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155 邪神の遺跡へ、ラティスを追って突入です



 出発の朝がやってきた。

 ラティスの造反は秘匿されており、レムリウスの街も評議塔の内部も至って普段通り。

 平和な空気の中、評議塔前の広場に集まったセリム、ソラ、クロエ、リース、そしてヘルメル。

 海邪神の遺跡に向かう彼女たちに、それぞれが見送りの言葉をかけていた。

 セリムとソラの前には、マリエールとアウス。

 危険を冒して決戦に挑む二人に、マリエールは申し訳なさそうに目を伏せる。


「セリム、ソラ。お主たちにばかり、損な役目を押し付けてしまうな。すまぬ……」

「水臭いよ、マリちゃん! ラティスのヤツを軽くやっつけて帰ってくるからさ、マリちゃんは魔王らしく、どーんと構えててよ」

「……ふふっ、そうであるな。お主らに限って心配は無用か」


 世界最強の少女が後ろに付いている以上、余計な心配はするだけ無駄。

 この二人で無理ならば、他の誰にも不可能なのだ。


「セリムよ、奪われたオリハルコンはラティスの心臓に移植されておるのだったな」

「クロエさんたちが聞いた話によると、そうらしいですね……。魔素を取り込むのに使っている、とのことですが……」

「あの宝玉は我が国の宝。なんとしても取り返してくれ。頼んだぞ」

「全部あたしに任せといて。ぶっこ抜いて持って帰るから!」


 心臓のオリハルコンを引き抜く、それはつまりラティスを殺すということ。

 セリムには絶対に出来ない、させられない。

 努めて笑顔を作り、ソラは自らの胸を鎧の上からドンと叩いた。


「ソラさん、私……」

「何にも言わないで。セリムはあたしが守るからね」

「……はい。私も、ソラさんを守ります」


 ソラが守るのはセリムの心。

 セリムが守るのはソラの命。

 二人は視線を合わせ、そっと指を絡めた。


「……む、少々目に毒であるな。なあ、アウスよ」

「あ、はい。そうでございますわね」


 気まずそうに二人から目を逸らし、従者に話を振ったマリエール。

 しかしメイドは先程からずっと、クロエたちの方へと視線を向けていた。


「……お主、さっきから黙って何を見ておったのだ」

「面白いですよ。あそこ」


 くすくすと笑いながらアウスが指さした先では、見送りに出てきたプラテアが、クロエと仲睦まじく言葉を交わしている。


「クロエさん。研究の結果、腕輪の黒い石は魔石晶という魔素を吸収する性質をもつ鉱石だと判明しました」

「おぉ! さすがだね、プラテア。一人でそこまで解き明かしちゃうとは!」

「いえいえ、全然ですよ。この国でも一部の火山でしか採掘出来ない希少鉱石ですから、断定にとっても時間がかかって……」

「それでも凄いって!」


 プラテアの両手をぎゅっと握り、顔を近付けるクロエ。


「わちょっ……、クロエさん、近いですよぉ……」

「ホント、尊敬するよ! あの音声と映像を届ける道具も、キミが基礎を固めたんだよね!」

「そ、そうなんですけど、だからその、近い……」


 クロエ特有のパーソナルスペースの近さに、プラテアはたじたじになる。

 顔を赤らめてうろたえる様は、ただ照れているだけ、という訳ではなさそうだ。


「……ねえ、クロエ。何の話をしているのかしら。私にも詳しく聞かせてくれる?」

「私もとっても気になります。クロエさん、是非教えてください」


 満面の笑みを浮かべながら、無理やり話に割りこんで来た王女と神子。

 クロエは二人の放つ不穏な空気に全く気付かず、プラテアの手を握ったまま応対する。


「え? でもリースにもヘルメルさんにも、ちょっと難しい話かも……」

「関係ないわ。ねえ、ヘルメルさん」

「そうですよ。ねえ、プラテアさん?」

「ひっ……!」


 二人の妙な迫力に圧倒され、プラテアの口から短い悲鳴が飛び出した。


「じゃ、じゃあ私はこれで失礼します! 研究がまだ立て込んでいるもので、それじゃっ!」

「あっ、ちょっと……」


 そして、握られた手を振りほどいて走り去ってしまう。


「あぁ……、もうちょっと話したかったのに……」


 そんな彼女を見送りながら、クロエは至って呑気なコメント。


「ねえ、リース。プラテアってば、急にどうしたんだろう」

「さあ。でももういいじゃない。いなくなっちゃったんだから」

「そうですよ、クロエ様。ここにいるのは私と、リースさんだけですよ?」

「う、うん。なんか二人とも、距離近くない?」


 と、向こう側で繰り広げられていた修羅場から目を戻したアウスは、主に微笑みかけ、


「ね? 面白いでしょう?」


 上機嫌で同意を求めた。


「いや、面白いというか……。アレは大丈夫なのか? クロエは本当に、何も分かっておらぬのか?」

「うふふ。わたくしたちに出来るのは、ただ見守ることだけですわ」


 果たしてクロエはこの先、刺されずに済むのだろうか。

 自身の置かれた状況にまるで気付いていないクロエに、魔王様は憐れみの視線を向けられた。


「へ、ヘルメル君。ちょっと真面目な話なんだが、よろしいかな?」


 迫力のある笑みを浮かべる神子に対し、弱腰のオルダが恐る恐る声をかける。


「はい、オルダ様。いかがされましたか?」


 さすがは三元老の一角。

 すぐに普段の表情に戻り、仕事モードに移行する。


「う、うむ、切り替えが早くて助かるよ。十二名家の一つ、ラティス家についてなんだがな……」

「やはり家ぐるみで、敵と繋がっていたのですか?」

「いや。家の者はみな、一族郎党から使用人に至るまで、全員——殺されておった」


 想像を絶する返答。

 ヘルメルは絶句し、二の句を継げずに口元を両手で覆う。


「そん……な……」

「まさか彼が、あそこまでやるとは……。海神様の降臨より連綿と受け継がれて来た十二名家。その一つが、これで断絶か……」


 彼女にとって、この報告は多大なショックだった。

 ラティス家にも、彼女の知り合いは少なからず存在している。

 その全員が、もうこの世にいない。

 よろよろとよろめき、両手で顔を覆う。


「すまない。出立を目前にした君に、こんなことを伝えねばならぬとは……」

「いえ……っ。知っておくべき、ことですから……っ」


 涙を滲ませながらも、気丈な言葉で自分を支え、前を向く。

 平気なはずがない。

 しかし、国を代表する三元老の一人という立場が、彼女に立ち止まることを許さなかった。


「ヘルメルさん、無理はしないで。辛い時は泣いてもいいんだよ」

「いえ、無理なんてしていません……。私は三元老、その一人なのですから」


 涙を拭い毅然とした態度をとる、そんな彼女の姿を、リースはつい自分と重ね合わせた。


「……立派ね、ヘルメルさん。でも、誰かに弱いところを見せるのも、一つの強さだと私は思うわ」

「リースさんには、いるんですね。そんな人が」

「幸運なことにね。少しだけなら貸してあげてもいいけれど?」

「うふふ。じゃあ今度、少しだけお借りしますね」


 何度かクロエに視線を向けながら、二人は言葉を交わし合う。

 クロエはきょとんとした表情で彼女たちの顔を見比べて、小首を傾げた。


「ではオルダ様、行って参ります」

「ヘルメル君、くれぐれも用心してくだされ。必ず全員無事に戻ってくるのですぞ」

「あたしとセリムがいるから大丈夫! 安心して任せてよ!」

「ソラさんはともかくとして、皆さんの安全は私が守りますから」

「うむ。頼みにしておるぞ、セリムよ」


 オルダとマリエールらに見送られ、五人は海都を発つ。

 目指すは森の奥、海邪神の遺跡。

 その奥地に眠る邪神の力を手に入れんとするラティスの野望を水際で食い止めるために。




 ○○○




 クロエがヘルメルを抱き上げ、四人は飛ぶように森の中を駆け抜ける。

 ものの三十分足らずで海邪神の遺跡へと辿り着いた一行。

 だが、問題はここからだ。


「ほえー。ここが海邪神の遺跡かー。入り口はちっちゃいね、祠みたい」


 苔むした外壁、風化しかけた彫刻。

 密林の奥に佇む小さな遺跡。

 しかしその内部には、海底の更に下まで続く大迷宮が待っている。


「入り口から漏れ出ている魔素、かなり強烈ですね……。内部の危険度レベルはおそらく、70を軽く越えているのではないでしょうか」

「海邪神が直接封印されていますから。邪神から漏れる魔素が充満して、内部の魔物も恐ろしく強いはずです」


 セリムの分析をヘルメルが肯定するが、そんなことで怖気づく者はこの場に誰もいない。

 その中でも特に闘志を漲らせるのが、ソラという少女である。


「70越え! つまり大幅レベルアップのチャンス! もしかしたらローザさんたちを越えられるかも!」

「ええ、丁度いいと思うわ。歴史に名を残す姫騎士になるのなら、私もそのくらいのレベルにはなっておかないと」


 リースも同じく。

 怖気づく者は誰も——。


「あ、あの……。ボク、やっぱり帰る……」

「クロエも、そう思うわよね?」

「は、はい、思います!」


 有無を言わせぬリースの圧に押され、クロエは何度も首を縦に振った。


「よろしい。ヘルメルさん、内部の地図は持ってきてるのよね」

「はい。でも古文書も同然で、中身も見にくかったり虫に食われてたり……」

「十分です。それにラティスが先行している以上、彼の方が多くの罠や魔物を相手にしなければならないはず。十分に追いつけます」


 内容をセリムがチェックし、大きく頷く。

 こちらには地図のアドバンテージとヘルメルが持つ古文書の情報、それらを持たない上に先行のリスクを負うラティス。

 最深部に辿り着く前に追いつける確率は、非常に高い。


「なら早く行こう! 追いかけなきゃいけないなら、こんなところでぐずぐずしてらんないよ!」

「ええ、行きましょう。皆さん、覚悟はよろしいですね」


 一同頷くと、ソラを先頭にして五人は遺跡の内部へと足を踏み入れた。

 開け放たれた封印の扉をくぐった瞬間、途轍もない違和感とあまりにも重苦しく変化した空気を感じ取る。


「うぐっ……! これは強烈だね……」


 思わず顔をしかめるクロエ。

 ヘルメルはこの猛烈な違和感に、口元を抑えて軽くえずいた。


「大丈夫? ヘルメルさん。辛いなら戻った方がいいよ」

「いえ、平気です……。こ、これくらい……」


 セリムですら、拒否反応を示すほど。

 並の危険地帯の境界越えとは比べ物にならない。


「ソラさん、平気ですか?」

「んにゃ、あたしは全然平気だよ。セリムこそ平気? ちょっと顔色悪いよ?」


 セリムですら額に汗を浮かべているにも関わらず。

 ソラは平常時と変わらない顔で階段を下りながら、セリムを気遣った。


「……あの。本当になんともなさそうですね」

「むしろみんな、過剰に反応し過ぎじゃない?」

「明らかにあなたが鈍いだけよね、アホっ子」

「なにをー!」


 いつものように口喧嘩を始めてしまった二人の言い争いを背景に、セリムとクロエは顔を見合わせた。


「明らかにおかしいですよ、ソラさんの反応」

「だよね、鈍いってレベルじゃないよ」


 彼女の身に何かが起きているのか、それとも。


「おのれ、お転婆姫め……!」

「はいはい、あなたと話してると疲れるわ」

「あ、あの、お二人共、喧嘩はそのくらいに……」


 ヘルメルの仲裁によって二人はようやく引き下がり、ソラはまた先頭に戻る。

 長い下り階段を十分ほど下った末、ようやく一行は第一階層に足を踏み入れた。


「んにゃ〜、やっと着いたー」

「ソラさん、まだこれからです」


 海邪神の大迷宮。

 その内部は、黄土色の石畳と壁、天井で構成されていた。

 壁と天井、床の繋ぎ目はそれぞれ丸みを帯びた、レムライア伝統の様式。

 壁に彫られた紋様は複雑怪奇、眺めていると気がおかしくなりそうだ。

 そして奇妙なことに、内部は非常に明るい。

 アカリゴケや照明、たいまつ等が一切見当たらないにも関わらず。


「これは……。照明、どうなってるのかな。非常に興味深いな……」

「クロエ、今は研究してる場合じゃないわよ」

「そ、そうだね。気になるけど、先を急がなきゃ」


 まずは一本道。

 奥へと続く通路を、ソラが先導していく。

 続いてセリム、真ん中にヘルメル、殿しんがりをリースとクロエが務め、後ろからの奇襲に備える。


「ヘルメルさん、一階層に罠はありませんか?」

「はい。ですが、守護者がいる、と」

「守護者……ですか?」


 セリムが妙な胸騒ぎを抱いた次の瞬間。


「さ、早速なんか出た!」


 先頭を歩くソラが、剣を抜いて臨戦態勢を取る。

 前方から迫り来るのは、六足歩行のクモのような魔物。

 大きさは中型の馬程度。

 だが、歩行音がウイン、ガシャン、と大変けたたましい。


「な、何アレ。生き物には見えないんだけど……」

「ゴーレムの一種……なのでしょうか。とにかく、危険度レベルはかなり高いはず! 油断せずに行きますよ!」


 まずは牽制、タイマーボムを二本投擲。

 敵の目前で爆発が巻き起こるが、怯むことなく突っ込んでくる。


「やっぱり、意思らしいものは無さそうですね」

「おっしゃ! あたしがたたっ斬る!」


 突撃をかけるソラ。

 すると、敵の体の上部から筒のようなものがせり出した。


「あ、あれってもしかして……。ソラ、危ない!」


 後方、物陰に隠れたクロエから警告が聞こえた。

 ソラはふと、あの筒と彼女のドリルランスに共通点を見出す。

 咄嗟に射線上から身を翻すと、次の瞬間、顔のスレスレをビームが通過。

 壁に小さく深い穴を穿った。


「あっぶな……」

「やっぱり。気を付けて、ソラ! アイツはカラクリ兵、太古に造られたとされる人造兵器だ!」

「何でクロエ、そんなこと知ってるの!」


 乱射されるビームを掻い潜りながら、ソラは疑問を投げかける。

 すると、返ってきた回答は。


「だってボクのドリルランス、そいつらを元に造ったからさ」



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