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160 逆襲の魔砲撃です、消し飛んじゃってください



 評議塔の客間の中、マリエールは従者の淹れた紅茶を啜り、ため息を一つ。


「はあ、あやつらが出発してから今日で一週間か」

「心配で御座いますか、魔王様」

「む、心配はしておらん……と言えば嘘になるか」


 どの地点でレクスに追いついて戦闘に入るのか、地上からでは予測すら立てられない。

 最深部までの道のりは、およそ一週間。

 最後まで追いつけなかったのなら、今日にも最深部で戦闘が始まるはず。

 だが、予期せぬトラブルが起きない限り、最深部まで行かせてしまう可能性は低い。


「もう終わっておるのだろうか。敵はホース級、ソラで本当に勝てたのだろうか」

「ここで気を揉んでも仕方ありませんわ。果報は寝て待てとも申しますし。どうでしょう、気ではなくわたくしの胸を揉みながら、わたくしと共に寝て待つというのは」

「無事で帰ってきて欲しいものだが……」


 メイドの発言を完全にスルーしつつ、大海原を眺めるマリエール。

 海都は平時の落ち着きを取り戻し、ヘルメル誘拐事件の衝撃も和らぎつつある。

 ラティス家に起きた惨劇はまだ伏せられ、後始末にオルダが忙殺される日々。

 この島の地下遥か深くで今まさに激戦が行なわれているなど、誰も、マリエールですら思いもしなかった。




 ○○○




 ソラの振るう世界最強の剣、双極星剣・神討。

 その白銀の刃を受け止めようとしたものは、今まで一つの例外もなく斬り払われてきた。

 そう、今までは。


「このっ! あたしの剣でも斬れないなんて!」

「不完全とはいえ、邪神の力を取り込んだのですよ? それまでの私なら、この骨刃は斬られていたでしょうけどねぇ」


 闘気を纏い、切断力を上昇させた白銀の刃。

 世界最強のはずの切れ味が、通用しない。

 何度も受け止められ、刃こぼれすら起こせない。


「ここまでの道のりで少々レベルアップしたようですが、それでもソラ様、貴女は私の足下にも及ばないッ!」


 ソラの振るう右薙ぎを、ラティスの骨刃が受け流す。

 刃の上を滑らされ、体勢を崩したところに鋭い刺突。

 身を屈めて回避するソラの後ろから、タイマーボムが飛来する。


「何度やっても——」


 彼の口に収まったと同時、大爆発。

 しかし顎が吹き飛ぶだけ。

 瞬時に再生され、決定打どころか目くらましにすらならない。


「同じなんですよ!」


 体を伏せたソラを目がけ、縦振りに振り下ろす。

 刀を立てて受け止めるが、やはり敵の武器を破壊することは出来ず。


「……壊すのは諦めよっかな」


 武器破壊は諦め、戦法を切り替える。

 そもそも破壊したとしても、体の一部である骨刃は瞬時に再生するのだが、ソラはそこまで頭が回らなかった。


「やっぱり、タイマーボムではダメですね」


 再三の攻撃でも、ラティスには効果なし。

 目くらましとしての効果も、ソラが爆発に巻き込まれないよう離れるため、大きな隙は作れない。


「違う手を考えなきゃいけませんか」


 セリムも戦法の切り替えを思案し始める。

 素早く身を起こし、再びラティスと斬り結ぶソラ。

 一見互角の戦いに見えるが、ラティスの表情にはまだまだ余裕が見える。

 打開策を考えるセリムの視界の端に、攻撃を準備する二人の少女の姿が入った。


「あれは——」


 ラティスはまだ気付いていない。

 エレメンタルバーストとフォトンブラスターの発射を目論む二人に、気付いていない。

 どうやら発射準備は完了、二人はセリムに目配せを送った。


「……よし、成功するかは分かりませんが」


 セリムはポーチから、白いボールのようなアイテムを取り出した。

 ボールにはタイマーボムと同じく、ボタンと三つのランプが付いている。

 スイッチをオンにすると、追尾魔力を込め、目標をラティスの鼻先に定めて、大きく振りかぶった。


「行きます、絶対投擲インペカブル・シュート!」


 上手投げで投げられたボールは、真っ直ぐにラティスの顔面目がけて飛んでいく。

 ソラの頭を避けて、敵の眼前に到達。


「また同じ手を——」


 油断しきったラティスだが、次の瞬間。

 タイマーがゼロになったボールは弾け、スモークを飛散させる。


「こ、これは……!」

「爆弾が目くらましにしかならないなら、本当の目くらましです」

「ナイスセリム! これで一気に——」

「ソラさん、こっち!」


 好機と見たソラは心臓に剣を突き立てようとするが、セリムが側に来るように呼んでいる。

 心の底から彼女を信頼しているソラは、迷わず後ろに飛び退いた。

 それと同時。


「いくわよ、クロエ! フォトン……っ、ブラスター!!」

「おうさ! エネルギー充填120%、エレメンタルバーストぉぉっ!!」


 リースの両腕から放たれる、白い光。

 クロエのドリルランスから放たれる、五色の螺旋。

 二つの極太の光線が交わり、ラティスのいるスモークを貫き、飲み込んだ。


「なに……っ、これはあああぁぁぁぁっ……!」


 光に呑まれ、絶叫するラティス。

 彼の姿は光に呑まれ、視認出来なくなってしまう。

 セリムの隣に着地したソラは、必殺の魔砲撃を放つ二人に初めて気付いた。


「おぉ、お姫様にクロエ、砲撃準備してたんだ! 全然気付かなかった」

「ソラさんが気付いてないように、ラティスも気付かなかったみたいですね。ソラさんが注意を引きつけてくれていたおかげです」

「にしし、なでなでしてもいいよ?」

「まだ油断しないでください」


 この砲撃で仕留められていればいいが、そう簡単にいくかどうか。

 やがてブラスターとエレメンタルバーストの照射は停止。

 魔力の甚大な消耗にリースは息を切らし、ドリルランスからは魔力を使い果たしたカートリッジが排出され、排熱機巧から蒸気が噴き出した。


「ふぅ、やったかな」

「全力で撃ったんだもの……っ、はぁっ、効いてないなんて、有り得ないわ……っ」


 二つの光線が消えると、ラティスのいた場所には何も残っていない。


「……やった、みたいだね」

「ええ、気配も感じないし。どうやら消し飛んだみたいね、ザマーミロだわ」


 胸のすいた思いと共に、勝気な笑みを浮かべたリースがクロエとハイタッチを交わし、笑い合う。


「ラティス様……」


 一方のヘルメルは、複雑な思いを抱いていた。

 三元老として共にやってきた期間は十年ほどと短かったが、彼の政務への姿勢、手腕は尊敬に値した。

 最初からアザテリウムに属していたのならば、自分のよく知るラティスは全て嘘、演技だったのだろう。

 彼はずっと心の中で、オルダやヘルメルを嘲笑っていたのだろう。


「安らかに、とは言いません。死後の裁きが厳粛であることを祈ります」


 哀れみは向けず、彼女はただ祈りをささげた。

 そして。


「セリム、やったね! お疲れ様!」

「ええ、もうどこにも気配を感じません。本当に片付いたみたいですね」


 ソラはセリムに抱き付きながらぴょんぴょんと飛び跳ね、勝利を喜ぶ。


「でもさ、最後はあたしが決めたかったよね。お姫様とクロエで美味しいとこ持ってっちゃうんだもん」

「贅沢言わないでください。それにしても凄い威力ですね、お二人の砲撃は」

「だねー。あのラティスを跡形も無く消し飛ばしちゃったんだもん」

「彼の胸に入っていたオリハルコンも、一緒に消し飛んでしまったのでしょうか……」


 アイワムズの王家に伝わる宝を消し飛ばしてしまったとなれば一大事。

 懸念を口にしたセリムだが、鉱石の知識豊富なクロエがその可能性を否定する。


「大丈夫だよ。オリハルコンはいわば、魔石晶の超強化版。魔石晶と同じく、どれだけ強力でも魔力ダメージでは絶対に傷一つ付けられない。あっちと違って物理的な衝撃に対する耐性も大きいと思うけどね。多分その辺に転がってるんじゃないかな」

「そうなんですか、良かったです」


 彼女はその辺りも計算して、魔砲撃を敢行したらしい。

 後はオリハルコンを回収して地上に戻るだけ。

 捜索を始める五人だったが、ソラはすぐに奇妙なことに気付く。


「……あれ?」

「どうしましたか、ソラさん」

「この杯、空っぽだったっけ」


 ソラが指さしたのは、邪神の力が液体として溜められていた金の杯。

 床の上に置かれている杯のその中身が、無くなっている。


「おかしいですね、そんなはずは——」


 ソラの方を向いたセリム。

 彼女はその時、信じがたいものを目撃した。

 空中に滴る緑の血液、うっすらと歪むソラの背後の景色。

 そして、ぞっとするほどの殺気。


「ソラさん!!!」


 声を張り上げる。

 振り返るソラ。

 間に合わない。

 セリムの体が、勝手に動く。

 全速力で駆け抜け、腰の短剣を抜き放ち、


 ガギィィィィィッ……!


 ソラとの間に割り込み、振り下ろされた刃を刀身で受け止めた。


「……よく気取りましたね。さすがはマイルが警戒する、世界最強の少女」

「やはり生きてましたか、ラティス」


 攻撃の瞬間、何も無い空間に浮かび上がったラティスの姿。

 全身から血を流し、左腕の欠損は未だ回復していない。

 右足も千切れかけ、普通の人間ならば助からないほどの瀕死の重傷だ。


「うっそ、こいつまだ……!」


 すぐさま斬りかかるソラ。

 ラティスは背後に飛び退き、間合いを離す。


「セリム、ありがとう。あと大丈夫? 短剣、握ってるけど」

「……あ」


 無我夢中で、何も考えてなかった。

 認識してしまった途端、腕が震え、短剣を取り落としてしまう。


「ご、ごめんなさい……。大丈夫じゃ、ないみたいです……」

「謝んなくてもいいよ。あたしのために頑張ってくれたんだよね。あとはあたしに任せて。今度こそあの死に損ないを、地獄に送り返してやる」


 ワンテンポ遅れて、クロエたちもラティスの姿を目撃。

 三人はすぐに固まり、ヘルメルを庇うようにクロエとリースが立つ。


「それにしてもなんでこいつ、セリムにすら感知されなかったのさ。なんか姿消えてたし」

「考えられる可能性は一つですね。この人のクラスはローグ、あれは透明化インピジブルです」

「ローグって、あのほんわか魔族姉妹と一緒のクラス!? 戦闘用じゃなくて諜報用のクラスでしょ、あれ」

「確かにそうですが、極限まで鍛え上げればどんなクラスも戦闘力はかなりのものになります。ましてやこの人は、魔人化も可能なのですから」


 セリムの分析に、黙って耳を傾けていたラティス。

 彼女の言葉が終わると同時、堰を切ったように笑いだす。


「あーっはっはっはっはっはっは!! 正解です、大正解ですよ! 今まで隠しておいたのですが、バレてしまっては仕方ありません。確かに私のクラスはローグです」


 ローグの最大の武器である透明化インピジブルは、気配を完全に遮断し、姿も視認出来なくする。

 しかし、攻撃の瞬間に自動で解除されるため、戦闘時の使用には不向き。

 逃走用や戦闘を回避するために使用される技能だ。


「ですが、私には大した痛手ではありません。透明化インピジブルを使い、あわよくば奇襲で一人仕留めて、と思いましたが、それはあくまで副産物」


 勝ち誇ったように笑う彼の傷が、猛烈な速度で塞がっていく。


「本当の目的は、やり残した最後の仕上げを行うため! 邪神の力を、全てこの身に取り込むため!!」


 それだけではない。

 赤黒かった肌が青白く染まり、背中から無数の触手が生え伸びる。


「素晴らしい! 力が、力が全身に満ち満ちてきますっ! こんな気分、あはぁ、最っ高だぁ……!」


 口の端から涎を垂らしながら、恍惚とした表情で呟く魔人。

 身体を痙攣させつつ、彼の変貌は続いていく。

 全身の筋肉は更に膨張、服を突き破り、血管を浮かび上がらせる。

 その目は黒く染まり、光彩が黄色く変化。

 そして、目の下に亀裂が走り、もう一つの目が出現、ぎょろりと見開かれた。


「……っはああぁぁぁあぁ。これが邪神の力。これが人類の次なるステージ、『魔人』の完全体。素晴らしいですよ。もはや私に、敵はありません」



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