014 本音を言うと会いたくないです、その人
マリエールから事情を聞いたセリムとソラは、彼女と共にひとまず町へと出る。
目的はもちろん、はぐれてしまった彼女の側近探し。
向こうもこちらを探しているならば、この町を訪れる可能性は高い。
コロドは人口千人にも満たない山合いののどかな町。
同じ町にいるのなら、すぐに見つけられるはずである。
「って思ったんだけど、いないねぇ」
目立つようにマリエールを先頭に立たせて通りを歩いてみるが、すれ違う町民から微笑ましく見られるだけ。
この町には来ていないのだろうか。
「ふむ、あやつは常にメイド服を着ておる。おまけに変態だ。非常に目立つはずなのだが」
「へ、変態さんなんですか……?」
「余のぱんつは消耗品だ。毎日あやつに盗まれるため、一度として同じぱんつを履けた試しが無い」
「え、なんですかそれ。嫌です、私その人と会いたくありません」
その話が本当なら、セリムとしてはあまりお近づきになりたくない人種だ。
さっさと魔王様の身柄を引き渡しておさらばしたい。
そういえばマリエールを捕まえた時も、パンツがどうとか言って助けを求めていた事を思い出す。
「だが滅法強い。ぱんつさえ与えれば、鬼神の如き働きをしてくれる。余が最も信頼する臣下の一人だ」
「パンツがエネルギー源なの? その人」
「うむ、正確にはぱんつの匂いがエネルギー源らしい」
「うぅ、話を聞いてるだけで頭痛が……。ソラさん、私ちょっと休みたいです……」
ドン引きするあまり、体調まで悪くなってきた。
隣を歩くソラに寄り掛かり、体重を預ける。
ふわりと甘酸っぱい匂いがして、セリムの心は少しだけ癒された。
首筋に顔を埋めて思いっきり深呼吸したいが、それでは変態と同類なのでグッと堪える。
「セリム、具合悪いの? ギルドがすぐ近くだから、そこで休んでいこっか」
「うむ、アウスも余を探してその場を訪れておるやもしれぬ」
「お二人とも、ありがとうございます……」
話を聞いただけでこの有様、実物に出会ってしまったらどうなるのか。
想像しただけで、セリムの体に震えが走った。
「しかしお主がこうまで容易く参るとは。あれほど強いというに」
「セリムって割と純粋培養だから、きっとこの手の話には耐性が無いんだよ。とっても乙女チックだし」
「むぅ、少々過敏ではあるまいか。——あるいは余の感覚が完全に狂っているのか?」
改めて自分の置かれた環境に疑問を抱くマリエール。
もしかしたら魔王の威厳など、最初から無かったのではないか。
妹とメイドに泡風呂で体を隅から隅までくまなく洗われる毎日は、一般的に見て異常ではないのか。
「……むぅ、余まで頭痛がしてきたぞ」
「もうすぐギルドだから、二人とも頑張って」
自分の頭を抱える魔王様と、ソラにぐったりと寄り掛かる世界最強の少女。
二人を引き連れて、ソラはギルドの扉を開けた。
「たのもーっ! あれ、誰もいないわね」
当然ながら、朝と同じく冒険者の姿は見当たらない。
ソラが驚いたのはそこではなく、ヴェラ達三人の姿がどこにも見えないのだ。
てっきりあの三人も、報告を終えて酒盛りに戻っていると思っていたが。
ソラの元気の良い挨拶に、テーブルを拭いて回っていたガドムが気付いて声をかけてきた。
「おう、英雄サマの凱旋か。本当にお手柄だぜ、嬢ちゃん。よくやってくれたな。これで開店休業状態だったウチのギルドも仕事が出来るってもんだ」
「にひひ、あたしの作る伝説の第一ページとしては上々かな」
ソラが褒められた時に浮かべる、八重歯を覗かせての得意げな笑顔。
自分が手助けした結果、彼女のこんな顔を見られるのなら、この無駄に強大な力もまんざら捨てたものではないかもしれない。
そう思わせてくれたソラに、セリムはさらに感謝を深くする。
それはそれとして、セリムには気になることがあった。
「あの、ガドムさん? 聞きたいことがあるのですが」
「おう、なんだい」
「ガデムさんって知ってます? リゾネの町で道具屋を営んでいる人なんですけど」
同一人物ではないのか、と思ってしまうほど二人は瓜二つだ。
もしかしたら本当に双子の兄弟なのでは、試しに聞いてみる。
「あぁん、ガデム……? 知らねえなぁ、そいつがどうかしたのか」
「……いえ。知らないならいいんです。ごめんなさい、変な事を聞いてしまって」
信じがたいが、本当に他人の空似だった。
こんなにも似過ぎているのに、どうして。
あまりの訳のわからなさ、異空間に迷い込んだような感覚に、セリムはますます気分が悪くなってくる。
「あの、ソラさん、私ちょっと休んでますね。あとよろしくお願いします……」
話だけは聞こえるように近くのテーブルに座ると、セリムは力尽きたように突っ伏した。
「どうしたんだい、あのお嬢ちゃん。ずいぶん具合が悪そうだが」
「うーん、心配だけど。でもあたし、任されたから。おっちゃん、ここにメイドさん来なかった?」
「メイドさん!?」
突拍子もない質問に、ガドムは思わず面食らう。
メイドがいるような立派な家など、この小さな町には無いのだから。
「いや、見てねえな。と言うか、なんでメイドなんて探してるんだ」
「実はこの子がお付きのメイドとはぐれちゃって。町中を探して歩いてるんだ」
「うむ、余を置いて迷子になるとは、とんだメイドである」
迷子になっているのは魔王様のはずだが。
突っ込みたい衝動をセリムはグッと我慢。
気分が悪くてそんな気力も無い上に、これ以上怖がられるのはゴメンだ。
「そうか、大変みてぇだな。もしここに来たら、お前らと一緒だって教えとくよ」
「よろしくね。ところでヴェラさん達いないみたいだけど、どこ行ったの?」
本題が済んだところで、今度は個人的な質問。
ヴェラはあれだけの怪我を負っていた。
セリムの薬で回復したダメージがぶり返して倒れた、なんて最悪の想像までが脳裏をよぎる。
「あぁ、あの三バカならコロド山に行ったぜ。トライドラゴニスの巨体を解体して、素材を持ち帰るためによ」
「じゃあ元気なんだね、良かった」
「明日の昼ごろには作業は完了するだろうから、その時に受け取りに来な。あんたらには良い部位の素材を回すぜ?」
「いいの!? おっちゃん太っ腹!」
「おうよ、俺は気前が良いんだ。気前が良いついでにこれも持っていきな」
気前だけでなく機嫌も良いガドムは、ちょび髭を撫でつつ懐から革袋を取り出した。
紐を緩めてその口を開くと、セリムの突っ伏すテーブルに中身をぶちまける。
「うぅ……、音が、振動が……」
じゃらじゃらと音を立ててテーブルの上に広がったのは、山盛りの硬貨。
「おぉ、何このお金! すっごい金額じゃん!」
「ざっと5000Gってところだ!」
「え、そんなに貰っていいの!?」
予想外の大金に、ソラは思わず目を丸くして尋ねる。
「んん? この程度、端た金ではないか。何を驚いておるのだ」
「あー、うん。魔王ともなると金銭感覚もビッグなんだ……。おっちゃん、ありがたく貰うね!」
「待ってください、このお金は……、一体なんのお金ですか……」
このような金額、何も聞かずにおいそれとは受け取れない。
セリムの言わんとする事は、もちろんガドムも承知だ。
「心配するな、嬢ちゃん。こいつは正当な報酬ってヤツだ」
「報酬というと……、もしかして……」
「トライドラゴニス討伐依頼、その報酬さ。剣士の嬢ちゃんは正式に受注していなかったが、俺が受注したことにしといてやった。内緒だぜ?」
白い歯を見せつつ、ウインクして見せるガドム。
こころなしか、頭の輝きも増している。
「おぉ、なるほど! セリム、もう心配の種は消えたでしょ? 遠慮なく貰っちゃおう!」
「はい、正当な報酬でしたらありがたく頂戴しておきます。ソラさん、財布に入りきりますか?」
「ソレスティア様の財布は底なし沼、いくらでも入ってくよー!」
会話をしている内に、セリムの体調も随分良くなった。
ソラは懐から取り出した財布に100G硬貨をどんどん詰め込んでいく。
セリムは以前、ソラの財布の中身を見た事がある。
リゾネの町の武器屋で、ギッシリと中身の詰まった財布を。
あのような大金をどうやって手に入れたのか、あるいは最初から持っていたのか。
考えを巡らせている内に、ソラは全ての硬貨を財布にしまい終わった。
「よっし、すっごく重たくなった!」
「次元龍の素材で出来たりしてませんよね、その財布」
「いたって普通の革素材だよ、たっくさん入るってだけで」
「その程度で沢山とな……。では我が居城の蔵一杯に詰まった金銀財宝はなんと呼ぶのか」
「国家予算と呼びます」
○○○
結局訪ね人は見つからず、時刻は夜十時を回った頃。
魔族の成長速度は人間の十分の一。
人間年齢に換算すると、百八歳のマリエールはもうすぐ十一歳になる十歳児だ。
魔王様は広くベッドを使いたいと宣言、二つしか無いベッドを丸々一つ占領して、今はすっかり夢の中。
「よく眠ってますね。疲れてたんでしょうか」
「色々怖い目に遭ったみたいだしね」
寝巻に着替えたセリムとソラは、一つのベッドの上に隣り合って座っていた。
「……それにしても誤算でしたね。三人部屋に移れば良かったです」
「あたしは別に良いけど、セリムは一緒に寝るの嫌?」
「嫌ではないですけど……」
何故だか理由はわからない、けれども胸が高鳴ってしまう。
こんな調子で果たして今夜は眠れるのだろうか。
「明日こそ見つかるといいね、変態メイドさん」
「私としては出会いたくないですけど。明日のお昼までに見つからなければ、この近辺にはいないと見た方が良いですね。見つかるにせよ見つからないにせよ、明日にはここを発ちましょう」
「りょーかーい。この町は良い町だったね。ソレスティア様最強伝説も幕を開けたし」
明日の昼にトライドラゴニスの素材を受け取り、次の町へ出発する。
マリエールの部下は全国に散らばっているとの事だ、アウスが見つからなくてもいずれ誰かと会えるだろう。
最悪、魔族の国まで送り届ける羽目になるが。
「明日からはまた、旅装を着たきりの毎日なんですね。オシャレ出来ないなんて憂鬱です」
「え、あたしセリムの旅装可愛いと思うよ。しっくり来るって言うか似合うって言うか……、とにかく可愛い! セリムは可愛い!!」
「そ、そんっ……、わかりましたからっ……、そんな、可愛い連呼しないで……っ」
あまりにも真っ直ぐな褒め言葉に、頬が勝手に赤くなる。
気付かれるのが恥ずかしくて、両手で顔を覆ってしまう。
「でも今日の服装が一番似合ってると思う! 最高に可愛い! ふわっふわで女の子って感じで、なんかいい匂いもするし、まさに可愛さの塊!」
「十分ですからぁ……。もう許して……」
褒め殺しされ、真っ赤になって悶えるセリムの姿が、ソラの小さな嗜虐心を刺激してしまった。
ニヤニヤしつつ、さらなる追撃を加える。
「世界一の美少女だよ、セリムは! セリムより可愛い女の子なんて見たことないもん!」
「うぅ〜っ、そ、ソラさんだって!」
とうとう恥ずかしさが限界を越えてしまったセリム。
頬を赤らめながら、反撃を開始——というよりは、本音をぶつけ始める。
「なんですか、いつもしている大きな赤いリボンは! ワンちゃんの耳みたいにぴょこぴょこ揺れて、可愛すぎるんですよ!」
「おお、セリムがキレた」
「それにその笑顔! 見ているだけで幸せになるじゃないですか! その笑顔のためなら幾らでも後方支援に徹せますし、危なくなったらパンツ見られてでも前衛で戦いますから私はっ!」
「…………うん。中々に照れるね、これは」
照れくさそうにほっぺを掻きつつ、ソラはほんのりと頬を染める。
「ごめんね、セリム。だからもうやめよ——」
「最後に、その匂い! いつまでも嗅いでいたいくらいです! むしろ今、嗅がせてください!」
「のわっちょ!」
停戦を持ちかけたソラに、セリムは勢い良く抱きついた。
そのまま彼女の首筋に顔を埋めつつ、体重をかける。
結果、二人揃ってベッドに転がり込んだ。
「んぇ、セリムぅ、勢い付け過ぎ……」
「あぅ、すみません。いくらなんでもやり過ぎですね……」
向かい合ってベッドに転がった二人。
訳も無くおかしくなって、同時に吹き出した。
「ぷっ、あははっ、なにやってんだろ」
「ふふっ、そうですね、なんの勝負だったんでしょうか」
笑いながら見つめ合い、おでこをこつんとくっつける。
「寝ましょうか、明日も早いですし」
「だねっ。そうだ、あたしの匂いが好きなら嗅ぎながら寝てもいいわよ」
「ふふっ、もう、アホですか」
「アホなあたしが好きなんでしょ、セリムは」
「そうですね、アホなソラさんが大好きです」
向かい合った二人の少女の会話、時おり聞こえる笑い声。
それらはやがて途切れ、小さな寝息へと変わっていった。