138 このポジション、やっぱり落ち着きますね
武器を手に甲板上へと躍り出たのは、クロエとリースの二人。
ソラは彼女らの加勢に意気を上げる。
「二人とも、助かったよ! 猫の手も借りたいところだったし!」
「誰が猫よ、誰が」
ソラにジト目を向けながら、突進してくる半魚人を剣で斬り払い、フォトンシューターで撃ち抜くリース。
クロエはドリルランスを取り回しの良いダブルスピアモードに変形させ、両手の短槍で敵を蹴散らしながらソラに笑いかけた。
「ボクの鍛えた剣の切れ味、見せて貰うかんな!」
「おうさ! 思う存分見せてやるから!」
襲いかかる三体の半魚人を前に、ソラは手にした世界最強の剣を振るう。
スパァン、と小気味良い音が響き、魔物は三体纏めて胴を真横に両断された。
「おぉ! さっすがボクの鍛えた剣だ!」
「いやいや、剣だけじゃなくてあたしも凄いから!」
三人の少女の大立ち回りにより、甲板の敵は補充が追いつかず、徐々に数を減らしていく。
一方、右舷側に次々と湧き出るバレットフィッシュの大群に、セリムはタイマーボムを投げ続けていた。
現在の爆殺数は三十匹を越えたところ。
タイマーボムも無限にあるわけではなく、少々心細くなってくる。
ポーチに入っている残弾数は、五十発といったところだろうか。
魔物の群れは距離を取って船に近寄らず、海上に飛び出しては水塊を吐き出しまた海に潜っていく。
「……やるしかないですね」
龍星の腕輪による攻撃ならば、残弾数を気にする必要はない。
セリムのほぼ無尽蔵な魔力が底を尽きない限り、流星爆弾を撃ち続けられる。
「ちょっと怖いですけど……」
山を一つ吹き飛ばしてしまったトラウマは未だに健在だが、力加減は今までの戦いで覚えた。
間違って船を吹き飛ばしたり転覆させたり、などというヘマは犯さない。
ポーチの中から赤い腕輪を取り出し、右腕に装着。
魔物の群れに対して右手をかざし、異空間とのゲートを開く。
「吹き飛んじゃってください! 流星爆撃っ!」
船への影響を考慮し、極限まで威力を弱めた小石のような流星が魔物に殺到する。
流星爆弾が水面下で魔物に激突し、爆発と共に水柱を上げて次々に数を減らしていった。
数百匹はいるだろう群れも、壊滅は時間の問題か。
セリムがそう判断した瞬間。
「せ、セリム! 左舷側にも魚が出た!」
「逆方向にもですか……!」
ソラの声に後ろを振り向けば、左舷側にもバレットフィッシュの大群。
どうしたものか、周囲の状況を見回し、上を見上げたところで見張り台に目が留まる。
マストの上の見張り台には、物見の姿は見られない。
魔物の襲撃に際し、すぐさま非難したのだろう。
あそこに飛び乗って左右に流星を撃ち分ければ対処は容易だ。
「分かりました、今私が——」
「セリムよ、たまには余に活躍の場を譲れ」
セリムが見張り台に飛び移るより先に、小さな少女が左舷側の縁に飛び乗った。
黒いマントを海風になびかせ、威風堂々白き聖杖を構えるマリエール。
電撃の魔力を杖に込め、魔物の群れにめがけて解き放つ。
「ライトニング!」
杖先の宝玉から迸った雷が、次々と巨大魚を黒コゲにしていく。
魔法を放出している間、マリエールは無防備。
しかし、その小さな背中に襲いかかった半魚人は、蛇腹剣の乱打を浴びて瞬時にミンチ肉へと変わった。
「魔王様、お背中はわたくしがお守り致しますわ」
「うむ、頼りにしておる」
信頼する側近に背中を任せ、マリエールは雷撃魔法を放出し続ける。
あちら側は彼女たちに託して問題無さそうだ。
セリムはまた正面を向き、水中から現れる魔物の大群に絶え間なく流星爆弾を撃ちこみ続けた。
そして、約十分後。
危険海域を脱したわけではないものの、魔物の襲撃はようやく終息。
魔力を放出し続けたマリエールはクタクタになり、メイドと共に船室へ戻った。
クロエとソラは魔物の死骸で溢れた甲板を船員たちと共に清掃し、リースは怪我人の治療に当たっている。
「と、とんでもなかったッスね、魔物の数も、皆さんの強さも……」
そしてセリムは船長であるジュリーと、今回の襲撃について話し合っていた。
圧倒的な戦闘力を見せた六人。
その中でも筆頭格のセリムに、ジュリーは半ば畏怖の目を向ける。
「ま、まあ強さ云々は置いておいて……。いつもはもっと少ないんですか?」
「そうなんスよ。あんな大群が一度に現れるなんてのは初めてで……。何か異変でも起きているんスかねぇ」
「異変……」
危険地帯に起きる異変といえば、ホース——マイルの暗躍が記憶に新しい。
つい先ごろ襲撃をかけてきたブロッケンといい、どうも彼女の影がチラつく。
「危険海域に、危険度レベルに見合わない場違いな強さのモンスターが出たり、なんて話は聞きませんか?」
「場違いな強さのモンスター? そんな事例は聞いたことがないッス。というか、そもそも海は地上と違って危険度レベルは存在しないッス」
「……そうなんですか?」
セリムもそれは初耳だった。
師匠が教えてくれたのは、海にも魔物が出る危険地帯があるということと、代表的なモンスターの名前、特徴だけ。
「危険度レベルが無いなんて、知りませんでした」
「基本的に海の魔物は、強いヤツほど海の底の方に住んでるッス。だから滅多に人前に姿を見せないんスよ。海の底に何かあるんスかね」
強力なモンスターほど海の底を好む。
マイルの口にした、危険地帯には邪神の力が地下から漏れ出ているという話をセリムは思いだす。
あの話が本当ならば、危険海域も同じく、邪神の力が海底から漏れ出ているのだろうか。
「とにかく、強力なヤツはホントに激レアッス。あっしももう三十年以上船乗りやってるッスけど、見たことは勿論遭遇したって話も聞かないッスね」
「なら安心ですね。ところであとどのくらいで危険海域を抜けられるんでしょう」
「んー、外れちゃった航路に戻るには、あと数十分ってトコッスね。ま、のんびり待ちましょうッス」
「そうですね。……私も手伝います、お掃除」
船員やクロエ、ソラが掃除をしている中、自分だけ何もしていない現状はどうにも決まりが悪い。
可愛い服に魔物の血やはらわたが付くのは絶対に嫌だが、水を流すくらいなら。
紐付きの桶で海の水を汲み上げると、両手で持ちつつソラ達の方へと向かう。
「ソラさん、私もお掃除を……ソラさん?」
セリムが水を汲み上げる前、ソラは楽しそうに甲板にモップをかけていた。
だが今、彼女は掃除の手を止め、ぼんやりと船尾の方向を眺めている。
「何見てるんです? 何かあるんですか?」
「あそこ。あんな場所に島なんてあったっけ」
「……島?」
ソラが指をさした先、確かに海上に巨大な黒い半円が浮かんでいる。
「本当ですね、島でしょうか。でも、なんだが妙につるつるした島じゃないです?」
島にしては妙だ。
木がまったく生えておらず、黒一色。
そもそもにしてもし島ならば、後方にある以上少しずつ離れていくはずなのだが、心なしかこちらに近づいて来ているような。
「……あの、ジュリーさん。ちょっとこっち来てください」
「なんッスか?」
のほほんと笑みを浮かべながら、若き船長はセリムの側に寄り、彼女が指さした先へ目線をやる。
その瞬間、彼女の笑顔は凍りついた。
「——っ! 総員、戦闘配置に付けッ!」
その叫びで船員たちも異常に気付き、配置に付く。
戦闘後だったため、見張り台の人員を元の配置に戻し損ねてしまった自らのミスを深く悔やみながら、彼女は腰の帯を引き締める。
「な、何? 一体なにが起きたのよ」
「どうしたのさ、ジュリーさん」
クロエとリースも作業の手を止め、ジュリーの下へ駆け寄ってきた。
ジュリーは尚も近付いてくる黒い巨影を睨みながら、緊迫感に満ちた口調で答える。
「あの黒い影……。あれは間違いなく、危険度レベル62、リバイアスホエール。この海で最も強いモンスターだと言われてるッス……! 百年に一度姿を見せるかどうかってレベルの、幻のモンスターなんスけど、出遭っちゃったッスね……!」
「危険度レベル、62……ですか」
死すら覚悟したかのような形相のジュリーとは異なり、セリム達四人は一様に落ち着いている。
「あたしならいけるかな。セリム、どう思う?」
「勝てないことはないと思いますけど、一人では心配ですね。私も一緒にやります」
「頼んだわよ、セリム。船の守りと、ついでにアホっ子のお守りもね」
「はい。お任せ下さい」
「最強の剣の切れ味、じっくり見せてもらうね」
「おっしゃ! ソラ様に任せとけ!」
「ほら、どんどん近付いてきてます。さっさと行きますよ」
非常に呑気なやり取りのあと、セリムとソラはつかつかと船尾へ向かって歩き出した。
ジュリーは完全に置いてけぼりを食らい、ただオロオロとするのみ。
「え? え? いやいや、ちょっと待って……!」
「あの二人なら平気だよ、ジュリーさん。なんたって世界最強と最強予定だから」
「えぇ……? でもあの魔物……」
ジュリーの心配をよそに、二人は船尾の縁に並んで立ち、こちらに迫る規格外の巨体を前にする。
敵との距離は約三百メートル。
黒い背中が海中に沈んだかと思うと、巨大クジラは海面から飛び出し、その全貌を白日のもとに晒した。
全身真っ黒の巨体は、黒竜をも越える約70m。
頭部から突き出たドリルのような一本角に、胸ビレの上まで裂けた大口。
その大質量が着水と同時に大波を起こし、船体をぐらぐらと揺らす。
「のわっ、めっちゃ揺れてる……!」
「落ちないでくださいよ、助けるの面倒ですので」
船員たちが立っていられなくなる程の揺れの中、ソラはふら付き、セリムは微動だにしない。
船が大きく揺さぶられたと見るや、リバイアスホエールが頭部の大角を船体に突き立てんと猛突進を仕掛けて来た。
「くっ……! 総員、衝撃に備えて!」
ジュリーは揺れる甲板の上、両手を床に付きながら船員に指示を飛ばす。
大ジャンプによって船のバランスを崩し、乗組員を行動不能にした後、頭部の角で船体を串刺しにし、最後に極大の威力を秘める風のブレスで粉々に吹き飛ばす。
それがこのモンスターの好む戦法だ。
もっとも、この魔物に狙われて生き延びた船は長い歴史上でも片手で数える程度のため、その事実はあまり知られていない。
この時も巨大クジラは、定石通りにこの戦法を用いて突進を仕掛けた。
己の勝利を、微塵も疑わぬまま。
目前に迫る大角を前に、セリムは右手をかざす。
「いきます、メテオボムっ!」
右手の先に開いた時空の歪みから、直径二メートルほどの流星が発射された。
射出の勢いと突進の勢いが合わさり、流星は大角に突き刺さる。
串刺しになりながら角の中ほどで止まると、次の瞬間、巻き起こる大爆発。
角は中ほどでへし折れ、大鯨は想定外の事態に大きく怯む。
「今です、ソラさん!」
「おうさ!」
掛け声と共にセリムは左手に天翔の腕輪を装着。
同時にソラが船の上から飛び出した。
彼女の落下地点を狙って、セリムは的確に透明な足場を生み出していく。
ソラが全く迷いを見せずに何も無い空間へ飛び出せるのは、セリムへの絶対的な信頼が成せる業だ。
見えない足場を飛び渡りながら、角を折られた敵の頭部に到達。
その脳天に剣を突き立てるべく、背中の白刃を抜き放つ。
「一気にトドメを——」
刃を下に向けながら落下しようとした時、ソラをゾクリと悪寒が襲う。
攻撃を中断して身体を捻ると、頭の噴気孔から吹き出した高圧縮のウォーターカッターが身体の間近を通過した。
「セリム、背中!」
「了解です!」
垂直にジャンプしたセリムは、ポーチからタイマーボムを三本取り出し、噴気孔を視界に収める。
ターゲットをロックし、点火ボタンをオン。
魔力を込めて、三本同時に投げ放った。
「絶対投擲っ」
投げ放たれた三本の爆弾は、縦に連なって吸い込まれるように噴気孔の中へ。
体内でカウントゼロを迎えた三つは連鎖的に爆発し、噴気孔から血の噴水が噴き出した。
「塞ぎました! 今度こそトドメを!」
「任せとけっ、闘気大収束」
白銀の刃が闘気を纏い、三十メートル級の長さの透明な大剣となる。
闘気収束の切れ味は、本人の闘気の質ではなく媒体とする剣の質に依存する。
つまりこの大剣は、世界最強の硬度と切れ味を持つ、最強の刃。
セリムが縦向きに生み出した透明な足場を蹴って、尾びれの方向へと飛びながら、彼女は最後の一撃を繰り出す。
「集気大剣旋空斬ッ!!」
横回転しながら繰り出した斬撃が、70メートルの巨体を寸刻みに斬り刻んだ。
敵を仕留めたソラは、剣から闘気を消しながらセリムの生み出した足場を飛び渡り、船尾に着地してハイタッチする。
「ソラさん、お疲れ様です」
「セリムも、ナイス後方支援!」
幻の魔物をあっさりと仕留めて見せた二人。
その活躍に、クロエとリースを除く全員が静まり返った。
ソラによって十メートル程度のブロックに解体されたリバイアスホエールの巨体は海から引き揚げられ、セリムのポーチの中へと突っ込まれた。
こんな雑なぶつ切りでも、ポーチはアイテム判定を下してくれるらしい。
「せ、世界最強って本当だったんスね……。黒竜を倒したって知ってはいても、こうして目の当たりにすると……」
「そんな目で見ないでください……」
畏怖と畏敬の念を込めた視線をジュリーを始めとした船員たちから向けられ、セリムのメンタルにヒビが入る。
「それにソラさんも凄いッス。あの魔物を直接倒しちゃえる程だとは思ってなかったッスよ!」
「いやいや、それほどでも……」
「そうだね。半分はボクの剣のお陰かも」
「なにおー!」
「あっはは、冗談だって」
クロエとじゃれあいながらも、やはり気になるのはセリムの様子。
——あたしがもっと強くなれば、セリムも後方支援すらやる必要ないよね。
あたし、もっと頑張るから!
セリムが戦わなくてもいいように、もっともっと強くなるからね!
拳をグッと握りしめ、密かにそんな決意を固めた。
「それにしても、異常な魔物の大群に幻のリバイアスホエール、これは偶然……なんスかね?」
「何とも言えませんが……。あの、この船は私たちを送り届けたら数日で戻るんですよね」
「そっスね。貿易船が休んでたらまずいッスし」
「危険じゃないんですか……?」
「今回はたまたま大きく航路が逸れただけッスし、心配要らないッスよ」
「そう、ですか……」
心配は拭えないセリムだが、ジュリーはどうやら本当に大丈夫だと判断しているらしい。
声色からそれを感じ取り、セリムはそれ以上の口出しを控える。
と、その時。
周囲を覆っていた重苦しい空気が消え去った——ような気がした。
「……あれ? もしかして、危険海域抜けました?」
「分かるんスか!?」
「え? ええ、入った時もなんとなく、違和感のようなものがありました」
「危険海域の境界は人間には感じ取れないって言われてるのに……。どんだけなんスか、セリムさんって」
またも畏敬の念を込めた目を向けられ、セリムは軽くへこんだ。
同時にターちゃんがポーチから顔を出す。
「そういえば、ターちゃんがポーチに潜ったのも危険地帯に入ったと気付いたから?」
思えば妙な感覚がした時、この子は急いでポーチに潜っていった。
そして顔を出したタイミング。
果たして偶然だろうか。
そんなことを考えつつも抱き上げようと手を伸ばした途端、ターちゃんは急いで顔を引っ込め、セリムのメンタルに追加でヒビが入った。
この日以降、船が航路を外れて危険海域に突っ込むことはなく、平和に日々は過ぎる。
そして出港三十二日目の昼過ぎ。
とうとう水平線の彼方に、海洋国家レムライアがその姿を現した。