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133 皆さん一体、どこへ行ってしまったのでしょうか

 出港を翌日に控えた今日。

 クロエとリースは午前十時頃から、昨日の夕方に別れたきりのセリムとソラを探して町中を歩き回っていた。

 結局昨日、あの二人がベティの邸宅に顔を出すことはなかった。

 四人が招かれていたことを知らされていないのだから、当然の話ではあるのだが。

 明日の早朝、陽が昇り始める頃に船は港を発つ。

 今日中に二人を見つけなければ、最悪この町に置いていくこととなってしまう。


 多くの魔族で賑わう広大な港町。

 貿易の玄関口として古くから栄えているだけあって、この町の規模はアイワムズ領内では魔都に次ぐ広さ。

 その賑わい振りは、王都や魔都にも見劣りしないほど。

 アーカリア王国との貿易も行っているため、魔族以外に人間の姿もちらほらと見かける。

 人間であるリースがこの町を歩いていても特に奇異の目を向けられないのは、そういった理由も大きいだろう。

 道は石畳で綺麗に舗装され、歩き心地は抜群。

 家屋は白い壁で統一されており、沖から眺めれば色とりどりのカラフルな屋根が目に入る。

 二人は中央通りを歩きつつ、行き交う人の群れの中からセリムとソラの姿を探す。


「……どう、リース。見つかった?」

「ダメね。気配で探ろうにもさすがに人が多すぎるし、私の感知能力では無理みたい」


 レベル50を越えるリースですら、これほどの人数の中から狙った気配を探り当てるのは不可能。

 宿屋にいる時間帯ならば宿の中の気配だけを探ればいいのだが、昼下がりのこの時間、二人は宿にはいないだろう。

 結局のところ、こうして足を動かして目視で探すしか手はない。

 向こうもこちらを探しているはず、そう信じて探し続ける。


「ねえ、クロエ。アレなんだけど……」

「どうしたの? もしかして二人を——」


 キョロキョロと辺りを見回していたリースは、何かを見つけたらしい。

 二人を見つけたのか、そう思い視線を追うと、その先にあったものは。


「あのぬいぐるみ、とってもかわいいわ……」


 ファンシーな小物店の軒先でこちらを見つめる、小さな茶色い猫のぬいぐるみ。


「……欲しいの?」

「えっと、その……。正直なところ、とっても欲しいの。あの子……」

「そっか。なら良いよ、買ってあげる」

「か、買ってあげるって……。いいわよ、あなたより私の方が、ずっとお金持ってるのよ?」

「そういう問題じゃなくてさ、ボクがキミにプレゼントしたいんだ」


 クロエは戸惑うリースにこの場で待つように告げると店内へ。

 彼女が一目惚れした猫のぬいぐるみを手早く購入すると、走って戻り、その場でリースに手渡しした。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがと……。大切にするわ……」


 ぬいぐるみをギュッと抱きしめるリース。

 彼女の華が咲いたような笑顔に、クロエも自然と笑みを浮かべる。


「不思議ね。こんな小さなぬいぐるみなのに……」


 決して高価な物ではないはずなのに、クロエにプレゼントされたというだけでどんな宝飾品や宝物よりも輝いて見える。


「にへへ、そんなに喜んでくれるなんて。こっちまで嬉しくなっちゃうね」


 リースは近頃、よく笑うようになった。

 その理由が自分にあるのなら。

 分不相応な自惚れだと思いつつも、そうであって欲しいとクロエは願う。


「……ねえ、せっかくだしさ。このまま色々と見て回ろうよ」

「見て回る? セリムたちはどうするのよ」

「これだけ探して見つかんないなら、どうせ宿屋に戻る時間帯まで見つけられないよ。だからさ、どうせなら夕方まで、色々と見て回ろう?」

「……あなた、真面目な人だと思ってたのだけど、案外いい加減なところもあるのね」


 いたずらっぽく笑いながら、手を差し出すクロエ。

 彼女らしからぬ不真面目な提案に苦笑しつつ、大事なぬいぐるみをポーチに仕舞うと、その手を取って優しく握る。


「いいわ、付き合ってあげる。ただし、私はアーカリア王国の第三王女。その身分に相応しいエスコートを期待させてもらうわ」

「あはは、お手柔らかに頼むよ、お姫様」


 二人は手を繋いで、海風吹き抜ける町を行く。

 どうか途中でセリムたちを見つけてしまいませんように。

 こっそりと心の中で祈りつつ、クロエのエスコートが始まった。


「さて、まずは腹ごしらえだね。ずっと二人を探してて、お昼ご飯食べ損ねちゃってるし」

「ええ、そうね。どんなお店をチョイスするか、早速腕の見せ所よ」

「おっと。へへっ、これは責任重大」


 大通りには、様々な店が看板を出している。

 その中には当然、飲食店も数多い。

 彼女は王族、どうせなら高級そうなレストランがいいか。

 でも財布の中身が。

 葛藤を繰り広げる中、リースがとある場所へ向けた物欲しそうな視線を彼女は見逃さなかった。

 同時に、クロエは思い出す。

 魔族の王も貴族の御令嬢も、その手の物をとっても美味しそうに食べていたことを。


「よし! リース、お昼はアレにしようか」

「あ、あなた……」


 まるで自分の考えを見透かされたかのように、食べたいと思ったものを当てられてしまった。

 目をパチクリさせる王女をベンチに座らせると、クロエは早速彼女が視線を向けた屋台へと走る。

 手早く購入した物は、使い捨ての葉皿の上に乗った約二十個の白身魚フライ。

 近海で獲れた魚を一口大にスライスし、香辛料を利かせ、衣をまぶしてこんがりと揚げた、いわゆるジャンクフード。

 たっぷりと山盛りになったトマトソースも一緒になっている。

 クロエが隣に座ると、彼女が持ったフライから漂う香ばしい香りに、はしたなくもお腹が鳴りそうになった。


「ほら、買ってきたよ。一緒に食べよう」

「とっても美味しそう……。あなた、私がこれを食べたいと思ったのよく分かったわね」

「えへへ、リースのことはよく見てるからさ」


 無自覚に恥ずかしいことを口走ってリースを軽く赤面させながら、フライを指でつまんでソースを付け、口に放り込む。


「素手で食べるのね」

「やっぱり抵抗あるかな」

「いいえ。実はこういうのも一度、やってみたかったの」


 クロエの見よう見まねで、フライをつまんでソースを付け、一口で頬張る。

 カリっとした食感と香ばしい香りが口の中に広がり、ソースの酸味が続く。

 更に噛むと柔らかな白身魚の身が舌の上でバラけ、香辛料のスパイシーな味と混ざり合う。


「……おいしい」

「良かった。たくさんあるからさ、遠慮せずに食べちゃってよ」


 やはり高貴な身分の人たちにとって、普段口にしないジャンクなフードは謎の中毒性を持っているらしい。

 信じられないほどの勢いでリースは次々と魚フライを食べ続け、クロエが七個を食べる間に十三個を平らげてしまった。


「あ、あら、もう無いのね」

「リースの食べっぷり、凄かったよ。いやはや、貴重なものを見せて貰いました」

「ちょっ、もう! あなたねぇ……」

「あははっ、冗談冗談」


 恥ずかしげに膨れるリース。

 クロエは笑いながら、手に付いた油と衣の残りかすをぺロリと舐め取る。


「……今の、作法なの?」

「作法って言うか……。うん、基本みんなやるね」

「そう、やるのね。なら私も、やらなきゃいけないわよね……!」


 強い決意と共に、リースは指を口に咥えて舐め取って見せた。


「ど、どうかしら! 上手に出来てたかしら!」

「う、うん……。絶対やらなきゃいけないってことでもないから。なんかゴメン……」




 お腹の膨れた二人は、手を繋いだまま港町を散策する。


「さて、王子様。次は私をどこへ連れていってくれるのかしら」

「やめてよ、王子様なんて。ボクはそんなガラじゃないってば」

「ふふっ、そうね。あなたが王子様だなんて、全然似合わないわね。なんだか笑っちゃうわ」

「そ、それはそれで傷つくんだけど」


 複雑そうな表情を浮かべ、頬を掻くクロエ。

 彼女はいつも、薄汚れたつなぎにゴーグル付きの帽子という服装をしている。

 ご丁寧に荷物の中の着替えは三着全て同じつなぎ。

 着ている分も含めれば四着だ。

 せっかく素材がいいのに勿体ない、リースは常々そう思っていた。

 王子様が似合わない、その意味するところもまた。


「あなたもどちらかというと、お姫様寄りよね」

「……へ?」


 リースから飛び出した思わぬ発言に、クロエは目を丸くした。


「ボ、ボクがお姫様って、なんの冗談さ! お姫様はリースの方だろ!?」

「自覚、ないのね。……そう、そんな格好しているからいけないのよ」

「格好……?」


 なにやら目つきのおかしくなってきたリース。

 猛烈に嫌な予感がしたクロエは、次に行くべき場所を考えようとするが、そんな時間すら与えず、リースは目に付いた服飾店に彼女を引っ張っていく。


「次はあそこに行きましょう。あなたの服、私が直々に見繕ってあげるわ。感謝なさい」

「いや、いいって! 服なんて増えてもかさばるし」

「だったら四着もあるつなぎ、二つくらい処分しなさい!」


 手を繋いでいたことが仇となり、クロエは成す術なく引き摺りこまれていった。




「さぁ、見せてみなさい! あなたの秘めた女子力、その全てを!」

「なにさ、そのノリ……。ほんと、無理だって、こんなの……」


 試着室の前で、仁王立ちで腕を組むお姫様。

 クロエの服一式を猛烈な勢いでチョイスした彼女は、絶大な自信と共にクロエに押しつけた。

 脳内で何度もシミュレートした、彼女に似合う服。

 それを実現できるだけの品ぞろえがこの店にあったことを、リースはノルディス神に深く感謝した。


「大丈夫よ! 私のセンスを信じなさい!」

「うぅ、見ても笑わないでよ……」


 まるで高台から飛び下りるかのような覚悟と共に、クロエは試着室のカーテンを開く。

 全貌を現したクロエを目にして、リースは感動すら覚えた。

 黒い長袖の服の上から薄いブラウンのワンピースを着て、色を合わせたベレー帽で耳を隠し、腰まで伸ばした長い髪を曝け出したその姿。

 腰の部分でウエストが引き絞られ、彼女の豊かな胸を強調。

 普段はつなぎの長ズボンで隠れてしまっている白い脚も、ワンピースの膝上丈のスカートからすらりと伸びて脚線美を披露している。


「……………………」

「あ、あのぉ……、や、やっぱり変だよね」

「……素晴らしい。素晴らしいわ。やっぱり私の目に狂いは無かった。最高よ、あなた。最高に可愛いわ」

「可愛い……? ボ、ボクが可愛い!?」


 可愛いだなんて、生まれてこのかた一度も言われた覚えがない。

 やれ男勝りだの、本当に女かだの。

 実際、胸が膨らみ始めるまで男だと思い込んでたヤツもいた。

 そんな自分がこんな、まるでセリムが着るみたいな女の子らしい服を着て、可愛いだなんて言われてしまった。

 クロエの顔は、火を吹きだしそうなほどに紅潮し、羞恥のあまり瞳がグルグルと渦を巻く。


「ええ、胸を張りなさい。あなたは最高に可愛い女の子なのだから」

「ボクが、可愛い……」


 うわ言のように呟きながら、試着室の姿鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめる。

 鏡の向こうの自分は、まるで別人のよう。

 可愛いかどうかは分からない。

 それでも、リースが可愛いと言ってくれたのなら、それを信じてみてもいいんじゃないだろうか。


「……リース、ボク、この服買ってみようかな」

「とっくに私が買っておいたわよ?」

「うえぇぇっ!?」


 お姫様は非常に手早かった。

 クロエに試着させる前に、とうに会計を済ませていたのだ。


「いやいや、ボクがいらないって突っ返したらどうするつもりだったのさ」

「このくらいなら端た金だし、別に平気よ」

「端金って……、これ、使われてるの結構良い素材じゃ……」


 しれっと言ってのけたお姫様に、金銭感覚の違いを思い知らされる一般庶民。


「でもね、私は信じてたわよ。あなたは必ず私の服を気に入ってくれるって。だって、この私が選んだコーデなんですもの」

「……そっか。うん、さすがリースだ」


 彼女の自信に満ちた表情を前にすると、こっちまで勇気付けられる。

 一人では絶対に着れないような服も、着てみようかな、と思わせてくれる。


「ホント、ありがとね」

「別にお礼なんていいわよ、端た金だって言ってるじゃない」

「お金もだけど、もっと別のことも」


 可愛い服を選んでくれたこと、自信を持たせてくれたこと、そして何より、一緒にいてくれること。

 言葉に言い表せないほどの感謝を込めて、ありがとう、と伝えた。


「じゃあボク着替えるから——」

「着替える……?」


 クロエが元のつなぎに着替えようとした瞬間、リースの眼差しが鋭く変わる。


「着替えるって、まさかあなた。その服を着て行かないつもり……?」

「あはは……、さすがにまだ恥ずかしいし、この服で町を歩く勇気は無いかな……」

「恥ずかしい……? 私の選んだ服を着て町を歩くのが、恥ずかしいですって……? それはどういう意味かしら」

「え、いや、違っ、服が恥ずかしいんじゃなくって、なんて言うか……」

「恥ずかしい服装だと思っていないのなら、何も問題はないわよね」

「あ、あうぅぅ……。はい、何も恥ずかしくありません……」


 見事に押し切られたクロエ。

 つなぎを手持ちの袋の中に詰め込むと、彼女は女の子全開の服装で町へと繰り出すことになってしまった。



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