159 最深部到達、とうとう追い詰めました!
四本脚で縦横無尽に大広間を駆けながら、巨大なサーベルを振り回す機械兵。
メテオボムすら弾き返した防御力。
その秘密は装甲ではなく、クロエ曰く、バリアなるものの仕業らしいが。
「バリアって何さ、クロエ!」
ソラの方が力量は下と分析し、先に仕留めにかかるカラクリ兵。
ブンブンと振り回される刃を素早く掻い潜りながら、よく分からない単語を口にしたクロエに問いただす。
「簡単にいえば、結界だよ。それを作り出す部品を壊さない限り、セリムのメテオボムは弾かれちゃうと思う」
「部品を壊せばいいんだ! で、部品どこ!」
「設計者じゃあるまいし、分かんない」
「だよね……」
ひたすらサーベルを回避するソラ。
彼女が敵を引きつけている間に、セリムは天翔の腕輪で天井近くまで上がっていた。
「結界なら、耐久力の限界が訪れれば割れますね」
眼下で剣を振るうカラクリ兵に向け、右手をかざす。
「ソラさん、当たらないようにしますけど、一応気を付けてください」
「へっ? ちょっと待って……」
警告の直後、カラクリ兵の頭上に流星群が降り注いだ。
「ちょわっ!!」
慌てて後退するソラ。
機兵はバリアを張り、爆発の嵐から身を守る。
爆煙が機兵の上部を覆い、透明なバリアの姿を露わにした。
防がれても構わず、セリムは流星群を放ち続ける。
「この……! 結構固いですね……!」
怒涛の爆撃に晒され、カラクリ兵は身動き一つ取れない。
しかし、対魔力耐性に富んだ結界を魔法攻撃で突破するのは困難を極める。
このままではセリムの大幅な消耗は避けられないだろう。
ラティスとの戦いを目前にして、それは避けたいところだ。
「……ボク、行くよ。リースはここでヘルメルさんと待ってて」
背中のドリルランス改を展開しながら、クロエはリースに告げた。
対魔力結界なら、大きな物理衝撃を与えれば破れるはずだ。
「分かったわ。でも、無茶だけはしないでね」
「うん、行ってくる」
リースとヘルメルに微笑むと、ドリルランスの回転機巧を起動。
バーニアに火を点し、物陰から飛び出した。
「ソラ、あれは魔法攻撃特化の結界だ。物理的衝撃には弱いはず。ボク達でブチ抜くよ!」
「えっと……、よく分かんないけど分かった!」
回転突進を仕掛けるクロエに続き、ソラも剣に闘気を込めて走り出す。
闘気の形状は巨大なハンマー。
通常の集気圧壊撃よりも更に大型で、破壊力に特化した形態。
突進の勢いを乗せて、巨大な闘気の槌を結界に向けて思いっきり振り上げる。
クロエは高く飛び上がり、敵の胴体に穂先を向けて突っ込んだ。
「集気大圧壊崩撃ッ!!!」
「ブチ抜けぇぇっ!!」
巨大な槌に叩きつけられ、回転する穂先に穿たれ。
二つの物理衝撃を同時に受けて、バリアに見えない亀裂が走っていく。
ほころびは次第に全体へと広がり、セリムの爆撃が最後の一押しとなって決壊した。
——パリィィィイィィン!
バリアを失ったカラクリ兵に、突進の勢いのままクロエが突撃。
その胴体をドリルランスが貫き、大穴を開けて向こう側へと飛び出した。
「ソラ、トドメ!」
「おうさ!」
胴体の穴からバチバチと火花を散らす巨大カラクリ兵に、最後の一撃を加えるため、ソラは闘気の大剣に更に闘気を上乗せする。
四十メートル級の大剣が掲げられ、一気に振り下ろされた。
「集気大剣断峯斬ッ!!」
頭頂部から真っ二つになった機兵は、次の瞬間大爆発を起こす。
破片と共に上質な魔素が飛び散り、ソラとクロエの体に吸収された。
「……ふぅ、片付いたね」
剣を背中の鞘にしまうソラ。
セリムが上空から軽やかに着地し、クロエもドリルランスを折り畳んで戻ってくる。
「随分と無茶するわね、クロエ。ヘタレな貴女らしくもない」
「へ、ヘタレ……。いやまあ、たまには良いカッコしたかっただけだよ」
好きな娘の前で、とまでは言えず。
「あとはラティスを倒すだけだから、ボクの出番はもう無いしさ」
「そうだよ、ラティス! アイツと戦わなきゃいけないのにだいぶ消耗しちゃった! レベルは上がったっぽいけど!」
「はい、ソラさん。癒しの丸薬です」
彼女の体力を回復させるために、セリムは丸薬の入った筒を渡す。
「セリム、あーんして」
「アホですか。時間が無いんです、早く行きますよ」
今は一刻を争う時。
本当はセリムもあーんしてあげたいのだが。
「ちぇー」
早くも階段を目指して進み始めるセリムたち。
仕方なしに丸薬を自分で貪りながら、ソラも後に続く。
体力はしっかりと回復したが、どうにも釈然としない。
せめて頭をなでなでしてほしいソラであった。
最下層へと辿り着いた時、その男は杯を飲み干す直前だった。
「ラティス、とうとう追いつきましたよ!」
「……おや、全てを飲み干すには間に合いませんでしたか」
黄金の杯の中には、僅かに黒い液体が残っている。
まだラティスは、完全に邪神の力を取り込んではいない。
「どうやら間に合ったみたいだね」
「セリムを連れて来てやったわよ! これであんたの計画もお終いね!」
「ふふっ、それはどうでしょう」
目の前に恐れていたセリムが現れたにも関わらず、ラティスは余裕の表情。
もっと冷や汗を流して焦ると思っていたリースは、少々拍子抜けする。
「ラティス様……。どうして、一族皆殺しなんてことを……」
「そんなもの、必要なくなったからに決まっているじゃないですか。人間を越えた今となっては、私にはラティス家の力も、三元老の地位も必要ない!」
「必要ない、ですか……」
この男は、心の底まで腐り果てている。
もはやヘルメルに、彼へかける言葉は見つからなかった。
「……さて、お話は十分に済みましたでしょうか。私の目的は邪神の力を取り込むこと。あなた達と喧嘩をすることでは御座いません。どうです? 大人しくしていれば命までは取りませんよ?」
「命までは取らない、ですか。もしも皆さんを殺したら、私は命を断ちます。あなたは遺跡に閉じ込められ、永遠に出られません。それでも——」
「構いませんよ、ヘルメル君。どうぞご自由に自害してください」
「なっ……?」
予想外の反応に、ヘルメルはうろたえる。
ラティスが抵抗するのなら、自らの命を盾に降伏を迫る。
そんな覚悟を秘めて同行を申し出たのに、ラティスはヘルメルが死ぬことを恐れていない。
「私があの場所であなたの警告に応じたのは、私が入る前に入り口を閉ざされることを恐れたから。入ってしまえば海邪神の力を手に入れて、空間転移の能力で地上まで簡単に出られますので」
「そ、そんな……。じゃああの時、遺跡に入った後、私に念を押したのは……」
「ノコノコとここまで現れてくれないか、と思いまして。自分の命が盾になると思い込んでいる愚かな女を——」
そこまで口にして、ラティスの姿がぶれる。
彼は瞬時にヘルメルの眼前に迫り、
「この手で殺してやるためにね」
手にした直刀で、彼女に斬りかかった。
「ヘルメルさん!」
神子の前に飛び出したのは、赤毛の少女。
振り下ろされる刃からヘルメルを庇い、右腕を深々と斬り付けられる。
鮮血が舞い、千切れかけた腕を目の当たりにしたリースが、ヘルメルが目を見開く。
「クロエ!!」
「クロエ様っ!!」
倒れる彼女の体をヘルメルが支え、リースが駆け寄る。
そして。
「ラティスッ!! お前の相手はあたしだ!!」
アダマンタイトの剣を抜き放ち、ソラが猛然と突進を仕掛けた。
「おやおや、世界最強の少女はどうしたのですか?」
「あんた如き、セリムが戦うまでも無いから」
「それはそれは、大した過信です」
戦闘が開始されたその傍ら、重症を負ったクロエは横たわり、切断寸前の腕にヘルメルが手を押し当てていた。
彼女の体から発した淡い光が、クロエの傷を癒していく。
「はは……、また、ヘルメルさんに……、助けてもらっちゃったね……」
「助けてもらったのは私の方です! あの時も、今だって……」
傷はわずかに塞がるが、効き目が弱い。
邪神の力が最も濃い遺跡の最深部では、相反する力である海神の加護の効力は半減していた。
「だ、ダメです、効果が……! このままじゃ、クロエ様の腕が……!」
「私もいるわ、ここに私もいる。だからクロエは大丈夫」
気丈な態度、自信に満ちた瞳で、王女は断言する。
そして、ヘルメルの手に自分の手を重ね、練り上げた癒しの魔力を送り込んだ。
「リバイブ……!」
本当はリースも、叫び出したいほどの不安と、泣き出しそうなほどの恐怖に包まれていた。
それでも、彼女は心に誓っている。
弱い自分を見せるのは、クロエの前だけだと。
ヘルメルの前で、メソメソする自分は見せられない。
強く心を持って、回復魔法をかけ続ける。
直刀を片手で振るうラティスと、両手で白銀の大剣を振り回すソラ。
両者の攻防は、一見してソラが押している。
繰り出される重い一撃一撃に、ラティスは防戦一方だった。
「ほほう、思ったよりはやりますね。マイルからはセリムのおまけだと窺っておりましたが」
「おまけ!? こ、このあたしをナメたこと、後悔させてやる!」
「ほう。つまりこの私と戦って、生き残るつもりでいらっしゃる」
「生き残る、じゃないね。勝つつもり!」
右袈裟斬り、左の薙ぎ払い、右下からの斬り上げ。
流れるような三連撃に、ラティスの剣が衝撃を受け流しきれず、とうとう叩き折られる。
「貰った!」
「あなた、何かを忘れていませんか? 私がまだ——」
首を狙った刃が、強固な刀身によって阻まれた。
ラティスの右腕が赤黒く変色している。
その右腕の肘から先には、骨で形成された直刀。
アダマンタイトの刃をまともに受け止め、刃こぼれすらしていない。
「本気を出していなかったことを」
「忘れてないし! あんたこそ忘れてるでしょ」
刃を弾いて距離を取ったソラは、突如身を屈める。
その背後から飛び来たったタイマーボムが、ラティスの口にすぽりと収まり、
「あたしが一人で戦ってるんじゃないってこと」
大爆発を起こした。
爆炎に包まれたラティスの体。
しかし、発する気配や威圧感は微塵も衰えておらず、ソラは剣を構えたまま。
「あるおど」
爆炎の中から歩み出てきたラティス。
その身体は完全に魔人化しており、タイマーボムによって吹き飛んだ顎もみるみる再生していく。
「コホン、失礼。なるほど、しかし貴女達もお忘れのようだ。その程度の攻撃、私には通じないことを」
「忘れてないし! ……もうこのやり取り飽きた!」
「ええ、決着を付けましょう。貴女の死を以て」
「私が後ろにいますから、ソラさんは安心して戦ってください」
「セリムと一緒に戦う時は、いつも安心してるよ!」
二人がかりの治療によって、クロエの腕は完全に繋がった。
体を起こしたクロエは、涙を流しているヘルメルの体を抱き寄せ、礼を告げる。
「ありがとう、ヘルメルさん」
「だから、お礼を言うのは私の方ですよ……! 腕は鍛冶師の命のはずなのに! なんであなたはいつも、私なんかのために身を投げ出すんですか!」
「……分かんない。勝手に体が動いちゃうんだ。性分みたいなものなのかな」
頭を掻きながら笑うクロエに、ヘルメルの胸の想いは強さを増していく。
「……あなたは酷い人です、クロエ様」
——こんなにも想っているのに、あなたは。
あなたの心は、リース様に向いているのですから。
「リースも、ありがとう。心配かけちゃったかな、ごめん」
「自覚があるなら、もう少し自分を労わりなさい。でも、あなたらしいとは思うけどね」
「本当に、ごめんね」
「……申し訳ないと思っているなら、私も抱きしめなさい。ヘルメルさんにしたみたいに」
大切な人を失うかもしれない恐怖に耐えたのだ、それくらいの役得はあってもいい。
そんな思いから、おねだりしてみると。
「そんなこと? もちろんいいよ、ほら」
あっさりと、優しく抱きしめられた。
クロエの温もりに思わず涙が溢れそうになってしまうが、奥歯を噛み締めてグッと堪える。
「これでいい?」
「ええ、十分よ。それにしても、許せないわねアイツ。今度こそ堪忍袋の緒が切れたわ」
ソラと斬り結び、タイマーボムの爆発をものともしない魔人。
彼の姿を睨みながら、リースは両手をかざし、魔力をチャージし始めた。
「見てるだけなんて我慢できない。一矢報いないと気が済まないわ。クロエ、あなたも手伝いなさい」
「了解。大出力で吹き飛ばす作戦だね!」
クロエもドリルランスの砲身を展開し、まずは炎のカートリッジを挿入。
逆襲を企む二人の少女の存在に、ラティスは気付いてはいなかった。