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135 やっぱり黒幕は、あの人なのでしょうか

「ホントに分かんなかったのか……。正直なところかなりショックだよ……」


 大親友だと思っていた二人に、服装を変えただけで判別して貰えなくなった。

 その事実はクロエにとってかなりのショックであった。


「わっふぅ♪」

「あっ、もう。ターちゃんったら」

「あぅぅ、スターリィ……」


 そして、今まで頑なに顔を出さなかったターちゃんが、リースの気配を悟った途端にポーチを飛び出して彼女の胸に飛び込んだことは、セリムにとってかなりのショックであった。


「ところでみんな、昨夜はどこにいたの?」

「それはこっちのセリフよ。実はね……」


 リースはソラの疑問に対し、あの後何が起きたのかをかいつまんで説明する。

 到着した途端、大勢の民衆に熱烈な歓迎を受けたこと。

 この町を治めるマリエールの家臣、ベティの邸宅に招かれて、昨夜はそこで過ごしたこと。

 昼前からずっと二人を探して歩いていたこと。

 途中で諦めて遊び歩いていたことは、さすがに黙っておいた。


「そうだったんですか……。それは本当に、私の軽率な行動で……」

「よしよし、セリム、元気出して。それで、あたしたちの部屋も当然用意されてるんだよね!」

「ええ、それは勿論。魔王様たちも心配してるわよ、早く顔を見せてあげなさい」

「分かった! それじゃ行こうか、セリム」

「はい。……マリエールさんに色々と、聞きたいこともありますしね」


 不意に真剣な表情を浮かべるセリム。

 サイリンから伝え聞いた、生きた魔族を輸送していたという話が彼女の中でずっと引っ掛かっていた。

 埠頭を去り、ベティの邸宅がある高台へと向かう中、ソラはニヤニヤしながらクロエに突っかかる。


「にしし、クロエさんや。お姫様とのデート、楽しかったですかな?」

「デっ、デートって……! 何言ってやがんでい! ずっとあんたら探しとったんじゃろがい!」

「ただ探してただけならぁ、そんな可愛らしいセリムが着るような服を着てないと思うんですけどぉ?」

「ぐぬぬ、なんかムカつく……」


 調子に乗って詰め寄るソラの脳天に、二人の少女がチョップを打ち下ろした。

 途端にソラは意識を手放し、セリムに首根っこを掴まれてずるずると引き摺られる。


「全く、アホっ子ときたら……。せっかくクロエが慣れてくれたのに、また自信を亡くしたらどうしてくれるのよ……」

「本当に、ウチの子がすみません。後でよーく言って聞かせますので」

「あ、ありがとね、セリム、リース。でも、ちょっとやり過ぎじゃあ……」


 精一杯に手加減したセリムと、力いっぱい全力全開で渾身の一打を叩き込んだリース。

 果たしてどちらのダメージがより大きかったのだろうか。

 先ほどまでムカついて仕方なかったソラに、クロエは憐れみの目を向けた。




 ○○○




 明日の予定、航海にかかる日程、レムライアの情勢など、必要な話は全てベティから聞き、本国にも近況報告と、彼女たち——ローザたちを魔都へ呼び寄せる旨の伝書隼を飛ばした。

 一仕事を終えた静かな午後、マリエールは海の見えるテラスで優雅に紅茶を堪能していた。

 紅茶を淹れた後、アウスは席を外しており、彼女は部屋に一人だけ。

 メイドが変態行為を働いてくることもなく、妹が突然衣装ダンスの中から湧いてくることもない平穏な時間。

 唯一にして最大の懸念は、セリムとソラが行方不明だという件だ。


「……ちゃんと見つかるのであろうな、あの二人」


 クロエとリースが探しに出かけたものの、一向に音沙汰が無い。

 胸騒ぎは激しくなり、優雅なはずのティータイムがにわかに落ち着きを失っていく。


「あの二人、特にセリムの存在は必要不可欠。むぅ、こうなればこの屋敷の使用人を総動員させてでも……」


 魔王の強権を発動させようとした時、部屋の扉がノックされ、アウスが戻ってきた。


「お嬢様、朗報で御座います。セリム様とソラ様がこちらにいらっしゃいました」

「やっほー、マリちゃん!」

「マリエールさん、ご心配をおかけしました……」

「お、おぉ! 無事見つかったか!」


 彼女が連れて来たのは、丁度懸念材料となっていたあの二人。

 全く悪びれず呑気に手を振るソラと、何度もぺこぺこと頭を下げるセリム。

 ソラは遠慮なくマリエールの向かいに座り、お茶菓子のクッキーをヒョイッとつまんで頬張る。


「あっ! ちょっとソラさん、失礼ですよ」

「良い、クッキー一つ程度で騒ぐなど、魔王の器ではなかろう」

「さっすがマリちゃん。ならもう一つ……」

「自重せよ」


 クッキー二つは許容範囲外だったのだろうか。

 ソラの伸ばした手を、マリエールはがっちりと掴んで止めた。


「マリエールさん、私も失礼しますね」

「うむ。ところでお主ら、一体今まで何をしておったのだ……」

「一応、皆さんを探してたんですけどね……。全然見つからなくて……」

「早々に諦めてデートもごぉ」


 不都合な真実を封殺するセリム。

 強者の手によって、歴史というものは都合よく改竄されていくものだ。


「と、ところでマリエールさん。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「どうした、改まって。余とお主の仲ではないか、遠慮せずに申せ」

「では、ベティさんについてなんですけど。彼女がこの町を任せられたのって、何年前のことなんですか?」

「ベティ、か。アウスよ、確かあれは、十五年ほど前だったと記憶しているが」

「覚えておりますわ。確かに十五年前、お嬢様がメイドであったベティを抜擢し、私がこの町を任せるよう進言いたしましたので」


 前魔王崩御の混乱も落ち着いた頃、体制を一新するために家臣団の大幅な再編が進められた。

 ベティがこの町を任せられたのは、丁度その頃。


「……そうですか。五十年前なら、彼女は関係ないですね」

「関係ない? なんの話だ」

「いえ、何でもありません。では、前任者もいたはずですよね。彼女の前にこの町を治めていた、先代魔王にこの町を任せられた人が」

「勿論いるが……。どうした、セリム。なんだか様子がおかしいぞ」

「教えて下さい! その人は誰で、今どうしているのか!」


 かつてない程の剣幕で迫るセリムに、マリエールは勿論のこと、呑気にクッキーを貪っていたソラまで目を丸くする。


「お、落ち着け、ちゃんと教えるから」

「あ……、ごめんなさい、私……」


 前に乗り出していた体を下げて、申し訳なさそうにするセリム。

 マリエールは一息つくと、前任者の名を口にする。


「……以前この町を任されていたのは、ロット——という男だ」

「ロット……、ロット・グリフォール……!」

「し、知っておったのか!? あやつのことを!」


 セリムにショックを与えぬよう、敢えて姓を伏せたにも関わらず、彼女はその名前を知っていた。

 マリエールが驚きの声を上げたその時、ただ静かに成り行きを見守っていたアウスが、突然会話に割り込んだ。


「お嬢様、どうやらセリム様はお疲れの様子。わたくしが部屋までご案内差し上げますわ」

「む? そ、そうか?」

「アウスさん、何を……! 私は疲れてなんて……」

「さ、こちらに御座います」


 彼女は半ば強引にセリムを立たせ、部屋から追い出すような形で連れ出す。

 ソラも戸惑いながらアウスに付いて行き、室内はまた、マリエール一人きりとなった。



 廊下へと連れだされたセリムは、アウスの手を振り払う。


「な、なんなんですか、アウスさん!」

「セリム様、これ以上その話をお嬢様の前でするのはご遠慮願いますわ」

「……何か、知っているんですか」

「いえ、ただセリム様の様子があまりにも尋常ではなかったもので」

「あ……」


 アウスの言葉に、ようやく頭に昇っていた血が引いていった。

 あのハンスの兄であり、件の人身売買に関わっているかもしれない男を今なお家臣として扱っている。

 マリエールに対する筋違いな憤りも、冷静さを失わせることに拍車をかけていた。

 何度も深呼吸をして頭を冷やし、詳しい事情を知っているであろうアウスに落ち着いて質問を投げかける。


「ごめんなさい、冷静さを欠いていました。改めてお聞きします。ロットが何をしていたのか、ご存じなんですか?」

「残念ながら、質問の意味が良く分かりませんわ」

「では、ロットは何故この町の長から外されたんですか? 詳しく教えて下さい」

「彼は能力的には非常に優秀な男、ですが人格面に問題があった。お嬢様とは折り合いがつかないことは明白」


 だが、その優秀さ故に隙を見せず、要職から外すことが出来なかった。

 そんな折、ルキウスがハンスと共に城から出奔。

 弟であるハンスが先代殺しの下手人であることを理由に、アウスは何とか彼を要職から引きずり下ろすことに成功した。

 それが十五年前、ルキウスが出奔し、マリエールが玉座に座って三年後のことだ。


「彼がお嬢様の治世における妨げになる前に取り除く、それがわたくしに出来る最善でしたわ」


 その後、彼は貿易に関しての、しかも些細な部分のみにしか関われない事実上の名誉職に追いやられる。

 現在はその地位に甘んじており、大きな動きも見せないため、警戒しつつも監視は緩み始めていた。


「……以上が、あの男に関して私が知る全てですわ。セリム様、あなたは一体何を知っておられるのですか」

「それは……」


 果たしてこの事を、本当に言ってしまってもいいものか。

 どこで誰が聞いているかも分からない、こんな場所で。

 躊躇うセリムの様子を察したアウスは魔力を少量使い、大気の流れを調整する。


『セリム様、今わたくしとあなたの声は、お互いにしか届いていませんわ。誰にも聞かれることはありません。遠慮せずにどうぞ』

『アウスさんの魔法、ですか。……わかりました、お話します』


 突然お互いに口をパクパクさせ始めた二人を前に、ソラは呆気に取られる。

 余談ではあるが、今までの話は半分も彼女の頭に入っていない。


『地下牢でサイリンに会った時、彼女から聞いたんです。彼女が魔都を追われた理由は、レムライアへの積み荷の中身、生きた魔族を見てしまったからだって』

『生きた魔族……ですか』

『それが五十年前、先代魔王の治世に行われていたことらしいんですけど』


 彼らは一旦オレンの町に運ばれ、そこから貿易船に乗せられていったはずだ。

 遠く離れたレムライアに荷物を届けるには、公儀の丈夫な船が必要不可欠。

 小舟では間違いなく遭難するか、海の魔物の餌食となるだろう。

 公儀の船を使う以上、公の立場にいる者が元締めであることは明白。


『なるほど……。わたくしとしてもサイリンのあの言葉は気になっておりました。密かに当時のことを調べて回ったのですが、証拠となりそうなものは一切見つかりませんでしたわ。ロットが絡んでいるとしたら、彼ほどの人物がむざむざと証拠を残すようなことはしないでしょうね』

『そうですか……。アウスさんでも証拠は見つかりませんでしたか……』

『先代の時代に彼が残した功績もまた多大。大変に厄介ですが、何の理由も無しに彼を王宮から追放することは出来ませんわ』


 アウスとしても、可能ならば彼を完全に取り除きたい。

 敬愛する主君の治世において障害となる可能性のあるものは、全て排除する。

 それが彼女の忠義。


『魔王様にはどうか、この話はご内密に。あの方には闇は見せたくない。あの方には光のみを見ていて欲しいのです』

『……分かりました』

『ともあれ、どうするかは魔都に戻ってからですわね。レムライアで証拠を掴めれば一番なのですけれど。海の向こうまではあの男の手も回っていないでしょうし。では、魔法を解除しますわ』


 アウスは魔力を解除すると、いつも通りのにこやかな表情を浮かべる。


「ではお二人とも、お部屋にご案内いたしますわ」

「はい。さ、ソラさん。行きましょう」

「え? う、うん……。何話してたのか、すっごい気になる……」


 終始置いてけぼりを食らったソラは、釈然としない気分のままアウスに案内されていった。




 ○○○




 翌日、まだ太陽が昇らない午前四時。

 前日にクロエから夜更かししないようにと釘を刺されたため、セリムは昨夜、十時頃に床に着いた。

 寄り添って眠るセリムとソラに、二つの影が忍び寄る。


「お二人共、起きて下さいませ」

「う、うーん……」

「んにゃぁ、すぴぃ」

「手ぬるいわ、メイドさん。すぅぅーっ、起きなさい!!! このアホっ子!!!」


 部屋に入ってきた二人のうち、リースがソラを怒鳴りつけながらおもいっきりほっぺをひっぱたいた。

 これ程までの苛烈な仕打ち、おそらくまだクロエへの失言を許していないのだろう。


「にゃああぁぁっ!! いったああぁぁぁっ!!」

「ほら、起きた」

「ほっぺ痛いし! 声でかいし! 鼓膜破れるかと思ったし!」

「ん、んん……、うるさいです、ソラさん……」


 起きぬけに大騒ぎするソラの声で、セリムも目を覚ます。

 眠い目をこすりながら体を起こし、ぼんやりとした顔でリースとアウスを順に眺め、不思議そうに首を傾げた。


「あ、あれ……? 二人とも、こんな朝早くからどうしたんですか……?」

「寝ぼけてるのね……。あと一時間で出港よ、さっさと準備なさい」

「出港……。あぁっ! ソ、ソラさん、何また寝ようとしてるんですか! 早く準備しないと!」

「んにゃぁ、あとごふん……」


 早くもふかふかベッドの誘惑に負け、再び夢の中へと落ちていったソラ。

 セリムは素早く寝巻を脱ぎ捨てて、大急ぎでケープの服に着替え、鏡の前で前髪を整え始める。


「と、ところでリースさん、アウスさん。クロエさんとマリエールさんは一緒じゃないんですか」

「そこのアホっ子と一緒よ。クロエも二度寝しちゃったわ。着替えだけさせたけど」

「お嬢様も、まだ夢の中ですわ。着替えだけさせ、ふひっ、させましたけど」

「そ、そうですか……」


 ほとんど同じ内容にも関わらず、聞こえ方がまるで違う。

 アウスの発言から、絶対に着替え『だけ』では終わっていないことを感じ取り、セリムは青ざめた。


「私も自分の準備が終わったら、ソラさん着替えさせますね」

「ええ、あなたが起きてくれたらもう大丈夫そうね。戻りましょうか、メイドさん」

「はい、戻りましょう。すやすや眠っている無防備なお嬢様の下へ……ふひひっ」


 邪な笑みを浮かべながら退室するメイドに戦慄しながら、前髪を整え終わったセリム。

 もはや完全に夢の中へ落ちてしまったソラの寝巻、そのボタンを上から順に外し、白い肌を露わにしていく。


「……ごくり。いえ、違います! これはやましいことじゃなく、ただ着替えさせているだけで!」


 誰に言い訳をしているのか、セリムは必死に煩悩と戦いながら寝巻を脱がせ、理性を吹き飛ばしそうになりながら下着を替え、普段通りの肩出しルックのホットパンツ姿に着替えさせるのだった。



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