表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/173

154 素直に言えないけれど、そんなあなたが大好きです



 ラティスを倒せるのはセリムだけ。

 だからこそ、セリムは無理やりに自分の気持ちを殺して、討伐を請け負おうとした。


「あたしがやるよ。ラティスはあたしが倒す」


 そこに名乗りを上げたソラ。

 人間と戦えないセリムの気持ちを汲んで、格上の相手と戦う役目を引き受けてくれた。

 大好きな少女に嫌な役目を押し付けてしまう負い目と、彼女の優しさへの感謝で、セリムは泣き出しそうになってしまう。


「ちょっと……。あなた、話を聞いてた? ラティスの実力はホースに迫るレベル。いくら強くなったといっても、あなたでは敵わないわ」

「そんなの、やってみなくちゃ分かんないじゃん」


 リースの反論にも、ソラは引き下がらない。

 セリムを守るため、一歩も引かず、押し通そうとする。


「セリムは戦えないの。だからあたしが代わりに戦う、そう決めたの」

「戦えないって……、どういうことよ」

「それは言えないけど、とにかくセリムは戦えないの!」

「もう、意味分かんないわ!」

「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 口げんかにまで発展しそうなところで、クロエが止めに入る。


「ソラ、なにか事情があるんだね?」

「あるの。今のセリムには、戦わせられないの」

「で、セリム。直接戦闘じゃなくて、後方支援なら出来るんだよね?」

「はい、それなら、出来ますけど……」


 確認を取ったクロエ。

 うん、と頷くと、彼女はオルダに向き直る。


「セリムが後方支援に入ってくれるなら、きっと大丈夫です。二人に行かせるべきだと、ボクは思います」

「う、むぅ……。どうですかな、皆さん」


 セリムとソラのことを詳しく知らないオルダは、二人と共に旅をしてきた彼女たちに意見を仰ぐ。


「余は、任せても良いと思っている。セリムが後ろについていれば、万が一も無いだろう」

「わたくしも、同意見にございますわ」


 魔王主従の答えは決まっていた。

 長い付き合いの中で、彼女たちのセリムに対する信頼は絶大なものになっている。

 そして、残るはリース。


「……分かったわよ。アホっ子一人じゃ不安だけど、セリムが付いていくのだものね」


 渋々ながらも了承した、かと思いきや。


「でもね、ラティスに散々コケにされた恨みは忘れてないわ。アイツの吠え面、この目で拝まなきゃ気が済まない」


 どうやら恨みは根深かったようで。

 リースはオルダに対し、願い出る。


「私も一緒に行きます。もちろんラティスと直接戦うつもりはない。だけど、回復魔法の使い手はいた方がいいでしょう?」

「そ、それは……! 何度も言いますが、他国の要人にそのような危険を冒させるわけには……」


 思わぬ申し出に、彼は冷や汗をハンカチで拭い、助けを求めるようにヘルメルへと視線を送る。


「オルダ様、他国の要人のみを危険に晒すことがいけないのでしょう? ならば自国の要人も同じ危険を冒せばいい。私も共に行きましょう」

「ヘルメル君まで、一緒に行くというのですか……!?」

「海邪神の遺跡には、数多くの罠が仕掛けられています。その場所と解除方法は、コスタール家の神子に代々伝えられる古文書に記されており、神子にしか読み解くことは出来ません」

「む、むう、確かに」

「それに、私が死ねば遺跡に閉じ込められることをラティスは知っています。私の側にいれば、彼女の身は安全です」


 理路整然と主張を並べるヘルメルに、オルダは反論の余地を無くしてしまった。

 そんな中、クロエは神子と王女の顔を見比べて、オロオロと視線を往復させている。


「リースに、ヘルメルさんまで……?」


 リースは何故か目を合わせてくれない。

 ヘルメルも、にこやかにこちらを見つめるのみ。


「ボクは……。ボ、ボクも付いてく! リース一人を行かせられないもん!!」

「おぉ、思い切ったね、クロエ」

「愛の力ですね、素敵です」


 高台から飛び下りる覚悟で叫んだクロエ。

 こうしてセリム、ソラ、クロエ、リース、ヘルメルの五人が、海邪神の遺跡に潜入することとなった。




 ○○○




 キリカは塔の地下、ラギアの向かい側の牢へと収監された。

 彼女は取り調べに対し非常に協力的な態度をとり、ここまで連れて来られた経緯、アザテリウムに関しての知る限りの情報を提供。

 二人の身柄はマリエールらの帰国の際、共に大陸へと送られることが決定した。


「結局お前も捕まっただべか。ザマーないずら」

「……捕まったんじゃない。見限っただけ」

「見限る……? どういうことだべさ」


 退屈そうにしていたラギアに話しかけられ、面倒ながらも答えるキリカ。

 元より神のお告げなど信じていなかったキリカは、神を盲信するラギアが苦手だった。

 果たしてこの狂信者に真相を教えればどうなるものか。

 想像するだけで面倒だが、もはやどうでもいいことだ。



「う、ウソだべ! そんなの、そんなのあては信じないずら!」

「信じようが信じまいが勝手。だけど、これが真実。いい加減、あなたも目を覚ましたら?」


 邪神の遺跡前で起きた全てを話し終えると、ラギアは案の定の反応を示す。


「神様がいないなんて、全部ラティスってヤツに騙されてたなんて……。嘘に、嘘に決まってるずら……」

「本当に、心の底からそう思ってるの? 神様が実在すると信じ込むことで、現実から目を逸らしていただけじゃないの?」

「黙るずら! 不信心者の言うことなんて、何も聞こえない!!」

「……そう。私もあなたのことなんてどうでもいい。せいぜいこれからも、嘘っぱちの神様にすがって生きていくと良い」


 そこで話を一方的に打ち切ると、床に薄いシーツを敷いただけの寝床に横たわり、背中を向ける。

 すすり泣きの声が一晩中耳に届いても、キリカはラギアの方を向かなかった。




 ○○○




 廊下側が丸みを帯び、奥側が角ばった独特の形状の客間。

 滞在四日目になるが、クロエはどうにもこの部屋が落ち着かない。

 今彼女が落ち着かないのには、他にも大きな理由があるのだが。


「あのさ、リース」

「何かしら」

「随分、思い切ったよね……」

「セリムたちに付いていくって決めたこと?」


 自らの立場を自覚した上でなお、ラティスの吠え面を拝みたいだなんて。

 普段暴走を諌める側の彼女がここまで暴走するとは、クロエも思いもしなかった。


「なんていうかさ、らしくないなって。こういう時リースって、自分の感情よりも立場を優先すると思ってた」

「自分でも、そう思うわよ……。なんかおかしいわよね、最近の私。感情的になって、あなたに泣きついてしまったり。ホント、おかしいわ……」


 自分らしくない行動、言動。

 その原因に、何となく心当たりはあった。

 ヘルメルの存在。

 クロエに対する彼女の視線が、感情が、心を乱す。


「何か悩みがあるなら、相談して欲しいな。ボクじゃ力になれないかもだけど、話してみると案外すっきりするかもだよ?」

「……そうね。気が向いたら、相談するわ」

「うん、待ってる」


 こんなこと、クロエに相談できるわけがない。

 クロエのことを好きになってしまったかも、だなんて、そんなことを本人に言えるはずがない。

 取り繕った言葉をそのまま受け取って微笑むクロエ。

 そんな彼女の顔を見ているとなんだか顔が熱くなり、リースはベッドに潜って頭から布団を被った。




 ○○○




 評議塔の頂上。

 レムリウスの街並みを一望できるこの場所で、セリムとソラは二人並んで夜景を眺めていた。


「綺麗ですね、街の明かりが宝石みたいで」

「うん、とっても綺麗」


 雷の魔力石による街頭の明かり、家々から漏れ出る明かり。

 そして夜空に散らばる星明かりと、海に映る月明かり。

 そのどれもが美しく、セリムは目を奪われる。

 しかしそのどれもが、ソラにとってはかすんで見えた。

 自分の隣にいる、この世で最も愛しく可憐な恋人に比べれば。


「……どこ見て言ってるんですか」

「にしし。セリムの顔みて言ってる」

「もう、アホですか」


 すぐに顔を赤くして、目を逸らしてしまう照れ屋なセリム。

 そんな彼女が堪らなく愛しくて、顔を寄せる。


「セーリム、こっち向いて」

「嫌です。絶対変なことしてきます」

「変なことなんてしないよ。だからさ、お願い。こっち向いてよ」

「……もう、しょうがないですね——んむっ!」


 顔を向けた途端、唇を奪われた。

 浅い口づけのあと、顔を離したソラはいたずらっぽく笑う。


「……変なことしないって、言ったのに」

「変なことはしてないよ? セリムにキスするの、変なことじゃないもん」

「屁理屈ですよ、もう知りません!」


 セリムは頬を膨らませ、ぷい、と顔を逸らす。

 今度はソラがつついても、袖を引っ張っても、こっちを向いてくれない。


「セリムぅ、ごめんって。機嫌直してよぉ」

「別に怒ってません。ただ……」

「ただ、何?」

「こんなに顔を赤くしちゃって、見られるの、恥ずかしい……です……」


 暗くて見えなかったが、よーく目を凝らせば、セリムは耳まで赤くなっている。

 彼女のいじらしい姿に、ソラの胸がキュンとした。


「もう、どこまで可愛いのさ。そんなこと言われたら、あたし……」


 セリムの両肩を掴み、こっちを向かせる。

 間近で見れば、彼女の白い顔に赤みが差していることは一目で分かった。

 緑色の瞳が潤み、おどおどと視線を逸らす。


「あの、ソラさん……。本当に、恥ずかしいんですけど……」

「だって、セリムが可愛すぎて……っ。こんなのもう、我慢できるわけないじゃん!」


 細い体を強く抱きしめ、深く口づける。

 唇に舌を割り込み、絡め合わせて。

 時間にして一分ほど、二人にとっては永遠とも思える時間のあと、二人は唇を離した。


「……えっちです。ソラさん、えっちです」

「セリムこそ、えっちな顔してる」

「……知りません」


 真っ赤な顔を、潤んだ瞳を隠すため、ソラの胸に顔を埋める。

 そのまま体重を預け、ソラは屋上の手すりに背中を任せてセリムを抱きとめた。


「……ねぇ、ソラさん」

「ん?」

「絶対、死んじゃダメですからね?」


 魔人化したラティスの実力は、ホースに迫るレベルだという。

 自分の後方支援があったとしても、ソラが勝てると言い切れる自信は、セリムには無かった。

 もしもまた、もう一度、目の前でソラに死なれてしまったら。

 そう考えるだけでも、気が狂いそうなほどの恐怖が襲う。


「死なないよ。セリムを置いていったりしないから。もう二度と、絶対に」


 あの時、ハンスに倒されて死にかけた時。

 セリムをあんなにも泣かせてしまった。

 もう彼女にあんな顔をさせたくない、あんな思いを味あわせたくない。


「あたしは絶対に負けない。だって、セリムが後ろにいてくれるんだもん。負けるわけないよ」

「……あんまり信用しないでください。私、心が弱いから、適切な判断が出来る自信がありません」

「大丈夫、大丈夫だよ」


 セリムの背中を優しく撫でながら、言い聞かせる。

 恋人に、そして自分自身にも。


「あたしたち二人なら、どんな相手にも絶対に負けない。戦って、勝って、そして帰ろう? セリムのおみせで、一緒に暮らそう?」

「……それって、プロポーズ、ですか?」

「あぅっ、その……、ノーコメント。縁起が悪いからノーコメントで!」

「ふふっ、なんですかそれ」


 思わず噴き出してしまったセリムに、ソラも微笑み返す。


「良かった、やっと笑ってくれた。さっきからセリム、ずっと泣きそうな顔してたんだよ?」

「そ、そうだったんですか……?」

「笑ってるセリムが一番可愛い」

「もう、そういうことばっかり……」


 ソラの肩に顔を乗せて、体をピッタリと寄せて。

 夜風が吹き抜ける中、二人はしばし無言で抱き合う。

 お互いの温もりと、息遣いを感じながら。


「……ねぇ、セリム」

「なんです? ソラさん」

「ダンジョンってさ、お風呂無いよね」

「……………………あ」


 幸せそうだったセリムの表情が、一瞬で凍りつく。


「往復一週間くらい、かかるんだってね」

「……お風呂、入ってきます」

「ちょっ、待って待って!」


 セリムはスッと体を離して、足早に屋上から立ち去ろうとする。

 そんな彼女の手を握って、引き留めるソラ。


「離してください、私は行かなきゃいけないんです! 二週間分のお風呂を、堪能しないといけないんです!」

「あたしだって、二週間分のセリムを堪能したいの!」

「……へ? それって、どういう意味ですか?」


 首を傾げるセリムの顔を、ニヤニヤしながら無言で見つめる。

 じきに意味が分かったのだろう、セリムは顔を紅潮させて俯いてしまった。


「……やっぱり、えっちです。ソラさん、とってもえっちです。最近は落ち着いてきたと思ってたのに」

「だからだよ。最近してなかったし、良いかなって。ね、ダメ?」

「……ダメじゃ、ないです」

「やったっ。じゃあ一緒にお風呂入ろう!」


 ソラはセリムの手を引いて、評議塔の中へと向かう。


「あの、ソラさん」

「んにゃ? どしたの」

「絶対、勝ちましょうね」

「……うん。絶対勝とうね」


 星明かりの下、二人の少女は強く手を繋ぎ、誓い合った。


「でさ、終わったら海水浴とかしようよ! セリムの水着見てみたい!」

「水着……。嫌です、ソラさん絶対いやらしい目で見てきます」

「そんな目で見ないから! ……いや、見るけどさ」

「今決めました! 絶対着ません!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ