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164 かつて無いほど大ピンチです



 クロエはヘルメルを抱えたまま、清浄な空気が満ちる遺跡の中を走り抜ける。

 遺跡はうねうねと曲がりくねった狭い廊下と、緩やかな下り坂、そして各階層を繋ぐ階段で構成されていた。

 壁には古代文字の文章が刻まれ、廊下と壁の境目はやはり丸みを帯びている。

 この遺跡も、やはり照明の光源は謎だが、調べるのは後回し。


 遺跡に飛び込んでから十分弱。

 これまでクロエは、六つの階段を下っている。

 七つ目の階段を、数段飛ばしで飛ぶように駆け降りながら、腕の中でぎゅっと目を閉じるヘルメルに問い掛ける。


「ヘルメルさん、海神様がいる階は?」

「ち、地下八階層、ですっ」

「もうすぐだね! ラストスパート行くよ、しっかり掴まってて!」


 地下七階へと飛び出したクロエ。

 さらに速度を上げ、最後の階層を駆け抜ける。


「ひゃあぁあっ!」

「口開けちゃダメ、舌噛んじゃうからじっとしてて」

「は、いっ……!」


 あまりの速度と揺れに耐えきれず、腕をクロエの首に回し、力いっぱいしがみ付くヘルメル。

 その結果、彼女の豊かな胸がクロエの胸に押し付けられる。


「わわっ!?」

「ど、どうしました……? なんだか速度が落ちたような……」

「き、気のせいだから!」


 実際のところ、スピードは一瞬だけ落ちてしまっていた。

 そんな場合じゃないと頭では分かっていても、そこに全神経が集中してしまう。


「お、落ち着け、落ち着けボク……。ボクにはリースが、リースのおっぱいが……、じゃない!」


 頭をブンブンと振って煩悩を払い、彼女は無心になって七階層を駆け抜けた。



 最後の階段を駆け降りると、そこは天然の洞窟をくりぬいて作られた広大な空間。

 黒い岩肌に、ゆらめく水面から発せられる蒼い光が反射し、幻想的な光景に目を奪われる。

 人工物は階段の周りの石畳と、そこから十メートルほど先にある祭壇のみ。

 祭壇の更に向こう側は、地下に出来た入江となっている。

 その先は海底洞窟。

 おそらくは人が立ち入れない深海へと続いているのだろう。


「ここが、遺跡の最深部……」

「そう、ここは海神様に謁見するための神聖な場所。クロエ様、ここまでありがとうございました。お疲れではありませんか?」

「ボクは全然大丈夫。それより、早く海神様を呼ばないと」

「そうですね、事は一刻を争いますから」


 クロエに降ろされたヘルメルは、その足で祭壇へ上がり、跪いて祈りを捧げる。

 邪神復活という未曽有の危機に、力を貸して欲しいと強く願い、祈り続ける。

 しかし、慈源龍は一向にその姿を現さない。


「……ダメです。祈りに応えてくださいません」

「そ、そんな!? どうしてさ!」

「分かりません……。ただ、この遺跡の近くにいらっしゃらない事だけは確かです……」

「近くにいない……? それってつまり、どういうこと?」


 慈源龍は遺跡から繋がる海底洞窟の中で、静かに暮らしている。

 海神の神子が祭壇に祈りを捧げれば、すぐに姿を見せてくれるはず。

 はずなのだが、呼びかけに答えないということは。


「御身に何か起きたのか、もしくは——」




 ○○○




 無数に迫る海邪神の触手。

 斬っても撃っても再生を繰り返し、二人は次第に押されていく。


「ど、どうしよう! このままじゃジリ貧だよ!」

「いくら触手を潰しても無意味です。本体を直接狙うしかありません」


 胴体のように見えるのは、全て触手の塊。

 海邪神の本体は、その根元にある四角く醜い頭部だ。


「行きますよ、スターリィ!」

「わふっ!」


 右腕をかざし、特大の時空の歪みを生じさせる。

 ターちゃんの魔力が上乗せされ、歪みは更に四十メートル大まで拡がった。


「特大メテオボム、行っちゃってください!」


 時空間から撃ち出された、約四十メートルの特大の流星。

 阻もうとする触手を蹴散らしながら、本体に直撃すると更に上昇。

 海邪神は流星に押し出され、瞬く間に雲の上まで打ち上げられる。

 それでもまだ止まらず、邪神の体が成層圏まで上がったところで、


「これで、終わりです!」


 広げた手の平をグッと握る。

 瞬間、天空で巻き起こった極大の爆発。

 周囲数十キロの雲を吹き飛ばし、衝撃波が地上にまで届き、砂埃を巻き上げ、海面を揺らす。


「お、おぉ……、今までで一番凄い爆発……」

「これでダメなら、私にはもう手は残されてません。お願いですから、終わっててください……!」

「……わふぅ」


 生まれて初めて放った、正真正銘全力の一撃。

 これで倒せていなければ。


「ダメ、ですか」


 邪神の気配は消えていない。

 ソラの剣も、黄金の光を纏ったまま。

 ターちゃんは遥か上空を睨みつけ、唸り声を上げ続ける。

 やがて、高空から落下する邪神の姿が視界の果てに小さく映った。


「無傷……ですね。五体満足のままです」

「うぇっ!? あんな爆発でも効果なかったなら、もうどうやって倒せばいいのさ!」

「効果が無かった、とは考えにくいです。多分ですが、打ち上げられている最中に流星から逃れたのでしょう」


 地上への被害を抑えるために、必要以上に高く打ち上げたことが仇となった。

 長い上昇時間は、邪神が逃れるに十分な時間を与えてしまったようだ。


「じゃあさ、もっかいやってみようよ。爆発自体は効くんでしょ?」

「もう一度試しても、同じでしょうね。また逃げられるだけです。それよりも別の手を考えましょう。あと構えてください、もう来ますよ」

「んにゃ、そうだった。集中集中……」


 既に邪神は、上空三百メートルほどの高さにまで到達している。

 ソラは剣を両手で握り、落下してくる異形を睨みつける。

 セリムも右手を天高くかざし、時空間のゲートを展開。


「迎撃します! 流星爆撃シューティングクラスターっ!!」


 発射された流星の弾幕が、落下するトゥルーガに次々と命中。

 連鎖的な大爆発が邪神を襲うが、触手を展開されて本体への直撃は防がれてしまう。

 大量に触手を失いながらも、異形の神は地上へと帰還。

 地響きと砂煙を巻き上げながら、凄まじい速度で触手を再生させる。


「よっし、今度はあたしがアタックするね!」

「……待ってください。なんだか嫌な感じが——」

「ど、どうしたのさ、セリム」


 飛び出そうとするソラだったが、天翔の腕輪の力で足場を作って貰わなければ動けない。

 出鼻を挫かれて不満げだが、彼女のセリムに対する信頼は絶対。

 大人しく従い、様子見に移る。


「邪神の魔力が、どんどん強くなっているんです。まるで、何か大技を出す予兆みたいに……」


 セリムの言葉を裏付けするように、邪神は八本の触手をもたげて展開。

 その先端に、禍々しい魔力光が収束する。


「ちょっ、これってまさか……!」

「ソラさん、離れますよ!」


 ソラの首根っこを掴み、ターちゃんをポーチに突っ込んで、セリムは全速力で邪神から距離を取る。

 邪神の十三個ある異形の目がセリムたちを捉え、昆虫のような縦開きの口が開いた。

 その口内に収束していく破滅的な魔力と、禍々しい紫の光。


「まず——」


 その瞬間。

 セリムは修行を終えて以来、初めて死を感じた。


 邪神の口から放たれる、極太の魔砲撃。

 セリムとソラを狙った一撃は、一秒にも満たない速度で山間部にまで到達。

 北部に連なる山の中腹に大穴が開き、山体が崩壊した。

 さらに、八本の触手からも破懐光線が放たれ、街を無造作に破壊していく。

 水を出している途中に手放したホースのように、荒れ狂いながら光線を照射する。

 そのうちの一つが評議塔を捉え、海都のシンボルは一瞬で消し炭となった。




「なんなのよ、これ……」


 阿鼻叫喚の海都にて、救助活動を続けていたリース。

 まるでこの世の終わりのような光景に、愕然と立ち尽くす。

 魔砲撃の乱射を終えた海邪神の勝ち誇ったかのような咆哮が響く中、王女は小さく呟いた。


「セリムは? セリムとソレスティアはどうなったのよ……?」


 光線が放たれるまでは、上空を駆ける彼女たちの姿は見えていた。

 それが、一瞬で消え去った。


「まさか、消し飛んじゃったわけじゃないわよね。あの二人が、こんな簡単にやられるわけ……」


 過ぎった考えを振り払い、周囲の気配を探る。

 今やるべきことは、一人でも多くの怪我人を治療して避難させること。

 半径三キロ以内の気配を探る中、彼女はセリムとソラの気配を感じ取った。


「良かった……。あの二人、生きてる……」


 世界最強の少女がいるのだ、そう簡単にやられるはずがない。

 一安心したリースだが、もう二つ、知っている気配を感知。

 クロエとヘルメル、二人の気配が真っ直ぐにこちらへと向かって来ている。

 首をかしげる間もなく、ヘルメルをおぶったクロエが瓦礫を乗り越えて姿を現した。


「いた! リース、怪我はない?」

「平気。たとえ怪我しても自分で治せちゃうし。それよりクロエ、海神様はどうしたのよ」


 リースの問いを受けて、クロエとヘルメルは顔を見合わせる。


「それなんだけど……」

「実は……、海神様は遺跡にはいませんでした」

「い、いなかった!? それってどういうことよ!」

「可能性は二つです。一つは、海神様の身に何か起こった。もう一つは、この異変を察知して、もう既に向かっている」




 ○○○




 魔砲撃に飲み込まれる瞬間、ターちゃんはワープゲートを展開。

 セリムはとっさにターちゃんを押し込み、続いてソラを投げ入れる。

 最後に自分が入り、ゲートは閉じた。

 二人と一匹が放り出されたのは、海都の波止場。


「あ、あたし、生きてる……。ター子、ナイスだったよ!」

「わ、わふ……」


 瞬時にゲートを展開したからだろうか、魔力を大幅に使ってしまったターちゃん。

 ぐったりと横たわり、飛ぶ元気すら残っていない。


「ター子、だいぶ無茶しちゃったんだね。ねえセリム、ター子をポーチで休ませて……セリム?」


 セリムの返事が無い。

 ぐったりと背中を向けて、右肩側を上にして横たわったまま、動かない。


「セリム? ねえ、セリムってば!」

「う、うぅ……っ」

「良かった、生きてた。ねえセリム、早く起きて——えっ?」


 肩を揺すると、彼女は仰向けの体勢に変わる。

 体に隠れていた左腕もソラの視界に入った。

 黒く焼け爛れ、一部は炭化している、セリムの無残な左腕が。


「セリム……? これ、この腕……」

「そ、ソラさん……、無事で、良かったです……」

「なんで……、あたしを先に行かせたから……?」

「間に合うと思ったん、ですけどね。ちょっと、遅かったみたいです……」


 セリムがゲートに飛び込んだ瞬間、左腕がわずかに熱に晒されてしまった。

 予想以上の凄まじい熱量、直撃せずともこれほどの威力を持っていたことは予想外だった。


「あ、あたし、お姫様呼んでくる! それかなんか回復アイテム無い!?」

「無理です……、このケガは、回復魔法で癒せる限度を、越えてます……。それに、ソラさんも知ってるでしょう……? アイテムじゃ、体力は回復しても、外傷は治せないって……」

「じゃあ、どうすれば……っ!」


 左手首に着けていた天翔の腕輪は、完全に炭化していた。

 ボロボロと崩れ去り、塵になって海風に散っていく。


「左腕、動きません……。切断、するしかないでしょうね……」

「そんな……、あたしのせいで、セリムの腕が……っ」


 ソラの蒼い瞳から、涙がこぼれ出る。

 セリムの体を抱きしめようとして、思いとどまった。

 そんなことをすれば、腕が千切れてしまいそうな気がした。


「泣かないでください……。別に死ぬわけじゃないんですから……。そんなことより、今は邪神を、どうにかしないと……」

「動いちゃダメ!」


 起き上がろうとする彼女を押しとどめる。


「アイツは絶対、あたし一人で何とかしてみせるから!」

「ソラさん一人でどうにか出来るんですか……? 私の援護、必要でしょう」

「だけど……、そんな体じゃ……!」


 確かに彼女の言う通り、一人では勝ち目はゼロ。

 しかし、今のセリムは戦闘不能の重傷を負っている。


「どうしよう……、あたし、どうすれば……」


 必死に頭を振り絞るソラ。

 その肩の上にターちゃんが飛んできて、慰めるように頬をぺろぺろと舐める。


「わふぅ?」

「ター子、ありがと……。あれ? さっきまでぐったりしてたのに……。って、あたしも力が湧いてくる! 何これ!?」

「わんっ」


 すっかり元気を取り戻したターちゃんが、パタパタとソラの頭の上を飛び回る。

 ソラ自身も、戦いの疲労が嘘のように消えていくのを感じた。

 そして、セリムの左腕も。


「うっそ……。どんどん治ってく……」


 痛々しい火傷が急速に消え去り、元通りの白い肌へと戻ってしまった。

 セリムは体を起こし、左腕を曲げて伸ばして、握って開いてを繰り返す。


「動きます。痛みももう感じません。ソラさん、一体何が起きたんですか?」

「あたしにもさっぱり。何が起こってるのさ、これ」


 ソラが何気なく、海へと目を転じた瞬間。

 水しぶきを巻き上げて、巨大な何かが海面から飛び上がる。

 その存在は、確かな知性を宿した瞳で眼下のセリムたちを見下ろした。



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