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162 スターリィ、何だか怒ってます?



 レムリウスの街を薙ぎ払った、破滅の光。

 一瞬にして数百の命が失われ、平和だった海都が地獄へと変わる。

 異形の顔を持ったその存在が、港から島に上陸した瞬間。

 数キロ離れた塔の上で、マリエールはかつてない恐怖と絶望に晒された。

 港から上陸した身長二百メートル超のおぞましい異形。

 正方形の顔から生えた大量の触手が絡み合って蠢き、胴体のような形状を形作っている。

 その異形から感じる力は、かつて戦った兄ルキウスとすら比較にもならないほどに強大なものだった。


「あ、アウスよ、余は、これほどの恐怖を感じたことはない……」

「お嬢様、逃げましょう。あれはもはや、人の手でどうにか出来るものではありませんわ」

「だ、だが、我々だけで逃げるわけには……!」

「わたくしの使命は、お嬢様のお命を守ること! さあ、早く——」


 アウスの言葉が終わる前に、第二射が発射された。

 破滅の光は評議塔の側数百メートルをかすめ、熱波が彼女たちを吹き飛ばす。


「っあああぁぁああぁあああぁぁぁ!」

「お嬢様っ!」


 熱風を伴った衝撃波により、二人は屋上から転落。

 先に落下した主人を救うため、アウスは足裏に風魔法を展開する。

 空中で加速をかけ、主に追いつくと、彼女の体を抱えて風魔法を発動。

 落下の速度を弱め、無事に地上へと着地した。


「た、助かったぞ、アウス」

「これがわたくしの役目ですわ。しかし、評議塔の方は……」


 破滅的な威力の熱線が、決して遠くはない距離を通ったのだ。

 内部の被害はどうなっているのか。

 上陸した怪物は街の中を突き進み、移動するだけで大破壊が起きている。


「……やはり余は、この街を見捨てては行けん」

「何を! セリム様がいるならいざ知らず、お嬢様お一人の力で何が出来るのです!」




 ○○○




「ど、どうしよう! 逃げられちゃったじゃん!」


 あと一歩のところまで追いつめておきながら、ラティスを取り逃がしてしまった。

 悔しさを露わにするソラ。

 一方セリムは、最後の一瞬でラティスを引きこんだ触手、そして穴の向こうから感じた寒気がするほどの気配について考えを巡らせていた。


「セリム、アイツやっぱりホースたちのところに逃げちゃったのかな」

「いえ、違うと思います。あの人を引っ張り込んたあの触手、そしてあの気配。ソラさん、どこかで覚えはありませんか?」

「覚え? んん、そういえば、どこかで……」


 しばらく頭をゆらゆらと揺らしたあと、ソラはポンと手を叩く。


「あぁ! アイツ、名前忘れたけど。孤島のアジトでアイツが自分を生贄に捧げた時に開いた穴! あれだ!」

「正解です。おそらくラティスが向かったのは、海邪神トゥルーガの肉体のところです。取り込んだ力を、全て邪神に捧げるために」


 あくまで仮説、だがそうとしか考えられなかった。

 彼女の話に、クロエは青ざめつつも確認を取る。


「ちょっと待って。つまりセリム、キミはラティスが海邪神を復活させに行ったと考えてるの?」

「その通りです。海邪神が復活すればどうなるのか、それは分かりませんが……」

「……海邪神トゥルーガが復活した時、全ては海の底に沈む。この古文書にはそう記されています」


 古文書のページを捲りながら、ヘルメルは語り始めた。


「かつて海神様が他の龍たちと共に、死闘の末倒した海邪神。その力はこの遺跡に封じられ、肉体はレムリウスの近海、海底深くに沈められました。邪神の力の源は、生物の魂。それを吸収することで、肉体のみでもある程度の活動は可能です」

「生贄、ですか……」

「ええ、アザテリウムが大陸から攫ってきた人たちは、海邪神トゥルーガのエサになっていたみたいですね」


 魂ごと吸収され、完全なる同化を果たし、海邪神の体内に囚われて未来永劫苦しみ続ける。

 それが、生贄にされてきた人々の末路。

 セリムが沈んだ表情を浮かべる一方で、クロエはまたも青ざめた。


「ね、ねえ、ヘルメルさん。邪神の肉体はレムリウスの近海に封じられてるんだよね? もし復活したら、レムリウスの街は?」

「……滅びる、でしょうね。すぐにでも」


 クロエの懸念はまたも当たってしまった。

 ヘルメルの体も震え、その顔は血の気が引いている。


「ちょっと、それって大変じゃん! みんな何のんびり話し込んでるのさ! 早く引き返さないと地上が、マリちゃんたちが……!」

「アホっ子、急いでどうするってのよ」

「何言って……! 早く戻らないと!」

「戻るまでに約一週間。戻った時にはレムリウスは、この島ごと焦土になってるでしょうね」

「あ……」


 リースの指摘で、ソラもとうとう理解する。

 ラティスを取り逃がしたあの段階で、もう全ては手遅れなのだと。


「そんな……。じゃあもう、どうしようもないの……? マリちゃんとアウスさん、どうなるの……?」

「一番辛いのは、ヘルメルさんよ。地上には家族も、友達もいるんだから……」


 膝から崩れ落ちたソラの肩を叩きながら、リースはヘルメルを見やる。

 彼女はクロエに抱きしめられ、その腕の中で静かに泣いていた。

 セリムも膝を抱え、完全に心が折れてしまっている。


「本当に、もう手は残されていないの……? 嫌だ、あたしは諦めたくない……」


 何か、何か手は無いのか。

 必死に知恵を振り絞り、フル回転させるが、何も浮かばない。

 その時、しゃがみ込んだセリムのポーチの中から、ターちゃんがひょっこりと顔を出した。


「……わふ?」

「あぁ、スターリィ……。リースさんはあっちですよ」


 いつも通り、一番懐いているお姫様に甘えに行くのだろう。

 そう思い、リースの方を指さすセリム。

 しかし、ターちゃんは彼女の方には向かわなかった。


「グルルルルルル……!」

「スターリィ……?」


 唸り声を上げながら広間の中央へと向かい、滞空しながら魔力を集中し始める。


「この魔力……! あなた、一体何を……」

「ター子、もしかして、あの時のアレをやろうとしてる?」


 アジトが隠された孤島から評議塔まで、ワープゲートを開いた時。

 それ以上の魔力が、小さな体から溢れだす。


「まさか、あの時とは全然距離が違うんですよ!?」

「ウゥゥゥゥ……、ガァァッ!!」


 雄たけびと共に魔力を解放すると、巨大な時空の歪みが開いた。


「これって、スターリィ、本当に地上までのワープゲートを……?」

「凄いわ、ターちゃん! こんなことが出来るなんて、あなた一体……」

「と、とにかく考えるのはあと! ホントに地上まで続いてるかは分かんないけど、飛び込んでみよう! 行くよ、ヘルメルさん!」

「わひゃっ!」


 ヘルメルをお姫様だっこで抱え上げたクロエは、真っ先にゲートへと飛び込んだ。


「……次は私、行くわね」


 若干機嫌が悪いリースが続いて飛び込み、最後にセリムとソラが。


「スターリィ、ありがとう。私たちのために頑張ってくれて」

「さ、急ごう! ター子も一緒に!」

「わふっ!」


 ソラの肩の上に乗ったターちゃんと共に、時空の歪みへと飛び込んだ。

 一瞬の違和感のあと、二人が降り立ったのは深い森の中。

 ターちゃんはゲートを閉じ、疲労感たっぷりの様子。


「お疲れ様です、スターリィ。ゆっくり休んでください」

「わふ……」


 ターちゃんはもぞもぞとポーチに潜っていき、お尻だけを出したところで反転。

 顔をポーチから出して、唸り声を上げていた。


「グルルルル……」

「ど、どうしたんでしょう。私、何かしましたか?」

「いや、怒ってる感じだけど、セリムに対してじゃないと思う。ところでここは? 海邪神の遺跡の入り口?」

「似てますけど、微妙に違う感じですね」


 密林の中に佇む、苔むした小さな祠。

 一見して海邪神の遺跡と同じだが、その扉は閉ざされたまま。

 先に到着していたヘルメルが、扉の窪みを撫でながら告げる。


「ここはもう一つの遺跡、海神様の祠です。この奥には海神様——慈源龍カナロドレイク様がいらっしゃいます」

「また、ジゲンリュウ……」


 やはり次元龍は、三体の龍の一つ。

 セリムの憶測が確信に変わるが、今はそれどころではない。


「みんな、レムリウスの方角を見て。炎や煙が立ち上ってる」


 クロエが指さした先、街から立ち上った火の手がここからでも見て取れる。


「おっし、セリム! 早く駆け付けてやっつけよう!」

「やっつけるって、勝算はあるんですか? 相手は神話に出て来る、正真正銘本物の邪神なんですよ」

「ソラ様ブレードさえあれば、きっと勝てるよ!」

「根拠のない自信ですね……。でもそうですね、そのために戻ってきたんですから」


 地上に戻ってきた以上、やることは一つ。

 一刻も早くレムリウスに辿り着き、海邪神を止める。


「三人はどうする?」

「そ、そうだね……。ボクたちが行っても力にはなれないし……」

「私は一緒に行くわ。怪我人も大勢出てるでしょうから、少しでも力になりたいもの」


 リースも同行を申し出た。

 そして、ヘルメルは。


「ソラ様、ラティス様から取り戻した海神の宝珠を、私に」

「へ? いいけど、何に使うの?」

「海神様に協力を仰ぎます。かつて邪神を封印した海神様なら、きっと力を貸してくださるはずです」


 海神の遺跡の封印を解く事が出来、慈源龍との対話を許されているのは、海神の神子であるヘルメルただ一人。


「これは、私にしか出来ないことですから」

「おぉ、なるほど! 神様が加勢してくれれば心強いや」


 快く海神の宝珠を手渡したソラ。

 クロエはヘルメルに対し、遺跡の内部について確認を取る。


「海神の遺跡って、邪神の遺跡とは違って危なくないのかな?」

「魔物の類いは生息していませんし、カラクリ兵の配置もありません。神子が代替わりするごとに海神様に謁見する場所ですから。ただ、最深部に行くまでに私の足だと一時間はかかるかもしれません」


 説明を受け、クロエもようやく方針を固めた。


「じゃあ、ボクがヘルメルさんを海神様のとこまで送っていくよ」

「おっけー、任せたから。じゃあセリム、急ごう!」

「ええ、一刻を争いますから。リースさん、先に向かってますね」


 セリムはソラを抱え上げ、全速力でレムリウスへと走り出した。

 残されたリースはクロエにツカツカと歩み寄り、人差し指を突き付ける。


「いい、クロエ。しっかり神子様をお守りすること」

「もちろん、分かってるさ」

「それと、二人っきりだからって変な気を起こさないように」

「いや、起こすワケないだろ!?」

「……はぁ、そういうところよ、あなた」


 ヘルメルの顔をチラリと見ると、彼女は少し残念そうに微笑み返す。

 対するクロエは何も分かっていない様子で、キョトンとしたまま。

 鈍感極まりないこの少女に対し、お姫様は両手を腰に当てて、ため息をつきながらあきれ果てた。


「もうちょっと女の子の気持ち、理解してあげなさい!」

「いや、ボクも女の子……」

「じゃあ、私も行くわ」


 言いたいことを言い終え、背を向けるリース。

 走り出す前に軽く体をほぐす彼女に、ヘルメルは。


「リースさん、街を、私たちのレムリウスを、お願いします」


 生まれ育った街を守ってほしい、その思いを託す。


「そうね。一人でも多く救って見せるわ。任せておきなさい」


 振り向いて、勝気な笑みを覗かせて。

 王女は海都を目指し、颯爽と駆けだした。


「……よし、ボクたちも急ごう!」

「はい。まずは封印を解かなきゃ、ですね」


 オレンジ色の淡い光を放つ、封印のカギ。

 海神の宝珠を携え、神子は封印の扉の前へ。

 扉の窪みに宝珠を嵌めこみ、静かに膝を折ると、祈りを捧げる。

 宝珠から放たれた光が扉の隙間に満ち、重たい音を立てながら、地響きと共に両側へと開いていった。

 内部から漏れ出る清浄な空気に、こんな状況にも関わらずクロエは安らぎを感じる。


「……ふぅ、終わりました」

「なんだか、心地いい感じがする……」

「命を司る、癒しの力。慈源龍カナロドレイク様は、絶大な癒しの力を持っています。その力が遺跡内にも満ちていますから」


 説明の最中、クロエはまたもお姫様だっこで抱え上げる。


「ひゃっ! も、もう、一声かけてください! ……ドキドキしちゃうじゃないですか」

「あはは、ごめんごめん。飛ばすから、しっかり掴まっててね!」


 目指すは海神の遺跡最深部。

 邪神討伐の協力を得るため、レムライアを救うため、クロエは慈源龍の住処を目指して駆けだした。



大変お待たせしております。

そろそろ更新を再開しようと思っています。

一週間に一度程度のペースから、徐々に早めていけたらな、と。

まずは日曜日に、次話を投稿する予定です。

どうかこれからも本作を、よろしくお願いします!


第七回ネット小説大賞、一次選考を通過しました!

皆様本当にありがとうございます!

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