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145 リースさん、泣き出しそうな声でした

 数日後、マリエールとリースの到着を祝うパレードが催された。

 列の先頭をレムライア軍の音楽隊がドラムとファンファーレで彩り、その後ろにマリエールとリース、そして三元老。

 大陸からやってきた二大国の要人が、三人の国家元首と共にレムリウスの中央通りを歩き、民衆に手を振って回る。

 五人の後ろにはセリムとソラ、アウスが護衛として張り付き、レムライアの兵士たちが続く。

 華やかなパレードの中、セリムが気がかりなのは敵の襲撃。

 標的がヘルメルならば、今この瞬間にも狙って来るかもしれない。

 そして何より、敵が例の人身売買と関係している可能性をアウスから聞かされては。


「……気になりますね」

「何が? お腹回り?」

「殴りますよ」


 デリカシーの無さ過ぎるソラの発言にイラつきながらも、セリムは周囲の警戒を怠らない。

 これほどの人ごみでは、向けられた敵意を感じ取るのは困難だが、攻撃は目で追える。

 見逃さないようしっかりと気を引き締める。


「それにしてもクロエ、結局一度も塔に戻ってきてないね。パレードにも顔出さないし。よっぽど解析に夢中になってるんだろうな」

「頼もしいですよね。クロエさんならあの腕輪から、きっと手掛かりを掴んでくれますよ」


 セリムたちが観光から戻り、事態が動いたことを知ったあの日から、クロエの顔は一度も見ていない。

 研究施設に籠って腕輪の解析に夢中になっている彼女の様子が、容易に目に浮かぶ。

 余談ではあるが、一人っきりで過ごすこととなったお姫様の機嫌はすこぶる悪い。

 今は絵に描いたような営業スマイルで民衆に手を振っているが、先ほどまでは酷い仏頂面であった。


「でもさ、クロエって一人で敵をやっつけたんだよね? お姫様もケガ治療するの大変だったでしょ」

「……私、治療してない」


 ソラの疑問に対し、笑顔を崩さないままに低い声で答えるリース。


「へ? じゃあ無傷で勝っちゃったの!?」

「そんなはずないじゃない。現にクロエの服、ボロボロで血も付いてた。でも、私には何も教えてくれなかった。何ともなかった風に笑って。それが、凄く嫌で、寂しかった……」


 民衆に向ける笑顔を、果たして崩さずにいられただろうか。


「リースさん……」


 見えないところで死ぬような怪我を負っていたかもしれない。

 一つ間違えたら本当に死んでしまっていたかもしれないのに、彼女は何も教えてくれなかった。

 寂しさと無力感と、ほんの少しの憤り。

 全てを心の奥底に押し込めて、リースは笑顔で手を振り続けた。



 パレードが続く中、大通りの屋根の上に三人の人影が姿を現す。

 その身のこなしは俊敏、明らかに常人のそれではなく、全員が左手首に金の腕輪を嵌めている。


「いる、ヘルメル。やっぱギガンテラ、お告げの通りにやられたんだ」

「神様の言うこと疑ってたべ!? 神託は絶対だに、疑うなんてもっての他ずら!」


 無感情な銀髪ショートカットの少女の発言に、赤茶髪の少女が猛然と突っかかる。


「黙れ。我らは神託通りに事を進めればいいのだ。神様の指示通り、ここで襲撃をかけてヘルメルを連れ去る。注意すべきはグレーの髪の女、ヤツは俺が引き付ける。あとはお前たち二人で、手筈通りヘルメルを連れ去れ」

「お前が命令すんなべ! 神様の命令以外は聞かんずら!」


 訛りの強い赤茶髪の少女は、神託を絶対視しているらしい。

 しかし、黒髪の青年が口にした内容は、全て神託により『神様』から下された指示である。

 そこは理解しているらしく、二人の少女は指示通りに、通りの向かい側にある家屋の屋根へとそれぞれ移動した。


「……では、やるぞ」


 痺れ薬を塗った投げナイフを取り出した青年は、ヘルメルの二の腕を目がけて投げつける。


「——っ! ヘルメルさんっ!」


 飛来する投げナイフにまず、セリムが反応した。

 彼女はすぐさま射線上に飛び出し、鉄鉱石を投擲してナイフを撃墜。

 同時に投げたもう一つの鉄鉱石が、襲撃者へと飛び進む。

 青年はすぐさま身を引くが、鉄鉱石は軌道を曲げて屋根の上を水平に飛行、彼を目がけて突き進んでいく。

 この一瞬で、セリムは絶対投擲インペカブル・シュートを発動していた。

 太ももに命中し、男は転倒する。


「ぐっ……」


 一瞬の攻防の後、撃墜された投げナイフがカラン、と音を立てて地面に落ちた。

 数拍遅れて、襲撃が起きたと理解する三元老の面々と兵士、そして観衆たち。

 パニックを起こした群衆が悲鳴を上げ、兵士たちが三人の周囲を囲んで壁となる。


「皆さん、私は今の襲撃者を追います!」

「セリム、あたしも一緒に行く。セリム一人じゃ、きっと人間相手に戦えないから」

「ソラさん……、はい、お願いします。皆さん、後は頼みました!」


 リースと魔王主従にこの場を任せて、セリムとソラは屋根の上へと跳び上がった。

 まず見えたのは、転倒から起き上がって屋根を飛び渡っていく男の姿。


「見えました。頭に鉄鉱石ブチ当てて、気絶させてお終いです!」


 ポーチから鉄鉱石を取り出した瞬間、敵は屋根を飛び下り視界から消える。

 視認範囲外になってしまったため、絶対投擲インペカブル・シュートが使用出来ない。

 視界にあるモノにしか狙いを定められない、この弱点を敵は熟知している。


「やっぱり、ホースの差し金……?」


 ともかく、路地に入られては厄介だ。

 気配を辿れば追い掛けるのは容易だが、絶対投擲インペカブル・シュートを当てられない。

 周囲の被害を考慮すれば、メテオボムなど論外だ。


「どうにかして捕まえないと……!」


 屋根を飛び下りたセリムとソラは、男の気配を追って路地を走る。


「……ねえ、セリム。戦いになったらさ、アイツのこと、殺せる?」

「そ、それは……、無理、だと思います。でも、殺さずに捕縛した方がいいでしょう?」

「多分なんだけどね、今のセリムは人間相手だと、面と向かって倒そうとしただけでダメになっちゃうと思う」

「さすがにそんなことは……」


 あり得ないとは言い切れない。

 ホース、ハンス、あの二人との戦いの結末は、未だに根深いトラウマとして心に刺さったままだ。


「あたしは斬るよ」

「え?」

「セリムのためなら、あたしは斬れる。だから、戦いはあたしに任せて。セリムはのんびり後方支援しててよ」




 ○○○




 襲撃者を追って屋根の上に消えて行った二人を見送ると、この場を任されたリースは軽くため息をつく。


「頼んだって……。私、一応守られる立場のはずじゃない?」

「確かにそうではあるが、実際に強いのだ。戦える以上仕方あるまい」

「嫌だとは言ってないわよ。むしろ、姫騎士として血が騒ぐわ。海の向こうにまで武名を轟かせられるなんてね」


 兵士の誘導に従って民衆はこの場を離れ、三元老は固まって兵士の警護を受けている。

 襲撃者はセリムたちが追っていった一人だけか、他にも隠れているのか。

 リースたちはそれぞれに背中を預け、全周囲の気配を探るが、何も感知出来ない。

 張り詰めた空気の中、突如として屋根の上から赤茶髪の少女が飛び出し、杖を振りかざした。


「これでも食らうずらーっ!」


 独特の訛りと共に、蛇をかたどった雷魔法がマリエールたちに迫る。

 しかしこの奇襲は、アウスの展開した竜巻の壁に打ち消され、失敗に終わった。


「ずらっ!? なんでーっ!!」

「あの程度の雷でわたくしのトルネードウォールを貫こうなど、笑止にございます」


 悔しさを露わにしながら着地した少女。

 彼女が発した言葉の訛りも、やはりアイワムズの北部にあるノータモナのもの。

 マリエールは表情を険しくしながら問いただす。


「お主、ノータモナの者だな。どうやってこの国に来たのだ。答えてもらおう」

「答えるわけねーべ。バカこくでねえずら」

「……そうか。ならばお主を捕らえて力づくで聞き出すとしよう」


 マリエールの言葉を合図に、三人はそれぞれに武器を構える。

 同時に周囲を取り囲む兵士たちが、遠巻きながらも槍の穂先を揃えて敵に向けた。


「この人数とおりになれるおつもりでしたのなら、少々自惚れが過ぎて御座いますわね」

「自惚れ? そんなこたぁねーずら。人数が多けりゃ多いだけ、あての力は発揮されるんだべ!」


 絶対的に不利なはずのこの状況下で、少女は不敵な笑いを浮かべながら左手を掲げた。

 手の甲に紋章が浮かび上がり、腕輪の宝珠から発生した黒いもやを吸いこんでいく。

 少女の体は赤黒く変色し、額からは角が、背中からは一対の巨大な肉の翼が生えた。


「やっぱりあなたも、怪物化の力を……!」

「怪物じゃねーずら、神様の力ずら!」


 翼を羽ばたかせ、彼女は空中へと飛び上がる。

 垂直に浮かび上がり、地上十メートルほどでホバリングすると、杖を掲げて魔力を漲らせた。

 杖の先端に輝く黄色の魔法石から火花が散り、リースは危機を察知する。


「兵士のみんな、今すぐここを離れて!」


 王女の叫びがこだました瞬間。


「ミカヅチッ!!」


 杖の先端から、雷撃が迸った。

 眼下のレムライア兵へと閃光が次々に降り注ぎ、成す術もなく蹴散らされていく。

 全方位への多人数同時攻撃。

 半数の兵が雷撃に焼かれて戦闘不能となり、もう半数が命からがら攻撃範囲の外へと逃れた。

 作戦第一段階、包囲の瓦解・完了。

 ニヤリと口元を歪め、してやったりの表情を大笑いで覆い隠す。


「あーっはっはっは、どうだべ、見ただか? これが神様の力、神様から授かったあての力ずら!」

「あんなにいた兵士が、一撃で蹴散らされた……!」

「多人数を苦にしない戦闘スタイル、なるほど。道理で堂々と姿を見せた訳です」

「さあ、次はお前らずら! 大人しくヘルメルを差し出すのなら、命だけは助けてやらんこともないんだべ?」

「どっかで聞いたような、安っぽいセリフを……」


 ため息交じりに一歩前へ、リースが進み出た。

 彼女は遥か上空の敵に向けて、右手をかざし、その掌に魔力を溜めながら語りかける。


「私はリース・プリシエラ・ディ・アーカリア。アーカリア王国第三王女よ」

「は? いきなりなに言ってんずら?」

「あんたも名前、名乗りなさいって言ってんの。それが礼儀ってものでしょうが」

「名前聞いてくるとか、ギガンテラの脳足りんみたいずら。あてはラギア、これで満足だか?」


 渋々ながらも名乗ったラギアに、リースはニッコリと微笑む。


「ええ、満足よ。私が倒した相手が名無しさんじゃ、締まらないものね」

「……殺すずら」

「死ぬのはあんたよ! フォトン……っ、ブラスターッ!!」


 極太の魔力砲撃が、上空へ向けて撃ち出された。

 ラギアが奇襲を仕掛けたあの瞬間から、密かにチャージし続けていた最強の切り札。

 まともに受ければ塵一つ残らないだろう、リースの最強魔法だ。


「……ふん」


 ラギアの姿が、霞んだ。

 一瞬の後、彼女の姿は五メートルほど離れた場所に現れる。

 ブラスターは彼女を捉えられず、雲を突き破って虚しく消滅した。


「今の速度……!」


 リースの背筋を戦慄が走る。

 この敵の速度は、未だかつて見たことも無いレベル。

 下手をすればセリムの全力にすら匹敵するのではないか。


「すっとろくてあくびが出そうずら」

「今度は……、外さない!」


 速射性に優れるシューターを、何度も上空に向けて発射する。

 だが敵は文字通りあくび混じりに、魔砲撃の連射を軽々とかわし続ける。


「もうよせ、リース王女。これ以上続けても魔力が無駄になるだけだ」

「魔王様……」

「あの速度、尋常ではありませんわ。どうにかして動きを封じない限り、捉えるのは不可能でしょうね」

「……ええ、そうね。その通りだわ。ごめんなさい、ちょっと焦り過ぎてたみたい」


 魔王主従の言葉で、リースは冷静さを取り戻した。

 攻撃の手を止め、右手をゆっくりと下げる。


「もしかしたら、まだ他に敵がいるかもしれん。リース王女は三元老の護衛に付いてくれ」

「あの敵は、わたくしにお任せ下さいませ」

「わたくし、ではないだろう。この場は、余とアウスに任せておけ」

「……二人共、ごめんなさい。お願いするわ」


 今のリースは冷静さを欠いている。

 クロエのことで頭がいっぱいで、クロエを苦しめたギガンテラという男の仲間を前に、ムキになってしまっている。

 そのことはリース自身も自覚していた。

 彼女は三元老の下へとすぐさま駆け寄る。


「おぉ、リース様。今すぐこの場を離れましょう!」


 ガタイが良いにも関わらず、青ざめた様子のオルダが早口で捲し立てる。


「さきほどの敵の攻撃を見たでしょう! こんなところにいては当たってしまう!」

「落ち着いて、オルダ様。大丈夫、敵の狙いはヘルメルさんなのだから、こちらに攻撃は飛んでこないはずよ。彼女を殺してしまっては元も子もないでしょう?」

「う、うむ……」

「下手に動いて、ヘルメルさんから離れる方が危険だわ」


 リースに諭され、オルダはなんとか落ち着きを取り戻した。

 一方のラティスは、冷静に状況を見定めているようだ。

 眉ひとつ動かさず、汗の一粒すらかいていない。

 この状況下では、いっそ不自然なほどに。


「あ、あの、リース様……」

「ヘルメルさん……」


 あの日以来、彼女とは気まずいままだ。

 クロエが大怪我をしてしまったかもしれない、下手をすれば命を落としていたかもしれない。

 その責任は無くても、原因は彼女にある。

 そう考えてしまうと歯止めは利かず、口げんかのような言い合いをしてしまった。


「ごめんなさい……、私のせいで……。クロエ様のことも、今回のことも、みんな私が……」

「それ以上は言わないで」


 ピシャリと遮るような、少し強い口調の後。

 リースは勝気な表情で、彼女に微笑んだ。


「今度は私が、あなたを守るから」



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