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126 もう嫌です、ここは変態の巣窟なんです……!

 用事を済ませたセリムとソラはアモンに気を利かせ、彼女を残して一足先に地上へと戻った。

 屋内照明程度の明るさでも、薄暗さに慣れた目には少しだけ眩しく感じる。


「さっ、次はどこに行こうか。街に出てみる? それとも……にしし。部屋に戻って、さっき出来なかったことの続きを……」

「…………」


 ソラの隣を歩くセリムは難しい顔で何かを考え込んでおり、彼女の耳にソラの言葉は聞こえていないようだった。


「セリム? 大丈夫? さっきアイツに言われたこと、まだ気にしてる?」

「あっ……、いえ、そうではなくて……」


 彼女が考えを巡らせていたのは、サイリンから告げられた、レムライアへと送られていたという『ヤバいブツ』について。

 五十年前、先代魔王の治世において、それは行われていたらしい。

 にわかには信じがたい話だが、あの時のサイリンの声音は真剣そのもの。

 タチの悪い冗談を言っているようにはとても聞こえなかった。


「そうじゃないんだ、良かった。……そういや、サイリンと何か話してたよね。あのこと?」

「……はい。でもごめんなさい。この話はちょっとソラさんにも話せません。内容が内容ですし、場所も悪いです」

「んー、そっか。まあ難しい話なら力になれないし、いいよ、聞かないでおく」

「そうしてくれると助かります」


 自分の好奇心よりもセリムのことを優先して、それ以上聞き出そうとしないソラ。

 そんな彼女の優しさに、セリムはますます想いを深めていく。


「本当にありがとう。さっきも私のために怒ってくれましたよね」

「当たり前だよ! アイツ、マリちゃんの家臣じゃなかったらぶん殴ってるし!」


 思い出してもむかっ腹が立つ、あのロットとかいう男。

 セリムを泣かせたり傷つける行為は、今のソラが最も忌避する事柄。

 後でマリエールに直談判して失脚させてやろう、そんな企みすら渦を巻く。


「ところでソラさん、さっきは何の話を?」

「次はどこに行こうって話。もしも行きたいところが無いならさ、部屋に戻って、続き、しようよ」

「つっ、続き……、ですか!?」


 先ほどの自室でのやり取りを思い出し、セリムの頬に赤みが差した。


「しっ、しませんよ! そんな……っ、ソラさん、そういう話は控えるって言ったじゃないですか……!」

「セリムが嫌ならいいけどさ。全然、嫌そうな顔してないよ?」

「違っ、そんなこと……。うぅ……」


 ソラに対する気持ちが更に深まったタイミングで、彼女自身から求められてしまっては、もはやセリムに抗う術はなかった。

 顔を真っ赤にしたまま、無言で首を一度縦に振る。

 その様子に満足気に微笑むと、ソラはセリムのか細い指を自分の指と絡め、恋人繋ぎで握った。


「決まりだね。部屋に戻ろうか」

「はい……」


 手を繋ぎ、二人は並んで自室へと向かう。

 これからするであろう行為を思い、二人の心臓の鼓動はドキドキと高鳴った。

 廊下を歩き、階段を登り、続く階段を更に登って、また廊下を歩き。

 自室の扉を開けて、二人は中へと消える。

 そこから先は、彼女たちだけの秘密。



「ふひっ、ふへへ、うへへへへ……。す、凄いですわね、こんなに激しく……。超小型ホークアイ、忍び込ませた甲斐がありましたわ……」


 ……彼女たちだけの、秘密。




 ○○○




 翌日、セリムたちは、変態ではない普通のメイドからマリエールの伝言を受け取った。

 曰く、源徳の白き聖杖奪還依頼の報酬について話がしたいので一旦自室まで来てくれ、とのこと。

 変態ではない普通のメイドに案内され、二人は魔王の私室まで通された。


「魔王様は現在、リース様とご公務の相談をなされております。終わり次第こちらへ向かうのとことなので、こちらでお待ち下さい」

「あの……、一国の王の私室ですよね? 本当にそんな場所に二人だけで待っててもいいんですか?」

「本来は言語道断ではありますが、それほどあなた達を信頼しているのでしょうね」

「にしし、マリちゃんとは友達だもんね。友達の部屋に勝手に上がるとか普通普通」

「そういう……、ものですかね?」


 なんだか釈然としないまま、セリムは豪華な両開きの扉を開いた。

 マリエールの私室は、子どもの部屋とは思えないほど落ち着いた雰囲気。

 白い壁紙が部屋全体に清潔感のある印象を与え、両開きの大きな窓から日光がふんだんに差し込む。

 天蓋付きのキングサイズのベッド、お茶会に使うのだろうテーブル、茶器や皿が収納された木製の大きな棚。

 そんな家具ばかりが目立ち、おもちゃやぬいぐるみの類いは見られない。

 乙女チックな自分の部屋との落差を思い、セリムは少々複雑な心境になった。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


 まともなメイドは頭を深々と下げると、静かに扉を閉めてその場を立ち去った。


「……落ち着いた部屋ですね。とっても大人っぽいと言いますか」

「マリちゃん、無理して背伸びしてる感じあるよね。時々頑張りすぎって思うことあるよ」

「私たち、あの方の負担を少しでも減らせてるのでしょうか」

「大丈夫じゃないかな。留守中の部屋に上げてくれるくらいなんだし」


 ひとまずセリムはお茶会用のテーブルにつき、勝手に棚を物色するソラをジト目で見やる。


「ソラさん、親しき仲にも礼儀ありです。あんまり人の部屋を勝手にいじり回すの、よくないですよ」

「だってさ、マリちゃんの部屋だよ。何があるのか気にならない?」

「気になりませんよ。もう……。——ひっ!!」


 呆れながら視線を巡らすと、衣装棚の前の異様な光景が目に入り、セリムは短い悲鳴と共に凍りついた。

 大量に積み上げられたマリエールの物であろう衣類の山、その中心に、何かがもぞもぞと蠢いている。


「な、な、なんですかぁ、あれぇ……」

「ん? 何かあったの?」


 青ざめ、ぷるぷると震えながら、山積みになった服の中で蠢く何かを指さすセリム。

 彼女の視線を追うと、ソラもその異様な光景に思考が停止した。


「え、あれは……何?」

「こっちが聞いてるんです……。ソラさん、確かめてきてくださいぃ……」

「えっ、あたし? セリムが行けばいいじゃん」

「嫌です! 怖すぎます!」

「セリムの方が強いのに……」


 自分で確認しに行くことを涙目で断固拒否。

 絶大な力を持つくせに妙に気が小さい恋人のため、ソラは意を決して謎の存在に近づいていく。

 一歩、また一歩と近づき、残り五歩の間合いとなったところで、突然衣服の山が弾け飛んだ。


「っはああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!! お姉さまスメル、最ッ高ォォォォォォん!!!」

「うひゃああああぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」

「きゃああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!!!!」


 歓喜に満ちた奇声を発しながら服を弾き飛ばして勢い良く立ち上がった、頭にパンツを被った黒髪ツインテールの幼女。

 ソラとセリムは、あまりにも予想を越えた光景に悲鳴を上げてしまった。


「ひゃあああっ!! び、ビックリしましたの。あなた達、急に大きな声を出さないでくださる?」


 二人の悲鳴にその元凶である彼女自身もビクッと体を震わせ、非難するような目をこちらに向けてきた。

 驚きと変態を目の当たりにした衝撃のあまり、セリムは言葉を失い、ただただ口をパクパクさせている。


「ビックリするよ、そりゃ! セリムなんておかしなことになっちゃってるし。キミ、何してんの。ここが魔王の部屋だって知ってて、勝手に入ったの?」

「勿論、ここが誰の部屋かなんて重々承知ですの。愛するお姉さまの部屋、間違えるはずが御座いませんもの」

「お姉さま? もしかしてキミがあの……」


 メイドと妹にセクハラを受け続け、堪りかねて魔王城を飛び出した。

 度々マリエールから聞いていた、そんな話が脳裏に過ぎる。


「あら、もしかしてお姉さま、旅先でリヴィアのことをお話になられていたの? 愛ですわっ、愛されてますのね、わたくしっ」


 姉のパンツを頭に被り、本来足を通すべき穴に通したツインテールを揺らしながら、幼い少女は歓喜に打ち震えた。

 当然ソラはドン引きし、セリムの魂はショックのあまり天に召されようとしている。


「わたくしのことはもうご存じだとは思いますが、改めて自己紹介させていただきますわ。わたくし、リヴィエール・アイリス・マクドゥーガル。リヴィアと呼ばれていますわ。マリエールお姉さまとは同じ産道を通った仲ですの。以後お見知りおきを」

「う、うん……。よろしく、お願いします……」

「それにしても、わたくしのお話をされているだなんて。お姉さま、どれだけリヴィアのことを愛していらっしゃるのでしょう♪」

「そうだね……」

「はぁん、お姉さまぁ、好き好きお姉さまぁ……」

「あはは……」


 キミのこと、お姉さんは変態だという話しかしてなかったよ。

 そんな事実は口が裂けても言えそうにない。

 ソラはただ、この強烈な妹君に対して曖昧な愛想笑いを浮かべながら、適当に相槌を打つのみ。


「と、ところでさ……、キミはあたしたちのこと、知ってるみたいだね」

「ええ、当然ですわ。お姉さま情報は日々、最新のものを更新していますもの。あなた達がお姉さまの旅のお供であること、よぅく存じてましてよ」


 したり顔で答えると、リヴィアはまずソラに人差し指を突きつける。


「ソレスティア・ライノウズ! ずいぶんお姉さまと親しくしているみたいですわね。でもお生憎、お姉さまが愛しているのはこのわたくしだけですから!」

「あぁ、うん。そうだね。お姉さんはキミのこと好きなんだろうなあ」


 まともに受け答えする気力すら失せ、適当極まりない返答をするソラ。

 そのセリフにふっふーん、と得意げに笑うと、次にセリムをビシッと指さす。


「セリム・ティッチマーシュ! ずいぶんとお姉さまの信頼厚いようですわね。でもお生憎、お姉さまが最も信頼しているのはこのわたくしですから!」

「…………あ。あぁ、はい、そうなんでしょうね。実際、留守の間は国を任せてたわけですし」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 天高く昇っていた魂をようやく呼び戻し、非常に穏やかな表情で受け答えするセリム。

 色々と振り切れてしまったのだろうか。

 実際のところ、よほど信用していなければ留守中に国の政務を任せるなど出来ないだろう。

 愛してる云々はともかく、マリエールが彼女を信頼していることだけは確かだ。

 セリムの返答に大満足といった様子のリヴィアが喜色満面で胸を逸らしていると、その尖った耳がピクリと動いた。


「……お姉さまが近付いている」

「わかるの?」


 ソラが気配を探ってみると、確かにマリエールの気配がこちらにやってきている。

 しかし、その位置はまだ遠い。

 レベルが10以上は無ければ探知出来ない距離のはずだが、この少女は探知してみせた。


「他の人の気配はさっぱりですが、お姉さまの気配だけならば、リヴィアはバッチリ把握出来ますわ。これもきっとリヴィアとお姉さまの、愛が成せる業なのですわね!」

「えぇ……?」


 マリエール特化型探知能力を目の前で披露され、ソラは言葉を失う。

 やがて扉が開き、マリエールが入室。


「セリム、ソラ。呼びつけておいて待たせてしまい、すまなか」

「お姉さまああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ったなぁぁぁぁぁぁ!?」


 ソラとセリムに挨拶をしながら、妹に真横からのタックルを食らい、魔王様は転倒した。

 姉の上に圧し掛かりながら、リヴィアはその頬にキスの雨を降らせる。


「はぁぁぁぁん、お姉さま、お会いしとうございましたわ!! ちゅっちゅっちゅっちゅっ」

「や、止めんかリヴィア! お主、また勝手に余の部屋に入っておったのか! まずパンツを取れ!」

「ぱっ、パンツを脱げだなんてそんな。……でも、お二人が見てる前でするのも刺激的かもしれませんわね」

「違う、脱げと言ってはおらん! 頭に被ったそれを外せと言っておるのだ!!」


 自分のパンツを脱ごうとする妹を静止し、頭のパンツを無理やりに取り去るマリエール。

 リヴィアは非常に不服そうに体を離した。


「お姉さま、お預けなんていけずですわ……」

「分かったから。今はこの二人と話があるのだ、後にしてくれ」

「大人しくしていたら、ご褒美くれますか?」

「うっ……。い、いくらでもやるから……」

「はいっ、では楽しみにしてますわ」


 捨て身の説得により、リヴィアはようやく大人しくなった。

 マリエールはセリムとソラと同じテーブルにつき、その背後にリヴィアがニコニコしながら控えている。

 なおアウスは、ホークアイの個人的無断使用により懲罰の反省文を書かされていた。


「待たせてしまったな。何もない殺風景な部屋で、退屈はせなんだか」

「退屈ならしなかったよ。色んな意味で」

「素晴らしい姉妹愛ですね、ふふふ」

「セリムもちょっとおかしくなっちゃったし」

「そ、それは済まぬな、本当に済まぬ……」


 魔王様は申し訳なさそうに目を伏せる。


「そ、それでだな。既に聞き及んでいるとは思うが、今日呼び出したのは源徳の白き聖杖の奪還依頼報酬だ」

「おぉ、一体なにをくれるのさ!」

「きっと素敵なものなのでしょうね」

「セリム……。ちゅっ」


 張り付けたような穏やかな笑顔しか浮かべない彼女を呼び戻すため、ソラはセリムの頬に唇を落とした。

 途端に彼女は真っ赤になり、慌てた表情で照れ隠しを始める。


「なっ……! いきなり何をするんですか、アホですか! 信じられません!!」

「あぁ、良かった。セリムが元に戻った……」

「……話を続けていいか?」

「ごめんね、続けて」

「うむ。正直なところ、どのような報酬を渡せば釣り合うのか見当も付かぬ。なにせあの杖は国宝、金額に置き換えることなど出来ぬでな」

「んー、確かにそうだよね。報酬金を渡したら、杖に値段を付けちゃうことになるのか……」

「お金以外で、ですか……」


 金以外で、報酬として欲しいもの。

 なにか無いだろうか、セリムとソラは頭を悩ませ、リヴィアは姉の頭の匂いを嗅いで悦に浸る。


「ねえ、セリム。何か思いついた?」

「正直、何も思い付きません。お金以外で、しかも国宝級のお宝と釣り合うものとなると……」

「じゃあさ、こういうのはどうかな」


 ソラにはアイデアがあるようだ。

 一体何を思いついたのか若干不安ではあるが、セリムとマリエールは耳を傾け、リヴィアは姉の耳の裏の匂いを嗅いで悦に浸る。


「ズバリ、保留!!」

「保留、とな?」

「それってつまり、考えるのは後回しってことですよね……」

「違うよ! そうじゃなくてね、本当に困っちゃって、何かが必要な時のために取っておくの」

「……なるほど。それは良い案かもしれませんね。ソラさんにしては冴えてるじゃないですか」


 困った時のために、願いを温存しておく。

 さすがのセリムも、その発想には素直に感心した。


「マリエールさんは、それでいいですか?」

「うむ、余は構わぬぞ。本当に珍しく冴えておるな、ソラにしては」

「むぅ、二人とも一言余計だって……」


 名案を出した自分に対する二人の扱いに、脹れっ面で抗議するソラ。

 見かねたセリムが頭を撫でると彼女は途端に機嫌を直し、マリエールが苦笑いする。

 和やかな空気が流れる中、リヴィアはテーブルの下に潜り、マリエールの股間に顔を突っ込んで悦に浸っていた。



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