157 大変な事実が判明してしまいました
地下五十階、下り階段前の大広間。
この場所でソラは、十メートル級のカラクリ兵と対峙していた。
二足歩行の人型カラクリ兵は、槍状の両腕を変形させて重ね合わせる。
「……あ、これすっごく見覚えある」
ソラの嫌な予感は的中。
合わさった腕は高速回転を始めた。
「やっぱりドリルじゃん! クロエ、あれなんとかなんない!?」
遥か彼方、部屋の入り口近くの通路から顔だけを出して、こちらの様子を窺うクロエとリース、そしてヘルメル。
二人が戦闘に参加しないのは、ヘルメルを警護するため、とのことだが、ソラとしては少しくらい手伝って欲しい。
「やー、アレを止めるのちょっと無理かなー。あの大きさだし」
「参考にならなかった! セリムっ!」
「頑張って避けてください」
「んにゃー!!」
頼みの綱のセリムにまで、丸投げされてしまう。
カラクリ兵は回転するドリルをこちらに向け、背中のバーニアに点火。
ドリルランスの突進に瓜二つの軌道で、体を浮かせながら突っ込んでくる。
「ちょっ、早い!」
十メートル強の巨体が猛スピードで迫る中、ソラは横っ飛びで突進の範囲外に逃れる。
転がって受け身を取りながら立ち上がると、過ぎ去っていくカラクリ兵の背中を見送った。
「ふぅ……。このまま壁に激突して終わり——」
真っ直ぐ壁に向かっていくカラクリ兵。
しかし、体勢を傾けて強引にカーブし、勢いそのままに再び突っ込んで来た。
「じゃない! 曲がれるの、アレ!?」
「ボクのドリルランスも曲がれるでしょ」
「そうだったー!」
再び転がって回避するソラだが、敵はまた軌道を変えて突進。
このままでは堂々巡りだ。
「ヤバいって……、どうにかして突進止めないと」
「……背中のバーニア、カギはアレですね。ソラさん、もう一度だけ避けてください」
「りょ、りょーかい!」
突進を回避されてから軌道を変えるまでの間、敵は背中を晒す。
ソラが回避し、バーニアがセリムの視界に入った。
「アレを爆破します!」
タイマーボムを取り出し、タイマーをオンにしてブン投げる。
「絶対投擲っ!」
照準を定めたバーニアへと、タイマーボムは吸い込まれるように飛んでいき、そして。
「タイマーゼロ。爆散しちゃってください」
ズドオォォォォン!!
背面バーニアが爆破され、機動力を失ったカラクリ兵は転倒。
ドリルで床を穿ちながら、脚部をバタバタと動かして体勢を立て直そうとする。
「今ですよ、ソラさん。やっちゃってください」
「ナイスアシスト! 愛してるよ、セリム!」
「……ばか」
未だ起き上がれないカラクリ兵に対し、ソラは白銀の刃に闘気を結集。
透明なオーラの槌を創り出し、振りかぶった。
「追い回してくれたお礼、たっぷりしてやる! 砕けろ、集気圧壊撃っ!!」
センサーの集中した頭部に振り下ろされた致命の殴撃により、メインカメラと温度センサーが叩き潰される。
続けざまに闘気の形状を変更し、オーラの大剣へと組み替え、
「こいつでトドメっ、集気大剣斬!!」
鋭く振り抜かれる四連斬。
四肢を根元から斬り飛ばされた機兵に、もはや身動きは取れず。
決着はついた。
闘気を消して背中の鞘に剣を納めると、クロエに向けてブイサイン。
「ふぃー、ソラ様大勝利! まだコイツ動いてるけど、もう動けないよ。これでいいんでしょ、クロエ」
出来る限りパーツを壊さずに倒して欲しいという親友の要望を、ソラはついに叶えた。
ここまで爆散させてきた機兵、しめて四十九体。
一階層ごとに待ち受けていたカラクリ兵は、地下に降りるごとにその強さを増している。
「ありがとうソラ! これだよ、これが欲しかったんだ!!」
広間に駆け込んだクロエは、喜びのあまりソラに正面から抱き付く。
途端に三人の少女の視線が、二人に向けられた。
「ちょっ! クロエ、早く離れて! セリムとお姫様とヘルメルさんの視線が怖い!!」
頬を軽く膨らませながら、嫉妬の籠った視線を向けるセリム。
漆黒のオーラを纏いながら、殺意の籠った目でソラを睨むリース。
自分も抱きしめて貰いたいと、羨望の眼差しを向けるヘルメル。
三者三様の視線に晒されて、ソラは青ざめる。
「おっと、そうだった。新鮮なうちにしっかりと調べなきゃ」
幸いにもクロエはすぐにソラから離れ、戦闘能力を失ったカラクリ兵の調査に向かった。
リースから放たれた殺気が消え、ソラはホッと胸を撫で下ろす。
「……ふぅ、怖いって。……んにゃ? セリム、どったの?」
脹れっ面を保ったまま、とことこと側にやってきたセリム。
彼女はソラのインナーの袖を掴み、何やら言いたそうにじっとソラを見つめる。
「…………」
「……えっと、セリムも抱きしめて欲しい?」
「ち、違います! 違いますけど、ソラさんがしたいって言うなら、させてあげてもいいです」
「にしし、じゃあ抱きしめさせて?」
「し、仕方ないですね……。特別ですよ?」
バレバレのおねだりに頬を緩めつつ、ソラは愛しい恋人を抱きしめた。
柔らかな体と大きな胸、ふわりと香る甘い匂い。
愛しさが膨らみ、ついソラは意地悪をしたくなってしまう。
「ねえセリム、ほっぺにちゅーしたい」
「はい……、はっ!? なっあっアホですか!」
「いいでしょ、ねえ」
「ダメです、ダメですよぉ……。いくらなんでも、リースさんたちが居る前で……」
「お姫様たちなら……ほら、クロエのとこに行ってるよ?」
ソラが指さした先、起動したまま分解されていく哀れな機兵と、クロエの手際の良さを見物しているヘルメルとリース。
バカップルの痴態を眺めて糖分過多になる趣味は、彼女たちには無かったようだ。
「ほーらっ、セリム。誰も見てないよ?」
「だからって、その……。もう、特別ですからね」
「やったっ」
赤く染まった柔らかな頬に顔を寄せ、
「ちゅっ……」
「ひゃぅ……」
そっと唇を落とす。
まるでリンゴのように真っ赤に染まった顔を隠すため、セリムはソラの胸元に顔を埋めた。
「うぅぅぅっ……! あほぉ、ソラさんのあほぉ……。恥ずかしがる私を見て、そんなに楽しいですか……?」
「楽しいよ、可愛いんだもん。顔隠さないでよ、もっと見せて」
「嫌ですよぉ……」
ハートマークを撒き散らしながら抱き合うソラとセリム。
そんな二人を意図的に意識の外に追いやって、クロエは分解にいそしむ。
胴体に乗り上げて胸部の装甲を外し、ポンプのようなパーツを発見。
リースはその傍らで作業を覗きこむ。
万一のことがあると危険なため、ヘルメルは遠巻きに見守っていた。
「これが動力炉だね……。コイツを停止させれば……」
それは動力となる魔力を機体に循環させる、いわば心臓。
留め金を工具で取り外し、暴発しないようゆっくりと取り出す。
動力器官が停止すると、そこから濃密な魔素が飛び散った。
「うわっ!!」
「きゃっ、何!?」
思わず顔を背けるが、二人とも体に異常は見られない。
それどころか、力が湧きあがってくる。
「お、お二人共! 何かあったのですか!?」
「大丈夫だよ、ヘルメルさん」
完全に停止した胴体部から顔を覗かせて、無事をアピールしつつ手を振るクロエ。
彼女を安心させたところで。
「ねえ、リース。今のって、こいつが死んで魔素が飛び散ったってことかな」
「だと、思うわ。つまり私たち、今ので相当のレベルアップを遂げたことになるわね」
「なんか棚ぼただけど、ま、いっか。これでコイツもモンスターじゃなくなって、ただの物体ってことになったし」
モンスターではなくなったのなら、この機兵は時空のポーチに入れられるはず。
「おーい、セリムー! こいつをポーチに突っ込んでくれるー?」
「は、はいっ! すぐに行きますっ!」
未だに抱き合っていたセリムは、クロエの声ですぐにソラから離れ、こちらに駆け寄ってきた。
至近距離で見つめ合い、口づけを交そうとしていたように見えたが、おそらく気のせいだろう。
きっと。
「頭部のパーツ以外は全部収納しちゃって。帰った後で研究材料にするから。プラテア、驚くだろうなぁ」
胴体と四肢を次々とポーチに突っ込んでいくセリム。
帰った後の研究を純粋に楽しみにしているだけのクロエの発言に、リースとヘルメルの目つきが変わった。
「……プラテアさん、随分親しげだったわよねぇ」
「あの方と一緒に研究なされてるんですよね。話も合うでしょうし、きっと楽しいんでしょうねぇ」
「うん、すっごく楽しいよ!」
悪気なく、無自覚に、満面の笑顔で。
はきはきと答えてしまったクロエに、二人は張り付けたような笑顔で応じる。
「そうなんだ、それは何よりね」
「はい、クロエ様が楽しそうで、何よりです」
全力で地雷を踏み抜いたことに気付かない鈍感ぷり。
傍から見ているソラとセリムの方が、当事者の彼女よりもハラハラしていた。
○○○
六十階層まで辿り着いたところで、セリムは違和感を覚えた。
ラティスに破壊されたカラクリ兵の残骸が、見当たらない。
彼女たち五人は、ラティスの拓いた道の後ろを、かなりの速度で進撃している。
一日程度の差ならば、追いつけてもいいはずなのに、ラティスの背中は未だ見えない。
「……とまあ。何か、妙なんですよね」
「んー、考え過ぎじゃない?」
本日の道程は終了。
野営の準備を整えながら、セリムは自分の考えを一同に伝えた。
案の定、非常に呑気な回答をくれたソラ。
ヘルメルはヒントがないか古文書を当たり、クロエは頭を捻る。
「……この壁さ、ずっと調べてたんだけど。光源探してるんだけど、割れ砕けると途端に光らなくなるんだよね」
「不思議よね、こんなに明るいのに光源が分からないなんて。でも、セリムの話と何か関係があるの?」
「魔石晶なんだ。この壁、床、全部」
淡く光る床、壁、天井。
黄土色のその全てが、魔石晶。
「魔石晶って、金色の腕輪に使われてた鉱石ですよね」
「そう。魔力伝導率の極めて高い鉱石。その特性、ラティスの埋め込んだオリハルコンと一緒でしょ。何か関係してるんじゃないかなーって。カンなんだけどさ」
「……オリハルコン」
古文書を開きながら呟くヘルメル。
彼女は一つの記述に気付き、目を丸くする。
「こ、これって……」
「どうしたの、ヘルメルさん。何か分かった?」
「ええ、クロエ様のおかげで気付けました」
古代文字で記された古文書に目を通しながら、ヘルメルは語る。
「この遺跡を造られたご先祖様方は、最深部に海邪神の力を封印しました。力を失った肉体は海底深くに捨てられ、力は暴走しないよう、最深部の広間に厳重に封印された。さらに侵入者除けとして多数の罠、そしてカラクリ兵も各階層に配備されたのです」
「ふんふん、それでそれで?」
「ソラさん、気の抜ける相槌はやめてください」
二人のやり取りに苦笑いしながら、解説を続行。
「そして、遺跡の管理者権限をある宝物に持たせた。海神の加護を受けた、伝説の鉱石。その名は——」
「まさか……!」
感付いたクロエに頷くと、ヘルメルはその名を口にする。
「オリハルコン、です」
彼女が口にしたその言葉に、セリムとクロエは全てを理解した。
一方、ソラは頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべる。
「へ? つまり、どういうこと?」
「やられましたね。おそらく偶然でしょうが、ラティスは途中でそれに気付いてしまったんでしょうね」
「ええ、おそらく」
そこまで聞いて、リースも事態を把握。
「なら、急がないとまずいじゃない! 絶対追いつけないわよ、そんなの!」
「ねえねえ、どういうこと? みんなして納得してないで教えてよ」
「……管理者権限を付与されたオリハルコンのその後は、皆さんも知っての通りです。海邪神の封印を解く手助けとなりうるあの鉱石は、遠く離れた大陸のアイワムズ王家に贈られた。海邪神とは縁もゆかりも無い土地へ、遠ざけるためだったのでしょう」
それが、レムライアからアイワムズにオリハルコンが、源徳の白き聖杖が贈られた真相。
「そしてつい先頃、オリハルコンはアザテリウムに盗まれました」
「今はラティスの胸の中、ってわけね」
「管理者権限ってことは、カラクリ兵に命令を下したり、罠を作動させないようにすることが出来るんだよね?」
「はい、その通りです」
そこまで聞いて、ソラも事の重大性を理解する。
「そ、それって! もうラティスは罠やカラクリ兵の妨害を受けないってこと!?」
「その通りです、これは非常にまずいですよ」
セリムたちが罠やカラクリ兵の相手をしている間、ラティスはそこを素通り出来てしまう。
これではどれだけ急いでも、追いつく見込みは薄い。
「きっと偶然だったんでしょうね、ラティスも知らなかった事実ですから。五十階を過ぎたあたりから気付いたんでしょう」
ラティスにとっては、予想外の幸運だっただろう。
だが、ホース——マイルはこの事を知っていたのだろうか。
「とにかく、大変まずいです。このままじゃ、先に最深部まで行かれてしまいます」