166 死力を尽くして、最後の激突です
「邪神を完全に滅ぼすって……、そんなことが出来るんですか!?」
「ノルディス神でも、封印するのが精いっぱいだったはずだよね」
『ええ、負のエネルギーの集合体である邪神たちは、通常は滅することが出来ません。負の感情は限りなく湧き上がり、底を尽きることはありませんからね』
「んーと、つまり……?」
「詳しい方法は後で聞きましょう。それよりも今は、あの攻撃です」
セリムが睨みつける先、海邪神が最大威力の攻撃を繰り出そうとしていた。
全ての触手を束ね、慈源龍へと向けられたその先端に光弾が集束、禍々しい紫の巨大な光が海中にゆらめく。
絶大なエネルギーの塊が、すでに爆発寸前まで膨れ上がっていた。
「海神さん、あれ、ここからレムリウスに届きますよね、絶対」
『間違いなく届くでしょうね。島ごと吹き飛びかねない威力です。島を背にしていてはいけませんね』
外洋側、何もない方向に攻撃の照準を向けるため、慈源龍は素早く旋回。
その間セリムは流星爆弾を触手に撃ち込んで、エネルギーの供給を少しでも遅らせようとする。
『外洋側に出ました、もう安全ですよ』
「島は、ですけどね。私は相変わらず大ピンチです」
セリムの爆撃によって触手が千切れ飛ぶ。
しかし、千切れた瞬間に生え変わり、またエネルギーチャージを続行。
破滅的な攻撃自体を止めることは叶わないまま。
『……来ます!』
大光弾が一瞬だけ膨れ上がり、そして、直径百メートル以上の破壊光線が発射された。
全速力で射線上から逃れる慈源龍。
あまりの熱量に海水が水中で蒸発し、白い泡が大量に発生。
極太の壁のような破壊光が、照射を続けながら薙ぎ払うように追いすがってくる。
「は、速いって、追い付かれちゃうって……!」
『お二人とも、しっかりと掴まっていてください!』
慈源龍の忠告に従い、彼女の体にしがみ付く二人。
次の瞬間、慈源龍の姿が消える。
極太の光線が照射され続ける中、海邪神の十三個の目は、宿敵の姿を完全に見失った。
やがて破滅的な光線が止まり、海中は再び静けさに包まれる。
大量の触手を揺らしながら周囲を警戒するトゥルーガ。
仕留めていない、宿敵の気配は感じている。
正確な位置を探り、邪神は体を遥か下方、深海へと向けて睨み付けた。
「うっわ、見つかった!」
「想定内ですよね、海神さん」
『はい、このまま突っ込みます。お二人とも、作戦通りにお願いしますよ』
光線が当たる直前、慈源龍は深海へと急速潜行。
闇の中に身を潜め、攻撃の停止を待ちながら二人に作戦を伝えていた。
海邪神をこの世から完全に滅する、その方法を。
トゥルーガの触手が一斉に深海を向き、光線が雨のように降り注ぐ。
迎撃をひらりと回避しながら急浮上するカナロドレイク。
かわしきれない光弾は、セリムの流星爆弾で処理していく。
「そろそろ、敵の射程圏内ですね。スターリィ、ここからが踏ん張りどころですよ!」
「わふん!」
ターちゃんも出し惜しみせず、魔力を全開。
全てを流星の腕輪に込めて、その威力と対邪神性能を上昇させる。
そしてソラは。
最後の一撃を浴びせるために、ひたすら闘気を練り上げ続けていた。
『触手の射程に入ります!』
合図と同時、四方八方から触手が襲いかかる。
宿敵の体に巻き付き、捕らえて、八つ裂きに引き裂くために。
視界いっぱいを埋め尽くす触手の壁は、セリム一人の手では到底迎撃に間に合わない。
「……っ! スターリィ、もう二つくらい穴、出せませんか!?」
「わっふぅぅっ!!」
ターちゃんも死力を振り絞る。
魔力をさらに絞りだし、時空の穴をセリムの左右にも展開。
三つの穴から同時に流星爆弾が飛び出し、慈源龍の三方向に弾幕を張る。
「頑張りました、あとでいっぱいよしよししてあげますね!」
「……わっふ」
単に疲れたのか、それとも結構だと言っているのか。
冷ややかな反応を返されるが、落ち込んでいる場合ではない。
『あと少し、あと少しです』
流星の弾幕に守られ、触手を高速で掻い潜り、海邪神の本体はもう目の前。
慈源龍も魔力を全開にして、自らの前方に強固な五重の結界を張り巡らす。
『お二人とも、衝撃に備えてください』
忠告に身構えた次の瞬間、巨大な二体の超越存在が真正面から衝突。
慈源龍は海邪神を五重の結界に乗せて、海面目がけて押し上げながら急上昇していく。
敵を排除するため、邪神の全ての触手が龍へと殺到。
セリムは弾幕を張り続け、カナロドレイクも自身の周囲に結界を張り巡らせる。
『これから邪神の体内にあるオリハルコンへ、私の力を送り込みます』
慈源龍カナロドレイクの持つ癒しの力。
海邪神トゥルーガの持つ死の力とは対極に位置する、この怪物の最大の弱点。
オリハルコンを通じて体内に直接送り込めば、大幅な弱体化が見込めるはず。
その状態で邪神特攻の攻撃を本体に叩き込めば、封印でも戦闘不能でもなく、邪神を完全に殺すことが出来る可能性もある。
絶大な癒しの魔力が、邪神の体内に眠るオリハルコンへと流し込まれた。
癒しの光が体内に満ち溢れる死者の苦しみを直接癒していく。
邪神は苦しげに身じろぎし、触手の猛攻が緩んだ。
「効いてる……、これなら、いけるかもしれません! 後はソラさん、頼みます……!」
力をオリハルコンに送り込みながら、なおも海面を目がけて上昇するカナロドレイク。
邪神の体内が癒しの力で満ち溢れ、十三個の眼孔から清浄な光が漏れ始める。
『海上に出ます!』
——ザバアアァァァァァァァァアァアン!!
水柱を上げて、二百メートル級の怪物と三十メートル級の龍が海中から飛び出した。
打ち上げられた邪神は、体内を駆け巡る癒しの力に悶え、何も反撃が出来ない。
「今です、ソラさん!」
「おうさ! 今こそ全部終わりにしてやる!」
ここまで力を溜め続けていたソラが、金色に輝く剣を両手で握り、退魔の光を煌めかせて、慈源龍の背から跳び立った。
落下する海邪神、その本体を両断するために、練り上げた全ての闘気を剣に込める。
「闘気大・大・大収束!!」
生み出されたのは黄金色の闘気の大剣。
全長二百メートル近い、全てを込めた必殺の刃。
脅威を感じた邪神が、彼女を止めるために触手を伸ばす。
しかし、癒しの力に苦しんでいるのか、攻撃速度がこれまでとは比較にならないほど遅い。
ソラは見事な空中制御で攻撃をかわし、逆に触手に飛び乗った。
「出し惜しみはナシ、全部のっける! 闘気収束・参式!!」
その体が金色の闘気を纏い、残像が残るほどの速度で本体目がけて駆け上がる。
苦し紛れの反撃か、震える触手をもたげてソラへと光弾を放とうとするが、
「させません!」
セリムの放った流星爆弾によって、あっさりと破砕。
そしてソラは、海邪神の眼前へと躍り出る。
「今度こそ、ホントのホントに全部終わらせる!」
四角い体から白い光を漏らし、悶え苦しむ海邪神。
十三個の瞳が映すのは、黄金色の闘気の大剣を振りかざす少女の姿。
「食らえっ! 集気大剣参式・黄金対邪滅殺斬っ!!!」
全身全霊、全てを込めた一撃が横薙ぎに振られ、海邪神の本体を横真っ二つに斬り裂いた。
「まだまだぁっ!!!」
まだ終わらない。
続けざまに、今度は右逆袈裟に斬り上げる。
続いて唐竹割り、左逆袈裟、次々に斬撃を繰り出して、邪神の本体に浴びせかける。
最後に剣を高々と振り上げ、闘気を最後の一欠片まで注入。
ソラの闘気刃は、まるで光の柱のように天を貫いた。
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁッ!!!」
振り下ろしたトドメの一撃。
巨大な黄金の刃が海邪神を飲み込み、浄化の光の中でその巨体は消滅していく。
『海邪神が、滅んでいく……』
「ソラさん、ここまで強くなるなんて……。凄いです、凄いですよ」
光に飲まれた邪神本体の、最後の一欠片が消える。
無数の触手も塵となって消えていき、そして。
「……やった、やっつけ……っ」
ソラもまた、力を使い果たした。
闘気の刃が消え失せ、足場となる触手も消滅。
彼女は力なく、遥か眼下の海へと落下を始めた。
助けに飛び出そうにも、天翔の腕輪を失ったセリムにはどうすることも出来ない。
「ソラさんっ! 海神さん、早くキャッチしないと、ソラさん落っこちちゃいます!」
慈源龍が素早く落下地点に回り込み、落ちてくるソラの体をセリムがキャッチ。
お姫様だっこの状態となる。
腕の中で目を閉じて、ぐったりと横たわるソラ。
「ソラさん、大丈夫ですか、ソラさん!」
必死に声をかけると、彼女は蒼い瞳を開き、笑顔を浮かべてブイサイン。
「にしし、やったよ、セリム……! ね、あたし凄いでしょ……!」
「はい、凄いです。ソラさん、とってもカッコいいですよ」
カナロドレイクの背中にソラを下ろす。
彼女の持つ双極星剣・神討は黄金色の光を失い、白銀の刃へと戻っていた。
「元に戻っちゃったね、これ」
「邪神が完全に消滅したから、でしょうね」
戦いは終わった。
ソラは背中の鞘に剣を納め、セリムも龍星の腕輪を時空のポーチに仕舞い込む。
決して滅することの出来ないはずの、邪神。
ノルディス神ですら封印が精いっぱいだった化け物をこの世から完全に滅ぼした。
あまりにもスケールの大きすぎる話に、二人はまだ実感が湧かないまま。
「あの、邪神を倒せたのは、オリハルコンのおかげ……なんですよね?」
『そうです。オリハルコンを通して私の力を流し込み、邪神の不死性を弱らせることで、完全に滅することが出来ました』
「オリハルコンを取り込まれてなければ、また封印するしかなかったのか。ラティスのおかげってことだね」
「あの人も、自分のせいで邪神を滅ぼされるだなんて、思いもしなかったでしょうね」
「……そうだ、オリハルコン! マリちゃんのオリハルコンどこ!?」
ここにきて、ソラは依頼のことを思い出す。
マリエールから請け負った、オリハルコンの調達依頼のことを。
「そ、そうですよ、調達依頼を果たさないと! 海神さん、オリハルコンの場所を感じ取れるんでしたよね! どこにあるか分かりませんか?」
『……探りました。上です。もうすぐ落ちてきます』
その言葉に上を向く二人。
確かに、キラリと光る宝玉が落下してくる。
「わふぅ!」
「スターリィ!?」
飛び立ったターちゃんが、はるか頭上でオリハルコンの宝玉を見事にキャッチ。
四本の足で器用に抱えながら、ぱたぱたと小さな翼を羽ばたかせて降りてきた。
「いい子ですね、賢いですね。よーしよしよし」
「……ぷいっ」
猫撫で声のセリムにそっぽを向いてソラの元へ。
ショックで固まる飼い主を尻目に、彼女に宝玉を渡す。
「おぉ、オリハルコン! ター子偉い!」
「わふぅ♪」
ふさふさの毛並みをわしゃわしゃと撫でると、気持ちよさそうに耳を寝かせた。
「それにしても良かったぁ、無事に取り戻せて。これで依頼達成だね、セリム!」
『……いえ、そうもいかないようです』
「ん? ……ちょ、セリム、大変! オリハルコンが……っ!」
ソラの手の平の上で、オリハルコンの宝珠にヒビが走る。
亀裂は全体に広がり、ついには。
——パリィィィィン……!
粉々に砕け散ってしまった。
「そ、そんな……! せっかく取り戻したのに……。もしかしてあたしのせい……?」
「オリハルコンは強固な物質だと聞いています。簡単に壊れるはずはないのですけれど……」
『おそらくは、邪神の体内に長く取り込まれた影響です。邪神が相反するオリハルコンの力に浸食されたように、オリハルコンもまた、邪神の力に浸食されてしまっていたのです。その上で私が力を注ぎ込んだ結果、限界を迎えたのでしょう』
砕けたオリハルコンの破片が、海風に乗って舞い散っていく。
ソラはがっくりと肩を落とした。
「はぁ、調達依頼は失敗だね……。マリちゃんたちに謝らなきゃ……」
「……いえ、ソラさん。失敗と決めつけるにはまだ早いです」
「んにゃ? どゆこと?」
「アダマンタイトと同じですよ。もしかしたら私の創造術で、オリハルコンを作れるかもしれません」