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129 ソラさんの存在が、私の心の支えです

 眠りから覚めて目を開くと、まず映るのはゴツゴツした岩肌の天井。

 この上無くブルーな気分で、セリムは寝袋から這い出した。

 ここはダムドール砂漠のど真ん中にぽっかりと口を開いた小洞窟の中。

 奥行きは十メートルほど。

 最低限、風や日射しや寒さを凌げる程度の狭い空間だ。


「はぁ……」

「セリム様、おはようございます」

「アウスさん、おはようございます……。朝ごはん、手伝いますね……」


 他の四人はまだ夢の中。

 柔らかな砂の上での寝袋は、ゴツゴツした地面よりは幾分かマシだが、やはりベッドが恋しい。

 日中の酷暑のせいで、体も汗でべた付いている。

 朝食の支度をするアウスに加勢しながら、文明が恋しくなり、セリムはまた深いため息をついた。



 砂漠横断二日目。

 変わり映えのしない景色と殺人的な日射しの中、六人はひたすら前に進み続ける。

 進んでも進んでも、周りの景色は砂、砂、砂。

 たまに岩場がある程度で、植物も生えていなければ、魔物の姿も見当たらない。

 自分がなにをしているのか、果たして前に進んでいるのか、そもそも現実感すら湧かなくなり、セリムはひたすら恋人の顔を見つめて正気を保とうとする。


「……ん? どうしたの、セリム。あたしの顔になんか付いてる?」

「いえ、そうではないです。ただソラさんを見て、癒されていただけですので」

「あたしの顔って、癒されるの?」

「この世界で一番大好きで大切な、ソラさんの顔ですもん。癒されるに決まってます、心の支えです」

「セ、セリム……!?」


 極限の状況でツンデレの仮面を剥がされ、心のままに好意を伝えるセリム。

 ソラの顔が真っ赤に染まり、クロエはセリムが正気を失おうとしている事実に戦慄を覚えた。


「セリム、色々と限界っぽいなぁ……。リースは大丈夫? 無理してるなら遠慮なく言ってよ」

「私は平気よ。きっとメアリスなら、この程度で弱音を吐いたりしないもの」

「……そっか。でも本当に辛くなったらちゃんと言って欲しいな。キミの支えになりたい、それもボクの嘘偽りない気持ちだからさ」


 恥ずかしい台詞が平然と口をついて出てしまう。

 自分もセリムと同じく、暑さで頭が湧いているのだろうか。

 クロエは苦笑いしつつも、自分の本音を想いを寄せるお姫様に伝える。

 リースの頬にほんのりと朱が差し、クロエの方へは顔を向けずに努めてそっけなく言葉を返した。


「本当に平気よっ。辛くなったら頼らせてもらうけど、今は平気! そ、それにしても、魔王様は元気ね」


 一行の先頭を行く魔王様は、砂漠を旅しているという事実に酔いしれ、広い地平線を眺めては目を輝かせる。

 彼女の一歩後ろを歩くメイドも、お嬢様の可愛さに酔いしれ、口の端からよだれを垂らす。

 この二人に限っては、疲れや精神的疲労は無縁のもののようだ。


「ホントだ、魔王さん子どもみたいにはしゃいじゃってるや。……いや、子どもなんだっけ」

「ちょっとだけ癒されるわね」


 無邪気にはしゃぐ魔王様に心癒されながら、リースとクロエは歩みを進める。

 その後ろでは、素直になったセリムの怒涛の告白攻撃にソラがタジタジになっていた。



 三時間後、彼女たちの行く手に巨大な砂嵐が巻き起こった。

 砂漠の砂を巻き上げ、進行方向を丸ごと覆い隠すような砂塵の壁。

 一切怯まず歩みを止めないマリエールに、砂嵐を目にした衝撃で正気に戻ったセリムが尻ごみしつつ問いただす。


「ま、待って下さい、マリエールさん。あの砂嵐、見えないんですか? まさか突っ込むつもりですか!?」

「突っ込む。あの規模の砂嵐、迂回していては余分に数日はかかってしまうからな」

「魔王様、砂嵐に突っ込んだりして危険ではないの? 方角がわからなくなるかもしれないし、風で吹き飛ばされたりしないかしら」

「姫の懸念も尤も。だが、こちらには風使いのアウスがおるではないか」

「はい、わたくしがおりますわ」


 優雅に微笑むアウス。

 彼女の名前が上がると、セリムとクロエ、リースは納得し、ソラが首をかしげる。


「どゆこと?」

「アウスはウインドナイト、風を操る力を持っておる。そして砂嵐は風だ」

「わたくしが皆さま方の周囲の気流を操作し、無風空間を作り出します。たとえ砂嵐の中であろうと、快適な旅をお約束しますわ」

「おぉ、なるほど」

「それに方角ならほれ、この通りコンパスを持っておる。何も問題は無いと分かっただろう、では行くぞ」


 ソラもようやく納得。

 アウスが風の魔力を用いて六人の周囲に無風地帯を作ると、一行は吹き荒ぶ砂嵐の中へ足を踏み入れた。



 たとえ自分の周囲数メートルが無風でも、周囲で吹き荒ぶ風の轟音は凄まじく、視界もほぼゼロに近い。

 砂嵐に突入してどのくらい経っただろうか。

 ソラはひたすら、前方を歩く五人についていく。


「マリちゃーん、まだ抜けないのかなー」

「…………」

「んにゃ? 風の音で聞こえてないのかな。アウスさーん!」

「…………」

「あ、あれ? ねえクロエ、なんか変じゃない?」

「…………」


 呼びかけても返事を返さない魔王主従。

 クロエの肩を叩きながら問い掛けると、ソラの右手が彼女の体をすり抜けた。


「うぇ!? これ、前にも見たような……。セリム、これってアレだよね!」

「…………」

「せ、セリムまで……?」


 無言、無表情、愛する人の存在がまるで目に入っていないかのように歩き続けるセリム。

 ここに来て、ソラはようやく自分の置かれた状況を把握する。


「お姫様も、だよね……。やーい、お転婆姫ー! べろべろべーっ」

「…………」

「やっぱり。これってアイツの、ブロッケンの幻覚魔法だ……!」


 霧の山・ブルズ山地で体験した、幻影を見せることで仲間とはぐれさせる魔法。

 いつからかけられていたのか、敵や仲間の気配を探ろうとしても、やはり何も感知できない。

 幻覚魔法をかけられている間は、気配探知にジャミングがかかる。

 敵に仲間の気配の感知を、砂嵐に視界を、吹き荒ぶ風に聴覚を封じられたこの状況。


「……ヤバくない?」


 然り、絶体絶命である。

 アウスがかけてくれた風除けの魔法もいつまで保つか。

 砂塵が飛び交う暴風の中に放り出されたら、それはそれで非常にまずい。


「と、とにかく何とかしないと! まず敵を振り切る……じゃなくて、セリムたちがあたしがいないって気付けば、どうにかしてくれるかな」


 セリムが山中を駆け回っても振り切れなかった相手だ。

 この砂嵐の中をいたずらに逃げ回ったところで、絶対に逃げ切れないだろう。

 アウスの魔法が切れる前に風をしのげる場所を探し、セリムたちが異常に気付くまでやり過ごす、それが最善手。

 ブロッケンは直接戦闘を好まない。

 自ら襲ってくることはまず無いだろう。

 そう判断し、ひとまず今朝までいたような小さな洞窟を探す。

 何故ブロッケンが自分のみをターゲットにしたのか、その意味を深く考えないまま。


 約十分後、ソラは幸運にも洞窟の入り口を発見。

 しかも今朝のような小洞窟ではなく、地下ドームと言っても過言ではない広々とした空間だ。


「おぉ、すっごいラッキー!」


 アウスの魔法も丁度、効力が切れた。

 術者が定期的に魔力を供給しないと、この魔法は一定時間で消失してしまう。

 その前にこの洞窟を発見出来たことは、非常に幸運と言えた。


「ふぃー、ちょっくら休もっと」


 砂の上に突き出た座るのに手頃な岩に腰かけると、ソラは呑気に周囲を見回す。

 現在地は、広々とした入り口から急な坂を下ること三十メートルほどの場所。

 周囲の地面は砂漠の細やかな砂、ところどころに岩が突き出ている。

 天井の高さは軽く十メートル以上。

 剥き出しになった岩肌の天井には、小型のコウモリ型モンスターがひしめいている。

 ソラの実力を感じ取ったのか、襲ってくる気配はまったくない。

 大きく息を吐いて気を緩めると、ソラはじっと待つことにした。

 このまま砂嵐が収まるまで待つか、セリムたちが気付いて探しに来てくれるのを待つ。


「……来るよね、きっと」


 ちょっと心配になるが、セリムは絶対に自分を見捨てない、それだけは自信があった。


「なんせ愛されちゃってるしね。にしし」


 セリムに愛の言葉を囁かれるたび、この上なく幸せな気持ちになれる。

 セリムの顔を思い出すたび、胸の中が愛しさで一杯になる。

 これ以上なく好きなはずなのに、日に日にセリムへの想いは大きく強くなっていく。

 自分でも怖いくらいに、セリムのことを愛してしまっている。


「あー、あたしもしっかり愛しちゃってるね。好き過ぎるね」


 魔王城での最後の夜以来、体を重ねる行為はご無沙汰だが、たとえ行為に及ばなくても好きだと伝える方法は山とある。

 アレも所詮は、好意を伝える手段の一つに過ぎないのだから。


「はぁ、セリム、会いたいなぁ」


 思えば結ばれてからというもの、入浴の時などを除けば常に一緒にいる。

 この程度の短い時間でも、セリムと離れることはかなりのストレスになってしまっているらしい。


「独り言も増えちゃうよね、そりゃ。——っ!」


 自分で自分に呆れていると、突如として背筋を悪寒が走った。

 第六感が警鐘を鳴らし、咄嗟に前方に飛び込み、砂地を転がる。

 数瞬前まで自分の首があった空間を、鋭い大鎌が薙ぎ払った。

 ソラはすぐさま跳ね起きて体勢を整え、姿を現した襲撃者と対峙する。


「キーッヒッヒッヒ、感知を封じられていたってのに、カンの良い嬢ちゃんだぁ」

「ブロッケン……! まさか自分から姿を現すなんて……!」


 隠れて姿を現さず、幻覚によって嵌めるだけだと思っていた彼が自ら姿を晒した。

 ソラにとっては想定外の事態だが、これは逆にチャンスでもある。

 この場でこの男を倒せば、幻覚魔法が消え、セリムたちの居場所も分かるのだ。


「にししっ、思ったよりずっと早くセリムに会えそうだねっ」

「セリムぅ……。あの嬢ちゃん、本当に忌々しいったらありゃしないねぇ……!」


 飄々とした態度を崩さないブロッケンが、セリムの名を耳にした途端苛立ちを見せる。


「無駄に強いし幻覚もあんまり効かないしさぁ……。挙句の果てに二度も殺されかけて、イリュージョニストの名折れだよぉ、全くぅ……!」

「な、なにさ、突然グチグチ言い出して……」

「だからさぁ……、俺は決めたんだよぉ。……あの方から貰ったこの力で、あの嬢ちゃんをブチ殺してやろうとねぇ!」

「は? セリムを? ぷぷっ、あんたなんかがセリムに勝てるわけないじゃん」


 自分ですらこの男に負ける気がしないのに、セリムに勝てるはずがないだろう、とソラは思わず噴き出してしまう。


「あぁ、その通りさぁ。直接は殺れないだろう、忌々しいがねぇ。だが、アンタが死んだらどうなるかなぁ……?」

「あ、あたしが……?」

「アンタの首を突きつけりゃ、嬢ちゃんは身動きとれなくなるだろうねぇ……、泣き叫ぶだろうねぇ、もしかしたら心が壊れちまうかもねぇ!」

「……はん、大体分かった」


 ブロッケンの恨み節を鼻で笑う。


「セリムに勝てないからってあたしを狙って、なっさけない! しかもあたしに返り討ちに遭うってんだから、ホントお笑い種だよね」

「……返り討ちぃ? それこそお笑い種だぁ。まさかアンタ、俺に勝てるとでも思っているのかねぇ?」


 奇襲が失敗に終わった時点で、ブロッケンの勝ちの目は消えた、そんなソラの予想に反し、彼の自信はいささかも揺るがない。

 ブロッケンは不敵に笑いながら得物の大鎌を投げ捨て、左手を高々と掲げた。

 その手の甲に謎の紋様が現れ、紫色の禍々しい光を放つ。


「な、なにこれ!?」

「さあ、見るがいいさぁ! これが人間の限界を越えた姿、人類の新たなるステージだぁ!!」


 大地から吸い上げられた黒い塊が、ブロッケンの体に入っていく。

 以前、アルカ山麓の戦いで見た光景が脳裏に甦り、ソラは強烈な悪寒に包まれる。


「ま、まさかこれって……!」


 ブロッケンの上半身の服が弾け飛び、やせ細った猫背の体が筋骨隆々に変化する。

 病的なほど白い肌は赤黒く変色し、ゴーグルとマスクも吹き飛ばされ、露わになった顔に血管が浮かび上がる。

 そして何よりも大きな変化はその腕。

 両の手首から先が異様に肥大化し、長く鋭く伸びていく。

 やがてその五本の指が一つに纏まり、巨大な鎌状の腕に姿を変えた。


「っはぁぁぁぁ! 力がっ、力がみなぎるよぉ!! どうだい、お嬢ちゃん、感動しただろぉ!?」

「人間が魔物に……、ルキウスの時と同じ……!」

「あぁ? ルキウスぅ? あんなのと一緒にしてもらっちゃ困るねぇ。アイツは力が暴走し、自我も保てなかった失敗作さぁ。俺とは違うよぉッ!!」


 両手の鎌を翻し、襲い来るブロッケン。

 そのスピードはソラの想定よりもずっと速く、振り抜かれた一閃をかわし切れず、僅かに頬を掠めた。

 砂地を転がって身をかわすと、ソラの背後に存在した大岩が少しずつずれ、鋭利な切り口に沿って斜めに割れ砕ける。


「うっそ、めっちゃ強いじゃん……!」

「ようやく分かったようだねぇ! この俺の鎌、ミスリルすら一刀両断する自信があるよぉ! さぁ、大人しく斬られなぁ!」

「斬られるのは、お前だっ!!」


 迫り来る敵を睨み据え、膝立ちの体勢でソラは背中の剣の握り馴れた柄を掴む。

 ミスリルの剣ならば、自分の鎌の方が切れ味は上。

 ブロッケンは口元を歪め、剣諸共首を飛ばされる少女の姿を幻視する。

 背中の刃を引き抜いたソラは、そのまま剣閃を右に薙いだ。


 スパッ!


 小気味良い音と共に、宙に舞ったのは肉の鎌。

 何が起きたのか分からず呆然とするブロッケンの右手首、その鋭い切り口から、数瞬遅れておびただしい量の血が噴き出す。

 苦痛の叫びを上げながら、彼は背後に飛び退く。


「ば、バカなぁ! ミスリルの剣ならば、打ち負けるはずがぁ……!」

「あたしの剣がミスリルだなんて、いつ言ったっけ」

「何を……っ! た、確かにアンタの剣は……! な、なんだ、その刃は……、鋼鉄!?」


 ソラが手にしている剣、その刃の色に、ブロッケンは驚嘆の声を上げた。

 その刃は群青ではなく、白銀。

 冷たい鋼鉄のような色の刃が、洞窟の入り口から差し込む光を受けて鈍く輝く。


「鋼鉄なわけないじゃん。アホなの?」

「で、ではその金属は……!」

「世界最強の金属、アダマンタイト。あんたのナマクラ鎌なんかじゃ足下にも及ばない、これがあたしの新しい剣だっ!」



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