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146 強襲、奇襲、大ピンチです

 リースは正直なところ、ヘルメルという少女が好きではなかった。

 クロエが危険な目に遭う原因を作り、あまつさえ彼女に惚れているような態度を見せて。

 非常に面白くない。

 面白くないが、同時に彼女の気持ちも痛いほど理解出来た。

 クロエほど素敵な女の子に命を懸けて守られたのだ、好きになって当然。

 だから、同じ相手を好きになった者同士——。


 ——あれ? 私、クロエのこと……?


 妙な考えが脳裏を過ぎったが、今は緊急時。

 すぐさま頭を切り替え、敵の動向に集中する。



「今度は二人? ずいぶん見くびられたもんずら」


 空中から魔王主従を見下ろしながら、ラギアは杖の先端をマリエールに向けた。


「ライジャ!」


 杖から迸る雷が三匹の蛇をかたどり、雷光を纏いながらマリエールに目がけて殺到する。


「させませんわ!」


 アウスはすぐさまトルネードウォールを主人の前面に展開。

 三本の雷は暴風の壁に阻まれ、あえなく散るかと思われた。

 が、防壁に激突する直前、三匹の蛇は一つに束ねられ、一つの巨大な大蛇へと変貌する。


「まずい……、お嬢様っ!」


 危機を察知したアウスが主君を押し倒すように庇った刹那、雷の大蛇がそのアギトで防壁を食い破った。

 絶大な威力の雷がアウスの背中をわずかに掠め、その全身に電撃が走る。


「あぐううぅぅぅっ!!」

「アウスっ!!」

「な、なんてことありませんわ、この程度……!」


 痺れる身体に無理を強いて、アウスは立ち上がる。


「あの程度の防壁で、あての雷を防ごうなんざぁ笑止だべ。へそで茶が湧くずら」

「意趣返し、ですか。根に持つタイプのようですわね。……ならば、こんなところに無理やり連れて来られたのも、根に持っているのでは?」

「……っ! お前、どこまで知ってるだ」

「さあ、どこまででしょう」


 アウスは不敵な笑みを浮かべて見せる。

 当然ながら、彼女がどんな経緯で連れて来られたのか、アウスは何も知らない。

 しかし、彼女のカマ掛けは、ラギアの表情に明らかな変化をもたらした。


「……アウス、お主何を」

「申し訳御座いません、魔王様。わたくし、あなた様に隠し事をしていましたわ」

「……良い、深いわけがあるのだろう。余に構わず、思うようにするがいい」

「さすがの器量に御座います」


 蛇腹剣を鞭状に変化させると、エンチャントを発動させ、風の魔力を刀身に纏う。

 そのまま得物を二、三度振るい、真空の刃を上空の敵へと飛ばす。


「こんなすっとろい攻撃……」

「ラギアさん、あなたも本当は、現状に不満を抱いているのではなくて?」


 攻撃の手を緩めぬまま、アウスはラギアに問う。

 心理的揺さぶりをかけ、あわよくば敵の情報を引き出すために。


「不満なんか抱かんずら! あては選ばれたんだ。生贄になった凡人とは違う、神に選ばれた戦士なんだっ!」

「生贄……?」


 反撃は仕掛けず、ひたすらにアウスの攻撃をかわし続けながら、彼女はそんな言葉を口走った。

 生贄を求めるような神、彼女たちが崇めている神とは、まさか邪神なのでは。


「お前たちとは違う、アイツらとも違う。あて達は特別ずら、だから……」


 回避運動を繰り返していたラギアが、突如として動きを止める。

 その杖には膨大な雷の魔力がチャージされ、魔法石から溢れ出て火花をスパークさせていた。


「だから、この力も……!」

「……っ! お嬢様、大技が来ますわ!」


 攻撃を中断させるため、アウスは何度も真空の刃を飛ばす。

 しかし溢れ出る魔力が雷の防壁となって攻撃を掻き消し、ラギアへは届かない。


「ダメです、お嬢様! お逃げください!」

「もう間に合わぬ! それよりもアウス、余の側へ! 早く!」


 ラギアの雷の魔力は、もはや破裂寸前にまで膨れ上がっている。

 従者が傍らに駆け込むと、魔王は土の魔力を生成し、自らの周囲を砂塵で覆うと、すかさず水魔法を発動。


「グランドプロテクション!!」


 二人をドーム状に覆う、濡れた土の防壁が生成された。

 ウエットサンドと呼ばれる、水を含むと硬化する砂の魔法を水で固めた鉄壁の防御壁。

 マリエールが防備を固めた次の瞬間。


「タケミカヅチ!!!」


 ドシャアアアアアァァァァァァァン!!!!


 耳をつんざくような轟音と共に、極太の雷撃が魔王主従に向けて放たれた。

 目が眩むほどの稲光によって周囲は閃光に包まれ、リースはこの時、視覚も聴覚も封じられる。


「今ずら、キリカ!」

「了解、任務を遂行する」


 雷鳴にリースが動きを止められた瞬間、何者かの鋭い蹴りが彼女の体を吹き飛ばした。


「あぐっ!」


 蹴り飛ばされたリースの体は建物の外壁に叩きつけられ、異常を察知した兵士が、眩む視界の中で応戦しようとする。

 だが、襲撃者である銀髪の少女の力は圧倒的。

 護衛の兵士は成す術も無く、少女が手首に嵌めた手甲剣によってたおされていく。

 護衛を全て仕留めると、彼女はラティスとオルダには目もくれず、ヘルメルを担ぎあげた。


「確保完了。これより逃走する」

「リースさん! 皆さん!」

「く……、ヘルメル、さん……!」


 腰骨を強打しながらも、リースはなんとか身体を起こす。

 このタイミングでの襲撃、間違いなく最初から仕組まれていたもの。

 あの大技はマリエールたちを仕留めるためではなく、ヘルメルを拐う隙を作るために。


「行かせられない、任されたんだもの……!」


 強いて身体を起こし、剣を握って、リースは敵に挑みかかった。


「……邪魔が入った。迎撃行動に入る」

「ヘルメルさん、今助けるから!」


 肩にヘルメルを担いでいる以上、迂闊に魔砲撃は使えない。

 右手に握った両刃剣で、鋭い薙ぎを繰り出す。


「遅い」


 その刃が敵の体に届くよりも早く、手甲剣の突きがリースの腹部に突き刺さった。


「が……っ!」

「リースさん!? 嫌、いやぁっ!」


 刃が引き抜かれると、リースは膝から崩れ落ちる。

 ヘルメルは目に大粒の涙を浮かべ、肩に担がれながらも両手足をバタつかせて抵抗を試みるが、


「静かにしてて」


 首筋に手刀を浴びせられ、


「あぅ……っ、リース、さ……っ」


 意識を刈り取られた。

 ぐったりとしたヘルメルを肩に担ぎ直し、キリカは素早くその場を後にする。

 彼女が去ったあとに残ったのは、腰を抜かしたオルダと兵士たちの死体、そして表情を一切変えないままのラティスだった。


「あ、あわっ、ラティス君、どうしてそんなに落ち着いて……。ヘルメル君がさらわれちゃいましたぞ。それにリース様まで……」

「う、くっ……、リバイ、ブ……」

「おぉ、リース様! 生きておられましたか!」


 リースは傷口に手を当て、回復魔法で自らを治療しながら身を起こす。

 その視界の先には、ヘルメルを担ぎ、屋根を飛び渡っていく敵の小さな後ろ姿。

 それもすぐに見えなくなる。

 守れなかった、何も出来なかった。

 悔しさに打ち震え、自分の無力さに苛まれ。

 リースは奥歯を噛み締め、握り拳を血がにじむほど握りしめた。



 極大の雷を防ぎきった土のドームが崩れ去った。

 内部のマリエールたちは無傷だったが、彼女たち二人もすぐに今の攻撃の真意を知ることとなる。


「作戦成功ずら。ヘルメルはあてらの手に落ちたべ、ザマーミロだわさ」

「完全にしてやられましたわ。……戦略的敗北、ですわね」

「ってことで、あては……。あれ? この後、あては?」


 彼女たちが授かった神託は、ここまで。

 ラギアが大技を放ち、生じた隙を逃さずキリカがヘルメルをさらう。

 そこで終わりだ。


「あてはこの後……どうしたらいいずら?」

「逃げられる、だなんて思わぬことだな」

「あなただけは逃がしませんわ。絶対にとっ捕まってもらいます」

「あて……、あては……」


 彼女の心の支え、それは神託だ。

 絶対的な存在により下される神託、それに盲目的に従い、その間は何も考えずに済む。

 だからこそ、彼女は堂々と敵陣の真っ只中に姿を晒すことが出来、その自信も揺らぐことはなかった。


「神託は……、神様、あてはどうしたら……」


 その支えが無くなった時、彼女は脆い。


「逃げっ、逃げるずらっ!」


 ラギアは、その場から逃げ出した。

 無策に、なんの勝算も無いままに、ただ島の北部を目指して飛んでいく。


「逃がしませんわ。お嬢様、わたくしの背中に!」

「うむ!」


 アウスは背中にマリエールをおぶさると、ラギアを追って屋根へと飛び乗り、屋根伝いに追跡を開始する。


「このまま隠れ家まで案内してもらうのもいいですが、さすがに見失ってしまいますわよね」

「ここで仕留めるが最善! ロックブラスト!」


 土の魔力が魔王の周囲に石つぶてを生み出し、彼女が杖を振るうと同時、ラギアに殺到する。


「捕まるつもりは、ないずらー!」


 迫り来る無数の石つぶて。

 ラギアはそのわずかな隙間を縫うように飛び、土魔法の弾幕は彼女に掠りもしない。


「やはり早いな」

「持続してあの速度は出せないようですけどね。あの動きを封じない限り、捉えることは出来ないでしょう」


 あの速度を常に出せるのならば、とっくにこちらを撒いて逃げおおせている。

 全速力での移動が可能なのは恐らく一瞬だけ、それもごく短い距離だ。

 ずっとこちらの全力疾走程度の速度で目の前を飛び続けているのは、そんな理由だろう。


「……で、何か策はあるのだろうか」


 反撃に撃ち出される雷蛇をひらりとかわしながら、アウスは首を捻る。


「重くすれば、いいんじゃないでしょうか」

「お、お主……」


 優雅に微笑みながら答えて見せた従者に若干呆れつつも、


「……いや、アリかもしれんな」


 魔王はすぐに思い直した。

 先ほど用いたアレを、攻撃に転用すれば。


「アウスよ、ごにょごにょ……」

「あっ、お嬢様の吐息が、いいっ」


 従者の耳元に顔を寄せ、作戦を伝える。

 メイドは主君の吐息に悶絶しているが、おそらく、きっと、多分作戦は伝わったはずだ。


「よし、ではやるぞ!」

「仰せのままに」


 まずはアウスが大気の流れを操作する。

 敵に気付かれないよう、非常に緩やかな風の流れを、マリエールの杖から敵の周囲まで作り、さらに敵の翼を気流が取り巻くように。

 続いて、マリエールが土魔法を発動。

 生み出すのは極めて小さな砂の粒。

 これも敵に気取られないよう、少しずつ風の流れに乗せて、飛ばしていく。


「あー、もう! しつこいずら! いつまでついてくるつもりだべ!」

「勿論、あなたを捕まえるまでですわ」

「鬱陶しいずら、もう堪忍ならんべ!」


 いつまでも追い続けてくるメイドにとうとう痺れを切らし、ラギアはその場に停止する。

 振り切れないと判断したのだろう、この場で決着を付ける覚悟を決めたようだ。


「てめえら二人、この場で消し炭ずら!」


 雷の魔力が杖に結集し、先ほどのタケミカヅチと同等のエネルギーがチャージされていく。


「今度はさっきのとは違うべ。光と音のこけおどしじゃねえ、正真正銘の奥の手ずら!」


 ラギアの背後に、雷で造られた竜が姿を現した。

 莫大なエネルギーを圧縮したその一撃は、ひとたび放たれれば二人を消し飛ばすだけでは飽き足らず、眼下の街をも火の海に変えるだろう。


「ライジンリュウ、こいつでフィナーレずら!」


 杖を天高く振りかざし、発射の体勢に入った瞬間。

 ラギアの鼻先に、ポツリと雨粒が落ちた。


「……雨? じゃ、ない」


 彼女の眼下、街中に張り巡らされた水路の一つ。

 その水面に暴風が渦を巻き、水を上空高くに巻き上げている。


「何を企んでいようが、もう遅いず——」


 構わずトドメの一撃を放とうとした彼女の体が、突然にバランスを崩す。


「らっ!?」


 翼が重い、真っ直ぐに飛べない。

 集中が途切れ、溜めた魔力は霧散。

 大技は掻き消えてしまう。


「なん、これっ、一体何をしたずら!」

「あら、わたくしたちに聞くよりも、ご自分の目で確かめてみては?」

「ぐっ……、これは……!」


 自分の翼を確認した彼女は、驚きに目を見開いた。

 飛翔の要たる翼が、大量の重い泥にまみれてしまっている。


「こんなもの、いつの間に……!」


 先刻マリエールが飛ばした砂は、先ほど防御魔法に用いたウエットサンド。

 濡れると極端に重さを増し、体積を膨らませるこの砂を、アウスの操る気流がラギアの翼に満遍なく降り掛けた。

 そして、街の至るところにある水路から水を巻き上げれば。


「飛べ、ない……!」

「これで詰み、ですわね」


 重さによってバランスを崩し、徐々に高度を下げていくラギア。

 もはや彼女に俊敏な動きは不可能。

 アウスは彼女に目がけて跳び上がり、蛇腹剣を連結させて一閃を振り抜いた。


 狙いは左腕の腕輪。

 物理的な衝撃に弱いというクロエの報告通り、アウスの一撃で腕輪は、そこに収まった黒い宝珠は粉々に砕け散る。


「いやああぁぁぁっ!! 神様の、神様の力がぁっ!!!」


 悲鳴に近い絶叫を上げながら、ラギアの翼が縮み、肌の色も徐々に赤から白へと戻っていく。


「こんなもの、神様の力でもなんでもない。お主は利用されておるだけだ」

「嘘だ、そんなの! 神様は、あてを選んでくれたずら!」

「目を覚ませ!」

「魔王様、問答ならば少々頭を冷やさせた後にいたしましょう」


 ゴッ!


 涙目で狂乱する少女の頭を、アウスは剣の柄で一切の容赦なくぶん殴る。

 途端に彼女は意識を手放し、同時に元通りの魔族の姿へと戻った。

 倒したラギアを小脇に抱え、魔王を背負い、アウスは軽やかに路地裏へと着地する。


「片付きましたわね、魔王様」

「うむ……、しかしヘルメルが拐われてしまったぞ。これは少々、いや、かなりまずいのではないか」



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