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134 最初は真面目に探してたんですよ?

 大通りを手を繋いで歩く二人の少女。

 一人は自信に満ちた眼差しで堂々と前を見据え、一人は自信無さげに俯きながら恥じらいに満ちた様子で。

 しかし、道行く人の視線は一様に、恥ずかしげな赤髪の少女に向けられる。

 そのあまりの美少女っぷりに、誰もが思わず目を奪われてしまうのだ。


「クロエ、何を俯いているの。あなたの可憐さが皆の視線をくぎ付けにしているわよ、もっと堂々となさい」

「それが恥ずかしいんだってぇ……」


 そもそも偉い人や有名人の前に出ると緊張してしまう、上がり症のクロエ。

 そんな彼女が慣れないガーリッシュな服を着て町を歩き、あまつさえ注目を集めてしまう。

 嬉しさよりも恥ずかしさが勝り、クロエはもう色々と限界だった。


「だ、第一さぁ、リースだって可愛いじゃん。セリムだってソラだって。なんでボクだけこんな注目されるんだよぉ……」

「そうねぇ……。恥じらい、後は初々しさ、かしら」


 リースはクロエばかりが注目されているこの現状を冷静に分析する。

 確かにセリムは今の彼女と同じくらい可憐で、かつ美少女だ。

 だがセリムは、可愛らしい服を着ることに慣れ切ってしまっている。

 だから彼女が町を歩いていても、自然体でいるがために注目を集めず、偶然目に入った人が目を奪われる程度。

 対して今のクロエは明らかに挙動不審。

 俯きながらリースに手を引かれる、そんなおかしな歩き方をしているがために、そもそも注目を集めてしまう。

 そしてまじまじと見つめた結果、挙動不審な少女が凄まじい美少女だと理解して目を奪われるのだ。


「つまり、堂々と歩いていればそんなに注目されないわ。ほら、胸を張って」

「胸を……。よし」


 クロエは勇気を出して胸を張り、前を見て堂々と歩く。

 すると、やはり彼女は注目の的に。

 今度は顔に加えて、ウエストを絞られたことで強調されたバストにも視線が集まる。

 堂々と、を意識しすぎて過剰に胸を張った結果、豊満な胸を見せびらかして歩くような形になってしまっているのだ。


「あ、あの……、リース……」

「ちょっと胸を張り過ぎたわね……。それに私にもアホっ子にもあなたほどは無いし、セリムも膨らんで来たのはつい最近だしね……」


 とうとうクロエは心が折れ、胸を両手で覆いながらその場にしゃがみ込んだ。


「も、もう無理ぃ……。やっぱりボク、つなぎに着替えるよ……」

「困ったわね。せっかく可愛らしいのに」


 何とか今日だけは、彼女に可愛らしい服を着せたままにしたい。

 可能ならばこれからも着て欲しい。

 可愛い服に慣れて欲しい。

 このままトラウマになって永久封印という結末だけは、リースにとっては何としてでも避けたいところだった。

 どうしたものか、頭を悩ませるリースの脳裏に、昨夜彼女と二人で行った場所が過ぎり、あるアイデアが閃く。


「そうだ、クロエ。人の少ない場所ならあまり注目もされないわよね」

「少ないところって、どこさ」


 ベレー帽を両手で押さえながら、涙目でこちらを見上げるクロエ。

 そのあまりの可愛らしさにノックアウトされそうになりながら、しゃがみ込んだ彼女を立ち上がらせる。


「あなたは付いてくればいいのよ。全部この私に任せなさい」



 リースに連れられてやってきたのは、港の波止場。

 出港を待つ貿易船が多数停泊し、防波堤に打ち付ける波と海鳥の鳴き声がのんびりとした雰囲気を演出する。

 昼下がりのこの時間帯、積み荷の上げ下ろしも行われていないため、人の姿も釣り人がまばらに糸を垂らしている程度だ。


「どう? これだけ静かならあなたも注目されないんじゃない? まずはこの場所で、その服に慣れましょう」


 過剰に恥ずかしがらず、胸を張り過ぎず、自然に歩けるようになれば。

 服を自分のものにして、自然体でいられるようになれば、必要以上に注目を浴びることはなくなるはず。


「そうだね、ここなら大丈夫かも。ありがとう、リース。頑張って慣れてみ——」


 ビュオオオオォォォオッ!


「おっと、危ない危ない」


 沖合から吹き付ける海風は、遥か海の向こうから運ばれ、遮るもののないままにこの波止場まで届けられる。

 頭を押さえなければ、帽子を飛ばされてしまうほどの突風が駆け抜けた。

 耳を隠すために普段から帽子を被っているクロエは、当然風で帽子が飛ばされるのを防ぐため、頭を両手で押さえる。

 この時セリムならば、片手で頭を、片手でスカートを押さえただろう。

 彼女は帽子に慣れ切ってはいるが、スカートには慣れていなかったのだ。


「あ、あなた……」

「ん? リース、どうかした?」

「白い無地……。そうなのね……」

「へ?」


 彼女の視線を追って下半身に目を移すと、風でめくれ上がったスカートの中身が丸見えになっている。


「——っきゃああぁぁぁぁぁぁっ」


 女の子のような悲鳴を上げながら、クロエは大慌てで片手をスカートに回し、押さえ付けた。


「リ、リース……! なに見てんのさ!」

「白の無地って……。どうやら下着も見繕ってあげなきゃいけないみたいね。あまりにも色気も飾り気も無さ過ぎるわ」

「冷静にコメントしないで! いいんだよ、どうせ誰にも見せないんだから!」


 まるでセリムのように涙目になりながら、顔を真っ赤にして猛抗議の声を上げる、ちょっと可愛すぎるクロエの姿。

 リースはどうにかなりそうなところを、ギリギリで踏みとどまり平静を保って見せた。


「……ふぅ。さて、慣れましょうか」

「慣れる気がしない……」


 クロエは頭とスカートを押さえながら、歩き出したリースの後に続く。

 両手が塞がってしまったために手を繋げない事を、お互い密かに残念がる。


「はぁ……。やっぱりスカートってスースーするし、パンツも見えちゃうし、ボクには向いてないよ……」

「でも今のクロエ、いい感じに肩の力が抜けてるわよ? 自然体になって来てる」

「そうかな、良くわかんないけど、そうだといいな」


 ふにゃりと力の抜けた笑みを浮かべるクロエと、微笑み返すリース。

 二人は波止場を歩き続け、やがて視界の先に大きな帆船が姿を見せた。

 停泊する周囲の船とは明らかに違う、一回りも二回りも大きな船。

 長期の遠洋航海に適した、全長六十メートル超、大型のガレオン船だ。


「大きな船ね。きっと明日から私たちが乗る船だわ」

「……なるほど、かなりの大きさだね。総重量、排水量はどのくらいなんだろう。マストは三本か、最高速度はどのくらいかな。内部構造も気になる……」

「ク、クロエ……?」


 突然に技術屋の血が騒ぎ、謎のスイッチがオンになってしまった。

 なにやらブツブツと呟きながら、吸い寄せられるように船へと近づいていく。


「ちょ、ちょっとクロエっ」


 小走りで彼女を追いかけると、クロエは船を見上げながら興味深そうにあちらこちらを眺めていた。


「あの大砲……。海にも危険地帯があると聞いたことがあるけど、そのためのものだろうな……。マストの高さは……」

「ねえ、ちょっと。私のことほったらかしにするなんて良い度胸してるわね」

「……へ? あ、リース、ゴメン! つい夢中になっちゃって。こんなに大きな船を見たの、生まれて初めてだったからさ」

「あら、船自体は見たことあるような口ぶりね。……そう言えば、イリヤーナは水運も盛んだったか」


 北部にある湖から張り巡らされた川が各地に枝分かれし、輸送の手助けとなる。

 そうしてイリヤーナは栄え始めたのだと、リースは思い起こした。


「そういうこと。川を行く輸送船だから、ここまで大きなものは勿論無いし。その辺に泊まってる他の船も、ボクが知ってるのよりずっと大きい」

「……まあ、クロエが好きなことに真っ直ぐなのはよく知っているし。それに今のあなた、とっても自然体で良い顔してる」

「あ、あれ? そういえばボク、今自分がどんな服着てるかなんて全然気になんなかった」


 船の分析に夢中になるあまり、恥ずかしさや違和感が全て吹っ飛んでいた。

 冷静になった今でも、自分の格好に恥ずかしさや違和感は不思議と湧いてこない。


「あはは、なんか慣れちゃったみたい」

「それは何よりだわ。ここは風も強いし、もう街中に戻りましょうか。また色気のない白パンツが見えちゃう前に、ね」

「も、もう! アレは忘れてよ! じゃあ行こっか、リース」

「ええ」


 愛しのお姫様と微笑み合うと、クロエは町へ戻るために踵を返す。

 その時、くるりと回った視界に一瞬、見覚えのある二人の姿が映った気がした。

 確認のため、もう一度。

 海に突き出た波止場の先に目を凝らすと、やはりあの二人がいた。

 水平線を眺めながら寄り添って座る、グレーの髪の少女と金髪の少女。


「リース。ボク、うっかり見つけちゃったんだけど」

「ええ、私も今気付いたわ。やっぱりイチャついてるわね、あの二人。私たちのこと探してないのかしら」


 ソラがセリムの頬にキスをして、何やらセリムが身振り手振りを交えて叫んでいる。

 おそらく、いつも通りの本音がバレバレなツンデレを発揮しているのだろう。

 続けてソラが耳元で何かを囁くと、セリムは照れながら何かを呟いた。

 おそらく、仕方ないですね、だの、特別ですよ、だの言ってるのだろう。

 そして二人は唇を重ねる。

 五十メートル以上離れたこの場所から見ているだけでも胸やけがしてくる。


「ねえ、もう放っといて帰らない?」

「私もそうしたいけれど、そういう訳にもいかないでしょう。あの空気の中に飛び込むの、とっても嫌だけれど」


 ラブラブカップルの創り出す甘々な空間に飛び込むのは大変に勇気が必要だったが、無視して帰るわけにもいかない。

 二人は嫌々ながらも彼女たちのいる埠頭へと足を運んだ。




 ○○○




 昨日の夕暮れ、二週間以上ぶりの入浴を前に我慢の限界に達したセリムは、ソラとターちゃんを伴ってオレンの町へと突撃した。

 道なき道を突っ走り、住民が集まっている正規の入り口を無視して柵を飛び越え屋根へと飛び移り、地形を無視して最速で宿屋に到着。

 長らく離れていた文明のありがたみを噛みしめつつ、綺麗さっぱり思う存分リフレッシュした。


 しかし、翌日になって二人は何かがおかしいことにようやく気付く。

 同じ宿屋にリースとクロエ、マリエールにアウス、全員の気配を感じなかったのだ。

 ここで宿屋の主人に尋ねていれば、この町の長であるベティの邸宅に厄介になっていると知れただろう。

 だが、セリムはテンパっていた。

 ソラはそこまで頭が回らなかった。

 早朝から闇雲に町へと繰り出し、雑踏の中で気配を探っても見つからず、クロエとリースが自分たちを探しに町へと出たタイミングで捜索を一旦諦めてデートに移行。

 そのデートもひと段落し、今はこうして海を眺めながら二人で寄り添っているところだ。


「綺麗ですね、海。青くてどこまでも続いていて。私、この青好きです」

「海の青が? どうして?」

「だって、その……。む、無理です! は、恥ずかしくて言えません……!」

「言ってよ〜」


 突然顔を真っ赤にしてしまったセリムに、ソラは言葉の続きをねだる。


「だから、そ、その……。ソラさんの、瞳の色、みたいで……。うぅ、なんでこんな恥ずかしいこと……」

「セリム……。ちょっと可愛すぎだよ……。ちゅっ」


 愛しさが溢れだし、頬に口づけするソラ。

 セリムはますます顔を赤らめ、身振り手振りを交えながら猛抗議する。


「あ、アホですか! なんでこんな場所でそんな……っ! 遮蔽物無いんですよ!? 誰かに見られたらどうするんですか!」

「にしし、大丈夫だよ。誰も見てないって。それにさ、大好きなセリムにあんなこと言われたら、我慢なんて出来ないよ。だから、ね?」


 セリムの耳元に口を寄せて、小さな声で囁く。


「今度はお口でキス、したいな」


 ソラの吐息が耳をくすぐり、熱っぽい囁きが頭をとろけさせる。

 目の前の少女のことしか考えられなくなり、セリムは顔を真っ赤にしながら首を縦に振った。


「もう、特別……ですからね?」

「にしし、やったっ」


 ソラは八重歯を見せて人懐っこく笑うと、不意に真剣な表情に変わる。

 そのギャップにセリムの心臓が高鳴り、二人は唇を寄せ、静かに重ねた。


「んっ……」

「ふ……っ、……んむっ、ちゅっ、はぁ……」


 時間にして十秒ほどキスをすると、二人は唇を離し、熱の籠った目で見つめ合う。


「ね、もっとしていい……?」

「ダメって言ってもするつもりでしょう……?」

「さすがセリムだね。あたしのことは全部お見通しか。じゃあ、拒んでも無駄だって、分かってるよね……」

「仕方ない人ですね……」


 静かに目を閉じ、ソラを受け入れる。

 ソラはそっと唇を寄せ、二度目のキスを——。


「お二人さん、そこまでよ」

「ホント、勝手に居なくなっといてこんな場所でなにやってんのさ」

「……え? えひゃあああぁぁぁぁぁっっ!! リースさん!!? ……と、誰です?」

「お、お姫様!? 良かった、見つけてくれたんだ。……ところでそっちの子、誰?」


 セリムはひとしきり悲鳴を上げたあと、リースの隣に立つ赤髪の美少女に首をかしげる。

 ソラも見覚えのない謎の美少女の存在に、不思議そうな表情を浮かべた。


「いやいや、分かんないなんてことないだろ?」


 大親友だと思っていた二人に、この程度のイメチェンで認識して貰えなくなるとは。

 思わぬ反応に少しだけショックを受けるクロエ。


「んにゃ? その声どっかで聞いたような……。誰だっけ、こんな可愛い子、絶対に忘れるはずがないんだけど」

「……それってどういう意味です? もしかして私以外の女の子にも手を出そうだなんて思っ」

「思ってない! 思ってないからぁ! あたしはセリム一筋、浮気なんて絶対しないしセリムだけを愛してるの!」

「ソ、ソラさん……」


 愛を囁かれると、夢見がちな乙女であるセリムは途端にときめく。


「おうおうおう、人をダシにしてイチャ付くな。もう、ボクだよ、ボク」

「……え、まさか。ウソでしょ?」

「ク、クロエさん……ですか?」


 とうとう痺れを切らしたクロエに対し、驚愕の表情を揃って向ける二人。

 同時にポーチの中からターちゃんが飛び出し、リースの胸に飛び込んだ。



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