154 素直に言えないけれど、そんなあなたが大好きです
ラティスを倒せるのはセリムだけ。
だからこそ、セリムは無理やりに自分の気持ちを殺して、討伐を請け負おうとした。
「あたしがやるよ。ラティスはあたしが倒す」
そこに名乗りを上げたソラ。
人間と戦えないセリムの気持ちを汲んで、格上の相手と戦う役目を引き受けてくれた。
大好きな少女に嫌な役目を押し付けてしまう負い目と、彼女の優しさへの感謝で、セリムは泣き出しそうになってしまう。
「ちょっと……。あなた、話を聞いてた? ラティスの実力はホースに迫るレベル。いくら強くなったといっても、あなたでは敵わないわ」
「そんなの、やってみなくちゃ分かんないじゃん」
リースの反論にも、ソラは引き下がらない。
セリムを守るため、一歩も引かず、押し通そうとする。
「セリムは戦えないの。だからあたしが代わりに戦う、そう決めたの」
「戦えないって……、どういうことよ」
「それは言えないけど、とにかくセリムは戦えないの!」
「もう、意味分かんないわ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
口げんかにまで発展しそうなところで、クロエが止めに入る。
「ソラ、なにか事情があるんだね?」
「あるの。今のセリムには、戦わせられないの」
「で、セリム。直接戦闘じゃなくて、後方支援なら出来るんだよね?」
「はい、それなら、出来ますけど……」
確認を取ったクロエ。
うん、と頷くと、彼女はオルダに向き直る。
「セリムが後方支援に入ってくれるなら、きっと大丈夫です。二人に行かせるべきだと、ボクは思います」
「う、むぅ……。どうですかな、皆さん」
セリムとソラのことを詳しく知らないオルダは、二人と共に旅をしてきた彼女たちに意見を仰ぐ。
「余は、任せても良いと思っている。セリムが後ろについていれば、万が一も無いだろう」
「わたくしも、同意見にございますわ」
魔王主従の答えは決まっていた。
長い付き合いの中で、彼女たちのセリムに対する信頼は絶大なものになっている。
そして、残るはリース。
「……分かったわよ。アホっ子一人じゃ不安だけど、セリムが付いていくのだものね」
渋々ながらも了承した、かと思いきや。
「でもね、ラティスに散々コケにされた恨みは忘れてないわ。アイツの吠え面、この目で拝まなきゃ気が済まない」
どうやら恨みは根深かったようで。
リースはオルダに対し、願い出る。
「私も一緒に行きます。もちろんラティスと直接戦うつもりはない。だけど、回復魔法の使い手はいた方がいいでしょう?」
「そ、それは……! 何度も言いますが、他国の要人にそのような危険を冒させるわけには……」
思わぬ申し出に、彼は冷や汗をハンカチで拭い、助けを求めるようにヘルメルへと視線を送る。
「オルダ様、他国の要人のみを危険に晒すことがいけないのでしょう? ならば自国の要人も同じ危険を冒せばいい。私も共に行きましょう」
「ヘルメル君まで、一緒に行くというのですか……!?」
「海邪神の遺跡には、数多くの罠が仕掛けられています。その場所と解除方法は、コスタール家の神子に代々伝えられる古文書に記されており、神子にしか読み解くことは出来ません」
「む、むう、確かに」
「それに、私が死ねば遺跡に閉じ込められることをラティスは知っています。私の側にいれば、彼女の身は安全です」
理路整然と主張を並べるヘルメルに、オルダは反論の余地を無くしてしまった。
そんな中、クロエは神子と王女の顔を見比べて、オロオロと視線を往復させている。
「リースに、ヘルメルさんまで……?」
リースは何故か目を合わせてくれない。
ヘルメルも、にこやかにこちらを見つめるのみ。
「ボクは……。ボ、ボクも付いてく! リース一人を行かせられないもん!!」
「おぉ、思い切ったね、クロエ」
「愛の力ですね、素敵です」
高台から飛び下りる覚悟で叫んだクロエ。
こうしてセリム、ソラ、クロエ、リース、ヘルメルの五人が、海邪神の遺跡に潜入することとなった。
○○○
キリカは塔の地下、ラギアの向かい側の牢へと収監された。
彼女は取り調べに対し非常に協力的な態度をとり、ここまで連れて来られた経緯、アザテリウムに関しての知る限りの情報を提供。
二人の身柄はマリエールらの帰国の際、共に大陸へと送られることが決定した。
「結局お前も捕まっただべか。ザマーないずら」
「……捕まったんじゃない。見限っただけ」
「見限る……? どういうことだべさ」
退屈そうにしていたラギアに話しかけられ、面倒ながらも答えるキリカ。
元より神のお告げなど信じていなかったキリカは、神を盲信するラギアが苦手だった。
果たしてこの狂信者に真相を教えればどうなるものか。
想像するだけで面倒だが、もはやどうでもいいことだ。
「う、ウソだべ! そんなの、そんなのあては信じないずら!」
「信じようが信じまいが勝手。だけど、これが真実。いい加減、あなたも目を覚ましたら?」
邪神の遺跡前で起きた全てを話し終えると、ラギアは案の定の反応を示す。
「神様がいないなんて、全部ラティスってヤツに騙されてたなんて……。嘘に、嘘に決まってるずら……」
「本当に、心の底からそう思ってるの? 神様が実在すると信じ込むことで、現実から目を逸らしていただけじゃないの?」
「黙るずら! 不信心者の言うことなんて、何も聞こえない!!」
「……そう。私もあなたのことなんてどうでもいい。せいぜいこれからも、嘘っぱちの神様にすがって生きていくと良い」
そこで話を一方的に打ち切ると、床に薄いシーツを敷いただけの寝床に横たわり、背中を向ける。
すすり泣きの声が一晩中耳に届いても、キリカはラギアの方を向かなかった。
○○○
廊下側が丸みを帯び、奥側が角ばった独特の形状の客間。
滞在四日目になるが、クロエはどうにもこの部屋が落ち着かない。
今彼女が落ち着かないのには、他にも大きな理由があるのだが。
「あのさ、リース」
「何かしら」
「随分、思い切ったよね……」
「セリムたちに付いていくって決めたこと?」
自らの立場を自覚した上でなお、ラティスの吠え面を拝みたいだなんて。
普段暴走を諌める側の彼女がここまで暴走するとは、クロエも思いもしなかった。
「なんていうかさ、らしくないなって。こういう時リースって、自分の感情よりも立場を優先すると思ってた」
「自分でも、そう思うわよ……。なんかおかしいわよね、最近の私。感情的になって、あなたに泣きついてしまったり。ホント、おかしいわ……」
自分らしくない行動、言動。
その原因に、何となく心当たりはあった。
ヘルメルの存在。
クロエに対する彼女の視線が、感情が、心を乱す。
「何か悩みがあるなら、相談して欲しいな。ボクじゃ力になれないかもだけど、話してみると案外すっきりするかもだよ?」
「……そうね。気が向いたら、相談するわ」
「うん、待ってる」
こんなこと、クロエに相談できるわけがない。
クロエのことを好きになってしまったかも、だなんて、そんなことを本人に言えるはずがない。
取り繕った言葉をそのまま受け取って微笑むクロエ。
そんな彼女の顔を見ているとなんだか顔が熱くなり、リースはベッドに潜って頭から布団を被った。
○○○
評議塔の頂上。
レムリウスの街並みを一望できるこの場所で、セリムとソラは二人並んで夜景を眺めていた。
「綺麗ですね、街の明かりが宝石みたいで」
「うん、とっても綺麗」
雷の魔力石による街頭の明かり、家々から漏れ出る明かり。
そして夜空に散らばる星明かりと、海に映る月明かり。
そのどれもが美しく、セリムは目を奪われる。
しかしそのどれもが、ソラにとってはかすんで見えた。
自分の隣にいる、この世で最も愛しく可憐な恋人に比べれば。
「……どこ見て言ってるんですか」
「にしし。セリムの顔みて言ってる」
「もう、アホですか」
すぐに顔を赤くして、目を逸らしてしまう照れ屋なセリム。
そんな彼女が堪らなく愛しくて、顔を寄せる。
「セーリム、こっち向いて」
「嫌です。絶対変なことしてきます」
「変なことなんてしないよ。だからさ、お願い。こっち向いてよ」
「……もう、しょうがないですね——んむっ!」
顔を向けた途端、唇を奪われた。
浅い口づけのあと、顔を離したソラはいたずらっぽく笑う。
「……変なことしないって、言ったのに」
「変なことはしてないよ? セリムにキスするの、変なことじゃないもん」
「屁理屈ですよ、もう知りません!」
セリムは頬を膨らませ、ぷい、と顔を逸らす。
今度はソラがつついても、袖を引っ張っても、こっちを向いてくれない。
「セリムぅ、ごめんって。機嫌直してよぉ」
「別に怒ってません。ただ……」
「ただ、何?」
「こんなに顔を赤くしちゃって、見られるの、恥ずかしい……です……」
暗くて見えなかったが、よーく目を凝らせば、セリムは耳まで赤くなっている。
彼女のいじらしい姿に、ソラの胸がキュンとした。
「もう、どこまで可愛いのさ。そんなこと言われたら、あたし……」
セリムの両肩を掴み、こっちを向かせる。
間近で見れば、彼女の白い顔に赤みが差していることは一目で分かった。
緑色の瞳が潤み、おどおどと視線を逸らす。
「あの、ソラさん……。本当に、恥ずかしいんですけど……」
「だって、セリムが可愛すぎて……っ。こんなのもう、我慢できるわけないじゃん!」
細い体を強く抱きしめ、深く口づける。
唇に舌を割り込み、絡め合わせて。
時間にして一分ほど、二人にとっては永遠とも思える時間のあと、二人は唇を離した。
「……えっちです。ソラさん、えっちです」
「セリムこそ、えっちな顔してる」
「……知りません」
真っ赤な顔を、潤んだ瞳を隠すため、ソラの胸に顔を埋める。
そのまま体重を預け、ソラは屋上の手すりに背中を任せてセリムを抱きとめた。
「……ねぇ、ソラさん」
「ん?」
「絶対、死んじゃダメですからね?」
魔人化したラティスの実力は、ホースに迫るレベルだという。
自分の後方支援があったとしても、ソラが勝てると言い切れる自信は、セリムには無かった。
もしもまた、もう一度、目の前でソラに死なれてしまったら。
そう考えるだけでも、気が狂いそうなほどの恐怖が襲う。
「死なないよ。セリムを置いていったりしないから。もう二度と、絶対に」
あの時、ハンスに倒されて死にかけた時。
セリムをあんなにも泣かせてしまった。
もう彼女にあんな顔をさせたくない、あんな思いを味あわせたくない。
「あたしは絶対に負けない。だって、セリムが後ろにいてくれるんだもん。負けるわけないよ」
「……あんまり信用しないでください。私、心が弱いから、適切な判断が出来る自信がありません」
「大丈夫、大丈夫だよ」
セリムの背中を優しく撫でながら、言い聞かせる。
恋人に、そして自分自身にも。
「あたしたち二人なら、どんな相手にも絶対に負けない。戦って、勝って、そして帰ろう? セリムのおみせで、一緒に暮らそう?」
「……それって、プロポーズ、ですか?」
「あぅっ、その……、ノーコメント。縁起が悪いからノーコメントで!」
「ふふっ、なんですかそれ」
思わず噴き出してしまったセリムに、ソラも微笑み返す。
「良かった、やっと笑ってくれた。さっきからセリム、ずっと泣きそうな顔してたんだよ?」
「そ、そうだったんですか……?」
「笑ってるセリムが一番可愛い」
「もう、そういうことばっかり……」
ソラの肩に顔を乗せて、体をピッタリと寄せて。
夜風が吹き抜ける中、二人はしばし無言で抱き合う。
お互いの温もりと、息遣いを感じながら。
「……ねぇ、セリム」
「なんです? ソラさん」
「ダンジョンってさ、お風呂無いよね」
「……………………あ」
幸せそうだったセリムの表情が、一瞬で凍りつく。
「往復一週間くらい、かかるんだってね」
「……お風呂、入ってきます」
「ちょっ、待って待って!」
セリムはスッと体を離して、足早に屋上から立ち去ろうとする。
そんな彼女の手を握って、引き留めるソラ。
「離してください、私は行かなきゃいけないんです! 二週間分のお風呂を、堪能しないといけないんです!」
「あたしだって、二週間分のセリムを堪能したいの!」
「……へ? それって、どういう意味ですか?」
首を傾げるセリムの顔を、ニヤニヤしながら無言で見つめる。
じきに意味が分かったのだろう、セリムは顔を紅潮させて俯いてしまった。
「……やっぱり、えっちです。ソラさん、とってもえっちです。最近は落ち着いてきたと思ってたのに」
「だからだよ。最近してなかったし、良いかなって。ね、ダメ?」
「……ダメじゃ、ないです」
「やったっ。じゃあ一緒にお風呂入ろう!」
ソラはセリムの手を引いて、評議塔の中へと向かう。
「あの、ソラさん」
「んにゃ? どしたの」
「絶対、勝ちましょうね」
「……うん。絶対勝とうね」
星明かりの下、二人の少女は強く手を繋ぎ、誓い合った。
「でさ、終わったら海水浴とかしようよ! セリムの水着見てみたい!」
「水着……。嫌です、ソラさん絶対いやらしい目で見てきます」
「そんな目で見ないから! ……いや、見るけどさ」
「今決めました! 絶対着ません!」