は無い。


「突き止めましたよ! それでは海神さん、まずは魔力結晶石をお願いします!」


 自信満々、ドヤ顔でお願いするセリム。

 マリエールがゴクリと息を呑み、クロエはキラキラと瞳を輝かせる。

 ところが、返ってきた答えは。


『申し訳ありません。先の戦いで想像以上に魔力を使い過ぎてしまいまして、二ヶ月ほど休眠が必要なのです』


「…………。だ、そうです! 皆さん、大変残念ですね!」


 気まずい空気が流れる中、セリムは精いっぱいの空元気を発揮。

 しかし無言の魔王様を前に居たたまれなくなり、膝を抱えてうずくまる。


「うっ、うぅ……、ソラさん助けて……」

「よしよし、知らなかったんだもんね、仕方ないよ」


 メンタルが砕けた彼女に代わって、ソラが話を引き継ぐ。


「えっと、鉱石のあれこれは秘密だったよね……。だから、えっと……。海神様、ほら、他に必要なものあるでしょ。それはなに?」


 龍の作り出した魔力結晶石と何らかの鉱物を創造術クリエイトで合成することで、伝説の鉱石は誕生する。

 その工程はアーカリア王国の国家機密になっていたほど。

 ここで一から十まで説明するのはまずいと判断したソラは、それとなくボカして、オリハルコンのもう一つの合成素材を尋ねる。


『魔石晶です。この国でのみ採れるあの鉱石を持って、海神の遺跡に来てください』


「おぉ、魔石晶、なんかどっかで聞いたことある! 分かった、ありがとね!」


 必要な情報を聞き出し終えて大満足のソラ。

 自分の役目は終わったとばかりに、落ち込むセリムの体を抱きしめて柔らかさを堪能する。

 そして慈源龍は、その目を海神の神子へと向けた。


『ヘルメル、海邪神は滅されました。それはつまり、神子の使命のうちの一つ、邪神の遺跡の守護の終わりを意味する。長い間、何代にも渡って苦労をかけましたね』


「そんな、勿体ないお言葉! 海神様こそ、気の遠くなるような長い時の間、我らを見守ってくださって……」


『ええ、そうですね。これからも私はあなた達を見守り続けます。ですが、私はあくまで見守るだけ。苦境に立たされたこの国を、民を導くのは、海神の神子であり三元老であるあなたの役目です』


「……はい、心得ております」


『頼みましたよ。……神というものは本来、表立っては出て来ないもの。私も帰りましょう、深い深い海の底に。愛しい魔族たち、そして人間たち。本当に感謝します』


 そう告げると、海の神は大海原の方を向き、長い体をくねらせてゆっくりと飛び去っていく。

 去りゆく龍の姿を拝む人々の中に交じって、その神々しい姿を見送る、囚人服を着た二人の少女。

 表情の乏しい銀髪の少女は、傍らで涙を流す赤茶髪の少女に声をかける。


「あれが本当の神様だよ。あんたが信じてた紛い物のいびつな神とは違う、あれがあるべき姿なんだ」

「あては……っ、あてはこれから、どうしたら……」

「私に聞いても仕方ない。あんたが決めなきゃ意味がないことだから。ただ、急がなくてもいいと思う。ひとまずは罪を償って、故郷に戻って、それから考えればいい」

「うっ、うぅっ……」


 泣き崩れるラギアを見下ろしながら、キリカも自問自答する。

 これから自分はどうするべきか。

 決まっている、生きるだけだ。

 生きるために生きてきた、そしてそれは、これからも変わらない。

 誰かのために生きるなど、きっと性に合わない。


「性に合わない、はずなのだれど……」


 捨てられた子犬のように泣きじゃくるラギアを見ていると、何故か放っておけない気持ちになる。

 長い間共に暮らして、情でも移ってしまったか。

 いずれにせよ、これからの事を真剣に考えなければならないらしい。

 罪を償った、その先のことを。




 ○○○




 慈源龍は海の底へと消えていき、避難民も落ち着きを取り戻す。

 セリムたちはテントの中へと入っていき、これまでの経緯をマリエールたちに語った。


「……なるほどな。その生き物にそんな力があったとは」

「次元龍タキオンドレイク。セリム様が倒したという伝説の三龍の一体が、こんな可愛らしいもふもふに……」


 リースの頭の上に乗ったターちゃんを眺めながらの、魔王主従の感想。

 相変わらずセリムには懐かず、リースに異様に懐いている。


「お姫様に一番懐いてるのって、なんか理由あるのかな」

「どうでしょうね……。ただいつも優しくしてくれて、自分を殺したことがないからじゃないですか……?」

「セリムがまたいじけてる……」


 ヒビが入ったガラスのハートを修復するべく、アウスが口を開く。


「セリム様、元気をお出しになってくださいませ。あなた様のおかげで、魔王様とわたくしは今、こうして生きているのです」

「……え? どういうこと、ですか?」

「セリム様が駆け付けて、流星で敵の気を逸らした時、わたくし達は邪神の攻撃に晒されようとしていました。あの時、セリム様が攻撃してくださったおかげで、魔王様とわたくしの命は助かったのです。返しきれない恩が、また出来てしまいましたわね」


 一度は主共々命を諦めた彼女が、心からの感謝を述べながら深く深く頭を下げる。


「そう、だったんですか……。無事で良かった、本当に良かったよぉ……っ」


 セリムの目尻に溜まっていく涙。

 もしも到着が遅れていれば、二人は海邪神に殺されていた。

 あの時塔を狙う海邪神に攻撃を仕掛けなかったら、二人はこの世にはいなかった。

 安堵感と同時に、その事実に対する恐ろしさが込み上げて、ついには涙となって溢れだす。


「泣くなセリム、お主はようやった。本当にようやってくれた」

「でも、でも私、怖くって……」


 またもその場に崩れ落ちてしまったセリムに、労いの言葉をかける魔王。

 ソラもまた、恋人の肩を抱いて慰める。

 ルキウス一派との戦いで彼女が心に受けた傷は、非常に大きなものだった。

 今回の戦いにおいて、それがはっきりと表に出てきてしまっている。


「セリム、大丈夫。あたし、もっともっと強くなって、セリムもみんなも守るからね」

「ソラさん、マリエールさん……」


 もう二度とセリムが戦わなくていいように。

 彼女の綺麗な手を、これ以上血で汚させないために。

 世界最強の剣士になって、誰にも負けない強さを手に入れて、ずっとセリムを守ってみせる。

 ソラは強く強く恋人を抱きしめて、何度目かの誓いを心の中で再確認した。

 そんな二人の様子を遠巻きに見守るクロエとリース。


「……セリム、心配だね」

「ええ、でもその代わり、あの娘がどんどん強くなっていってる。ずっと言い続けてるあの夢も、本当に叶えちゃうんじゃないかしら」

「世界最強の剣士、か……。ボクもなれるかな、世界最高の鍛冶師」

「なれるわよ、きっと。そのための大きなステップになる大仕事、これから待ってるじゃない」

「オリハルコンの加工、だね」


 源徳の白き聖杖に納めるためには、オリハルコンを真球状に加工することが必要だ。

 スミスが経験していたアダマンタイトの加工と違い、ノウハウも何もない、今を生きている者では成し遂げた者が誰もいない挑戦。


「……うん、腕が鳴るよ」


 これを成し遂げれば、スミス親方を越えたと胸を張って言える気がする。

 帽子を深く被り直して、自信ありげに笑うクロエ。


「で、オリハルコンのために必要だって言ってたよね、魔石晶」

「聞いたことない鉱物なんだけれど。……いえ、どこかで聞いた覚えがあるわね」

「魔人の腕輪にも使われてた、魔素を溜め込むあの鉱石だよ。この国でも一部の火山でしか採掘出来ない希少鉱石だって、出発の時にプラテアが言ってた。ね、プラテア」


 突然話を振られた眼鏡の少女が、クロエの眩しいスマイルを前に、顔を赤らめる。


「え、ええっと、概ねその通りです。魔石晶が採掘出来る、レムリウスから最も近い場所は、ベリエン島のキーラ火山ですね」

「そこって遠かったりする?」

「船で一日もあれば着ける近場ですから、簡単に行けますよ。ただ、出せる船があれば、ですけどね……」


 海邪神が暴れた影響で、船が全て壊れてしまっていたら。

 それ以前に、レムリウスの街は元通りに戻るのだろうか、レムライアの未来はどうなってしまうのか。


「これから、どうなるんでしょうね、この国……」


 ぽつりと、プラテアが呟く。

 クロエもリースも返す言葉が見当たらず、暗い雰囲気が漂い始めた。


「どうもなりません、大丈夫です」


 その空気を破ったのは、海神の神子であり三元老でもある、彼女だった。


「海神様が、私たちを信じて託して下さった。私たちなら大丈夫だと仰って下さった。ならば私たちは、信じてやっていくだけですよ、プラテアさん」

「ヘルメル様……、そうですね、そうですよね! 私も三元老を目指す身、暗くなってる暇はありません!」

「ええ。オルダ様、さっそく復興活動に取りかかりましょう。まずは崩れてしまった評議塔の代わりに、臨時となる行政施設を定めなければ」

「お、おお、そうですな! やることは山積みですからな!」


 たった一言で空気を変えたヘルメル。

 一連の事件で、そして慈源龍に後を託されたことで、彼女も大きく成長した。

 これからも海神の神子として、三元老として、この国を引っ張っていくことだろう。


「ヘルメルさん、頑張ってね。ボクも応援してるから」

「……はい、クロエ様」


 ヘルメルの手を握るクロエ。

 そのまま二人は、固く手を握り合う。

 ヘルメルの胸に去来する、クロエへの淡い恋心。

 彼女に対する想いを断ち切るために、微笑むクロエの表情を目に焼き付けて、手の温もりを忘れないように強く握って、


「私、頑張ります。どんなに辛くても——あなたがいなくても、頑張ります」


 名残惜しむように、そっと離した。



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