142 ソラがいたら、喜んで代わってくれただろうね
「クロエって言うだかぁ、覚えただ。これで遠慮なく殺せるだな」
互いに自己紹介を済ませて満足したのか、ギガンテラは杭打ち機状の右手をブンブンと振り回し、腰を落として戦闘態勢に入る。
「あーもう、簡単に殺されてたまるかっての……!」
何でこんな奴と戦うハメに。
戦闘はボクの得意分野じゃないのに。
ヘルメルの手前、そんな文句は胸の奥に仕舞い込んでドリルランスの穂先を敵に向ける。
可能なら今すぐソラ辺りと代わってやりたいところだが、交代はおろか救援すら望めない現状。
なんとしても目の前の敵を倒さなければ、海神の神子は敵の手に渡り、自分も生きて帰れない。
圧倒的に不利な状況だが、万に一つの勝ち目を手繰り寄せるために腹を括る。
「ひとまず、相手がどの程度の力量か、だよね」
勝ち目がある程度の力量差なのか、それとも絶望的な程に実力が離れているのか。
先ほどの逃走劇を見る限り、敏捷性はそれほど高くはないはずだ。
クロエはドリルランスのボタンを押しながら柄を上下にスライドさせ、突撃槍を左右に分割した。
穂先がスライドしてアームガードに変わり、鋭い刃がそれぞれ飛び出して二本の手槍となる。
「ドリルランス・ダブルスピアモード!」
威力は高いが取り回しの悪いドリルモードよりも、まずはこれで。
左に炎のカートリッジ、右に氷のカートリッジを手早く挿入し、クロエは敵との間合いを詰めにかかる。
ただし懐に飛び込むのは危険、まずは距離を取ってリーチを活かし——。
「おわっ!」
三メートルほどに距離を詰めた瞬間、目の前に大きく開いた掌が迫る。
クロエの顔面を鷲掴みにしようと伸ばした、ギガンテラの左手だ。
咄嗟に身体を傾けて掴みを回避し、すれ違いざまに脇腹を深く斬りつけると、すぐさま背中側へと走り抜ける。
「んあぁっ、捕まんねだか。思ったよかやるだべ」
「こいつ……!」
想定以上に素早く、リーチのある掴み。
あの手に捕まったが最後、右腕の強烈な一撃を無防備な身体に叩き込まれてお終いだ。
脇腹に与えた傷は瞬時に塞がり、斬られた瞬間も、怯むどころか痛がるそぶりすら見せなかった。
まるで痛覚そのものが無いかのように。
細かい攻撃でダメージを積み重ねるのは不可能。
強烈な一撃を急所に叩き込み、一気に決着をつけなければ。
「距離を詰めて戦うのは危険、か」
「なぁにをぶつぶつ言ってるだか。来ねぇんならこっちからいぐべぇ」
当然ながら敵も棒立ちで待っていてはくれず、その巨体に見合わぬスピードで一気に距離を詰める。
瞬く間にクロエに肉薄した巨漢が、その右手の鉄槌を横薙ぎに振り抜く。
ブオォォォンッ!!
大質量の凶器が眼前を掠め、巻き起こる風で後ろに吹き飛ばされる。
「うあっ……!」
「隙あり、だンなぁ」
膝をついたクロエに迫る、ギガンテラの魔手。
クロエは左の槍のボタンを押し、バーニアに火を入れ、すぐさま点火。
バーニアの推進力によって背後に飛び、敵の攻撃範囲から強引に逃れた。
「まぁた逃げただか。その武器、おんもすれぇなぁ」
「あっぶなっ……」
やはり距離を詰められては勝ち目がない。
再びこちらに走り込んでくるギガンテラから距離を取りつつ、クロエは右手に握った槍の形態を更に組み替える。
柄からトリガーを引き出しつつボタンの一つを押すと、先端の刃が引っ込み、代わりに小型の砲身が顔を出した。
「ガンナーモード! 新たに組み込んだカラクリの一つだけど、誰も聞いちゃいないか……」
ヘルメルは隅の方で震えながら戦いの成り行きを見守り、目の前の男は何を考えているのかもわかりゃしない。
ソラが居れば興味津々で尋ねてくれただろうが。
ともあれ、あの右腕の一撃は脅威。
一撃でもまともに受ければ戦闘不能、下手をすれば即死だろう。
「んだども、今度は逃がさねぇ」
走り込むギガンテラに対し、クロエはその場を動かず右手の銃身を向け、ゆっくりと、確実に狙いを定める。
そして五メートルの距離にまで近寄った瞬間、冷静に引き金を引いた。
撃ち出された青色の魔力弾が、敵の左足に着弾。
「な、なんだべぇ!?」
痛みに動じないはずのギガンテラが、動揺から動きを止めた。
彼が感じたのは痛い、ではなく冷たい。
魔力弾が着弾した部位が、氷に包まれている。
「まだまだっ!」
動きを止めた敵の下半身に、クロエは次々と冷気の弾丸を浴びせかける。
着弾した場所が氷に包まれ、みるみる内に敵の下半身は氷漬けになった。
「こいつぁ、すっげぇ手品だなぁ!」
動きを封じられたにも関わらず、ギガンテラは余裕の表情。
だが、拘束を抜けだそうとしないのならば、それはそれで好都合。
魔力を使い果たした氷のカートリッジを放り捨て、雷のカートリッジをセット。
さらに二つの槍を一つに合体させ、ドリルランスモードへと変形させる。
「こいつで……っ」
穂先を敵に向け、回転機巧を作動。
バーニアに点火し、高速で突進を仕掛ける。
「終わりだあぁぁぁぁぁッ!!!」
魔物の堅牢な甲殻をも穿つドリルが、敵の分厚い胸板の中心を穿ち、抉り抜いていく。
さすがに凄まじい防御力、中々筋肉の壁を貫けないが、もはや時間の問題。
このまま心臓をもブチ抜き、向こう側に飛び出せば。
「んだぁ、終わりだべぇ」
「——え?」
胸のど真ん中をドリルで抉られているはず。
それなのに。
敵は全く痛みを感じていなかった。
眉ひとつ動かすことなく、懐に飛び込んで来たクロエの頭を鷲掴みにする。
「う、うそだろ、だって、胸を抉られてるのに……」
「まあまあ頑張った方だな」
左手で頭を掴んで持ち上げ、右腕の杭打ちハンマーを腹部に密着。
クロエはドリルランスをがむしゃらに振り、回転する穂先で斬り付けるが、そのような攻撃では蚊に刺されたほどのダメージすら与えられず、傷も瞬時に塞がる。
「じゃ、さよならだべ」
ズドォォォォォン!!
「が——っ」
右手の骨が手首のパーツを前方へと打ち出し、大質量の打撃が超高速で腹部に直撃した。
口から血を吐き散らし、力なくだらりと垂れ下がるクロエの四肢。
「あ……、ああ……っ」
それは、ヘルメルがつい先刻目にした光景と瓜二つだった。
自分を守るために、死ななくてもいい人が次々と殺されていく。
耐えがたい現実を前に、彼女は意識を手放すことすら出来ず、ただただ震えながら大粒の涙を流す。
「やぁっと片付いただな。えーっと……、なんて名前だっただか? ま、いいべ。それでは、さようなら」
ペコリとお辞儀をすると、クロエの体を無造作に放り捨てる。
ドサリ。
草地に倒れ込んだクロエは、ピクリとも動かない。
「んじゃ、さっさと行くべや。こっからだと大体二時間ぐらいかかっかんな、あの場所は」
クロエにはもはや目もくれず、目的であるヘルメルへと近寄っていくギガンテラ。
彼の耳障りな声を聞きながら、クロエは何とか意識を保っていた。
叫び悶える余裕すら無い程の、凄まじい激痛が全身を苛む。
身体がバラバラに吹き飛んだと錯覚するほどの、体中が痺れ、呼吸すら困難な苦しみの中で、彼女はここまでの攻撃を受けて即死しなかった自分のレベルに驚きと、そして少々の恨みを抱いた。
耐えきれなければ、こんな想像を絶する苦しみを味あわなくても良かったのに、と。
「……なんて、げぼっ! 弱音吐いて、いられないよね……、へへっ……!」
「ク、クロエ様……!」
痛みに耐え、血反吐を吐き、震える足を強いてクロエは立ち上がる。
驚きと困惑、そして喜びが複雑に入り混じったヘルメルの表情に、ギガンテラは怪訝な顔で振り向いた。
「あぁん? なんだぁ? おめえ、まだ死んでながったんだかぁ」
「残念だったね、へへっ……! クロエさんには夢があるから、こんなところじゃ死ねないのさ……、げほっ、がはっ」
「言うても死に損ないだべぇ。もう一回ズドンてやるまでもねぇだな」
「そ、れは……っ、どうかな……!」
確かに満身創痍、もう敵の攻撃をかわすことすら困難な上、敵は無類のタフさを誇り、更には怪物じみた再生能力。
一見して勝ち目はゼロに見えるが、まだ切り札は残されている。
リースのフォトンブラスターをヒントに作り出した、ドリルランス改の新たな最終機巧が。
クロエはドリルランスの柄をスライドさせ、その中に隠されていたボタンを押した。
ガシャコン、と音を立てて飛び出した五つのカートリッジスロット。
その一つに、懐から取り出した雷のカートリッジをセットする。
「へっ、へへっ、まず一つ……」
ニヤリと笑うクロエの横っ面を、ギガンテラの左拳が殴り抜けた。
「あぐっ!」
「さっさと死ぬだよ、俺も急いでんだからな」
殴り倒されながらも、続いて風のカートリッジを取り出し、なんとかセットする。
「これで二つ目……! おぐっ、あがっ! ごぼっ、げほげほっ!!」
しかし次の瞬間、腹部に二発、強烈な蹴りを叩き込まれる。
先ほど破滅的な一撃を食らった場所に更なる追撃を受け、クロエはまたも吐血した。
恐らく肋骨が数本折れ、内臓にも多大なダメージが行っているだろう。
気を失いそうな痛みの中、歯を食いしばって意識を保ち、土のカートリッジをポケットから取り出す。
「さっきから何やってんだべ、コイツ」
「さぁて……っ、なんでしょうね……っ!」
震える腕が言うことを聞かず、取り落としそうになりながらも、三個目のカートリッジをスロットに差し込む。
「なんか気に入らねえ態度だなぁ。まぁだ勝てるとでも思ってるだか?」
大男はその左手でまたもクロエの頭を鷲掴みにし、無理やりに立ち上がらせた。
もう一度あの攻撃を食らえば、一巻の終わり。
右手を腹部に押し当てようとした敵に、クロエは小馬鹿にしたような口調で問い掛ける。
「あれ? 死に損ないにはそれ……、やるまでもなかったんじゃ、げほっ……! なかったのかい……?」
それは賭けだ。
この挑発に逆上し、怒りに任せてあの一撃を繰り出されれば全ては終わる。
この知性が低そうな男にもプライドがあると信じ、そのプライドをくすぐる賭け。
「……それもそうだなぁ。俺としてもあれ、腕輪の魔素を大量に消費するし、そう何度も打ちたくねぇだ」
賭けは成功した。
しかも重要そうな情報までも引き出せた。
敵はクロエの頭を解放すると、左腕で拳を握り、彼女の顔面を殴り飛ばす。
「うぐぁっ!」
吹き飛ばされて転がりながら、赤色のカートリッジを取り出してはめ込む。
これであと一つ。
「さぁて、そろそろトドメといくだか。コイツで頭を思いっきり叩き潰して、お終いだぁ」
ブンブンと右腕を振り回しながら、倒れ込む満身創痍のクロエへと近づくギガンテラ。
たとえ射出機能を使わずとも、あの質量を頭部に叩き込まれれば間違いなく即死。
その前に最後の一つを。
しかし、痛みで思うように身体が動かない。
最後の一つ、氷のカートリッジを持つ手が震え、取り落としてしまった。
「やめて!!」
その時、戦場に叫び声が響く。
声の主はヘルメル。
ギガンテラは足を止め、面倒臭そうに振り向いた。
「もう、やめてください……! 狙いは私なのでしょう……? なら、私を連れていけば済む話じゃありませんか! お願いです、ついて行きますから、どうかその人を殺さないで……」
このままでは、クロエが殺されてしまう。
自分のために誰かが傷つき、死んでいく様を見るのは、彼女には耐えがたい苦痛だった。
自らの身を差し出す代わりに、クロエの命を救うよう懇願する。
「……んだなぁ、確かに俺の目的はあんたぁ連れ去ることずらぁ」
「では……!」
「でもダメだぁ。そいつは見逃せねぇ」
「なっ、何故ですかっ!!」
一瞬だけ見えた希望を即座に打ち砕かれ、ヘルメルは叫び混じりに問い掛ける。
「俺への神託はもう一つあんだぁ。目撃者は全員消さなきゃなんねぇ。てな訳でよ、ちぃと面倒くせぇがそいつも殺さにゃなんねぇべ」
「そん……な……っ!」
「コイツの頭潰したらあんたぁ連れてくけぇ、それまで大人しく待ってるだよ」
絶望の中、膝から崩れ落ちるヘルメル。
ギガンテラは踵を返し、再びクロエへと歩を進めていく。
「待たせただなぁ。死ぬ準備ぃ、出来ただかぁ?」
「……あぁ、出来たよ。あんたが話してる間に、やっと出来た。げほっ、準備、完了だ」
彼の問いに対し、クロエはそう答え、地面に大の字に横たわった。
「往生際が良いだなぁ。そういうヤツぁ嫌いじゃぁねぇだよ。んなら、さよならだぁ」
仰向けに横たわったクロエの頭を確実に粉砕するため、ギガンテラは空高く飛び上がった。
最後の一撃とするべく異形の右手を振りかぶり、クロエを目がけて急降下していく。
「あんたぁ、思ったよりしぶとかっただなぁ。けど、これで終わりだぁ」
「そうだよ、終わりだ。あんたの方がなっ!」
砲撃モードへと移行していたドリルランスの砲門を、クロエは空中の敵へと向けた。
ドリルランスの新たなる最終機構。
身動きの取れない空中へと飛び出した敵に、この攻撃を避ける術は無い。
「エネルギー充填120%……っ、食らって消し飛べ!」
引き金となるボタンを押すと、砲門から五色の魔力が絡み合って飛び出し、敵へと殺到する。
「エレメンタルバーストォォォォッ!!!」
火、氷、風、雷、土。
五種類の魔力カートリッジの全魔力をチャージして放つ、超極太の魔力砲撃。
その威力は、旧ドリルランスの魔砲撃の25倍以上。
発射の反動でクロエの身体が地面に押し付けられ、痛みに顔を歪める。
更に、巻き起こる衝撃波で帽子が吹き飛ばされた。
「ぐがっ、がああああぁぁぁああぁぁぁああああぁぁぁっ!!!??」
五色の光の奔流に飲み込まれ、ギガンテラの体は再生速度を上回る勢いで破壊されていく。
「あ、あり得ねぇだぁ! こんな、神様の力を得たおでが、ごんな、ありえねぇだあぁぁぁぁぁぁ……」
その身体はとうとう炭化し、粉々になって光の中に散る。
砲撃が終了すると、ドリルランスは排熱機巧から煙を噴き出しオーバーヒート。
死体すら残さず消し飛んだギガンテラの、身に着けていた金色の腕輪が、トサリと草地に落下した。