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165 慈源龍降臨、そして反撃開始です!



 海中から姿を現したのは、神々しい気配を纏った龍。

 細く長い三十メートルほどの体躯に、光沢のある青い皮膚。

 腕は胸ビレ状、まるで羽衣のように透き通り、ヒラヒラと揺れる。

 後ろ足は存在せず、尻尾の先は三日月状の尾びれとなっている。

 その龍は確かな知性を宿した瞳でターちゃんを見下ろし、言葉を発した。


『お久しぶりですね。そのような姿になっているとは、思いもしませんでした』


「……わふ」


『ですが、再会を喜んでいる場合ではないようです。海邪神トゥルーガの復活、これは由々しき事態』


 光線の一斉掃射を終えてもなお、邪神の破壊活動は止まらない。

 触手を振るって街を薙ぎ払い、瓦礫の山へと変えていく。

 龍はターちゃんからセリム達へと視線を移し、自らの名を告げた。


『私はこの国で海神と呼び祀られている、慈源龍カナロドレイク。アビスの剣を持つ者、そしてタキオンに選ばれし者よ。私と共に戦ってください』


「……タキオンに選ばれし者、ですか?」


 その言葉が、セリムの中で引っかかる。

 先ほどから龍をじっと見つめているターちゃん。

 この生き物の正体はやはり——。


「おっしゃ、戦う戦う! てかもう戦ってるし! あんな奴あたしがソラ様ブレードの錆にしちゃうから、任せといて!」


 セリムが考えを巡らせ始めた時、ソラの元気の良い返事が彼女を引き戻した。

 そう、今は考えている場合ではない。


「もちろんです。むしろ私からもお願いです。海神さん、力を貸してください!」


『良き返事です。では人の子よ、私の上に』


 セリムとソラの体が、淡い光に包まれて浮き上がる。

 そのまま二人は龍の頭の上に移動。

 彼女たちが乗ったところで、光は消滅した。


『行きましょう。アビスとタキオン、そして私。三龍の力を結集すれば、邪神を止められるはずです』


 二人を乗せた龍は、焼け野原となった海都の上空を、邪神目がけて一直線に突き進む。

 そこに存在するだけで、絶大な癒しの波動を振り撒く慈源龍。

 軽傷者から瀕死の重傷を負った者に至るまで、海都に取り残された全ての負傷者の傷が瞬く間に完治。

 神の御業としか言えない奇跡に、彼らは皆天を仰ぎ、海神様の姿を目の当たりにして歓喜の声を上げる。

 クロエとヘルメルも顔を見合わせ、笑顔を浮かべて手を握り合った。


「やった! 来てくれたよ、ヘルメルさんの予想通り!」

「ええ。これできっと、海邪神も……!」


 喜びのあまり、二人は正面からギュッと抱きしめ合う。

 その瞬間、リースの表情がわずかに引きつったが、


「……ま、いいわ。そのくらいなら許してあげる」


 すぐにその表情も緩んだ。


「さ、二人とも! セリムたちと海神様の戦いが始まる前に、海神様が治癒してくれた人たちを集めて避難させるわよ!」

「そうだね、手分けして行こう。ヘルメルさんはボクと一緒に!」


 慈源龍の姿を前に、跪いて祈りを捧げる市民たち。

 このままでは、戦いに巻き込まれかねない。

 三人は二手に分かれ、急ぎ避難を呼び掛ける。



 レムリウス北部、高級住宅街へと足を踏み入れる寸前、海邪神トゥルーガは仇敵の存在を察知し、その十三個の目を海側へと向けた。


「にゃっ、こっち見た!」


『このまま肉薄します。しっかり掴まっていてください』


 横開きに開いた口から、敵意に満ちた雄たけびが上がる。

 臨戦態勢を取ったトゥルーガに対し、慈源龍は前方にバリアを展開。

 触手の先端から撃ち出される弾幕を防ぎつつ、邪神に接近。

 周囲を旋回しながら、魔力をチャージし始めた。


『セリムさん、私の準備が終わるまで敵の足止めをお願いします』


「了解です。スターリィ、力を貸してください!」

「わふっ!」


 セリムは右手を突き出し、時空の歪みを展開。

 ターちゃんが右腕に抱きつき、龍星の腕輪に魔力を流し込む。


「行きます!」


 邪神の本体に目がけて、無数の流星爆弾が撃ち出された。

 先ほどと同様に触手が壁を作って本体を守り、爆発で千切れ飛んでいく。

 露払い程度の気持ちで放った攻撃だったが、セリムはすぐに異変に気が付いた。

 瞬時に生え変わるはずの海邪神の触手が、一向に再生を始めない。


「触手が千切れたまま、再生しない……? さっきはすぐに生え変わってたのに……」


『海邪神の力の源は、死。死者の魂を取り込み、体内で永劫の苦しみを与えることで力を発揮します。私の放つ癒しの力はその真逆、囚われた魂を癒すことで邪神の再生能力を無力化出来る、言わば天敵なのです』


「なるほど……。だからこそあなたが、海邪神が封印されたこの地に留まっていたんですね」


『そう、全ては万が一にも邪神が復活してしまった時のため。今この時のためでした』


 不死身の海邪神を倒すためには、慈源龍による不死の能力の無効化が必要不可欠。

 再生能力を無効化された今が、海邪神を封じる最大のチャンス。


「つまり、もうこっちのモンってことだね! おっしゃ、ソラ様ブレードで一気に——」


『待ってください、ここで私たちが戦っては街に被害が出ます』


「で、でも、じゃあどうするのさ! さっきから溜めてる魔力で、ズドーンと凄いのぶっ放すとか?」

「それじゃあどの道被害がでるじゃないですか……。その魔力の質、防御系ですよね」


『そうです、先ほどから私が狙っていたのは、攻撃ではありません』


 溜めていた膨大な魔力が解き放たれる。

 すると、邪神の全身を取り囲むように結界が展開されていく。

 逃げる間もない展開速度で、瞬く間に二百メートル超の巨体が取り囲まれた。

 邪神は内部で光弾を発射し、結界を破壊しようと試みるが、小さなヒビすら入れられない。


「おぉ、これで邪神を封印するんだね!」


『いえ、あの結界も長くは持ちません。これより海邪神を、レムリウスの街から引き離します!』


 邪神を封じた結界が、慈源龍の神通力によって、ふわりと浮かび上がった。

 そのまま海の方を目がけて、猛スピードで飛んでいく。


『追います、しっかりと掴まっていてください!』


 忠告を受けるとすぐに、二人は龍の背中にしがみついた。

 そして慈源龍は急上昇からの急加速。

 空気を切り裂きながら、邪神を追って海へと向かう。


「す、凄い加速ですね、ソラさん……」


 セリムですら、立ち上がれば吹き飛ばされてしまうだろう。

 このスピードを低空で出せば、衝撃波で街が崩壊してしまう。


「ソラさん……?」


 返事がないことを不思議に思い、隣を見る。

 ソラは必死に掴まったまま風圧を顔に浴び、一言も発せずにいた。


 邪神を包んだ結界は港を抜け、入り江を過ぎ、遥か外洋上へと飛び出し、海上を突き進む。

 レムリウスの島影が遠く水平線に霞んだ時、結界内が禍々しい紫色の光で満たされた。

 結界に亀裂が走り、ひび割れ、生まれた隙間から膨大なエネルギーが漏れ出す。


 ——バキィィィィィィィィン!!


 ついには粉々に砕け散り、海邪神が自由を取り戻す。


「うわ、抜け出しちゃったよ、アイツ!」

「全ての触手から光線を発射して、ダメージ覚悟で逃げ出しましたか。ですが、その代償は大きいみたいです」


 セリムの言葉通り、邪神のダメージは甚大。

 本体の全身に傷を負い、殆どの触手が脱落し、煙を噴きながら海へと落下していく。


「おっし、あとはトドメを刺すだけじゃん。海神様、一気にやっちゃおうよ」


『ええ、これは好機——いえ、待ってください』


 一気に勝負を決めるべく、邪神へ突進しようとした慈源龍。

 しかし、彼女は異変を感じてその場に留まった。


「どうしたんです?」


『妙です、触手の再生が始まっています』


 セリムとソラも、確認のため邪神に視線を向ける。

 確かに脱落していた触手が再生を始め、さらには全身の傷も少しずつ塞がっていっている。

 そのまま着水し、百メートルほどの水柱が立ち上った。


「海神さんの癒しの力でも、抑えきれなくなってきてる……?」


『いえ、あれは恐らく——。とにかく考えるのは後です。このままでは海中に逃げられます、後を追いましょう』


「後を追うって、ま、まさか海に飛び込むつもりなの!?」


『そのまさかです』


 長い体を海面に向けてまっすぐに伸ばし、全速力で降下を開始。

 セリムとソラは、見る見る近付いてくる海面に叫ぶしか出来ない。


「ちょ、ちょ、待って、待って! あたしら溺れちゃうから!」

「お、お、落ち着いてください、きっと何かしら考えが……!」


 ——ザパアァァァァアァアァン!!!


 慈源龍は彼女たちもろとも、海中へと飛び込んだ。

 大きく吸い込んだ息を止めて、頬を膨らませる二人。

 しかし、水中の浮遊感も息苦しさも、何も襲ってこない。

 海上にいた時と、何ら変わらない状態だ。


「……あれ? ソラさん、目を開けてください」

「ぷはっ! なにさセリム、話しかけたら息が……って、普通にしゃべれる?」


 今いる場所は間違いなく海中。

 太陽の光が水面から差し込み、眼下には深い青がどこまでも続く。

 しかし、セリムたちの周りには空気があり、地上と変わらず呼吸も可能。


『海に飛び込む前に、あなた達の周囲に結界を張りました。溺れる心配はありませんよ』


「おぉ、ありがと! でももっと早く言ってよ、驚いちゃった!」

「ソラさん、文句言ってる暇ありません。来ます!」


 海中に没した海邪神は、ダメージを完全に回復。

 十三個の目に敵意を漲らせて、宿敵を睨みつける。


「ものの見事に回復しちゃってますね。再生能力が本当に蘇ったのか、爆破して確かめたいですけど……、海神さん、この結界があると私たち攻撃できないんじゃ?」


『問題ありません。その結界は海の水だけを弾き、その他の全てを通す。あなた達の攻撃を阻害するものではありません』


「それを聞いて安心しました。やりますよ、スターリィ!」

「わふぅ!!」


 ターちゃんが腕輪に魔力を注ぎ込み、時空の穴が展開。


「いきます、流星爆撃シューティングクラスターっ!」


 小粒の流星爆弾を連射して、海邪神に浴びせかける。

 連続して巻き起こる爆発、白い泡が弾け、禍々しい巨体を包み込んだ。


「やった!?」

「……いえ、残念ながら」


 水泡の中から飛び出した敵が、こちらに向かって突進を仕掛けてきた。

 体に負った爆発の損傷は瞬く間に完治。

 再生能力の復活が証明されてしまう。


「海神さん、さっき何か気付いたみたいでしたが……」

「そ、そんな話してる状況じゃないっぽい!」


 無数の触手が慈源龍に向けられ、光弾が発射される。

 海中を自在に泳ぎ、攻撃を回避するカナロドレイクだが、その体を捕らえるために大量の触手が伸びてきた。

 海中を空中以上の高軌道で縦横無尽に泳ぎ回り、触手の合間を掻い潜る。

 かわしきれない触手は、ソラが集気大剣斬オーラ・ザンバーで斬り払う。

 そうして生まれたわずかな隙を狙って、巨大隕石がセリムの広げた時空の穴から飛び出した。

 流星は邪神の本体に真正面から激突、遥か深海にその巨体を連れていく。


「これで少しは時間が稼げます。海神さん、詳しいお話を」


『……おそらくですが、海邪神に耐性が出来てしまったものと思われます』


「耐性……? 馴れちゃったってこと?」


『海邪神は、取り込んだ死者の苦しみから力を得ています。その魂を私の力が癒すことで、再生能力を封じることが出来ていた。しかし、今の海邪神は私の癒しを上回る苦痛を死者に与えている。死の絶望は、生の希望よりも強い、それを認めたくはないですが……』


「なら、もうどうしようも……」


『……ですが、先ほどから何か妙な気配も感じるのです。死の力が強まったからでしょうか。闇の中でひと際輝く小さな光、奇妙な話ですが、そんな気配を海邪神の中から強く感じます。まるで、私の力と同質な力を……』


「邪神の中に……? まさか、オリハルコン……? ラティスもろとも取り込まれた、ということでしょうか」


『なるほど、確かにオリハルコンは私由来の鉱石。私たち三龍が司る、三つの鉱石の一つですから』


「二人とも、もう時間切れみたい」


 ソラが睨み付ける先、海邪神が触手を束ね、先端を尖らせて体を高速で回転させながら、猛スピードで急上昇してきている。


「思ったより早かったですね、ちょっと自信無くしますよ……!」


 慈源龍はドリル突進を回避、すれ違いざまにセリムが特大の流星を放つ。

 爆発に触手が千切れ飛ぶが、すぐに再生。


『再生速度も早くなっています。このままでは……』


 突進を停止した邪神は、ドリル状の足先を慈源龍へと向けた。

 それぞれの触手の先から溢れたエネルギーが束ねられ、巨大な一つの塊として膨らんでいく。


「ま、まずいです! 大技が来ますよ!」

「まずいのはそれだけじゃないでしょ! 再生が止められないんじゃ、もうどうやって倒せばいいのさ!」


『……いえ、これは逆にチャンスです。海邪神を封じるのではなく、完全に滅する、またとない機会かもしれません』



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