140 何だか物騒な話になってきましたね……
「最後の一人が欠席となってしまったこと、歴史的な訪問にも関わらずのこの御無礼。どうか、平にご容赦のほどを」
「ほっほっほ。ラティス君、固い固い。仕方なかろう、神事は外せまいて」
この場にいない、残り一人の元老。
話ぶりを聞くにどうやら女性、それも神に仕える身分の者らしい。
オルダは朗らかに笑いながら魔王御一行の顔を見回し、頭が机に付くほど深々と頭を下げた。
「ほっほ。それでは改めまして、魔王殿、リース王女、そしてお付きの皆さま方。ようこそレムライアへ。我らは貴殿らを歓迎しますぞ」
「うむ、お気持ち、痛み入る。こうして顔を合わせること自体は初めてではないな、オルダ殿」
「左様ですな。以前アイワムズにお伺いしたのは十年前でしたか。いやはや、あそこは良い場所です」
「レムリウスの街並も素晴らしいものだ。是非とも色々と見て回りたいところである」
百年に一度開かれる、三元老を決めるための国民投票だが、前回の選挙が行われたのは十年前。
引き続き統治を任されることとなったオルダと、初当選となったラティスは、就任のあいさつのため、その当時アイワムズへと足を運んでいた。
「ところで魔王殿。今回はどうして我が国に?」
「む? 異なことを尋ねられるな、オルダ殿。余は両国間の更なる友好のため——」
「腹の探り合いはやめましょう」
垂れ下がった目が釣り上がり、オルダの眼光が鋭くマリエールを射抜く。
「二千五百年以上の間、アイワムズの魔王は四代に渡ってレムライアに足を運ばなかった。何故ならアイワムズは我が国とあまりにも離れ過ぎており、その権力は魔王に一極集中しているからだ。長きにわたり国を空けるリスクは、三人に権力が分散した我らの比ではない。そんな立場のあなたがわざわざ長い時間をかけて、ここに足を運んだ。何か重大な理由がお在りなのでしょう」
オルダの目が元の垂れ下がった眦に戻り、彼は一転して柔和な笑みを浮かべた。
「ほっほっほ。我らは長きに渡る友好国ではありませぬか。何か困っているのならば遠慮なく頼ってくだされ」
「……そうであるな。気を遣ったつもりであったが、却って失礼だったようだ」
彼はこのレムライアで三期連続得票数一位を獲っている、国民からの信頼厚いやり手。
小手先の駆け引きなど無用であったか、と観念したマリエールは、懐から源徳の白き聖杖を取り出した。
「オルダ殿、これを見てくれ」
「ほう、それは……?」
「源徳の白き聖杖。レムライアから贈られ、我が国の王位継承の証となっておる宝だ」
「我が国から……。そのような歴史があったとは、恥ずかしながら知りませなんだ」
「余も調べるまでは知らなかった。なにせ二千五百年も前のことだ。何を恥じることがあろうか」
どうやらオルダはこの杖の詳細について何も知らないようだ。
だが、杖を目にした瞬間、ラティスの顔色が変わったことをマリエールは見逃さなかった。
「ところでラティス殿。そちは何か知っておると見えるがどうか」
「……おや、顔に出てしまいましたか。如何にも私は歴史に興味がありましてね、その杖のことはよく知っておりますとも。——その台座に収まった、青く輝く秘石のこともね」
「む、そこまで存じておるか」
恐れ入った、そんな表情を浮かべるマリエールだが、オルダは杖の先端に収まった宝珠の色に首をかしげる。
「ほ? ラティス君、しかしあの宝珠、私の目には透明に見えるのだが?」
「如何にも、今収まっている宝珠は本来のものではないのだ。本来ここに在るべき石は、先に起こった騒動にて失われてしまった」
「ふむ。魔王殿、私には読めました。あなたが何故、遥々海を越えてこの国にやってきたのか」
大きく頷いたラティス。
彼は魔王が突然来訪した理由に、ようやく合点が行った様子だ。
「つまりあなたは探しに来た訳ですね。このレムライアに、伝説の魔法石・オリハルコンを」
「——如何にも。話が早くて助かるぞ」
ラティスの口から飛び出したその単語に、オルダは目を剥いた。
何しろ存在すら怪しまれている伝説の鉱石、それを求めて魔王が海を渡って来たなど、到底信じられるはずもない。
「オリハルコン……!? ラティス君、それはいくらなんでも……」
「オルダ殿、真実である。オリハルコンは確かに実在する。余がその証人だ」
「む、むぅ……。つまり、レムライアから贈られた杖にオリハルコンが使われていた。だからオリハルコンはレムライアにあるはず、と。そういうことですかな?」
「さすがはオルダ殿、ご理解が早い。しかし余も、自由に外を出歩けぬ身分。そこで彼女を雇ったのだ」
「………………。あ、あれ? 私ですか?」
ニコニコしながら雲の上の会話をぼんやりと聞いていた一般庶民Aのアイテム調達屋。
一斉に全員の注目を浴び、オロオロしながら一般庶民Bの鍛冶師に視線で助けを求めるが、そっと目を逸らされてしまう。
「あ、あの……っ。私、えっと……」
涙目でパニック状態に陥ったセリムに代わり、アウスが彼女を紹介する。
「彼女はアイテム調達屋のセリム・ティッチマーシュ。世界最強の称号を持つ、大陸では名を知らぬ者などいない救国の英雄ですわ」
「ほう、このような可憐な少女が……」
「ほっほ、それは興味深いですな」
あわあわするばかりのセリムを尻目に、アウスは一切盛っていない彼女の活躍を、先の騒乱の説明も交えて淡々と説明していく。
一切盛っていないにも関わらず、二人の元老は徐々に疑いの目を向け始めた。
「世界最強の黒竜を三匹纏めて、たった一撃で……」
「冒険者レベル98……」
「あうぅぅ……」
この小柄で気弱そうな少女に、本当にそんな力が……?
そんな目線を向けられたセリム。
だが、現に魔王が国難にあたり直々に雇い、ここまで同行してきた少女。
信じがたいが、本当のことなのだろう。
「…………わかりました、魔王殿。彼女とその仲間の少女二人に、この国での自由な行動を許可します。ただし、最低限のルールは守ってくだされ」
「ひゃいっ、それはもう! 可能ならずっと大人しくしていたいですっ!」
「……ねえクロエ、これってあたしたちも?」
「みたいだね。これで堂々と街を出歩ける……! この島固有のレアな鉱石も、採取し放題……!」
「あの、お二人とも。特にクロエさん、オリハルコン探し、忘れないでくださいね?」
遊ぶ気満々のクロエに釘を刺すセリム。
「さて、魔王殿にリース姫様。お二人には当然ながら、自由な行動は許可出来ませぬ。万一のことがあっては、困りますからな」
「で、あろうな」
「少々残念ですが、仕方ありませんわね」
「外出の際には我がレムライアの兵を付けるか、必ずセリム殿とご一緒に。決してお一人では出歩かれませぬよう。よろしいですな」
「わたくしとしても、その条件は妥当なものかと。ですがその念の押しよう、まるで治安に問題がある、とでも言わんばかりの口ぶりではありませんか?」
条件を呑みながらも、アウスは彼らの態度に鋭く切り口を入れる。
マリエールには知らせていないが、この国には人身売買が行なわれていた疑惑がかかっている。
三元老が関わっていないにせよ、何かの情報を得るために、探りを入れて然るべき場面だ。
「……隠してはおけないでしょうな、ラティス君。ここはわたくしから話しましょう」
「いえ、このような恥ずかしいこと、この若輩から伝えます。オルダ様は元老選挙の際に手を尽くしてくださった恩人。あなたがいなければ私はこの席に座れておりませんから」
ラティスはオルダに対し、多大な恩義を感じているようだ。
苦々しい口調の彼に代わり、ラティスの口からこの国に起きた事件が語られる。
「この国では古来より、海神様が崇められています」
「海神様……? ノルディン教ではないのですか? レムライアにはクラスが存在しない、なんて聞いたことがありませんわ」
「大まかな部分はノルディン教と共通しています。クラスも存在し、神話も共通。ただ一つ違うのは、崇めているものがノルディス神ではないということ。海神様とはすなわち、ノルディス神の僕たる三体の龍の一つ、命の龍」
三体の龍、そのワードが飛び出した時、セリムの心臓も飛び出しそうになった。
「珊瑚と海の魚から産まれたと伝わる命の龍は、主人たるノルディス神が眠りに着いたのち、このレムライアの近海に姿を隠しました。そして今もなお、遥かな海の底からこの国を見守っているのです」
「海神様についてのご説明、感謝致します。でもそれが、治安の悪化とどう関係があるのでしょうか」
「海神様が眠っていると伝わっている遺跡は、この島の北部に存在します。その遺跡の扉を開けるカギとなる宝珠を祀る神殿が、何者かの襲撃を受けて壊滅しました」
「壊滅……、ですか」
物騒な言葉が飛び出し、にわかに話の雲行きが怪しくなって来た。
「宝珠は奪われ、警備に当たっていた兵士は全滅。一部始終を目撃した生存者はおらず、犯人の顔や名前はおろか、人数すら謎のまま。幸いにして、扉を開くためのもう一つのカギは無事ですが」
「もう一つのカギ、とは?」
「……ここにいないもう一人の三元老。海神の神子、ヘルメル・コスタール。彼女が宝珠を捧げて初めて、遺跡の扉は開かれるのです」
その事柄は、本当に機密事項だったのだろう。
わずかに間を置いて、ラティスは口にした。
「彼女の出身である十二名家の一つ、コスタール家は代々神子の家系。その血筋を受け継ぐ神子と宝珠が合わさらない限り、遺跡の扉は開かれません。そのため、神域への賊の侵入はなんとか食い止められています」
「ふむぅ……。ではそのヘルメルなる者も、賊に狙われるのではないか……?」
「彼女には、この国でも最強の冒険者が護衛についています。それにレムライア軍の精鋭も十人。敵も容易には襲撃して来れますまい。それに、彼女の血も必要だという事実は公表されていません。まずもって、彼女の身は安全かと」
「……心配、ですね」
自信を覗かせるラティスに対し、セリムは小さく呟いた。
見え隠れする、彼女の影。
もしこの事件にも彼女が関わっていたとしたら、その程度の護衛ではきっと十秒ほどの足止めすら叶わない。
「その人は今、一体どこに?」
「申し訳ありませんが、禊ぎの場は秘中の秘。たとえあなた様方でもお教えすることは出来ませぬ」
ラティスは取り付く島もなく、セリムの質問を一蹴した。
セリムとしても、可能性だけの話で無理を通すことは出来ない。
それに、食い下がる度胸もない。
セリムは大人しく引き下がり、事情を把握したアウスもそれ以上の発言はしなかった。
そして会議の内容はマリエールとリース、両名と三元老の公務についての話に切り替わっていく。
当然その話題はソラの眠気を誘い、退屈そうなクロエとセリムを見かねたオルダの提案によって、魔王とその側近、そして王女をその場に残し、セリムたち三人は宿泊する部屋へと案内された。
仲睦まじく手を繋いで街へと繰り出していくセリムとソラを、クロエは見送る。
彼女自身も街中を見て回りたかったが、最大の興味は他にある。
彼女に与えられた客室だが、内装は会議室と同じ、廊下側のみが丸みを帯びた独特な形状の部屋。
白みがかった青の壁紙が落ち着きを与えてくれる。
戸棚は一つの大きな鉱物を切り出して研磨した、大陸では見ない独特なもの。
照明は雷の魔力石を用いたオーソドックスなタイプ、ベッドも特段変わったところはない。
その中でクロエの興味を引くものはやはり、戸棚に加工された青い鉱石。
硬度も軽さも中々のもの、大陸では採掘できず、ごく稀に交易品として出回るのみの鉱物、マリネライト鉱だ。
「これ、この国なら採り放題なんだよね……。リースいないし、やることないし、自由に出歩いていいって許可出たし……」
滾る探究心を抑えることは出来なかった。
ツルハシの入ったカバンを肩に下げ、万一のためにドリルランスを背中に背負い、つなぎのポケットにカートリッジを満載すると、クロエは一目散に部屋を飛び出した。
○○○
街の中も興味深いもので溢れていたが、今のクロエの頭の中は鉱石の採掘のことでいっぱい。
わき目も振らず街を駆け抜け、北側に広がる山の中へと飛び込んだ。
自生している植物は、当然ながらこの島の固有種。
セリムがいたら草むしりと創造術を延々と続けそうだな、などと苦笑しつつ、クロエは鉱石の採掘出来そうな場所を探し歩く。
「おっ、この崖なんか丁度良さそう」
森の奥、十メートルほどの崖を発見したクロエは、剥き出しの地質を見上げながら値踏みする。
あちこちから鉱石の一部が顔を出しており、良質な鉱石の採掘が期待できそうだ。
早速荷物の中から小型ツルハシを取り出し、両手で握って崖に叩きつける。
「そーれっ」
カツーン!
ドサッ!!
「……ん?」
剥き出しの地層にピッケルがぶつかった音と同時に、背後に何かが落下した音が聞こえた。
クロエが振り向くと、そこには。
「あぁぁっ、う、うぅぅっ」
血まみれでうめき声を上げる、レムライアの兵士の姿があった。
クロエはピッケルをその場に放り捨て、彼の側へと駆け寄る。
「だっ、大丈夫ですか!? うっ、ひどい怪我……」
彼の身に付けた軽装の胴鎧はその全体にヒビが入り、一部は割れ砕けている。
打撲痕だろう青あざが体のあちらこちらに見られ、割れた額からはおびただしい量の出血。
明らかに崖から落下したのではない、何者かに致命的な打撃を受けたのだろう傷だ。
思わず目を背けたくなる惨状だが、このまま放置する訳にはいかない。
「すぐに街まで連れていくから、それまでなんとか頑張って!」
「ま、待て……、俺、よりも……っ、あのか、たを……」
「あの方?」
肩を貸そうとしたクロエを拒み、彼は震える指で崖の上、その更に奥を指さす。
「あの方が、奴に、さらわれた、ら……。頼、む……、あの方をつれ、て、に……げ……」
そう言い残し、兵士は事切れた。
「っ……!」
何もしてやれなかった虚しさの中、見開かれたその目をそっと閉じさせると、クロエは最期に彼が指し示した方角を見やる。
「この人、きっとボクの気配を察知して助けを求めに来たんだ。何か、とんでもなくヤバいことが起きてる……」
ここはレムライアの北、森の奥深く。
セリムたちには頼れない。
彼の最期の願いを叶えられるのは、自分しかいないのだ。
クロエは尻ごみしそうになる自分を奮い立たせ、ひとっ飛びで崖を飛び越え、森の奥へと駆けていった。




