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132 二週間ぶりのお風呂が、私を待っているんです!

 ソラの体が癒しの魔力に包まれ、腕や顔の擦り傷が、太ももに負った深い裂傷が塞がっていく。

 最も大きな太ももの傷が塞がったことを確認すると、リースは傷があった場所を思いっきり平手で叩いた。


 バチーン!


 何かが弾けたような盛大な音が鳴り、ソラの白い脚に赤い手形が出来上がる。


「いったぁ! 何すんのさ!」

「回復完了の合図よ、このアホっ子。勝手にいなくなって、心配させるんじゃないわよ」

「んにゃ? お姫様、あたしのこと心配してくれてたの?」

「バカ言ってんじゃないわよ! クロエとか魔王様たちの話よ! 私は別に、あなたのことなんて……」


 セリムが駆け付けてから三分ほど経った頃、他のメンバーもこの場所に到着。

 リースが回復魔法をかけている間、一体何が起きたのか、その詳細がソラの口から語られた。

 そして今、ソラの肉体的なダメージはリバイブによって完治。

 セリムに癒しの丸薬を食べさせてもらい、失われた体力も完全に回復した。


「おっしゃ、絶好調! セリム、お姫様も助かったよ。ありがとね」


 復活したソラは寝かされていた岩場から勢い良く立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ね回る。

 その様子にあきれ果てるリースと、微笑ましく見守るセリム。

 マリエールは従者と共に、自国内で未だ蠢くホースの影に対する留守中の対策を検討する。

 そしてクロエは興味深そうに、激戦を終えた白銀の刃を検めていた。


「……凄いね。刃こぼれはおろか、小さな傷一つすら付いていない」


 ソラの話によれば、戦いはかなり激しいものだったはず。

 にも関わらず、血糊こそ付いているものの刀身自体は全くの無傷。


「こんなとんでもない代物をボクが打っただなんて、なんか実感湧かないや」

「にしし、クロエにも見せたかったよ! ソラ様ブレードの記念すべき初陣!」

「そうだね、正直なところボクも見たかった」


 自ら鍛え上げた世界最強の剣がどのような力を発揮するのか、それを見届けることこそクロエが旅に同行した一番の目的。

 その活躍をこの目で見られなかった。

 なんとかその場に居合わせたかったと、悔しさすら感じてしまう。


「リースも見たかっただろ? ボクの剣の大活躍」

「……ええ、クロエの剣が、活躍するところなら見たいわね」

「むむ、お姫様、含みを込めた言い方」

「しっしっ、あなたは向こうで彼女さんとイチャついてなさい」


 近寄って来たソラを邪見にあしらうリース。

 ソラはしょげながらセリムの胸に飛び込み、よしよしされると途端に機嫌を直す。

 その様子をクロエとリースがじっと見つめ、視線に感づいたセリムが顔を真っ赤にして、照れ隠しの言葉と共にソラを腕の中から突き離した。

 どうやらツンデレは辛うじて健在らしい。


「も、もう! みんなが見てるんですよ!」

「セリムだって、ノリノリだったくせにぃ……」


 ソラは唇を不満げに尖らせる。

 そんな彼女の顔に苦笑いしながらセリムが視線を下げると、太ももの部分が大きく裂けたインナー、その破れ目から覗く白い脚が目に入った。


「……」

「セ、セリム?」


 思わず食い入るように見つめてしまう。

 不審に思ったソラが目線を辿ると、彼女も足の破れ目に行き着いた。


「あー、当たり前だけど破れちゃってるね。これって縫えたりする? もしかして、そのこと考えててくれてたの?」

「……へ? あ、そ、そうです! そのぐらいの穴なら十分縫えますよ、私に任せて下さい!」


 我に帰ったセリムは、顔を赤らめながら早口で捲し立てる。

 白い肌に見惚れてしまっていたなどとは口が裂けても言えやしない。


「……ところでリース、ターちゃんなんだけど」


 カップルの観察に飽きたクロエは、リースの肩の上に乗ってリラックスしている小動物に目を向けた。


「さっき、すっごい吠えてたよね。今はすっかり大人しくなったけどさ」

「吠え止んだのはここに向かってる途中ね。それまでは見たことないような剣幕で吠えてたわよね」


 セリムが走り去った方角を向いて、必死に吠え続けたスターリィ。

 彼女は一体なにを感じ取ったのか。


「また分かんないことだらけになって来たね……」

「そうね。そしてこういったものは往々にして考えるだけ無駄、いずれ分かることよ」


 マーティナが託した卵から産まれた謎の生物。

 その正体は、マーティナに会えば分かるはずだ。


「……では、そのように取り計らいますわ」

「うむ、頼んだぞ」


 少し離れた場所で、今後の方針を話し合っていた魔王主従。

 話が一段落すると、彼女たちは四人の方へ。


「我らは予定通り、レムライアに向けて出発する。だが、ホースの手の者が我が国に潜んでいるやもしれぬと判明した。よって、対策を講じる」

「対策って?」

「済まぬが、それは言えぬ。どこで敵が話を聞いておるやもしれぬでな。オレンに到着し次第、魔都に伝書隼を飛ばすこととする」


 広い砂漠のど真ん中ではあるが、気配や姿を消す技能も存在する。

 ホースのデタラメさを鑑みれば、遠隔視聴を可能にする魔法を使えても不思議ではない。

 万全に万全を期し、情報が漏れる可能性はなんとしても避けたかった。


「では、行くぞ」


 アウスの持つコンパスを頼りに、一行は再び西へと進み始めた。

 ソラはクロエの手から戻ってきた剣の刀身をしばしじっと見つめ、背中の鞘に戻す。

 彼女たちが立ち去った後、ブロッケンの骸はもはや跡形もない。

 彼がこの場に存在した痕跡は、崩落した洞窟内に埋もれた得物の大鎌のみだった。




 ○○○




 砂漠越えを果たすと、二日ほどの間は赤茶けた荒野が続く。

 そこを抜ければ、再びの草原地帯。

 砂漠や荒野の乾いた風とは違う、緑の香りを運ぶ生きた風が吹き抜ける。

 そのまま一週間ほど進んだ日、風の中に緑とは違う香りが混じり始めた。

 それは潮の香り。

 師匠に各地を連れ回されたセリムと、アーカリア大陸南東の海岸線を旅したソラは、その香りを知っている。


「この香り、海が近いみたいだね!」

「やっと、やっとですか……。やっと町が……」


 とうとう港町オレンに辿り着ける。

 ソラは俄然テンションを上げ、セリムは17日間の長い旅の果てにようやく辿り着く宿屋とお風呂に、折れかけた心をなんとか繋ぎとめる。

 一方、住んでいた場所から遠出したことのないクロエとリースは、今まで嗅いだことのない生臭い臭気に揃って顔をしかめていた。


 空が茜色に変わり始めた頃。

 流れる川に沿って街道を進み、大きな丘を越えたところで、ひと際強い海風が吹き付けた。

 同時に、沈みゆく夕日に照らされて赤く染まった、どこまでも続く果てしない大海原が視界いっぱいに広がる。

 生臭さへの不快感はどこへやら、クロエとリースは揃って目を輝かせ、生まれて初めて目にする海に目を輝かせた。


「おぉぉぉぉぉ!! 何コレ、綺麗! あとすっごい広い! 湖なんか比較になんないくらいだよ!」

「あ、あなたねぇ、当たり前じゃない。そ、そんなっ、湖と海を比べるだなんて、大きさが違い過ぎて話にならないわよっ」


 クロエたちの手前、平静を装いつつも、ウキウキが隠しきれていないお姫様。

 彼女に気付かれないよう、ソラはこっそりとニマニマ笑う。

 丘を下って街道を海岸線に左折した先、とうとう目的の港町が視界の果てに姿を現した。

 埠頭に停泊する巨大な帆船の威容が、数キロ離れたこの場所からでも見える。


「とうとう到着であるな。出港は明後日、予定通りの日程でここまで来られた」

「さすが魔王様、見事なペース配分で御座いますわ」

「うむ、そうであろう」


 多少のハプニングはあったものの、予定通りに事が進み魔王様は鼻高々でいらっしゃった。

 メイドは主君をおだてながら、機嫌が良いことを利用してそのお腹やお尻を撫で回す。

 そしてセリムは——。


「も、もう我慢できません! ソラさん、一緒に宿屋へ行きますよ、今すぐに!」

「わふっ!?」

「へ? んにゃああぁぁぁっぁぁぁぁっ!!」


 リースが抱きかかえているターちゃんをかっ拐ってポーチに詰め、ソラをお姫様だっこで抱え上げると、町に目がけて地形を無視した猛ダッシュで突っ走っていった。

 宿屋を、そこに備え付けられたお風呂を前にして、もはや我慢の限界だったようだ。


「あぁ、ターちゃんが拐われた……」

「ど、どうしよう、魔王さん。あの二人先に行っちゃったりして、どこに泊まってるか分かんないんじゃ……」

「あれほど急いでおれば目立つであろうし、人に聞けば大丈夫であろう。……多分」

「いざとなれば、気配を探ればよろしいですわ」

「そうよ、クロエ。私たちはゆっくり行きましょう。……ターちゃんがいないのが寂しいけれど」


 少々臭いは気になるが、広がる大パノラマに心地よい海風、美しい海岸線。

 この景色を楽しまない手はない。

 右手に夕焼けの海を望みながら、四人は町へと歩を進める。



 アイワムズ領、港町オレン。

 アーカリアス大陸西端に位置する、海に面した一大都市。

 古来より物資流通の要であり、海洋国家レムライアとの交易船はこの港から海原へ発つ。

 レムライアのみならず、アーカリア王国とも海路で貿易を営んでおり、アイワムズの経済と外交を支える一大拠点だ。

 町の入り口が見えたところで、マリエールは思わぬ光景に呆気に取られる。


「……アウスよ。あれはどういうことだ? 町の者がこぞって余を出迎えようとしているように見えるのだが」

「左様に御座いますわね、魔王様。民に慕われておる証拠に御座います。このアウス、感服仕りましたわ」


 魔王が自らレムライアに向かうため、魔都アイワムズを発ち、オレンを目指して旅立った。

 この情報は当然ながら、伝書隼によって速やかにオレンへと伝達され、街中の魔族の知るところとなった。

 五百人近い群衆がひしめき合い、街道まで出向いて、魔王の到着を大歓声と共に祝う。


「本当に大人気なのね、魔王様」

「む、むぅ……、しかしこれは……」


 アーカリア領を旅した時とは全く違う状況に、マリエールは戸惑ってしまった。

 アイワムズ国内において、マリエールの顔を知らぬ者など一人もいない。

 向こうの町ではただの子どもとして扱われることに腹立たしさを覚えたものだったが、あまりにも熱烈すぎる歓待にも逆に困惑してしまう。


「お嬢様、そのような疲れたような困ったようなお顔を民に見せてはなりませぬ。どうぞ笑顔で、応えてやってくださいまし」

「わ、分かっておる……。コホン、皆の者、出迎え御苦労である!」


 民衆に笑顔で手を振り返すマリエール。

 善政を敷き、死に物狂いで頑張って来たからこその、民からの人気。

 彼女にとっても、嬉しくないはずはなかった。

 歓喜に沸く民衆の中から、身なりの良い一人の女性が進み出て来る。

 オレンジの髪が夕日に映え、眼鏡の奥の眼差しからは知的な印象を受ける。


「魔王様、オレンの町まで遠路遥々、ようこそいらっしゃいました」

「ベティか、出迎え御苦労である」


 彼女の名はベティ・バーモルトス。

 元はリヴィアの世話役を務めるメイドだったが、その能力の高さをマリエールに見込まれ、魔王直属の家臣に抜擢された経歴の持ち主。

 そして今は、オレンの町の統治を委任される重要な立場にいる。

 余談ではあるが、アイワムズという国家において、貴族は存在していない。

 魔王の片腕たる側近を務めるアウスも、当然ながら元は平民の出。

 特別な血筋は王家のみ、家臣は厳しい採用試験を潜り抜けた者の中から能力を見定め、魔王自らが選抜する。


「長旅でお疲れでしょう。私の邸宅に歓待の用意を済ませてあります。存分に羽を伸ばしてください」

「うむ、大義である」

「リース王女様も、ようこそお出で下さいました。もしよろしければ、私に歓待の名誉を賜りたく存じます。お付きの方たちもご一緒に如何でしょう」

「あら、私のことも知ってたの。ならお言葉に甘えて。行きましょう、クロエ」

「……え? え? もしかしてボクも一緒なの!?」


 魔王や王族と同等の歓待を受けることになってしまい、クロエはうろたえる。


「い、いいのかなぁ……。ソラとセリムにも悪いしなぁ……」

「いいのよ、勝手に突っ走ったあの娘の自業自得だわ。それに、今頃は約二週間ぶりに楽しんでるでしょうし。邪魔しちゃ悪いわよ」

「あ、あはは……」


 確かにあの二人なら、今頃お風呂場で色々と溜まったものを解消していそうだ。

 クロエは苦笑いを浮かべながら、民衆の歓声を一身に浴びる魔王様に付いて町へと入っていった。


 高台にあるベティの邸宅に案内された四人は、まず旅の垢を落とし、パーティ会場のような広間にて豪勢な料理による歓待を受けた。

 久々の質素ではない料理らしい料理。

 クロエは感激し、マリエールとリースは食べ慣れた味に安心感を覚える。

 そしてメイドは、マリエールが使用した食器を人知れずこっそりと回収していた。

 食事を終えたところで、魔王主従はベティと共に彼女の執務室へと向かう。

 レムライアへの航海の日程、積み荷の状況や船内の居住環境などの説明を受けるらしい。

 手持無沙汰となってしまったリースは、クロエを誘って屋敷を抜け、二人で埠頭へと向かった。



 静けさに包まれた夜の海。

 吸い込まれそうな黒い水面が揺れ、波が波止場にぶつかり弾けて飛沫を巻き散らす。


「夜の海って、また印象が変わるものね」

「そうだね、なんかちょっと怖いかも」


 振り向けば、きらびやかな街の明かり。

 夜の海面に光が反射し、現実味が湧かないほどの幻想的な風景を創り出す。


「あら、鍛冶師さんはずいぶん臆病なのね」

「ち、違うやい! 前言撤回、全然怖くなんてないから!」


 好きな娘の前では強がりたいお年頃。

 クロエは何でもない風に振舞いながら、波止場に腰掛けて足をぶらぶらさせる。


「弱い私を晒して欲しいって言っておいて、自分は虚勢を張るなんて、あなたズルイのね」

「別に強がってなんて……。それにしてもさ、信じられないよね。ここってアーカリアス大陸の西の果てだろ? ボク達、こんなところまで来ちゃったんだね」

「ええ、遠くまで来たわね。ここから王都まで、どのくらい離れているのかしら。歩きだと二か月以上かかるのよね……」


 クロエの側にしゃがみながら、瞬く星空を眺めてリースは呟いた。


「……寂しい?」

「まさか。正直ワクワクしてる。だって、まだまだ遠くまで行くのよ? この大陸を飛び出して、海の向こうの違う国へ。お城の中でずっと暮らして来た私にとって、信じられないくらいの大冒険よ」


 夜空を見上げるお姫様の横顔。

 その美しさに目を奪われ、胸の鼓動が高鳴り、あぁ、恋しちゃってるなぁ、と実感させられる。


「私一人じゃ、こんな体験出来なかった。旅に出ようだなんて思わなかった。全部あなたと出会えたおかげよ。ありがとう、クロエ」

「リース……」


 こちらを向いて、ニコリと微笑むリース。

 胸に秘めた想いが溢れだしそうになり、クロエは思わず彼女の両手を握った。

 突然の行動に、リースは不思議そうに見つめ返す。


「あ、あの……、クロエ?」

「リース、ボク、ボク……っ。——リースの手、ちょっと冷えてるね。寒くならないうちに戻ろうか」

「え? ええ、そうね。ちょっと早い気もするけど、戻りましょうか」


 言えない。

 言えるはずがない。

 今想いを告げても、ただ彼女を困らせるだけ。

 そんなものはただの自己満足だ。

 今はこれでいい、ただ彼女と旅をして、同じ時間を過ごせるだけで。

 クロエは星空の下、想いを寄せるお姫様と手を繋ぎながら、町の明かりを目指して歩いていった。



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