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144 いつか刺されないか心配だって、ソラに言われたんだけど

 マリエールの発言に、その場は水を打ったように静まり返った。

 しばしの静寂の後、沈黙を破ったのはオルダ。


「敵がアイワムズの出身……。魔王殿、間違いありませぬかな?」

「間違いない。あのような訛りは我が国の北部、ノータモナにしか見られぬ」

「と、なると。どうやって我が国に侵入したのか……。外洋の荒波を越えてここに辿り着くには、大型の船が必要なはずです……」

「ラティス殿にも分からぬならば、余は見当も付かぬな」


 大陸から海を越えてレムライアへ向かう手段は、輸送船に相乗りする以外に存在しない。

 通常の船では速力が足らず、食糧も十分には積載出来ず、外洋の荒波にも耐えられない。

 二人の知恵者にも魔王にも、輸送船への密航程度しか思い浮かばないようだが、この手段は現実的ではない。

 頭を悩ませる主君の傍らで、ただ一人アウスだけは、真相に気付いていた。


「……まさか」


 ノータモナ地方。

 あの辺りは年間を通して気温も低く、高山が連なり、小さな農村が点在する土地。

 アイワムズの中でも特に人口密度の薄い、人をさらうにはおあつらえ向きの環境だ。


「人身売買……。ならばその被害者……?」


 五十年前、レムライアへと送られていた魔族。

 どのくらいの期間、何年前まで続いていたかは定かではないが、もしもギガンテラがその拉致被害者だとすれば全てのつじつまが合う。

 だとしても何のために。

 人間を魔物化するための実験材料として都合が良い、そんなところか?

 とは言え、考えても憶測ばかりで答えは出ない。

 マリエールは人身売買については何も知らず、他に知っているのはセリムのみ。

 街に出てしまった彼女が戻ってくるまで、アウスは考察を一旦保留にした。


「魔王様、皆さま方。その件に関してはまだ材料が足りませんわ。それよりもこの、クロエ様が持ち帰ったもう一つの証拠を調べるが先決かと」

「む、そうであるな」


 アウスの進言により、マリエールたちは考えを止め、テーブルに置かれた金の腕輪に注目が注がれる。


「クロエ様……、私、あの腕輪が恐ろしくてなりません……!」


 ヘルメルは怯えの色を見せながら、クロエの腕を抱き寄せ、寄り掛かりつつ体を強く押し付ける。


「わっと! 大丈夫、腕輪が襲ってきたりするわけじゃないから」

「でも、人を怪物に変えたんですよ……?」

「んー、あれも話を聞くに、腕輪の効果というよりは……」


 手の甲の紋章が光り、そこから腕輪の石が輝いて怪物に姿を変えた。

 ヘルメルのこの証言が正確ならば、おそらく。


「多分この腕輪、石の部分に魔素を溜めこんでいるんだと思う」

「魔素を……ですか?」

「そう。人を魔物に変えるのは、多分あの紋章の力だ。ブロッケンも危険地帯で紋章を使って、直接地面から魔素を吸い上げて怪物になったって聞いてるし」


 そこから先は憶測でしか無いが、この石には恐らく大量の魔素が凝縮されている。

 魔素を携帯し、危険地帯以外でも怪物化出来るように。

 この魔素を溜めた鉱石を調べれば、何か分かるかもしれない。


「さすがです、クロエ様。とっても頭の良い方なのですね!」

「いやいや、それ程でも……」


 ピッタリと寄り添い、顔も近いヘルメル。

 クロエは若干の照れを浮かべつつ、曖昧に笑って見せる。

 その隣で愛しのお姫様が鬼のような形相を浮かべているとは露知らず。


「クロエ様。その腕輪、私に預けてくれませんか?」

「ラティスさんに、ですか?」

「ええ、その腕輪を調べる心当たりがありまして」

「本当ですか? 是非お願いします!」


 ラティスの申し出をクロエが断る理由もなく、二つ返事で快諾。


「では、腕輪を私に」

「あ、ちょっと待ってください。ボクも一緒に腕輪を調べたいんですけど、構いませんか?」

「……あなたも、ですか?」


 にこやかな顔から一転、ラティスは訝しげな顔を浮かべる。


「大変失礼ながら、我が国の研究施設にあなたが行ったとして、足手まといにならない保証は——」

「ラティス様。クロエの技術、知識量ならば、この私が保証しますわ」


 彼の言葉を遮ったのは、勿論リース。

 クロエのことを一番よく知っているのは自分だ、とアピールしつつ、これ見よがしにヘルメルを一瞥する。


「ほう、保証ですか」

「ええ。なにせこのクロエ、伝説の金属アダマンタイトを独力で剣へと鍛え上げた実績の持ち主。世界広しと言えど、これほどの実績を持つ者が他にどれほどいるかしら」

「な、なんと、あのアダマンタイトを……!」

「ほほう、それはそれは」

「クロエ様、本当に凄い方だったのですね! とっても素敵です!」


 驚く事実を告げられ、三元老の面々はそれぞれに驚きを覗かせる。

 思わず立ち上がるラティス。

 温和な顔を崩さぬまま、ただ頬に一筋の汗を垂らすオルダ。

 そしてヘルメルは、もはや瞳にハートマークまで浮かべている。


「……えっと、ヘルメル様? そろそろクロエから離れて下さらないかしら?」

「どうしてです? 別に良いではありませんか。クロエ様はあなたの家臣でも、ましてや奴隷でもないのでしょう?」

「い、言うに事欠いて奴隷……っ! いいこと!? クロエは私の親友なの! 今日会ったばかりのあなたなんかよりずっと付き合いも長いし——」

「あ、あの……、ラティスさん。早速その施設に案内して下さい……」

「う、承りました……」


 どうしてこうなってしまったのか。

 バチバチと火花を散らす、アーカリア王国第三王女とレムライア三元老の一角。

 二人の間からスルリとすり抜け、クロエはラティスと共に静かに退室した。




 ○○○




 ラティスに連れられてやって来たのはレムリウス郊外にある立派な邸宅。

 外観はやはり、角の無い丸みを帯びた白い壁と同じく丸い青色の屋根。

 非常に奇妙だが、これがこの国での常識である。

 門を叩くと、すぐさま使用人が出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました、ラティス様。本日はどのようなご用件で?」

「こちらのクロエ様を、例の施設に案内して下さい。身元は私が保証します」

「畏まりました。では、どうぞこちらへ」


 三元老である彼の許可が必要とは、よほど機密に満ちた施設なのだろうか。

 ラティスと別れ、使用人に続いて緊張の面持ちで中に入る。

 屋敷の内装も、やはり塔の内部のような丸みを帯びた奇妙なもの。

 床に絨毯を敷き、壁に装飾品を飾る文化はこの国にもあるようだが、やはり落ち着かない。

 使用人に案内され、クロエが通された一室にはなぜか何もない。

 絨毯が敷かれ、テーブルが置いてあるだけの寂しい部屋だった。


「あ、あれ? ここって本当に研究施設なんですか?」

「ええ、間違い御座いません」


 使用人はテーブルをどかし、絨毯をめくる。

 そして床についた凹型の取っ手を、力いっぱいに引き上げた。

 隠されていた下り階段が、その姿を露わにする。


「研究施設はこの下です。どうぞお気を付けて」


 如何にも秘密の場所、といった感じの隠し方に、クロエは密かに胸を高鳴らせる。

 使用人は階段の側で後ろ手に腕を組み、クロエが下りて行くのをにこやかに待っている。


「えっと……。じゃあ、行ってきますね」


 ついて来ないのを少々意外に思いつつ、不安混じりに階段を降りていく。

 わずかな魔力照明が心もとなく照らす薄暗い階段を数メートル下ると、すぐに広々とした空間に出た。

 部屋の中には様々な計器が並び、棚の中には見覚えのあるアイテムや初めて見るアイテムがズラリ。

 中心に鎮座するひと際大きな計器に、白衣を着た黒髪の少女が向かって立っていた。

 この広い室内には、どうやら彼女一人だけしかいないようだ。


「あ、あのー……」

「えひゃいっ!?」


 誰かに声をかけられるとは夢にも思わなかったのだろう。

 可哀想なくらい狼狽した声と共に全身をビクッと跳ねさせると、少女はこちらを振り向いた。

 彼女の髪型は黒髪のボブカット、眼鏡の奥の瞳は明らかに狼狽し、涙ぐんでいる始末。


「え、え、え、あなた誰ですか? どうしてここを知っているんですか? どうやってここに入ったんですか? 何しにここへ——」

「待って待って落ち着いて。一つずつ話すから深呼吸深呼吸……」


 パニックに陥った彼女を宥めつつ、クロエはひとまず自己紹介。


「ボクはクロエ・スタンフィード。魔王さんと一緒に海を渡ってここまで来たんだ」

「あ……、魔王様と一緒に来た人、ですか……。良かったぁ、怪しい人じゃないんですね……」

「そうそう。それでね、ボク、ラティスさんに案内されてここまで——」


 一通りの事情を説明し終えると、ようやく少女は落ち着きを取り戻した。


「ふぅ。大体の事情は把握しました。その腕輪、徹底的に調べ上げてやればいいんですね!」


 腕をまくって鼻息荒く張り切って見せる彼女は、例によって魔族だが、人間年齢でいうなら同年代。

 クロエとしても、かなり気楽に接せられる。


「頼むよ、ボクも色々手伝うからさ。……えーっと、キミは」

「……あ。まだ名乗ってませんでしたね」


 これはうっかり、と呟きながらぺロリと舌を出し、彼女は胸を張って堂々と名乗りを上げる。


「私はプラテア・トルフィーン! 十二名家の一つ、トルフィーン家の三元老候補にして、この魔導アイテム研究所の所長をしている者です!」

「お、おぉ……、キミ、十二名家の人だったんだ」


 意外な事実に驚きつつ、もう一つ彼女が口にした単語も気になった。


「魔導アイテム研究所って?」

「魔力石や魔石を用いて、新しいアイテムの開発にいそしむ国家的プロジェクトですっ! 研究員は私、総勢一名!」

「こ、国家的プロジェクトで、キミ一人……?」

「う、うぅ……、でもほら、施設は立派でしょう!」


 痛いところを突かれたプラテアは、苦し紛れに周囲を次々と指さす。

 確かに設置されている設備の質は本物。

 クロエですら見たことのない装置も多い。


「……うん、確かに設備は整ってるね。でも、それなら尚更研究員がキミ一人だなんておかしくない?」

「全くもってその通りなんですけどね……。十年前、三元老が今の体制に代わってから人員削減されちゃって。長年成果を出せてないからー、とかで」

「それで、キミ一人に?」

「そうなんですよ……。しかもこんな屋敷の地下の隠し部屋に無理やり研究所を移されて……。でも私、腐ったりしません! たとえ一人だろうと、必ずや大発明を成し遂げて、ラティスさんをぎゃふんと言わせてみせますよ!」


 どうやら彼女、この逆境に折れるどころか燃えたぎっているらしい。

 そしてもう一つ、どうやらプロジェクトを縮小したのはラティスのようだ。


「……分かるよ、その気持ち。同じ何かを作る者として、その気持ちすっごく分かる!」

「クロエさん……!」

「プラテア……!」


 似た者同士のシンパシーを感じ、物造りに魂を捧げた二人は両手をがっちりと握り合う。


「やりましょう、二人で! 誰も見たことのない魔導アイテムを作りましょう!」

「うんっ! ……いや、違う。うっかり流されそうになった」


 魔導アイテム発明は非常に興味を引かれるが、目的はあくまでも腕輪の調査。

 冷静になったクロエはポケットから腕輪を引っ張り出し、彼女に見せる。


「これ。これを調べて貰いに来たんだ。忙しそうなところ悪いけどさ、ボクも一緒に調べるから」

「なるほどなるほど、それがさっき言ってた腕輪ですね!」


 腕輪を受け取ったプラテアは、懐からおもむろに小型ドリルを取り出した。

 チュイィィィィン、という甲高い音に耳を塞ぎつつ、慌てて止めに入るクロエ。


「ちょ、ちょっと待って、何する気!? いきなり壊しにかからないでよ!」

「やだなぁ、さすがにいきなり壊そうとしたりしないですよ。魔砲撃を食らってもビクともしなかったってクロエさんの話が本当かどうか、表面をチョチョイとやって確かめるだけです」

「そ、そういうことならまぁ……。で、それになんの意味が?」

「まあ、見ててくださいよ」


 回転する小型ドリルの先端が金の腕輪に触れた瞬間、触れた部分が一瞬で削られた。

 ドリルを急停止させたプラテアは、ドヤ顔を浮かべる。


「これでまず、はっきりしましたね。この腕輪に用いられている金属、魔力由来の衝撃には滅法強く、物理的な衝撃には案外脆い、と!」

「なるほど……、ちょっとだけ削れたんだけど」

「そこはまぁ、必要経費ってことで」


 クロエのエレメンタルバーストで傷つかなかった理由は、硬度ではなく魔力耐性によるものだった。

 早速この金属の特性を突き止めてしまった彼女の腕前……というよりは思いきりの良さ。

 慎重な自分とは真逆な性格だが、真逆だからこそ見えて来るものもあるだろう。


「じゃ、次はスキャンをかけますよ!」

「スキャン……? スキャンってアイテム使いの魔法の、スキャニングみたいな?」

「アイテム使い……? なんですか、それ」

「……海の向こうでもドマイナー、と」


 レンズやライトが多数ついた装置の台座に腕輪を乗せたプラテアは、魔力ウインドウを呼び出して何やら操作する。

 するとライトが光を発し、様々な方向に角度を変えながら腕輪を照らし始めた。


「こうやって腕輪の構造や成分を分析するんです。これがスキャン!」

「へぇ、興味深いね」


 プラテアの顔の前に展開された魔力ウィンドウに、次々と情報が映し出されていく。

 クロエはプラテアの肩から身を乗り出して頬を押し合いながら、流れていくデータを夢中になって眺める。


「なるほどね、やっぱり成分は魔素が多いんだ」

「あ、あの……、クロエさん……」

「ん、なに?」

「なんでも……、ありません」


 吐息がかかるほど間近な距離。

 クロエの整った顔と人懐っこい笑顔に、プラテアの胸は何故だか高鳴った。



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