表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/173

161 そして、絶望が目を覚ましました



 背中から生えた大量の触手をうねらせる異形の魔人。

 その男から感じる圧倒的な力の迸りに、セリムですら戦慄を覚える。


「ふぅー、こうなってしまってはもう、貴女達に勝ち目はありません」

「つ、強がり言ったって無駄だし! あたしにはセリムがついてるもん、負けるわけない!」

「そういう問題ではないのですよ」


 虚勢を張るソラに失笑を漏らしながら、ラティスは勝ち誇る。


「なにせ私にはもう、強弱に関わらず、全ての攻撃が通用しないのですからね」

「攻撃が全部!? そんなわけ……」

「あるのですよ。邪神自身、そして邪神の力を取り込んだ者は、この世界(・・・・)にあまねく万物全てに害されない!」

「ハ、ハッタリよ、そんなの!」


 声を張り上げるリースに対して、彼は両手を広げて棒立ちになった。


「では、試してみなさい。先ほどの攻撃、この私に撃ってくださって結構です。それまでお待ちしますので」

「……後悔するんじゃないわよ。クロエ、やりましょう!」

「お、おう!」


 ブラスターのチャージを始めたリースと、エレメンタルバーストの発射準備を開始するクロエ。

 ラティスは二人の前に、防御の姿勢すら取らず静かに佇んでいる。

 本気で二人の魔砲撃を、真正面から無防備で受けるつもりのようだ。


「……まだですかねぇ。時間効率の悪い攻撃だ」

「黙りなさい! 今チャージは完了したわ!」

「ボクも準備完了! 行くよ、リース」


 右手に収束した光の魔力、砲門の奥で臨界点を迎えた五属性の魔力。

 いずれの攻撃も、並以上の相手なら欠片も残さず消し飛ばす必殺の魔砲撃。


「フォトン……、ブラスターッ!!」

「エレメンタルバースト!!」


 同時に発射された極太の光線が、絡み合いながらラティスを飲み込んだ。

 やがて光の奔流が消え、姿を見せたラティスは。


「さあ、どうでしょう。これでお分かり頂けたでしょうか」


 全くの無傷。

 部位の欠損はおろか、小さな火傷の一つすら見当たらない。


「嘘だろ、こんなこと……!」

「認めるしか、ないってこと……?」

「ご理解いただけて何よりです」


 ラティスは優雅にお辞儀をすると、顔にかかった長い髪をかき上げた。

 二人は愕然としながら後ずさる。


「さて、絶望して頂いたところで、戦闘再開といきましょう」

「まだです!」


 声を上げたのはセリム。

 彼女は龍星の腕輪を付けた右手を敵に向け、時空のゲートを開いている。


「これなら、どうですか……!」

「おや、セリム様ですか。よろしいよろしい。世界最強の少女である貴女の攻撃が通用しないと分かれば、皆さん抵抗する気力も失せるでしょう」

「……っ、メテオボム!」


 発射された二メートル大の流星爆弾が、真正面からラティスに直撃し、大爆発を巻き起こす。


「これが、効かなかったら、もう……」

「もう、なんでしょうか。もう降参、ですか?」


 爆炎の中から現れた魔人。

 やはり彼の体には、小さな火傷や汚れすら見られない。


「そ、そんな……」


 絶望の表情を浮かべ、立ちつくすセリム。

 本当に、邪神の力の前には成す術がないのだろうか。


「もう、本当にダメみたいです……。ソラさん、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「諦めちゃダメ! 何か、何か手があるはずだよ!」


 必死に打開策を探るソラ。

 彼女の脳裏に、怪物と化したルキウスとの戦いが蘇った。

 あの時も、大地の邪神の力を取り込んだ彼の体には、一切のダメージが通らなかったはず。

 唯一、謎の光を発したソラの剣以外は。


「……そうだ、クロエ! 聖地で貰ったあのお土産、あれをあたしに!」


 彼女の閃いた打開策は、霊峰カザスの山頂から採れる鉱石を使った首飾り。

 あの時、緑色の石が光を放ち、ソラの剣へと流れ込んだ。

 それ以降、ソラの攻撃がルキウスに通用するようになったのだ。


「きっとアレがあれば倒せる! クロエ、いっぱい貰ってたでしょ!」

「……ゴメン。アレ全部、研究所に置いてきた」

「ま、マジで……」


 今度こそ、万策尽きた。

 両腕を直刀に変えたラティスは、まずは誰を処刑しようかと品定めを始める。


「さぁて、まずは誰を殺せば効果的でしょうか。個人的にはヘルメル君を惨殺したいのですけれど……」

「ひっ……」

「戦力的には下の下ですからね。一番最後でいいでしょう」


 クロエはヘルメルを背後に庇いつつ、リースの手をギュッと握る。

 二人の顔には諦めの色が浮かんでいた。

 そしてセリム。

 彼女の心は、完全に折れてしまっている。

 最大圧縮で放ったメテオボムが、髪の毛一つ焦がせない。

 その強大な力故に、物理的な力ではどうしようもないことを、彼女は誰よりも深く理解してしまったのだ。


「と、なるとやはり」

「……諦めない。あたしは、諦めない!」

「貴女でしょうね、ソレスティア・ライノウズ」


 この状況において、一人だけ心を折られていない少女。

 彼女を殺せばセリムの心は壊れ、精神的支柱を失った他のメンバーも抵抗を完全に諦めるだろう。


「もう貴女を殺すだけで、私の悲願は達成される訳だ」

「殺れるもんならやってみろ!」

「ええ、言われずとも——」


 ソラは両手で剣を握り、体内で闘気を爆発させた。

 彼女の切り札、闘気収束・参式オーラチャージ・ブースター

 爆発的に身体能力を上昇させるこの技で、とことんまで食らいついてやる。


「すぐにあの世へ送ってあげますよ!」


 が、その目算は甘かった。

 ラティスの姿が一瞬で消え、次の瞬間には目前に。

 セリムですら、辛うじて反応出来るレベルの速度。

 ソラは成す術も無く、その首を刎ね飛ばされる——はずだった。


 パキィィィィ、ン!


「な、に……?」


 が、宙を舞ったのは少女の首ではなく、魔人の骨刃。

 骨も体の一部である以上、へし折ることなど不可能のはずなのに。

 そもそも、あの速度の攻撃にソラが反応し、防ぎきれるはずが——。


「こ、これは……!?」


 ラティスは信じがたいものを目にする。

 ソラの持つアダマンタイトの剣、その白銀であったはずの刃が、黄金色に輝いている。


「でりゃああぁぁぁあっ!」

「くっ……」


 続いて振り抜かれた、黄金の刃。

 身の危険を感じたラティスが後方に飛び退くが、一瞬遅い。

 触手のうちの一本を、その剣先が捉えた。


 スパァァッ!!


「ぐああぁおおぉぉッ! ば、バカな、こんなことが、あるはずが……!」


 いとも容易く切断された触手が、床の上でのた打ち回る。

 傷口から青い血を噴き出しながら、ラティスの余裕の表情は完全に消え失せた。


「その剣は、その剣は一体、なんなのですか!?」

「……んにゃ? 剣?」


 死の瀬戸際、無我夢中で繰り広げた攻防。

 自分の剣にまで気が回らなかった彼女は、改めてその刀身を目の当たりにし、


「な、なにこれ! ソラ様ブレードめっちゃ光ってる! かっこいい!」


 あからさまにテンションを上げた。


「ソラさんの剣……。確かその特性は邪神特攻。まさか、これが……?」


 邪神、もしくはその眷属を前にした時、真の力を解放する。

 白銀と黄金、二つの極を併せ持つ、邪神を討つための刃。

 それが世界最強の剣、双極星剣・神討。


「それになんだかめっちゃ力が湧いてくる。もう負ける気しないし! 覚悟しろ、ラティス!」

「こんな、こんなことがあるはずが……」


 ブースターによって体から溢れる闘気もまた黄金。

 通常の参式よりも強化幅はずっと大きく、その効果も永続。

 ソラは確信する、もう負けは無いと。


「私は、新たなる人類なんだ。それが、お前なんぞにィィッ!」


 両手の骨刃を再生すると、魔人は雄叫びと共に突進する。

 普段のソラならば絶対に見切れない速度、しかし今のソラなら容易に見切れる速度。

 眼前まで引き付けたソラは、振るわれる二本の刃をかわし、すれ違いざまに胴体へ一閃を浴びせた。


「こんな、ことが……」


 振り向いて剣を構え直すソラ。

 ラティスは背中を向けたまま、固まって動かない。


「あっていいはずが、ない……」


 やがて、魔人の上半身が横へとスライド。

 そのまま下半身からずり落ち、床へと転がった。

 切断された下半身は、二、三歩歩いた後に倒れ、傷口から噴水のように青い血を噴き出す。

 そして、懐からオレンジ色に発光する海神の宝珠が転がり出た。


「私は、私には……、まだ、やらなければ、ゴボォっ、ならないことが……ぁ」

「あたしにもまだ、やること残ってる。宝珠の次はオリハルコン、返してもらうから」


 宝珠を回収したソラは、もう一つの目的を達成するため、ラティスの心臓に埋め込まれたオリハルコンを抉り出すために、瀕死の魔人へと歩みを進める。

 上半身のみで這いずり、逃れようとするラティス。

 その往生際の悪さはどこから来るのか。


「もういいでしょ。そんな体で何が出来るのさ」


 逃げようと足掻く彼の無様な姿に、しかしセリムは違和感を抱いた。

 確かにソラの言う通り、今のラティスに出来ることは残されていないはず。

 しかし、彼の身体から感じる膨大な魔力は一体何なのか。


「ソラさん、早くトドメを! その人まだ、何かを企んでます!」

「へ? 何かって——」

「出で、よ……、転移の、門……」


 ラティスが手をかざした次の瞬間。

 彼のすぐ目の前の空間に、黒い穴が出現した。


「これは、ワープゲート……! いけない、ソラさん早く!」

「わ、分かった!」


 逃げられる前にトドメを。

 ソラはすぐさま敵の心臓に刃を突き立てようとするが、それよりも早く。


「おぉ、神よ! 我が神よッ!」


 ワープゲートから伸びた黒い触手が、ラティスを凄まじい速度で穴へと引き摺りこんだ。

 トドメは間に合わず、ソラの剣先はわずかな差で床に穴を開ける。


「逃げられた!」

「……まずいです、これは。とってもまずいです」




 命からがら転移した先は、光届かぬ深海。

 凄まじい水圧の中で、ラティスは触手に絡め取られたまま海底に横たわる巨大な何かに引き寄せられる。


 ——あぁ、神よ。私は今、真にあなたと一つに……。


 薄れゆく意識の中、ラティスが最後に抱いた感情は、歓喜。

 彼の体と魂は、その身に宿った力ごと、その存在に取り込まれて消滅する。

 そして、海底に横たわっていたその存在が、悠久の眠りから解き放たれた。




 ○○○




「なあ、アウスよ」

「なんでございましょう、魔王様」

「何ゆえ余は、塔の屋上で肩車されておるのだ」

「気分転換になるかと思いまして」


 時刻は昼下がり。

 朝からずっと暗い顔をしていたマリエールを見かね、アウスは外の空気を吸うことを提案。

 塔の屋上から、大パノラマを眺めていた。

 アウスの肩車で。


「良い眺めでしょう。雄大な大海原、ちっぽけな悩みなど吹き飛びますわ」

「だから何故、肩車なのだ」

「この方が視界も高くなり、より良い景色を楽しめますでしょう。至極合理的判断に基づいた行動でございます」

「うむ、純粋な善意ならば良いのだがな。そうではなかろう」


 マリエールの太ももに顔を両側から挟まれつつ、太ももを支えながら撫で回すメイド。

 その顔は至福に満ち、口の端から涎を垂らしている。


「明らかに、他の目的があっての行動であろう?」

「そのような細かいこと、この大海原を眺めていれば吹き飛びますわ」

「海の広さがなんでも解決すると思うなよ」


 このままでは余計に疲れそうだ。

 部屋に戻るように指示を出そうとした時、マリエールは海の中に何か奇妙なものを発見する。


「……アウスよ、あれはなんだ」

「はて、あれと申しますと」

「ほれ、あれだ。あの港の向こう側、何かの影が見えるのだが」


 海の方からレムリウスに向かって、少しずつ近付いてくる巨大な影。

 やがてその存在は、海面から顔を覗かせた。


「な、なんだ……、あれは……」


 四角形の角ばった顔、十三個の黄色い目、虫のような左右に開閉する口。

 顔を見ただけでも、その異様さに寒気が走る。


「あれは、魔物……? いえ、違う。あれは——。お嬢様、すぐにお逃げください!」

「どうしたのだ、アウス! あれが何か知っておるのか!?」


 マリエールを肩車から解放するアウス。

 表情は青ざめ、額には汗がにじんでいる。


「確証はありません。ですが、あの存在から感じるこの上なくおぞましい気配、そして絶大な力。このままこの街に、いえ、この島にいたら、間違いなく命を落とします!」

「で、ではお主は、レムリウスが滅びるというのか! それを見捨てて逃げろと、余に申すつもりか!」

「その通りで御座います! セリム様たちが居ない今、もはやどうしようもありません! お早く——」


 必死の形相で主を説得する彼女の背後。

 か細い光が海から放たれ、レムリウスの街に走った。


「お逃げ、に……」


 振りかえったアウスが見た光景。

 光が走った場所から炎と爆炎が巻き起こり、光線は街外れの山にまで到達。

 街を破壊し、山の木々をなぎ倒すまで、それは一瞬の出来事。

 怪物から山までを一直線に結ぶ、破滅的な破壊痕が出来上がった。


「……お分かりいただけましたでしょう。レムリウスはもう、終わりです」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ