015 またもや抗えなかった、心の弱い私です
一夜明けて、ここは冒険者ギルド。
朝から町中を探し回った三人だったが、結局メイドは影も形も無く、とうとう昼になってしまった。
貸切状態の広い空間を贅沢に使いつつ、彼女達は昼食をとっている。
「結局見つかりませんでしたね、アウスさん」
「だねぇ。もうこの辺りにはいないのかな」
「主君にこのような手間をかけさせるとは、家臣としてあるまじき事ぞ」
ギルドに来た理由は昼食ともう一つ、トライドラゴニスの素材を受け取るため。
もうじきヴェラ達による解体と運び出しが終わり、このギルドに戻ってくる。
大皿に盛られた、ベーコン付きの山盛りの芋を食べながら、ソラはのんびり待っていた。
「うま! ベーコン揚げまーるうまっ! セリムは食べないの? こんなにおいしいのに」
「結構です、私は別の物を注文しようと思っているので、お構いなく」
「ソラよ、その食物はこの余ですら見た記憶が無い。もしや、滅多に口に出来ぬ絶品なのか」
「違いますよ、タダのジャンクフードですよ……」
王宮の食事にこのような代物が出て来た瞬間、料理長は職を失うだろう。
「おいしいよ、マリちゃんも食べてみる?」
「良いのか。では遠慮なくいただくとしよう」
「王宮育ちのマリエールさんのお口には合わないと思いますけど」
興味津々のマリエールは、串に揚げたマール芋を刺して大きく口を開けた。
「あー……ぱぐっ。んむんむ、こ、これは……! なんという美味……!」
「えー……」
「でしょでしょ! どんどんいっちゃっていいよ」
「うむ、この味は、王宮のどんな料理にも勝っておる! なんと素晴らしい味だ! んむんむんむ……」
揚げまーるの味に感動する魔王に、信じられない物を見た気分になるセリム。
だが、大変おいしそうに食べ進めるマリエールの幸せそうな顔に、その味を知っている彼女が我慢できるはずもなく。
「……ごくり。わ、私も一つだけいただきますね。そう、一つだけ。絶対に一つだけで済ませます」
誰よりも自分に言い聞かせながら、串を手にとってブスリといく。
口元に寄せると、ほんのりと肉の香り。
思わず唾を飲み込み、セリムはそれを頬張った。
「——ッ! この味、通常の揚げまーるとは違う!」
衣に埋め込まれたベーコンの酸味、それだけではこの味の違いは説明できない。
ほくほくの芋に混ざった小さな粒を噛むたびに、口の中に広がる香ばしい酸味。
「これは……、衣に練り込まれているベーコンチップですか。これが衣の味を変えて……!」
甘みを重視したレギュラー揚げまーるとは一味も二味も違う。
違うが、これはこれで素晴らしい物だ。
芋の甘みをベーコンの酸味が引き立て、絶妙なハーモニーをかもし出す。
この味はこれで完成している、岩塩をふりかける必要すら無い。
もはやセリムに歯止めは効かなかった。
「らめれふ、止まりまへん、わたひ、もうどうれもいいれふっ」
次々と串を刺し、揚げた芋を口の中へ。
セリムはまたしても、その味の誘惑に屈した。
かくして、山盛りの芋は三人の少女の胃に全て納められ、テーブルの上に残ったのは串と白い皿のみ。
「ごちそーさま。やっぱり揚げまーるは最高だね。マリちゃんもそう思うでしょ」
「余は満足である。このような馳走、かつて味わったことは無い」
大満足のソラとマリエール、対してセリムは頭を抱えている。
「私はアホです、アホの子です。意志薄弱です、メンタル弱すぎですぅ……」
「セリム、あんまり気にし過ぎると太るよ?」
「ふとっ……!」
太る、の言葉に大ショックを受けて硬直するセリム。
一緒にいる内に、ソラは彼女の弱点に薄々気が付いてきた。
メンタル面に弱い部分が多々あるように見える。
「面倒な女子である。美味い物を食してなにが悪いのか」
マリエールが呆れた顔でセリムを見ていると、彼女の後方にある扉が開いた。
入って来たのはヴェラ達三人組。
建物内を見回すと、セリム達三人の存在にすぐに気付く。
「嬢ちゃんたち、良かった、ここにいたのかい。探す手間が省けたよ。ちょっとこっち来な」
「ヴェラさん、怪我はもう大丈夫なの?」
手招きするヴェラに、一足先にソラが駆け寄る。
少し遅れてセリムとマリエールも入り口へ。
「あぁ、嬢ちゃんの薬は大した代物だよ。昨日の内にすっかりピンピンさ」
「それは良かったです。ところで、その荷台ですが……」
ギルドの入り口前に停めてある荷車。
その上に載せられている物は、鋭い角や爪牙、灰色の鱗など、体のごく一部だけ。
「ああ、三つ首ヤローの解体、実はまだ済んじゃいないんだ。だけど目ぼしい素材は持ってきたから、好きなだけ持っていっておくれ」
「好きなだけかー。どうする、セリム」
セリムは荷台を覗きこみながら、使える素材を吟味していく。
「そうですね、まず鱗は鎧の素材に使えますが——」
「鎧なら間に合ってるよ」
着用したブレストプレートをカンカン叩きながら、ソラが答える。
「ですよね。次に大きな角、これは剣を削り出したり、突撃槍の素材に使えますけど……」
「剣ならすっごく強いのがあるから」
「ミスリルの剣がある以上これも不要、となると……。決まりですね。爪と牙、貰っていきます」
荷台の中から取り出した爪と牙を、セリムはポーチに突っ込んだ。
「爪と牙は何に使えるの?」
「基本的には首飾りなどの装飾品ですが、創造術を使えば特殊なアイテムを作れるんです」
「それじゃ、残りの素材は遠慮なくあたいたちが貰っていくよ。こんな上物の素材が手に入るなんて、全くついてるね」
「姐さん、あたしたちにも分けてくれますよね?」
「鱗、鎧素材、欲しいッス」
「あんたら、あたいがそんなみみっちい女だと思ってるのかい! まったく仕方ない弟子だねぇ」
自分たちもおこぼれにあずかれると知って、新米二人は大喜びだ。
いつの間にか出てきていたガドムが、残った荷物をギルドの中へ運び込んでいく。
「そいじゃ、残ったもんは一時的にウチで預かるぜ。それにしてもよ、もっと欲出してもいいんじゃねえの?」
「報酬はたっぷり貰ったし、あたしらはこれで十分。ねっ、セリム」
「はい。それでは少々名残惜しいですが、私達はそろそろ行きますね」
「余のメイドも探さねばならぬからな。あやつはどこをほっつき歩いておるのやら」
素材の受け取りも終了し、この町での用事は全て済んだ。
次の町へ向けて、旅立ちの時だ。
「もう行くのかい。あんた達には本当に世話になったよ。またいつか会える時を楽しみにしてるよ」
「うん、そん時はあたし、びっくりするくらい強くなってるから」
「お世話になりました、ヴェラさん、お弟子さんたちに、ガドムさんも」
「おう、達者でな。あんたらの旅の無事を祈ってるぜ」
「まったねーっ!」
セリムはペコリと一礼してから前を向き、ソラはいつまでも後ろにブンブンと手を振りながら、マリエールはあまり興味無さげに従者を探しつつ。
三人は王都のある東の方角へ、街道へと続く通りを歩き去っていく。
彼女達の姿が見えなくなるまで、ヴェラたち四人は名残惜しげに見送った。
「行っちまったな」
「あぁ、行っちまったね。あの剣士の嬢ちゃん、ありゃビッグになるよ。あたいの見る目は確かなんだ」
「つまり姐さん、あたしたちも見どころがあって弟子にしてるんですね!?」
「うす、姐さんが見込んだ私達も、ビッグに……」
「バカ言ってんじゃないよ。それより解体がまだなんだ、腐っちまう前に終わらせるよ!」
「あぁ、姐さん、待ってくださいよぉ〜」
ガドムの手によって空になった荷車を引き、ヴェラはコロド山へと足早に向かう。
その口元を、ほんの少しだけ緩めながら。
○○○
三つの首を飛ばされ、鱗を剥がされ、肉と皮だけとなった飛竜。
あとは肉を切り出せば解体完了、肉は食用に、骨は建築物などの各種素材に利用できる。
「さぁ、張り切っていくよ、あんたたち」
「うす、姐さ…………」
「どうした、ヒザリィ。急に黙りこんだりして」
突然に絶句してしまった弟子に、ヴェラは訝しげな顔を向ける。
「あ、姐さん、後ろ、後ろ見てくだせぇ……」
「あぁん、後ろぉ?」
震えながら指をさすライテ。
その視線を追って振り返ったヴェラは、思わず言葉を失う。
飛竜の亡骸が、ピクピクと動いているのだ。
完全に絶命しているはずの、トライドラゴニスの死骸が。
「な、なんだい、ありゃ……」
それはやがて横向きに立ちあがると、音を立てて引っくり返った。
天に腹を向けた状態に変わった死骸は、もはやピクリとも動かない。
同時に、ヴェラは死骸が動いた理由を理解した。
「誰か……、いる……」
ヴェラ達の死角となる方向から、何者かが素手でひっくり返したのだ。
どうして、なんのために、そもそもあんな巨大な肉の塊を、どれ程の力で。
様々な疑問が渦を巻き、ヴェラは混乱の中にいる。
「この下にもいませんわ。いったいどこにいらっしゃるのかしら」
人影は口を開く。
どこか壊れかけたような淡々とした口調で。
緊張感から口の中が渇き、ゴクリとヴェラの喉が鳴る。
その瞬間、“彼女”は壊れた人形のようにカクン、と首をこちらに向けた。
「ひっ……」
明確に抱く恐怖。
銀色の髪が肩まで伸びた、そのメイド服の女性の顔つきは、とても正気とは思えなかった。
背後にいる弟子たちも、恐怖に打ち震えて一歩も動けない。
まるで蛇に睨まれたカエル。
視線を前に戻すと、すでに彼女の姿は飛竜の向こう側には無かった。
ではどこか、答えはヴェラのすぐ目の前。
吐息がかかる程の至近距離で、彼女は黄色い目を見開いてヴェラの顔を覗き込んでいた。
思わず出そうになった悲鳴を、なんとか押し殺す。
「あ、あんたは……」
「やっと人に出会えましたわ。もし、わたくしとっても可愛らしい女の子を探していますの。知っていたら教えてくださいますか」
物腰こそ丁寧、だが明確に感じる殺気。
返答によっては、次の瞬間にも首と胴体は離れ離れになってしまうだろう。
「お、女の子ってのは……、黒いマントの、小さな女の子、かい……」
「そうですそうです、知っておられるのですか、それは良かったですわ。で、一体どこにいるのでしょう? ——教えてくださいますわよねぇ」
最後に目を見開いての、有無を言わさぬ問い掛け。
明らかに危険人物、彼女達の情報を教えていいのか。
だが、恐怖のただ中に在る今のヴェラは、何よりも自分の命が惜しかった。
「よ、鎧姿の剣士の少女と、青い服の、マントを着けた少女と一緒にいる……。コロドの町を出て、王都の方向へ……」
「あら、あらあら。そうだったのですか。ごめんなさい、てっきりあなたが連れ去ったものかと。ご協力感謝しますわ」
「あ、ああ……」
メイドの女性がにこやかにほほ笑むと、その刹那、突風が吹き荒れた。
吹き荒ぶ風に閉じた目を開けると、もう彼女の姿はどこにも見えない、気配も感じられない。
死の恐怖から解放されたヴェラは、荒く息を吐きながら膝から崩れ落ちた。
○○○
コロドを出てしばらく、のどかな街道が延々と続く。
大手を振って先頭を歩くソラは、手を広げて後ろ向きに歩きながらセリムに質問を投げる。
「セリム、次の目的地はどこなのさ」
「ここから東にあるノルディン教の聖地、カルーザスですね。王都はまだまだ遠いですよ」
「そっかー、あたしとしては正直なところ、王都に着かなくてもいいんだけどねー」
ソラが王都に行きたがらない理由を、セリムは知らない。
彼女に隠し事をされている。
その事実を、セリムは寂しく思ってしまう。
まだ私は全てを話せない程度の存在でしかないのですか。
まだ全幅の信頼を得られていないのですか。
私はこんなにもソラさんのことを想っているのに。
そこまで思考を広げて、セリムは自分に待ったをかける。
「いやいや、ちょっと待ってください。なんですか、こんなにも想っているって。おかしいですよね。これじゃあまるで私がソラさんのことを……」
「おぉっ!? ……なんだ、唐突に独り言なぞ。頭でも打ったのか」
突然一人でブツブツ呟きだしたセリムに、マリエールは軽く仰け反った。
「あり得ませんあり得ません。そんなの絶対にあり得ないです……。——ッ! ソラさん! こちらに跳んでください、早く!」
セリムが感じ取ったのは、強烈な殺気。
ソラはセリムに従い、彼女の方向へと飛び退いた。
そのコンマ数秒後、ソラのいた場所の地面を衝撃が砕く。
飛び込んで来た何者かの攻撃。
舞い上がる砂塵により、その姿の目視は出来ない。
「のわっとと。何これ、もしかしてマリちゃんの言ってた敵!?」
「ソラさん、マリエールさんと一緒に出来るだけ離れてください」
「なんでさ、あたしも戦うよ?」
「駄目です。おそらく今のソラさんの実力では……一瞬で殺されます」
砂煙の中、人影は誰にも聞こえない声の大きさでぽつりと呟く。
「見つけた」と。