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149 泥棒じゃありません、押収です

 マイルの哄笑が響き渡り、魔力ビジョンは消失。

 礼拝堂は再び静けさに包まれる。


「……結局言いたいことだけ言って消えましたね」


 不機嫌さを隠そうともしないセリムの横顔を眺めながら、ソラは未だ驚愕の中にいた。

 セリムの顔は毎日のように見ている。

 鏡が無ければ見られないセリム本人よりも、セリムの顔の造りには詳しいかもしれない。


「アイツ、あんなに似てるなんて……」


 ぞっとするほど、目鼻立ち、顔のパーツの付き方まで、瓜二つ。

 話には聞いていたが、想像以上にそっくりだった。


「セリムとホース、赤の他人では、ないよね……」


 もしかしたら生き別れの双子?

 そんなことがあるだろうか。

 セリムの過剰な反応や不快感を見るに、もっと別の何かなのでは。


「ソラさん、何をぼんやりしているんですか! ちょっとこっち来てください」


 セリムの呼びかけで我に返ったソラ。

 祭壇の裏側を調べていたセリムが何かを発見したらしく、ソラを手招きする。


「これを見て下さい。魔力ビジョン投影機、それからよくわかんない装置です」

「……んん? なにこれ、ほんとに良く分かんない」


 魔力ビジョン投影機ならば、ソラ自身何度も見た覚えがある。

 細かな仕組みは知らないが、小型の装置から魔力光が投影され、空中に魔力ビジョンを浮かび上がらせる装置。

 これがマイルの顔を映し出していたのだろう。

 だが、その隣にある、ラッパによく似た二つの装置は一体なんなのか。


「クロエさんに聞けば、何か分かるでしょうか」

「クロエに分かんなかったらお手上げだろうね」

「未知の技術、という可能性もありますし……。よし、持って帰りましょう」

「え、ええっ!?」


 セリムにしては思いきりの良すぎる決断に、思わずソラは我が耳を疑う。

 二つある装置を、コードの接続部を壊さないように引き抜く。

 哀れラッパのような装置は、時空のポーチに突っ込まれてしまった。


「ねえセリム。これって泥棒なんじゃ……」

「ここ、敵のアジトですから。何を持ち去ってもセーフです」

「そうかなぁ……」

「そうですよ。さ、海神の宝珠も探しましょう。奪われた宝珠、きっとどこかにあるはずです」


 小心者のはずなのに、目的と大義名分があれば大胆な行動も取れる。

 恋人の意外な一面に少々面食らったソラであった。




 ○○○




 襲撃が起きた瞬間、民衆は散り散りになって逃げ出した。

 そのため、ヘルメルが拐われた場面を見ていたのは主要な人物を除くとレムライア兵だけ。

 すぐさま緘口令かんこうれいが敷かれ、ヘルメルの誘拐は極秘事項とされ、襲撃者は鎮圧されたと発表。

 レムリウスの街は、平時の落ち着きを取り戻しつつあった。


「オルダ殿、海神の神子を手に入れた以上、敵は遺跡の封印解除に乗り出すはず。ここは網を張って待ち構えるべきです」

「そ、その通りですな! ラティス君、直ちに手配をお願いします!」


 評議塔の会議室では、緊急の会議が開かれていた。

 出席者はマリエールとアウス、オルダ、そしてラティス。

 腹部を刺されたリースは、自身の力で傷を治療したものの、精神的なショックが大きく欠席となった。


「予め手は打ってあります。既に五十人の兵で遺跡の周囲を固めました。しかし、敵の実力を考えると少々心許ない数ではありますね」

「戦力の差、これは大きな問題点であるな」


 いくら数を揃えても、一般兵程度では簡単に蹴散らされてしまう。

 一騎当千の猛者を相手取るには、こちらも猛者を当てなければ。


「ではわたくしが、遺跡へと参りますわ。魔王様、御許可を」

「……うむ、それが最善の策であろう。ではアウスよ、行ってくれるか」

「ご命令とあらば。では今すぐに出立の準備を整えますわ」

「これは心強い。ではアウス様、私の部下に遺跡まで案内させましょう」


 ラティスの呼びつけた部下と共に、アウスはその場を後にした。

 これで一旦は、海神の遺跡の防備を固められる。

 問題は、敵の残存戦力がどのくらいか。

 セリムとソラは音信不通だが、彼女たちならきっと最初の襲撃犯を倒してくれている。

 捕虜にしたラギアが目を覚まし次第、マリエールは情報を絞り取れるだけ絞り取ろうと決めていた。


「では、私もこれで失礼させていただきます」

「ラティス君、何か用事でもあるのですかな?」

「ええ、大事な用事が、出来ましたので」


 爽やかな笑みを浮かべ、ラティスは会議室を出る。

 彼と入れ替わりで、伝令の兵が入室。


「オルダ様、魔王様。捕縛した襲撃犯が目を覚ましました」

「おぉ、意識が戻ったか。ではオルダ殿。さっそく尋問と参ろうか」

「え、……っと。私はここに残りますぞ。代わりに兵を付けましょう。何かあったら、すぐに呼んでくだされ」


 今のマリエールに足りないのは、何よりも情報だ。

 人の良さそうなオルダは尋問と聞いただけで怯んでしまったため、魔王は彼の部下と共に地下牢へ向かった。




 ○○○




 医務室の天井をじっと見上げながら、リースの胸の中に渦巻く後悔の念。

 守ると言ったのに、守れなかった。

 クロエが命がけで守ったヘルメルを、目の前で敵に奪われ、何も出来なかった。


「どうしてあの時、追いかけられなかったの……? 痛みで身体が動かなかった?」


 違う。

 あの程度の痛みで立ち上がれなくなるほど、やわな鍛え方はしていない。

 だったらどうして。

 まさか、クロエと良い雰囲気になっていた彼女に嫉妬して——。


「違う、違う、違う!」


 必死に否定しても、心の中に黒い感情があることだけは確かだった。

 もしも本心からヘルメルのことを思っていれば、たとえ体が千切れようとも動けたはずだ。


「違う……、私はそんな弱い人間じゃ、ない……っ」


 何がメアリスのような姫騎士になる、だ。

 嫉妬心で他国の要人を危険に晒して、守ると誓っておきながらむざむざと敵に奪われて。


「違……、私、わたしは……っ」


 心の中の自分の声が、自分を責め立てる。

 耳を塞いでも、布団を頭から被っても、我が身を掻き抱いても、声は止まってはくれない。

 ズキズキと胸が痛み、涙が勝手に溢れ出る。


「嫌、もう嫌……、助けて、クロエ……っ」


 胸が張り裂けそうな思いの中で、大切な人の名前を呼んだ、その時。


「リース、いる……?」


 ゆっくりと医務室の扉が開いた。

 控えめに自分の名を呼んだ声。

 聞き間違えるはずもない、今一番会いたかった、けれど一番会いたくなかった少女の声。


「クロ、エ……?」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔で布団から顔を出したリース。

 いつも勝気なお姫様の今まで見たこともない顔に、クロエは血相を変えて駆け寄った。


「リース、大丈夫!? お腹刺されたって聞いたけど、まだ痛むの!?」

「違うの、そうじゃ、ないの……。怪我はもう、大丈夫なんだ、けど……っ」


 嗚咽混じりのリースの返事に、クロエはあたふたするばかり。


「クロエは、どうしてここに……?」


 彼女は研究所に籠って、腕輪の解析に明け暮れていたはずだ。

 こんなところに来る暇は、無いはずなのに。


「リースが刺されたって聞いたのに、研究なんてしてらんないよ! ここに運び込まれたって聞いて急いで来たんだけど……」


 大事な研究を、中断させてしまった。

 その上自分が泣いているせいで、クロエにこんな辛そうな表情を。

 どこまで迷惑をかければ気が済むんだ。

 自分を責める心の声が、一層激しくなる。

 胸の部分の寝巻をギュッと掴み、リースは何度も首を横に振る。


「ど、どうしたの、痛むの? やっぱり怪我、まだ治ってないんじゃ……」

「違うの。そうだけど、痛いんだけど、怪我のせいじゃなくて……っ、心が、痛いの……っ」

「リース……?」

「助けて、助けてクロエ、助けてよぉ……」


 傍らで心配そうに見つめるクロエ。

 甘えてはいけない、そう思いつつも、このままでは心が壊れてしまいそうで。

 弱いリースも見せて欲しいと、彼女は言ってくれた。

 だったらこんな情けない自分も、彼女は受け止めてくれるのだろうか。


「……辛いんだね。いいよ、リース。ボクの前では強がらなくてもいいから」


 そっと、抱きしめられた。

 クロエの胸に顔を埋め、温もりを全身に感じて、安心感と情けなさと自己嫌悪と、様々な感情がごちゃまぜになる。


「クロエ、クロ、エっ、うぁ、うあああぁあぁぁぁぁああぁぁんっ!!」


 リースは、声を上げて泣いた。

 物心付いた時から涙を見せなかった彼女が、初めて人前で涙を見せて、泣きわめく。

 クロエはただ、リースが泣き止むまで彼女の背中を撫で、優しく抱きしめ続けた。




 声が枯れるまで泣き、嗚咽を繰り返し、リースはようやく泣き止んだ。


「落ち着いた?」

「……ええ、ごめんなさい。こんな情けない姿を見せて、幻滅したわよね」

「そんなことないって。むしろ嬉しいかも」


 嬉しい、その言葉の真意が掴めず、リースはクロエの胸から顔を上げる。

 つなぎの胸元が涙でぐっしょりと濡れていて、汚してしまった申し訳なさと、こんなに泣いたのかという恥ずかしさが同時に込み上げた。


「……嬉しいって、どうして?」

「だってさ、リースがこんな姿を見せてくれるの、きっとボクだけでしょ? そう考えるとちょっと優越感が——ってナニ言ってんだ! 忘れて!」


 うっかり本音が飛び出してしまい、顔を赤らめて慌てるクロエ。

 そんな彼女の様子に、リースは思わず噴き出してしまう。


「ふふっ、クロエったら、なに慌ててるのよ」

「……リース、やっと笑ってくれた」

「えっ……?」

「今まで、ずっと辛そうな顔してたから。笑ってくれて、ちょっと安心したよ」


 言われて始めて、笑ったことに気がついた。

 クロエのおかげで、心に余裕が出てきたらしい。


「……ね、よければ聞かせてくれるかい? なんであんなに辛そうにしてたのか。あ、無理にとは言わないよ! 言いたくなかったら、勿論言わなくていいから!」

「優しいわよね、クロエって。でも、あなたの優しさにいつまでも甘える訳にはいかないから。お願い、聞いて」


 リースはゆっくりと、自分の気持ちを語り始めた。

 自分の中の黒い感情を。

 本当はヘルメルを助けられたんじゃないか、わざと手を抜いたんじゃないか。

 クロエと仲良くする彼女に、嫉妬心を抱いていたから、こんな結果になってしまったんじゃないのだろうか。

 話している間にも涙がこぼれそうになってしまう。

 それでも耐えて、最後までしっかりと伝えきった。


「……心の声がね、責め立ててくるの。本当はヘルメルさんを救えたんじゃないかって」

「リース……」

「今度こそ幻滅した? これが私の本音よ。ヘルメルさんなんていなくなればいいって、心のどこかで思ってた証拠よ」

「……違うよ」


 再びリースを抱き寄せる。


「そんなこと思ってたら、心が痛んだりしない。あんな風に泣いたりしないよ。リースは必死にヘルメルさんを守ろうとした。だからそんなに自分を責めないでよ」

「でも……、私、何も出来なかった……」

「お腹刺されてすぐ動ける人なんていないし、ましてやリースはお姫様だよ? 追い掛けようとしただけ、凄いことだよ」

「けど、私がもっとちゃんとしていれば……」

「……怪我、もういいんだよね」


 体を離して、クロエは真剣な眼差しで問い掛けた。


「え? ええ、私のリバイブで、傷は完治している。体調は万全よ」

「じゃあさ、行こうよ。ボクと二人で、ヘルメルさんを助けに行こう」

「行くって……」


 思わぬ提案に目を丸くし、問い返すリース。

 確かに敵は封印を解きに神殿に来るだろう。

 だが、一国の王女が神殿の警備に果たして駆り出されるものなのか。


「大丈夫、リースは強いんだし! 不覚を取った相手にリベンジしてさ、ヘルメルさんも取り戻して、それで万事解決! 簡単じゃん!」

「か、簡単……」


 しれっと言ってのけた。

 確かに言うだけなら簡単だが。


「あははっ、もう、クロエったら。何アホっ子みたいなこと言ってんのよ」

「へへへ、なんかソラに似てきたかな、ボク」

「止めてよね、あの子を見習うのは。……でも、ありがとう。お陰で踏ん切りがついた」


 表情に、普段の勝気さが戻った。

 リースはベッドから起き上がり、寝巻を脱ぎ捨てて、インナーに着替え、鎧を身に付ける。

 リースが着替えている間、クロエは黙って後ろを向いていた。

 最後に剣を腰に佩き、盾を背中に背負う。


「さ、行くわよ。まずはオルダ様とラティス様に許可をいただかないとね!」

「うん!」


 凛々しい姫騎士の姿が戻ってきたことに、クロエは安堵の一息。

 マントをなびかせて悠々と評議塔の廊下を行くリースの背中を見つめるうち、冷静になったクロエはふと、思い当たる。


 ——あれ、ヘルメルさんにやきもち妬いたって、それってつまりリースは、ボクのことを……?


 頭に過ぎった、あまりに自分に都合の良い可能性。

 クロエはブンブンと頭を振って、否定する。

 そんな都合の良い話があるわけない、きっと親友が奪われそうになった嫉妬心だ、そうに違いない。

 そう自分に言い聞かせながらも、胸の鼓動は高鳴り、顔が勝手にニヤケていった。




ごめんなさい、新作に多くの時間を割いてストックが厳しくなってきました。

今後も通常通りの更新をする予定ですが、長期のお休みを頂くかもしれません。

エタることだけは絶対にしないので、どうかご理解下さい。

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