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131 いっぱい叱りたいですけど……。今回だけ、特別ですからね

 赤黒く変色した体表、四本の足に二本の大鎌。

 カマキリのような姿をした、十五メートル以上の巨体を誇る怪物に、ブロッケンだった頃の面影はもう存在しない。

 知性も理性も失ったモンスターが、何の理由も目的も無く、ただ魔物としての本能に従いソラに襲いかかる。

 両手の大鎌は、刃渡り約八メートル。

 規格外の巨大な刃が、全身を筋肉の塊と化した怪物の膂力で以て薙ぎ払われる。

 これを食らってしまえば、黒竜の鎧とて紙切れのように引き裂かれるだろう。

 剣で受けるのもまずい。

 刀身には傷一つ付かないだろうが、きっとパワーに押されて大きく吹き飛ばされ、体勢を崩してしまう。

 選択肢は回避のみ。


「つっ……!」


 深く斬られて痛む足を押して、ソラは低く跳んだ。

 眼下を通過する大鎌が砂漠を薙ぎ、砂煙を巻き上げる。

 空中でくるりと回転すると、怪物の左腕に着地。

 たとえどのような異形に成り果てようが、目の前にいるのは紛れもなくブロッケン。

 急所は人間と同じはず。

 心臓を貫くか、首を斬り飛ばせば倒せる。


「何とか飛べた……っ!」


 太ももの傷口から血が噴き出し、激痛に顔をしかめるソラ。

 だが、今は痛がっている暇などない。

 急所の首を目指して、太い腕を駆け上がる。


「ヒヒィィィイィィィ!」

「な、なに……?」


 怪物は奇声を発しながら、昆虫のような口を左右に開いた。

 その喉奥に魔力光が輝き、次の瞬間、雨あられと魔力弾が放たれる。


「うえっ!?」


 白く発光する、小石ほどの大きさの魔力弾。

 視界を埋め尽くすほどの弾丸が飛び来たり、ソラは思わず足を止めた。

 このまま突っ込んでいっても、とても捌き切れる数ではない。

 すぐさま腕から飛び下りつつ、苦し紛れに足下を斬り付ける。

 スパっ、と小気味よい音と共に、鋭い切り傷が刻まれた。

 空中で振りかえると、彼女のいた場所——ブロッケンの左腕に大量の魔力弾が命中。

 肉が抉れ、血煙が舞い、その腕は穴だらけになる。


「ヒイイィィィィっ!!」


 苦悶の声を上げるブロッケン。

 マヌケにも自爆をしてくれたとソラが喜んだのも束の間、怪物の腕の傷はみるみる内に塞がっていく。


「再生能力……! まだ生きてたんだ!」


 腕の鎌を丸ごと生やすほどの驚異的な再生能力は、完全に怪物と化した今でも健在。

 ソラの付けた傷も、すぐに塞がってしまった。

 負傷している右足を庇いながら着地すると、巨大な敵を見上げ、剣を握りしめる。


「ヒヒヒヒィィィィィッ!!」

「……どうしよう」


 広範囲をカバーする長大なリーチの大鎌と、自傷を顧みない魔力弾での迎撃。

 遠近両方面で隙が見当たらない。

 頭を捻って考えようとするが、打開策は何も浮かばず。


「いっそ参式ブースターで一気に……? でも、さっき使っちゃったし……」


 もう一度使用して、もしも仕留めきれずに闘気が底をついたら、その瞬間に詰みだ。

 あれこれ考えを巡らせるが、それ以上の時間を敵は与えてくれなかった。

 完全に再生が終わると、怪物は両手の大鎌を振りかざし、四本の足で一気に距離を詰めに来た。


 ブオン、ブオン!


 大質量の鎌が次々と振るわれ、空気を斬り裂き風を巻き起こす。

 その巨大さに見合わず、狙いは正確。

 的確にソラのいる位置を狙って斬撃が襲い来る。


「まずいって、これ……!」


 横薙ぎに振るわれる右の鎌を、深く身を沈めてやり過ごす。

 しゃがみ込んだソラを貫こうと、ブロッケンは左の鎌の先端を突き刺しにかかった。

 すぐさま立ち上がり横っ跳びで回避すると、鎌の先端が砂漠の砂に深々と突き刺さる。

 しかし、怪力によって軽々と引っこ抜き、すぐさま次の攻撃へ。


「休む暇くらい、くれてもいいだろっての……」


 愚痴をこぼしながら、足の痛みを歯を食いしばってこらえる。

 激しい動きを続けているために傷口は開きっぱなし、絶え間なく血が流れ出ている。

 重要な動脈を傷つけられたわけではないため、出血の量自体は命に関わるレベルではない。

 しかし、痛みによって集中力が散漫になり、右足を庇う動きをしているために普段通りの身軽さが発揮できずにいた。


「このままじゃ、いつか捕まっちゃう……! どうしたら……」


 右手に握った、世界最強の剣。

 この白銀の刃に恥じぬ、世界最強の剣士になるために、こんな場所でこんな筋肉カマキリなんかに負けられない。

 連続して繰り出された刃先での突きを連続バック転でかわしながら、脳裏に浮かぶのは憧れの人。


「世界最強の剣士……、ローザさん……」


 ローザンド・フェニキシアス。

 ソラの目標であり、いつか越えるべき高い壁。


「こんな時、あの人ならどうするんだろう……」


 幾多の修羅場を潜り抜け、世界最強の剣士となった彼女は、このような危機に陥った時どう対処するのだろう。

 大鎌の嵐のような攻撃に晒されながら、ソラは思いを巡らせる。


「あたしも、ローザさんみたいになれたら……」


 ブロッケンは大口を開き、白い閃光を口から吐き出す。

 極太の魔砲撃がソラに向けて迫り、飛び退いた彼女の目前で破裂、砂塵を巻き上げて大爆発を起こした。

 仕留められなかったと見るや、怪物はすぐさま魔力の散弾を乱射し、牽制しながら距離を詰めにかかる。

 雨のような弾幕に晒されたソラは、刀身で直撃弾をひたすらに弾き落とす。

 距離が空いているために弾の密度はやや薄いものの、それでも弾き損ねた弾が体を掠め、マントに穴を開け、擦り傷を増やしていく。


「あの人、みたいに……?」


 魔力弾を凌ぎきったところで、ソラに閃きが舞い降りた。

 あの時、アルカ山麓の戦いでローザがやっていたことを出来れば、勝機はある。

 今まで修行中にすら一度も成功していないあの技を、この土壇場で成功させられれば。

 もしも失敗すれば、その瞬間に自分は肉片と化す。

 だが、世界最強の剣士になるのなら。


「出来る……! あたしになら、出来るに決まってるッ!!」


 両手で剣を強く握り、ソラは敵を見据える。

 右手の鎌での突きを横っ飛びでかわし、次に襲い来る左の横薙ぎ。

 このタイミングで彼女は高く飛び跳ねる。

 空中で一回転し、先ほどとは逆の左腕に着地。


「いっつ……っ! っぐぅぅぅ……!」


 足の痛みに耐えながら、敵の首をめがけて一直線に駆け抜ける。

 当然ブロッケンは大口を開き、魔力弾を無数に撃ち放ってきた。

 ここが勝負の分かれ途。

 ソラは生きたいと願う力を闘気に変え、ありったけの想いを乗せて剣に送り込む。


集気護盾オーラガードナーっ!」


 刃に乗ったソラの闘気が、半透明の盾へとその形を変えた。

 その堅固な護りが魔力の光弾を受け止め、消し飛ばしていく。


「で、出来た……」


 ローザの手本を思い返しての、見よう見まねの防御技能。

 鍛錬の間、一度も成功しなかった技を、彼女はぶっつけ本番で完成させた。

 こうなればこっちのもの。

 弾丸の雨を弾きながら、ソラは敵の首を目指して腕を駆け上がる。


「ぐっ、うぐぅっ……!」


 闘気の盾の維持、弾丸を受ける度に腕に走る多大な衝撃、そして足の傷。

 三重の苦難に歯を食いしばって耐えながら、肘を通過し、二の腕を駆け抜ける。

 行ける。

 そう確信した、肩まであと数歩のところ。

 突如、右足に耐え難い激痛が走る。


「あぐぅぅっ!!」


 激しい動きを続けた無理が祟り、右太ももの傷口が広がってしまったのだ。

 足がもつれ、大きく体勢を崩すソラ。

 左足で踏ん張り、なんとか転倒は免れたものの、集中が途切れて盾を維持出来なくなってしまった。

 刀身に宿った闘気が形を失い、虚ろなもやのように揺らめく。

 目の前に迫るは大量の魔力弾。

 今からでは盾を張り直せない。


「まだだ、まだ……っ!」


 まだ諦めない、諦めてたまるか。

 まだ闘気は剣に残っている。

 残存している闘気を体内に取り込み、ソラは最後の勝負に出た。


闘気収束・参式オーラチャージ・ブースターッ!」


 喉が枯れんばかりに叫びながら、最後の一滴まで力を使い果たす覚悟で。

 激増した身体能力で弾丸の雨を掻い潜りながら、ソラは残像が見えるほどの速度で敵の急所に迫る。

 人間離れした挙動に、足の傷が悲鳴を上げる。


「っがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 千切れてもいい、使いものにならなくなっても構わない。

 足が一本無い程度で、最強への道は諦めない。

 咆哮と共に、捨て鉢とは違う強い覚悟で、痛みを抑え込む。

 肩の上に到達すれば敵の魔弾はもう届かない。

 練りだせる最後の闘気を剣に込め、白刃にオーラの刃を纏う。


「今度こそ——っ」


 気鋭斬オーラエッジ

 首へと走り込みながら振り抜く、最後の一閃。

 白銀の刃が筋骨隆々の野太い首を、硬い筋肉を、その中にある骨までを、一太刀で断ち斬った。


「ヒィィィィィィィッ!!?」


 首を斬り落とされた異形の怪物は、喉奥に絶大な魔力を溜めこんだまま、断末魔の叫びを上げる。


「やっ、やった……」


 駆け抜けた勢いのまま、背中方向へと力なく落下していくソラ。

 参式ブースターはとうに解除され、気鋭斬オーラエッジすらも維持できずに掻き消える。

 彼女は今や一片の闘気すら練り上げられず、指一本すら動かせないほど疲弊していた。


「はは……、一人で勝てた……。セリムたちに頼らずに……、一人で……。これでまた、ローザさんに近付けたかな……」


 巨体から斬り離され、宙を舞う巨大な首をぼんやりと眺めながら。

 誰に言うともなく呟いていると、くるくると回る首がこちらを向く。

 生命活動を停止した、異形と化したブロッケンの頭部、その喉奥に輝く魔力の残滓ざんし

 当然、彼にもう意識は無い、敵意も無い。

 しかし、絶命したことによって、喉奥に溜め込まれた膨大な魔力は制御を失い……。


「あ、あれ……? これ、やばい……」


 圧縮された魔力が、解放される。

 宙を舞う首が、莫大な威力を秘めた極太の魔砲撃を吐き出した。

 くるくると回りながらランダムな方角へとデタラメに撃ち出し続け、砂漠の地表を、首を失って倒れ込む胴体を薙ぎ払う。

 まるで壊れた蛇口のように魔砲を吐き出し続けるその口が、落下するソラの体にも向こうとしていた。


「うっそぉ……、せっかく勝ったのに……、道連れにされちゃうわけ……?」


 まるで振り下ろされる巨大な剣のように、上方から迫る白い光線。

 ソラにもはや余力は残されておらず、迫る死を前にどうすることも出来ない。


「ああ、ごめんね、セリム……。無茶するなって、あれほど言われたのにね……」


 思い浮かべるのは、愛しい恋人の顔。

 自分が死んだと知ったら、彼女はきっと悲しむだろう、泣きわめくだろう、もしかしたら壊れてしまうかもしれない。

 彼女のためにも、絶対に死ぬわけには。

 それでも、抗う術はもう——。


「最後に、会いたかったなぁ……」

「何諦めてるんですか!」


 ゆっくりと目を閉じようとした時、耳に届いたのは、愛しい彼女の声。

 次の瞬間、地上から撃ち出された流星が巨大な首に激突し、大爆発と共にその頭部を粉々に消し飛ばした。


「のわぁぁぁあぁぁぁっ!!」


 ぽふっ。

 爆風に煽られて吹っ飛ばされるソラの体を、柔らかな何かが受け止める。


「もう、何やってるんですか! 一人で無茶しないでって、あれほど言ったのに……!」

「セリム……」


 セリムは空中で、ソラの体をお姫様だっこに抱え上げる。

 柔らかな膨らみに顔が埋まり、大好きな匂いに包まれて、張り詰めた気持ちが急速に緩んでいく。

 セリムは軽やかに着地すると、傷だらけのソラを岩場の上にそっと横たえる。

 彼女の目尻に溜まった大粒の涙に、ソラの胸がズキリと痛んだ。


「また心配かけちゃったね、ゴメンね。でもさ、あたし、一人でやっつけたよ。ちょっと道連れにされそうだったけど……」

「相討ちじゃ意味ないです……。世界最強の剣士になるんでしょう? だったら……!」

「……本当だよね。セリムに心配かけずに戦えるのは、まだまだ先かぁ」


 全身の痛みに顔をしかめながら、涙目で覗きこむセリムににっこりと笑いかける。


「でもさ……、頑張ってやっつけたんだから、ちょっとは褒めてほしいな」

「……特別です、よしよししてあげます。頑張ったご褒美ですから。本当はいっぱい叱りたいですけど、今回だけの特別です」


 数あるセリムとのスキンシップの中でも、最も心が安らぐ頭なでなで。

 大好きな少女に優しく頭を撫でられると、これ以上ないくらいに安心する。

 母親に甘える小さな子供のように安らいだ表情を浮かべながら、ソラはようやく戦いの終わりを実感した。


「よしよし、いっぱい頑張りましたね。偉かったですよ」

「にゃあぁぁ……」

「ふふっ、可愛いです。それにしても……」


 ソラが仕留めた魔物の骸。

 カマキリのような赤黒い巨体は、次第に炭化して砂漠の風に散っていく。


「なんです? あのモンスター。あんなの今まで見たことないですし、それに今のソラさんなら、この砂漠の魔物なんて敵じゃないはずなのに……」

「あれね、ブロッケンなの」

「ブ、ブロッケン……ですか!?」


 思いもよらぬ名前が飛び出し、セリムは驚きのあまりオウム返しで聞き返してしまう。


「なんかね、手の甲の変な紋章が光ったら、両手が鎌に変化して、すっごく強くなったの。そいでね、致命傷を与えたら……暴走? みたいになって、見た目も中身も完全にモンスターになっちゃった」

「それって、ルキウスの時と似てません?」

「それはあたしも思った。死体の消え方もそっくりだしね」


 十五メートル以上あった巨体はその殆どが風化し、もはや痕跡すらおぼろげだ。


「でもルキウスの時と違って、あたしの攻撃しっかり効いたんだよね」

「なるほど、二つは似て非なるものである、と?」

「難しいことはよくわかんないや。それとね、あの力、マイルから貰ったって言ってた」

「マイル……って!」


 セリムの緑色の目が、大きく見開かれた。

 その名前を聞くだけで身体中に悪寒が走る、言い知れぬ不安に駆られる。


「アイツ、きっと生きてるんだ。ブロッケンにあたしを襲わせたのも、きっとアイツだよ」

「それは、言い切れませんけど……。あそこで死ぬ前に力を与えた可能性もありますし」


 セリムにかけた、ホースの存在を誤認させるための幻覚魔法。

 並のイリュージョニストでは、あれだけの長時間魔法をかけ続ける芸当はできない。

 あれを使用した時、すでにブロッケンにはこの力が宿っていた、そう考えるのが自然だ。

 特別な力を手に入れたような発言も、仄めかしていたと記憶している。


「それでも、あの人が生きている可能性はグッと上がりましたね……」


 いつかまた、マイルは目の前に現れるのだろうか。

 自分にそっくりな得体の知れない存在の影に、セリムはグッと拳を握る。

 彼女の上空を、洞窟が崩落し住処を追われたコウモリの魔物たちが飛び去っていった。

 次なる安住の地を求めて。




 ○○○




 そんなコウモリの群れのうち一匹の視界を借りて、彼女はこの戦いの一部始終を観察していた。


「あーあ、やられちゃったよ。しかもオマケの方に。せっかく強くしてやったのに、なっさけないなぁ」


 視界のリンクを切ると、退屈そうに背もたれに体重を預ける。


「所詮はあの程度か。人間のみが持つ魔素への耐性を、半分取っ払った程度じゃあね。もっと最適化しなきゃ」


 ため息混じりに肩を竦めると、彼女は椅子から立ち上がり、研究施設の奥へと消えていく。


「でも、ちょっと力を引き出すと、耐性丸ごと吹っ飛んじゃうことが分かったのは大きな収穫かな。ありがとう、ブロッケン君。キミの犠牲は次なる発展への大いなる礎だ」



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