163 私とソラさんならきっと勝てます……よね?
大変お待たせしました、連載再開です!
火の手を上げるレムリウスの街を、我が物顔で侵攻する、二百メートル強の巨大な怪物。
規格外の巨体が通った後、美しい街並みは一切の例外なく瓦礫の山と化す。
評議塔から飛び出したオルダは、マリエールたちを見つけると、青ざめながら駆け寄ってきた。
「お、お二人とも、ご無事でしたか!」
「オルダ殿、評議塔の内部はどうなっておる? 先ほどの光線、凄まじい衝撃であったが」
「怪我人が多少出ましたな。ですが、塔自体が倒壊する恐れはございません。もう一度掠めれば、分かりませんが……」
彼の報告を聞き、マリエールはひとまず安堵。
塔の地下には自国民であるラギアとキリカがいる。
彼女たちを祖国に返す、魔王としてそれだけは果たさねばならない。
「し、しかしまずいですな。このままでは、我らがレムリウスの街は……」
「オルダ様、今は情報が足りませんわ。あの怪物について何かご存じないのですか?」
未だかつて目にしたことのない、規格外の魔物。
いや、果たして魔物のカテゴリーに収めていいものなのか。
「さて、私もあのようなものは初めて見ましたのでな……。しかし、よく似ている……」
「似ている、とは。何にでございましょう」
「海神様の言い伝えに登場する、海の邪神にです」
邪神。
そのワードに、アウスは怪物の正体に対して確信を得た。
あれこそが海邪神トゥルーガ。
如何なる訳か復活してしまった、神代の化け物。
「あれが本当に邪神ならば、もはや我々にはどうすることも出来ませんわ。オルダ様は急いで避難の指示を! お嬢様も安全なところへ、お早く!」
「お主はどうするのだ!」
「わたくしも避難誘導に当たりますわ。お嬢様は一刻も早くお逃げください!」
従者に全てを任せて、我先に安全な場所へと逃げおおせる、それが果たして、あるべき為政者としての姿なのか。
責任ある立場としては正しいのだろうが、どうしても納得がいかなかった。
「断る! 余も避難誘導や救助に当たるぞ。同じ魔族たちを見捨てて、一人だけおめおめと逃げられぬ!」
「なりませぬ! どうかお聞き分けくださいませ、魔王様。自国の民を守ることこそ貴女様の務め。他国の民の命をも背負うことは御座いません!」
「し、しかしだな……」
主君を必死に諌める従者。
二人が論戦をかわす中、オルダは恐怖に慄きながら邪神を指さした。
「あ、ああっ、お二人とも、あ、あれを……」
「どうしたのだ……、——なっ!?」
マリエールも、アウスも、その表情を強張らせた。
邪神の進路がこちらへと変わり、評議塔を目指してまっすぐに進んでくる。
昆虫のような口が左右に開き、その喉奥で禍々しい魔力光が収束を始めた。
腰を抜かしたオルダがその場にへたり込み、言葉にならない声を絞り出す。
「あわ、あわわわ……」
「まずい、まだ中には人が……! 早く避難を呼びかけ——」
「無理、ですわ。もう間に合いません」
海上から放たれたあの熱線は、一瞬にしてレムリウスの街を縦断し、北部の山岳地帯にまで届いた。
この至近距離から放たれれば、塔も、この場にいるマリエールたちも、一瞬にして蒸発する。
「アウス……!?」
「申し訳ありません、お嬢様。あなた様を守れず、このような場所で死なせてしまい……」
「……あぁ、そうか。本当に、もうダメか」
助かる道は、もう存在しない。
全てを諦めたアウスの表情で、マリエールは悟ってしまう。
「ならばせめて、最期はお主の腕の中で迎えさせてくれ」
「最後の命令、承りましたわ。お嬢様、共に逝きましょう」
幼い主君の体を抱きしめ、ギュッと目を閉じた。
魔王も従者の背に腕を回し、すぐに訪れるだろう最期の時を待つ。
邪神の口内に溜まったエネルギーは臨界を向かえ、光線として発射されるその瞬間。
——ズ、ドオオオオオオォォォォオン!!
海都に響き渡ったのは、盛大な爆発音だった。
邪神の頭部で巻き起こる、未曽有の特大爆発。
それに気を取られたのか、発射を取りやめた海邪神は十三個の瞳を彼女たちへと向けた。
評議塔への攻撃を止めるためにセリムが放ったのは、正真正銘全力全開の、山を消し飛ばし地形をも変えるメテオボム。
それすらも、一切ダメージを与えられない。
「やっぱりラティスと同じ、ソラさんの攻撃しか効かないみたいですね」
「おっしゃ、ソラ様ブレードが火を吹くよ!」
黄金色に輝く刃を手に、ソラは果敢に邪神へと向かっていく。
向かっていくが、まだ邪神との距離は一キロ近く離れているため、中々辿り着けない。
「おりゃあああぁぁぁぁ……」
火の手が上がる街の中を突っ走るソラ。
その叫びは、遠ざかる背中に比例して小さくなっていった。
「ソラさん……、やる気だけはありますけど……」
「グルルル、ガウゥゥウッ!」
「スターリィ、やっぱりあなた、邪神に向かって怒ってますね」
ポーチから頭を出したまま、額にしわを寄せ、歯を剥き出しにして唸り声を上げるターちゃん。
海邪神トゥルーガに対し、明確な敵意を露わにしている。
「おっと、今はソラさんの援護に集中しなきゃです」
突っ走るソラにすぐさま追いついたセリムは、その進行方向に天翔の腕輪で足場を形成。
「ソラさん、敵はでっかいです。足場を使って頭のとこまで行きますよ」
「らじゃー!」
飛び上がったソラの落下先に、的確に足場を生成。
透明にも関わらず、まるで見えているかのような迷いない足取りで、ソラは天へと駆け上がっていく。
もちろん彼女には、足場の位置も発生タイミングも分からない。
分からないが、後ろを付いてくるセリムを信じている。
彼女が自分を落とすわけないと、絶対の信頼を寄せているからこそ、ソラは迷わず足を踏み出せる。
「おっ、ちょ、セリム、いっぱい伸びてきてる!」
「……ですよね。やっぱり、ただでは行かせてくれませんよね」
海邪神の胴体は、絡まり合った無数の触手で形成されている。
万や億はくだらないだろうその触手のうちの数十本を、ソラとセリムに向けて伸ばし、攻撃を仕掛けてきた。
「私の攻撃では、怯ませることすら出来ません……。どうしたら……」
「わふっ!」
「スターリィ? あなた……」
ポーチから飛び出したターちゃんが、セリムの右腕に抱きついた。
その小さな体から魔力が放出され、龍星の腕輪に注ぎ込まれる。
「これはまさか、次元龍の魔力が腕輪に……? これなら、もしかしたら!」
アダマンタイトは地厳龍由来の力。
そして慈源龍は、かつて海邪神を封印したと言い伝えられている。
ならば次元龍の力でも、邪神に対抗できるはず。
「本当にスターリィが次元龍の子供なら、きっと……! 行きます、流星爆撃っ!!」
次元の穴が開き、飛び出した流星群の弾幕。
メテオボムの一つ一つが大量の触手に着弾し、爆発と共に触手は千切れ飛ぶ。
「ナイス、セリム! あたしも負けてらんないね! おりゃああぁぁっ!!」
恋人の後方支援に奮起したソラは、黄金の刃に闘気の大剣を纏い、次々と触手を斬り落としていく。
しかし、海邪神を構成する触手はあまりにも多すぎる。
その上、損傷した部分はすぐさま修復され、セリムたちへの攻撃を再開。
「こ、これじゃあキリがないよ! 本体にも近付けないじゃん!」
「こちらのスタミナも有限、長引けば長引くだけ不利になります。正直、まずいですね……」
○○○
大爆発に気を取られた海邪神が評議塔への攻撃を中断し、セリムたちの方向を向いたことで、マリエールたちは一命を取り留めた。
尻もちをつきながら、肩で荒く息を吐くオルダ。
その股間がじんわりと濡れているような気がするが、おそらく気のせいだろう。
「ア、アウスよ。助かったのか、我らは……」
「ええ。そう、みたいですわね。そしてあの爆発。どうやら彼女たちが、戻ってきたみたいです」
世界最強の少女が、地上に戻ってきた。
となれば、状況は一転する。
「よし、余とアウスは手分けをして、塔の中に取り残された者たちの避難を誘導する。オルダ殿は、ここへ逃げて来る市民を郊外へ避難させてくれ」
「承りましたわ、魔王様」
「そ、そうですな。私も三元老、そのくらいのことは……」
市街地から評議塔を目指して橋を渡ってきた市民が、塔の前の広場に大勢集まってきていた。
オルダは彼らのもとへと走り、魔王主従は塔の中へ。
上層にはアウスが、そして地下牢にはマリエールが向かう。
薄暗い地下牢へと駆けこんだマリエール。
異変に気付いていたキリカは、彼女の姿を見るなり問いただす。
「何が起きているの。この音と揺れは何?」
「海邪神トゥルーガが蘇った。このままここにいたのでは、お主らは危険だ」
「……え? 神様が、降臨なさったずら?」
無気力に寝転がったまま、物音にも魔王の来訪にも無反応だったラギアが、邪神の名を耳にして体を起こした。
「神様がお出でなさったなら、あても拝みたい! この世が楽園に生まれ変わる、存在めでたい瞬間を、ぜひとも拝みたいべ!」
「まだそんなことを言っておるのか。目を覚ませ、お主は騙されておるのだ」
「うっさいずら。あてを外に出せ!」
「言われずとも、そのつもりだ」
壁にかけられたカギを手に取り、手早くキリカの牢を開け放つ。
「正気? 罪人を解放するなんて」
「手枷も足枷も付けておろう。それに、この状況で逃げようとするほど、お主は馬鹿ではあるまい」
「……さすが魔王、よく分かっている。でも、アレは馬鹿だ」
「あても出せ! 早く!」
「それも理解しておるつもりだ。出してやるが、妙な気は起こすなよ」
キリカと違い、ラギアは抵抗を試みるかもしれない。
用心しつつ扉を開けると、すぐさま二人を引き連れて階段を登り、塔の外へ。
幸いラギアも、大人しく後ろをついてきてくれた。
「意外だな、こんなにも大人しく従うとは。正直拍子抜けしたぞ」
「神様を拝むためずら。極楽浄土を創り出してくれる、ありがたい神様だべ?」
「極楽浄土、か」
彼女は本当に、心の底からそう信じているのだ。
長年施され続けた、洗脳の成果。
この先に待つ現実を前にして、彼女の心は正気を保てるのだろうか。
塔の出口が見えた瞬間、
「あの先に、神様がいるずら!」
「ま、待て! 勝手に行くな!」
ラギアは満面の笑みを浮かべて、塔の玄関口から飛び出した。
「……え? なん、だべ? これ……」
そして、目の前に広がる光景に立ちつくす。
美しかった海都の、見る影もない風景。
あちこちから火の手が登り、その元凶である醜い怪物が、無数の触手をうねらせて二人の少女と交戦している。
「神様は、どこ? あの怪物はなに? 極楽浄土はどこにあるずら?」
「あれが、あのモンスターが、海邪神トゥルーガだ」
引きつった笑みを浮かべるラギアに対し、魔王はただ事実のみを告げる。
「なに、言ってるべ。あんなの、ただの化け物……」
「そう、『神様』の話なんて全て嘘。これであなたも思い知った?」
洗脳の被害者である哀れな少女に、冷たい言葉が浴びせかけられる。
「うそ、うそだべ。あんな化け物のために、あては、あては……、そんなの、信じない!」
「まだ目を逸らし続ける気? だったら勝手にすればいい。魔王サマ、避難誘導よろしく」
「あ、ああ……」
膝から崩れ落ち、何度も首を横に振る。
そんな彼女に対し、マリエールは何も言えなかった。
「……む。ひとまず、アウスを待つとする。この場で待機だ」
「了解」
「うそ、こんなの……、なんで……」
ラギアのすすり泣きを背に、魔王は街を睨んでじっと待つ。
自らの従者が塔内の職員を束ねて戻ってくる前に、見知った顔が常人には考えられない速度で橋を渡ってきた。
「ま、魔王様、無事だったのね。良かったわ……」
「リース王女か! よくぞ無事に戻った!」
全速力で駆けてきたにも関わらず、リースの息は切れていない。
遺跡の戦闘で、相当のレベルアップを果たしたのだろう。
「セリムとソラが邪神と戦っておるのは見れば分かるが、ヘルメル殿とクロエはどうした」
「あの二人なら、海神様を呼びに行ったわ」
「か、海神様を!?」
「ええ、邪神討伐の助太刀を頼みに、ね。で、アウスさんはどこ?」
「わたくしならば、ここに」
塔内部に取り残された人々の誘導を終えたアウスが、彼らを引き連れて姿を見せた。
「リース様、ご無事で何よりですわ。我らはこれより、この場に集まった市民を連れて郊外へ避難します。あなた様はどうなされますか?」
「私は、ここに残るわ。取り残された人たちや怪我人を、一人でも多く救いたい」
「む……。そうか、危険だが無理強いは出来まい」
「リース様、どうかご無事で」
強気な彼女に対して説得は無意味。
アウスは軽く会釈をし、マリエールやキリカ、失意のラギア、避難民たちと共に、その場を後にする。
そしてリースは、
「この場には怪我人は……、いないみたいね。よし、私は私にしか出来ないことを……」
軽く周囲を見回した後、多くの怪我人がいるだろう、市街地に向けて走り出す。
その遥か遠景では、二人の少女と邪神の激闘が続いていた。
今後しばらくは、週一回日曜日のこの時間に更新していきます。
少しずつペースを上げていきたいですね。
これからも本作を、どうかよろしくお願いします!