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167 長い長い戦いが終わって、なんだか色々と発覚です



 ここまでの慈源龍の言動と状況証拠から、セリムは一つの推測を立てていた。

 オリハルコンはそもそも、創造術クリエイトで作るものなのだと。


「ですよね、海神さん。あなたの魔力結晶と何らかの鉱石を組み合わることで初めて、オリハルコンはこの世に誕生する。違いますか?」


『その通りです、セリム』


「はい、あたしはさっぱり!」

「そんなソラさんのために説明しますとですね……」


 オリハルコンはアダマンタイトと同じく、邪神を滅する龍の力が宿った鉱石。

 自然界には存在せず、何らかの鉱石と龍の作り出す魔力結晶を創造術クリエイトで合成することでのみ、生み出すことが出来る。

 そして、次元龍が司るもう一つの鉱石も存在しているはず。


「と、いうのが私の憶測なのですが。海神さん、当たってるでしょうか」


『別段補足、訂正するべきところはありません。セリム、貴女は聡明な方ですね』


「自慢の彼女です!」

「やめてくださいソラさん、恥ずかしい……」


 抱きついてきたソラの腕の中で、顔を赤らめるセリム。

 ターちゃんはそんな様子を尻目に、あくびをしながらポーチに入っていった。


「と、いうことで、海神さん。私たちはどうしてもオリハルコンが必要なんです」


『いいでしょう。あなた達に託すのなら何の問題もありません、私の魔力結晶石を授けます。ですが、今は場所が悪いですね』


 彼女たちの現在地は、水平線の彼方にうっすらと島影が見える、大海原の真っ只中。


『ここでは魔力結晶は作れません。一旦島に戻るとしましょう』


 海都のあるアストラス島へと戻るため、カナロドレイクが移動を始めた。

 海邪神との戦いで、彼女もかなりの力を使ったのだろう。

 背中に乗ったセリムたちが振り落とされる心配もない、非常にゆっくりとした速度で海上を飛んでいく。


 セリムとソラも背中の上に腰を下ろす。

 汗ばむ体を冷やす海風を浴びて、ようやく戦闘の緊張も解けていった。


「改めて、お疲れ様でした、ソラさん。ひとまずは終わりましたね」

「まだ実感ないけどね。……そういえば、ねえ海神様、海邪神ってレベルどのくらいあったの?」


『邪神にレベルの概念があるかどうかは分かりませんが、危険度レベルに換算するなら間違いなく99でしょうね』


「おぉ、99……! つまり、それを倒した今、あたしは超大幅レベルアップを果たしたということに……」


『なりません、残念ながら』


「うにゃ、なんで!?」


 ピシャリと否定されてしまい、大いに戸惑うソラ。

 セリムもその理由には見当がつかないようで、きょとんと小首をかしげる。


『体内に魔素を溜め込んだ存在は、絶命の瞬間にそれをごく近い範囲へ飛散させます。それを浴びることで身体能力が強化され、人間はレベルアップを果たすのです』


「そのくらいは知ってるよ、さすがのあたしでも!」

「ソラさん、なんで威張って言うんですか……」


『対して三体の邪神は、いわば魔素そのもの。魔素とは邪神——あるいは、それに類するモノの体内で作り出され、その体から漏れ出るモノなのです』


「……なるほど、あの人の言葉通りですね」


 アルカ山麓の戦いで、ホースが口にした情報。

 邪神の力が——魔素が地脈を走り、そこから漏れ出た魔素で危険地帯が作り出されている。

 あの言葉は真実だったのだ。


『邪神の持つ魔素はいわば原液、あまりにも濃度が高すぎます。生身で浴びれば強くなるどころか、人間の持つ魔素耐性を破壊して肉体に変調をきたしかねません。たとえば、魔物のように変貌してしまうかも』


「……ちょ、ちょっと待って。じゃあ、あたしヤバくない?」


『心配には及びません。邪神を倒した瞬間、あなたの周囲に薄い結界を張りましたから』


「よ、良かったぁ……。危うくブロッケンやラティスみたいになるとこだったよ……」


 背筋が寒くなるような話を聞かされても、ソラは苦笑いを浮かべるだけ。

 彼女本人よりも、むしろセリムの方が全身から冷や汗を出して青ざめていた。


「んにゃ? セリム、震えてるけど寒いの?」

「い、いえ……。と、ところで海神さん」


 危うくソラが怪物になってしまっていたかもしれない、その事実にセリムは震え上がる。

 だが、今は情報収集が先決。

 この慈源龍カナロドレイクは神話の時代からの生き残り。

 セリムの知りたい情報を山と知っているはずなのだから。


「あなたは知っていますね。あの子の、スターリィの正体を」


『……おや? その口振り、あなたの方こそご存じないのですか?』


 意外そうな口調の慈源龍。

 やはり彼女はあの子犬のような生き物の正体を知っている。


「はい。ですからお願いです。この子の正体は、次元龍タキオンドレイクの子供……なんですか?」


『……ほぼ正解です』


「ほぼ、ですか? ほぼってことは、何か間違って……、お願いです、勿体つけずに教えてください!」


『そう、ですね、分かりました。結論から申しますと、その子は次元龍タキオンドレイク、それそのものです』


「そのもの……?」


 自分の話をしていると嗅ぎつけたのか、ターちゃんはポーチから顔を出し、小さな羽でパタパタと飛び上がった。

 そのままソラの膝の上まで飛んでいき、丸くなって寝転がる。


「この子がタキオンドレイクそのものって、意味が分かりません! 私が戦った次元龍は大人でしたし、確かに面影はありますけど、あれと同一個体だとでも……!」


『そもそも、我ら三龍は種族ではない。ノルディス神が創造した、この世界にたった一体ずつしか存在しないモノ』


「で、ですが、タキオンドレイクは私がこ、殺して、しまって……。それに、スターリィは卵から孵ったんですよ?」


 セリムは今、あまりにも突拍子のない話を事実として受け止められずにいる。

 一方のソラだが、とうに話についていく事を諦めて、ターちゃんにお手を仕込んでいた。


『その答えが転生——トランスマイグレーション、タキオンドレイクの能力の一つです』


「転生、ですか?」


『タキオンが絶命した時、その体内に卵が出現します。魂は骸を離れてその中に移り、また産まれてくるのです。何度でも蘇る、それがタキオンドレイクにのみ与えられた特別な力』


 にわかには信じられない話。

 だが、師匠が自分にタキオンを殺させたのは、蘇ると知っていたからだと納得出来てしまう。

 ずっと卵のまま持っていた理由は分からないが、次元龍の卵を持っていたことにも説明がつく。

 その他は、色々と分からないことだらけだが。


「つまり、師匠はそのことを知っていた……。一体なんなんですか、あの人は」

「ねーセリム、ついでだし聞いちゃおうよ、訳分かんない場所のこと。そこに次元龍いたんでしょ?」

「そうですね、この際ですし……」


 セリムが半年間過ごした、この大陸のどこにもない危険度レベル90の秘境。

 タキオンの事を知っているカナロなら、あの場所のことも知っているはず。


「と、いうわけで、海神さん。次元龍がいたあの場所、一体どこなんですか?」


 長年の疑問がいよいよ明かされる。

 ローザを越えて世界最強になるための場所が、ついに分かる。

 期待に胸を膨らませるセリムとソラ。

 ところが、返ってきた答えは、


『……残念ながら、私も知らないのです』


 期待したものとはかけ離れていた。


「あ、あなたですら、知らないんですか……?」


『邪神との戦いの中で、三体の龍はそれぞれに散らばっていきました。海邪神と私の戦闘は大海原へと移り、死闘の末、邪神の力と肉体を分けてこの地に封印することに成功した。そのまま私は、他の龍と再会することはなく、この地に暮らす人々の守り神となったのです。私はノルディス様とアビスが今どこにいるのか、何をしているのかすら知りません。もちろんタキオンのことも、つい先ほどまでは』


「そう、だったんですね」


 事実を事実として受け止め、ターちゃんに手を伸ばすと、ぷい、とそっぽを向かれる。

 まるで普通の子犬のような、動物の子供のような外見と態度。

 きっと知能も赤ちゃん相当にまで下がって、他の龍のように喋ることはおろか、記憶すらあやふやになっているのだろう。

 そんな薄ぼんやりとした記憶の中で、セリムに殴り殺された瞬間だけは覚えているに違いない。


「私が嫌われてる理由も、ようやく納得です」


 自分を殺した相手とは仲良くできないだろう。

 ソラにじゃれつくターちゃんを、セリムは寂しげに見つめる。


「セリム……」

「ソラさん、大丈夫です。いつかは知らなきゃならないことですから」


 そうして儚げに微笑んだあと、不意に殺意を滲ませ始めた。


「それに、元をただせば全部師匠のせいですから……! 私をあんな場所に放り込んで、タキオンを殺させて、一体何がしたいんですかあのド腐れ……!! 今度会ったら……!」


 レベル98の少女が全開にした殺気を前に、ソラとターちゃんが震えあがる。

 ター子がセリムを怖がる理由ってそれだけじゃないんじゃないかな、とソラは思ってしまった。




 海原を越え、レムリウスの街が間近に迫る。

 美しかった海都の街並みは瓦礫の山と変わり果て、見るも無残な状態に。

 海都のシンボル評議塔も倒壊し、街のあちこちから黒煙が立ち上る。

 かろうじて無事なのは、内陸部にある高級住宅街ぐらいだった。


「改めて見ると……、酷い、ですね……」

「戦ってる時は、気にする余裕もなかったけど……。完全に壊滅状態って感じだね……」

「私たち、間に合わなかったんでしょうか……」


 海邪神の残した傷跡を前に、二人は途方に暮れる。

 これほどの被害、復興には長い時間と膨大な資金、物資が必要となるだろう。

 それ以前に、どれほどの犠牲者を出してしまったのか。


「街からは、誰の気配も感じない……。まさか、ほとんど生き残ってないんじゃ……」


 最悪の事態すら頭を過ぎった時。


「……いえ、感じます。とてもたくさんの気配、街の西側、島の西部の平原地帯からです」


 ソラの感知範囲の外に、セリムは数千人規模の気配を感じ取る。


『ええ、多くの命の鼓動を感じます』


「大勢の市民が避難してるみたいですね。きっとリースさんやマリエールさんたちのおかげです」

「そっか……、全滅じゃないんだ……」

「ええ、もちろん死者は大勢出たでしょうけど……」


 生き残りが大勢いることは、不幸中の幸いと言えた。

 人さえ生きていれば、またやり直せる。


「行きましょう、海神さん。あなたの姿をみんなに見せて、安心させてあげましょう」


『ええ、そうですね』




 ○○○




 時はさかのぼり、慈源龍が海邪神を遠く沖合いへ連れ去ったあと。

 海都に取り残されていた怪我人は、重軽傷者問わず、全員が龍の持つ癒しの力で全快。

 リースとヘルメル、それにクロエは、彼らを取りまとめて避難先の西の平原を目指す。

 一行はその途上、使用人たちを引き連れて大荷物を背負ったプラテアと遭遇した。


「プラテア! 無事だったんだね」

「クロエさん、それにリース様とヘルメル様も。邪神の遺跡から戻られたんですね」


 本来いるはずのない三人に驚きつつも、今はそれどころではない。


「と、こんなところで立ち話をしてちゃ危ないです。早く避難しましょう!」

「そうだね、また海邪神が戻ってこないとも限らないし」


 積もる話は後回しにして、大量の避難民にプラテアたちを加えた一行は、西の平原へと急ぎ向かった。




 アストラス島南西部に広がる、海に面した広大な平原に、リースたちは無事に到着。

 この場所には今、生き残った全ての人々が集まっている。

 あまりの人数に、広い平原にも関わらず、少々手狭に感じるほどだ。


 避難民たちを家族や知人と引き合わせたあと、リースたちも知人のもとへ向かう。

 平原を見回せる丘に張られた大きなテントの中で、王女と鍛冶師は魔王主従と、ヘルメルとプラテアはオルダと再会を果たした。


「おぉぉ、ヘルメル君……! 海へ飛ばされた邪神は、一体どうなったのですかな!? 海神の神子であるそなたなら、何か……」

「海神様とセリム様たちが力を合わせて、戦っておられるのを、先程まで感じていました。それ以上はなにも……」

「そ、そうか……。海神様と彼女たちを信じて待つしか、ないようですな……。して、怪我人の方は?」

「そっちは心配ないわ」


 怪我人を抱え込むことへの不安には、リースが答える。


「海神様の力で、レムライア中の怪我人が全快したの。……さすがに死人は、蘇らなかったけれど」

「そうでしたか……。一体どれ程の市民が、犠牲となったのでしょうかな……」


 犠牲者の数を考え、テント内が暗い空気に包まれる。

 と、その時。

 にわかに外が騒がしくなった。


「な、なんだ、ざわめきが聞こえるが……!」

「まさか、海邪神が……!?」

「いえ、違います。この清浄な気配は……」


 テントの中から飛び出したヘルメルが、海の方に目を向ける。

 彼女の視線の先、蒼い龍がこちらにゆっくりと飛んできていた。



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