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152 クロエさんってちょっとモテすぎじゃないですか?

大変お待たせ致しました。

連載再開です!



 レムリウスの街外れに位置する高級住宅街の一角に佇むトルフィーン家の屋敷。

 セリムとソラの二人は、その門前で屋敷を見上げていた。


「ここですね、魔導アイテム研究所があるお屋敷」

「よーし、早速乗り込もう!」

「乗り込むってなんですか……。クロエさんの名前を出せば普通に入れてくれますから」


 屋敷の扉を叩くセリム。

 顔を出した使用人に事情を説明し、屋敷内の一室へと案内される。

 隠し扉の仕掛けにソラがテンションを上げつつ、二人は地下の研究所へ。

 地下へと続く階段を降りた先、広々とした空間に様々な機器が置かれている光景に、ソラは目を輝かせる。


「おぉ、なんかすっごい!」

「えっと、プラテアさんはどこに……」


 広い研究所の中を見回すと、机に向かって何かの作業をしている黒髪の少女を発見。


「あの子だね、きっと」

「集中してるみたいです。私たちが来たこと、気付いてませんね」


 声をかけたら驚かせてしまうだろうか、と躊躇するセリムとは対照的に、ソラは一切お構いなし。


「ねえねえ、キミがプラテア?」

「えひゃあああぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁっ!!?」


 椅子を蹴り倒し、凄い勢いで立ち上がるプラテア。

 狼狽しきった悲鳴は、見ているこっちが居たたまれなくなるレベルであった。


「ク、ク、クロエさん!? ……じゃない。なんですか、あなた達」


 恋する乙女のような顔で振り向いた少女は、来訪者がクロエじゃないと分かった途端に冷静さを取り戻す。

 彼女が向かっていたのは作業机ではなく、休憩用の机。

 手には鏡を持ち、前髪にはヘアピン。

 おめかしの真っ最中だったのだろうか。


「あたしはソラ、こっちはセリム。あたしたち、クロエの親友なんだ」

「し、親友……」


 苦々しい表情のプラテア。

 おめかしと先程の表情を合わせて、ソラは何かを察した。


「あぁ、安心して。あたしとセリムは恋人同士だから、クロエとはどうこうなったりしないよ」

「ちょ、ソラさん!? 初対面の人になんてことを言ってんですか!」


 プラテアは二人がライバルではないと理解し、安心した様子。

 彼女の安心感と引き換えに、セリムは羞恥に染まる結果となってしまったが。


「でもさ、クロエは倍率高いよ。あいつ何でか知らないけど、めっちゃモテてるから。お姫様にメイドのラナちゃん、ヘルメルさん。あと何人落とすつもりなんだろ」

「そ、そうなんですか……。ヘルメル様まで……。これはちょっと厳しいかも」

「……あの、そんな話をしにきた訳じゃありませんよね?」


 完全に恋バナにシフトしてしまった流れを、セリムが強引に引き戻す。


「実は私たち、ヘルメルさんを狙っている敵の本拠地に行ってきたんです」

「ええっ!? ヘルメル様がさらわれたのって今日の午前中でしたよね!? さっすが、英雄ともなると解決までが早い……」

「英雄はやめてください、まだヘルメルさんは見つかってませんし……。それでですね、そこで妙な道具を見つけたんですよ」


 時空のポーチからトランペット状のアイテムを取り出し、休憩用机の上に置く。

 その道具を見た途端、プラテアは叫んだ。


「こ、これって!! 試作段階で凍結された、遠距離に音を送る道具! そのスピーカーじゃないですか!」

「し、知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、私が設計した道具なんですよ、これ」

「……ほえ? どゆこと?」


 首をかしげるソラ。

 セリムもよく意味を理解できず、二人は揃って首を傾ける。


「まだ研究所が縮小される前のこと、私たちは世紀の大発明に挑んでいました。映像と音声を遠隔地に送り、遠く離れた相手と会話をする魔導アイテム。実現すれば世界は大きく変わる、はずでした……」

「失敗したんですか?」

「いえ。研究は進み、実現可能な段階までなんとかこぎつけました。そんな時、ラティス様が突然解散の命令を下して……」


 肩を落としてため息を吐く。


「プロジェクトは凍結、研究員はみんないなくなって、研究データも全部没収されちゃいました。私一人だけじゃ、規模も設備も人手も全然足りません。あの大発明を完成させられなかったの、ずっと心残りだったんですよ」

「そりゃ大変だったんだねぇ……」


 プラテアを慰めるソラの傍ら、セリムはどうにも引っ掛かりを感じていた。

 凍結されたはずのプロジェクトが動き続けて、ホースたちの下で秘密裏に実用化されている。

 つまり、研究データや人員をホースたちに横流しした人物が存在する。


「……あの、解散したあと、研究員の皆さんは?」

「あー……、知らないですね。ずっと研究所にこもってるんで。でも、ラティスさんが面倒見てるんじゃないですか?」

「ラティスさん……、ですか」




 ○○○




 両腕の刃を文字通り自分の手足のように操り、キリカは猛攻を仕掛ける。

 二つの剣による、息も付かせぬ高速の波状攻撃。

 四人の戦士の中で、キリカは最速。

 その剣さばきは、クロエとリースが目で追えないほどに素早い。

 素早い、のだが。


「ふふっ、この程度ですか。やはり実験動物、出力も小さい失敗作だ」

「なん、で……っ!」


 キリカによる神速の猛攻を、ラティスは直刀の一本だけで防ぎきっていた。

 突き、薙ぎ、払い、体を回転させての連続攻撃。

 フェイントを入れての鋭い刺突も織り交ぜているのに、全てをたった一本の直刀で防がれる。


「なんで? 分かりきったことを。力の差ですよ。実験段階だったあなた達との、ね」

「実験段階……?」


 目にもとまらぬ速度で攻防を繰り広げる二人。

 極限まで集中力を高めているキリカに対し、ラティスは汗一つ浮かべず、ほのかな笑みすら浮かべている。


「そうです、喜んでください。あなた達のデータのおかげで、ついに完成するのですよ。アザテリウムが人類を次のステージへと押し進めるのです、魔人の力でね!」

「データ取り……、そのために私たちは生かされていた……?」

「その通り。……あなた、洗脳されていないようですね。カリキュラムが甘かったか、あなたの精神力が強靭だったのか。まあ、どうでもいいですけどね」


 刺突を払いのけたラティスが、空気を切り裂くほどの速度で直刀を突き出した。

 刃は真っ直ぐにキリカの心臓に突き刺さり、


「がはっ……!」


 彼女は血を吐いて、一歩、二歩後ろによろめく。


「主に牙を剥くような実験動物は早く処分して、私の目的を果たさねば」

「お、お前は、一体なんなんだ……」

「私ですか? ご存じでしょう。私はクリスティヌス・ラティス。このレムライアで三元老の一角を務めています」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、


「そして、アザテリウムの大司教。その一角も務めさせて頂いています」


 自らの正体を晒した。


「アザテリウムの、大司教……? それは、私のはず……」

「あっはは、バカを言っちゃいけません。言ったでしょう? あなた達四人は、魔人化の研究サンプルとして隔離された実験動物。便宜上アザテリウムを名乗らせていただけです」

「なら、アザテリウムとは……」

「神とは、信仰する人間がいてこそのモノ。三邪神にも当然ながら、信者は存在します。太古の昔から、歴史の闇に紛れて邪神信仰を続けてきた集団、それがアザテリウム。私の他に三人の大司教、そして頂点には大僧正が存在しています。その規模は国家レベル、あなた達のごっこ遊びとは訳が違うのですよ」


 キリカの胸の傷は、自己再生能力によってすぐに塞がった。

 剣撃による攻撃では、肉体を両断でもしない限りは致命傷になり得ない。


「さて、聞きたいことは全部聞いたでしょう。もう心残りは無いでしょうから、そろそろ死にましょうよ」

「……冗談。あたしは死なない、絶対に」


 口ぶりからして、ラティスは魔人の力を持っていないはずだ。

 左腕にも金の腕輪は着けていない。

 圧倒的な力量差はあるが、再生能力を持っているだけこちらに分がある。


「死ぬのは、あんた一人だ!」


 そのニヤケ面を、心臓に剣を突き刺して絶望に変えてやる。

 キリカは一気に間合いを詰め、接近戦に持ち込む。

 凄まじい速度の剣閃を振るいながら、彼女は敢えて胸部のガードを緩め、隙を晒した。


「涙ぐましい、無駄な抵抗ですね」

「無駄かどうかは——」

「分かりますよ」


 またも攻撃の合間を突き、心臓に直刀を突き立てるラティス。

 このまま刃を引き上げ、体を真っ二つにする。

 そう目論んでいたが、斬り上げようとする腕が動かない。


「……おや?」

「油断したな」


 動かないのではない。

 剣を握るラティスの右手首は、キリカの刃によって切断されていた。

 キリカは呪法によって、痛覚を遮断されている。

 肉を斬らせる覚悟さえあれば、心臓を突き刺されても怯みはしない。


「今度はお前が、心臓を貫かれる番だ」


 直刀を胸に刺したまま、キリカは間髪入れずにラティスの心臓めがけて刃を突き立てた。

 胸の中心を貫かれ、ラティスは血反吐を吐く。


「そ、んな……、バカな……っ」

「これで終わり。私は誰にも殺されない」


 自らの刃を引き抜くと、胸に刺さった直刀をラティスの手首ごと抜いて投げ捨てる。

 心臓を貫かれたラティスはゆっくりと後ろに下がり、やがて仰向けにどう、と倒れた。


「……さて、これからどうするか。生きるためにとるべき最善の道は——」

「生きる道など、あなたにはありませんよ」

「え——?」


 ヒュパッ!


 振るわれた刃が、キリカの左腕に着けた金色の腕輪を両断する。

 途端に彼女の魔人化は解け、両腕の肉の刃も消え去った。

 その場に残されたのは、武器を失った無力な魔族の少女のみ。


「あなたの人生はここでお終い。これは決まっていたことですから」

「どうして、その、姿は……」


 ラティスの姿は、異形へと変わっていた。

 肌は赤黒く、斬り落としたはずの右腕は肘から先が長い直刀になっている。


「魔人化は、まだ実験段階のはずじゃ……」

「そうですね、実験段階です。だからこれから完成させるんですよ。私が海の邪神の力をこの身に宿し、持ち帰ることでね」

「腕輪は……、腕輪の魔素が無ければ、魔人化は出来ないはず……」

「簡単ですよ。あんな小さな魔晶石よりももっと強力で、大きな魔素を溜めておける物質を心臓に埋め込んだのです。魔素をたっぷりと詰め込んだ……」


 両腕を広げ、天を仰いだラティスは、


「オリハルコンをねッ!」


 その鉱石の名を口にして、くっくっく、と絞り出すような声で笑う。


「まったくマイルも、無茶なことをしてくれる。同格の大司教であるこの私を、実験動物共と同じように扱ってくれるとは。しかしまぁ、良い気分ですよ。この身に邪神の力を宿せば、私は最も神に近い存在になるのですからね」


 そこまで話すと、ラティスの顔から笑みが消えた。


「で、私としてはあなたなんかに付き合っている暇はないんです。では、死にましょうか」


 右腕の直刀を、ただの魔族へと戻ったキリカの心臓に向けて突き出す。


 ガキィィィン!


「……いらっしゃったのですか、これは迂闊でした。気配を殺すのが上手い方だ」

「お褒めに預かり光栄ですわ、ラティス様」


 キリカとラティスの間に割り込み、ラウンドシールドで兇刃を受け止めたリース。

 思わぬ人物の登場に、ラティスは心底から驚きの表情を見せる。


「あなたは……、どうして私を」

「さあ? どうしてでしょうね。あなたを斬るために来たはずなのに、あなたを助けるだなんて。不思議なこともあるものだわ」


 戸惑いを見せるキリカに苦笑しながら返すと、ラティスと睨みあう。

 一方、リースと共に飛び出したクロエは、倒れたままのヘルメルに駆け寄ると、彼女を抱き起こした。


「ヘルメルさん、ヘルメルさんしっかり!」


 腕の中で体をゆすり、気つけを行うと、彼女はゆっくりと目を開ける。


「……ん、クロエ様?」

「良かった、無事だった。助けに来たよ、もう大丈夫だから」

「あぁっ、クロエ様っ! また私を、救いに来て下さったのですね!」


 感極まってクロエに抱きつくヘルメル。

 その動作を背中で感じ取り、ラティスを睨むリースの眉間にしわが寄った。


「ところでここは……。な、なんで、ラティス様が怪物に……! それに、リース様の後ろにいるあの人は、私をさらった人じゃ……」

「詳しい事情は後で説明するよ。とにかく今は、ラティスさんが敵の一味だったってことだけ、頭に入れといて」

「そ、そんな……。ラティス様が敵……」


 三元老として十年もの間、共に政務に携わってきたヘルメル。

 ラティスが敵だったという事実は、彼女にはショックが大きかったようだ。

 顔を伏せて俯き、小さく体を震わせる。


「……辛いよね。でも、これだけは約束する。キミを今度こそ、絶対に守るから」

「は、はい……」


 ヘルメルを励ましたクロエは、現状を分析する。

 ラティスのレベルはかなりのもの。

 素の状態においての推定レベルは、動きから推し量るに70代前半。

 ホース級とはいかないものの、かなりの格上だ。

 魔人化した今ならば、実力はホースに迫るかもしれない。


「……そんな敵と、真正面からやってられないよね」


 今はまだ襲ってはこないが、戦いになれば勝ち目はゼロと言っても過言ではない。

 この状況で出来ることと言えば、目くらましからの逃亡、その程度だ。


「ヘルメルさん、また失礼するね」

「はい、クロエ様ならその、いくらでも……」


 頬を染めるヘルメルをお姫様だっこで抱え上げると、


「リース!」


 未だ睨み合いを続けるリースに対し、一声かける。

 チラリとこちらを向いた彼女にアイコンタクトを送り、自身は森の中へと走り始めた。


「まぁ、それしかないわよね。あなた、走れる?」

「ええ、体は平気」

「だったら死ぬ気でついてきなさい。死にたくないなら、はぐれるんじゃないわよ!」



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