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119 久々の聖地ですね。何か忘れてる気がしますが

 魔都アイワムズ。

 聖地カルーザス北部に位置する国境の町ラスカから、徒歩でおよそ一週間の距離に位置する、魔族の都。

 広大な平原地帯の真ん中に造られたこの一大都市に、魔王率いる魔族の軍勢はようやくの帰還を果たす所だった。

 街の四方を囲む城壁、その南側に開かれた門を抜けると、マリエールは離れて久しい故郷の景色に安らぎを覚え、ほうと息を吐く。

 壁の内部に築かれたこの都市は、まるで碁盤の目のように正方形の区画が規則的に並び、上空から見下ろせば整然とした印象を抱くだろう。

 立ち並ぶ建造物は木造、石造りなど雑多ではあるが、屋根は黒色に統一されている。

 様々な店が並び、賑わいを見せる中央通り。

 そこから真正面に北を望めば、魔都の北部面積の三分の一を占める雄大な魔王城がそびえ立つ。

 その広さはアーカリア本城と同程度。

 ダークグレーに塗装された石造りの壁、三角屋根の頂上にはアイワムズの国旗が風にはためく。

 民衆に絶大な人気を誇る魔王の帰還に、中央通りは祭りもかくやの盛り上がり。

 彼らに手を振り返しながら、マリエールは改めて戻るべき場所に戻ったのだと実感した。


 城門をくぐり、城へと帰還した魔族の御一行。

 シャイトスは兵士に暇を出し、自らはアルカ山麓の戦いで散った六名の兵士の遺族の元へ自ら足を運んだ。

 サイリンは牢へと送られ、後日正式な裁判が行われる予定だ。

 縄を引かれて連行される彼女に、アモンも付いていく。

 そして魔王様は……。


「……ふぅ、ようやく戻れたか」

「お疲れ様ですわ、魔王様。まだ早い時間帯ですが、お休みになられますか?」

「……いや、さっそく古文書に当たるとする」


 源徳の白き聖杖、この杖を先祖はどうやって手に入れ、どのような経緯で王位相続の証となったのか。

 そのルーツを辿れば、オリハルコンの手がかりも掴めるはずだ。

 セリムたちがここにやってくるまでに、一つでも多くの情報を仕入れておかなければ。


「では、書物庫でございますわね」

「うむ、行くぞアウス。使用人たちも動員して、総出で——」

「おぬぇえすわむぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁッ!!!!!」

「ぎょわっ!?」


 マントを翻し、従者を引き連れて颯爽と書物庫へ向かわんとした魔王は、謎の奇声を発しながら飛びこんで来た幼女に横からタックルを食らい、見事に押し倒された。


「お姉さまっ、お姉さまっ、お・ね・え・さ・まあああぁぁっ!!! ちゅっちゅっちゅっ!!」

「な、なんっ、止めろリヴィアっ、んむぅぅぅっ!」

「ちゅるっ、ちゅぷっ……ぷあっ。止めませんわっ、一体何百日ぶりのお姉さま分補給だと思ってらっしゃるのっ!?」


 いきなりマリエールを押し倒し、無理やり唇を奪ったこの幼女。

 魔王と同じ黒色のローブを身に着け、髪は黒のツインテール。

 彼女の名はリヴィエール・アイリス・マクドゥーガル、御歳おんとし99。

 超がつくほどのシスコンである。


「ねえお姉さまぁ、わたくしとっても頑張りましたの。お姉さまがいない間、沢山政務を頑張りましたのよ。お姉さまに貰ったパンツも、とうにわたくしの匂いしかしなくなってしまったのに、それでも頑張りましたのよ!」

「う、うむ、分かった、分かったから。偉かったな、よく頑張った。だから一旦上からどいてくれ……」

「あぁ、お姉さま! もっと褒めてくださいまし! そしてわたくしに膜を頂戴なさって!」

「そ、それだけは嫌だ! アウス、助けろぉ!」


 メイドは烈火のように怒るでもなく、嫉妬を漲らせて引きはがそうとするでもなく、ただニコニコと成り行きを見守っている。

 何故なら、リヴィアがこうなってしまった責任の一端は、ルキウスの企みを未然に防げなかった自分にもあると思い、深く自らを戒めてしているから。

 彼女はなにも、最初からこのような性格という訳ではなかった。

 むしろ、引っ込み思案な子供であったとアウスは記憶している。

 変わりはじめたのはあの日、両親が唐突に命を落とした時から。

 甘えたい盛りの末っ子は唐突に両親を、無償の愛を貰える相手を失った。

 その一年後に兄も失踪し、残された肉親はマリエールただ一人。

 彼女は肉親からの無償の愛に飢えている。

 この奇行はその裏返し。

 だからこそアウスは彼女と休戦協定を結び、お互いのマリエールへの愛情表現を邪魔しない取り決めをした。


「な、なぜだアウス! なぜいつも見てるだけ、んむっ! ちゅっ、ぷはっ! しかもなんだか嬉しそうんむぅぅぅ!」

「お姉さまぁ……、好き好きお姉さまぁ」


 取り決めをした……のだが、実はそれだけが理由ではない。

 マリエールとよく似た面影を持つ美幼女。

 彼女がマリエールと絡み合う姿は、アウスにとって非常に眼福なのだ。

 最初の頃はリヴィアにキスをされるマリエールの姿を見て嫉妬に狂ったりもしたのだが、今ではこの光景を見ても、背徳感を伴った妙な快感が背筋に走るだけ。


「ちゅっ、ぷぁっ! お、おいアウス! なぜよだれを垂らして、っむぅぅぅぅっ!」

「あっ、ああっ、わたくしのお嬢様がっ、お嬢様似の美幼女と、こんな凄いことを……っ。はぁっ……はぁっ……」

「ちゅぷっ、ちゅぱっ! あぁ、お姉さまぁ! 今夜は離しませんことよぉ!」

「だっ、誰か助けっ、余は古文書ををおおぉぉぉぉぉぉぉ……」


 結局この日、マリエールが書物庫に足を踏み入れることは、一秒たりともなかったという。




 ○○○




 王都を発ってから約二十日が過ぎた。

 リース王女率いる一行は街道を西へ進み続け、聖地を目前にしていた。


「見えてきたわね、聖地カルーザス」


 眼前に望む、天を貫くような岩山。

 その頂上にそびえ立つ大聖堂を見上げながら、リースはどこか懐かしそうに呟いた。


「五歳の時、宣託の儀を受けにここまで来たのよね。あの大聖堂の中で、私はセイントナイトを、自分のクラスを選択したのよ」

「ほえー、お姫様ともなるとわざわざ聖地までくるんだねー。あたしは王都北区画の大礼拝堂だったなー」

「……ボクはイリヤーナの小さな教会だったよ?」

「私もリゾネの町の教会でしたね……。ソラさん、あなたも十分凄いですよ?」


 王族と貴族の昔話に、庶民二人はスケールの違いを見せつけられた。

 セリムとクロエの間には、希少な一般庶民の感覚を持つ者同士、妙な連帯感が芽生え始めている。


「それにしても、旅って案外チョロいのね。ちょっと歩けば宿場があるし、道も王都の街中ほどじゃないけど意外と舗装されているじゃない」

「甘いです、リースさん。ショートケーキよりも甘すぎます……! 王都と聖地の間、この区間は旅とは呼べませんよ……?」


 拍子抜けだわ、とでも言いたげなリースの両の肩をグッと掴み、セリムは真に迫った形相で忠告する。

 確かにこの二十日間、彼女たちは毎晩宿に泊まり、リースにとっては粗末ながらもベッドで眠ることが出来た。

 しかし、それは旅人の往来が激しい王都〜聖地間だからこそ。

 ここから先は宿場があればラッキー、申し訳程度に舗装された砂利道が続く土地だ。


「ここからが、本当の地獄なんです……!」

「そ、そう、なのね……」


 野宿を心底忌み嫌うセリムの放つ妙な説得力に、リースは思わず息を呑んだ。


「でもさ、クロエ。ホントに良かったの? せっかくイリヤーナに寄ったのに、親方さんに会いに行かなくて」

「今さらだね」

「や、なんか雰囲気的に聞き辛くってさ」


 イリヤーナは王都と聖地の中間に位置しているため、当然彼女たちはこの町を通過している。

 しかし、滞在はわずか一日。

 必要な物資だけを買い込み、短い滞在期間中、クロエは一度も工房ブラックスミスに顔を見せなかった。


「……いいんだよ、わざわざ会わなくっても。お別れは済ませたし、次に会う時は親方を超えた時だって決めてるから」

「そっか。でもさ、もし寂しくなったらいつでもソラ様の胸を貸すよ?」

「あはは、遠慮しとくよ。……セリムに凄い目で睨まれそうだし」


 セリムの嫉妬深さは何となく察している。

 もしもソラに想いを寄せる少女が、彼女の目の前でソラに猛アタックでも繰り出せば一体どうなるのか。

 想像してしまい身震いするクロエだったが、すぐに思い直す。

 まさかソラなんかを好きになる物好きが、この世に二人もいるはずないだろう——と。


 入り口のゲートをくぐり、一行はカルーザスの町に足を踏み入れる。

 岩山の表面を削って造られた聖地特有の街並みを、初めて訪れるクロエは物珍しそうに見回す。


「これは……、中々興味深い街並みだね。大聖堂を中心に人が集まり、いつしか自然と町の形になったってのは知ってたけどさ」

「クロエさん、本当に鍛冶ばかりしてたんですね。聖地、割と近所なのに」

「私はクロエのそういうところ、ストイックでカッコいいと思うわよ?」

「え、えへへ、そうかなぁ……」


 クロエはリースの褒め言葉に、照れくさそうに頬を掻く。


「なにをデレデレしちゃってんのさ、このこの、うりうり」

「な、なんだよ、うっさいな。四六時中セリムとイチャついてるソラには言われたくないよ」

「四六時中じゃないし! 全然イチャついてないし!」

「どの口が言うのさ……」


 王都を出発してからしばらくの間、二日に一度ほどのペースで、クロエは夜中、隣の部屋から聞こえる甘い声に薄い壁を殴りつけていた。

 堪り兼ねて口頭で注意したところ、声は控えめになってくれたため、クロエが寝不足に陥ることは無かったが。


「ホント、自重してよね……」

「自重してるじゃん! 最近ちゃんと気を付けてるじゃん!」

「宿の壁、思ってる以上に薄いんだから。ああいう場所でするならまだしもさぁ……」


 うんざりしながらクロエが指さした先には、聖地に似つかわしくないやけにピンク色の宿が鎮座していた。

 その外観を見たソラは、大いに困惑する。


「えぇ……、あそこ確か、営業停止処分になったんじゃないの……?」

「うわぁ……。どうして聖地にあんな場所が……」

「わぁ! 可愛らしいお宿じゃないですか! 潰れちゃってなかったんですね!」


 ドン引きするソラとリースとは対照的に、セリムはピンク色の華やかな宿が無事だったことにテンションを上げる。


「……ねえ、セリム。もう色々知っちゃったし、本当のこと話しちゃうね」

「はい?」

「あのね、あの宿は……、ごにょごにょ……、するための……」


 見かねたソラがセリムに耳打ちし、あの宿がなにをするのための施設なのか、真実を伝える。

 少女の笑顔は見る見る引きつり、終いには真っ赤に染まってしまった。


「なっ、なっ、なんでそんな場所が聖地にあるんですか! 建てた人アホですか!!」

「にしし。前来た時、あたしと一緒に入りたがってたよね。入ろっか、セリム」

「入りませんからっ! さっさと上層のちゃんとした宿に行きますよ!!」


 ニヤニヤとからかうソラに対し、涙目になりながら早歩きで歩いていってしまうセリム。

 純粋無垢だった少女はまた一歩、大人の階段を登ってしまったのだった。



 中層の宿に到着した一行。

 部屋割は当然ながらリースとクロエ、セリムとソラの組み合わせ。

 聖地の上層近くにあるそれなりに値の張る宿だけあって、部屋を隔てる壁は分厚そう。

 安眠が約束され、クロエはひとまずホッとした。

 各々部屋に荷物を置くと、ロビーに集合して今後の予定を話し合う。


「明日からは聖地の北にある国境の町、ラスカを目指します。行程はおおよそ十日、多分宿場とか、少ないですよね……?」

「んー、どうなんだろうね。アイワムズと聖地を結ぶ中継地点だろ? それなりにマシなんじゃないかな」

「いずれにしても準備は入念にした方がよさそうね……。あのセリムが、地獄だなんて言う程なんですもの……!」


 セリムの剣幕と真に迫った脅し文句を真に受けてしまったリースが身震いする。


「お姫様、あんまり真に受けないほうがいいよ? 単にセリムは心底野宿が嫌いってだけの話だから」

「そ、そうなのね……」


 ソラのフォローでひとまず安堵するリース。

 ソラの発言である以上、全面的には信用していないが。


「ボクさ、大聖堂に行ってみたいんだ」

「んにゃ、観光で?」

「それもあるけどさ、あのアルカ山麓の戦いで、攻撃の効かないルキウスにソラの攻撃だけが効いただろ? あれ、ここで貰った石が原因かもしれないって話だったから、どんな石か詳しく見ておきたいんだ」

「……ってことだけど、みんなどう思う?」

「良いと思います。クロエさんの言った通り、あの石は気になりますし。他にも大司教さんに聞きたいことありますしね」

「私も、特に異論は無いわ」


 クロエの出した案によって、方針は決定。

 四人は宿を出ると、早速大聖堂へと向かった。



 三つの区画に分かれているカルーザスの上層部。

 大聖堂がそびえ立つ上層第一区画は、岩山の頂上だけあって非常に風が強い。

 以前に来た時の経験を活かして、セリムは旅装のミニスカートがめくれないよう懸命に片手で抑えていた。


「やっぱり風が強いですね……。スカートもですけど、髪型が崩れちゃいます……」

「スカート、あたしが抑えてあげようか」

「いやらしいことされそうで嫌です」

「そんなことしないから! 太もも撫で回すくらいだから!」

「十分いやらしいですよ!」


 わきわきと両手の指を動かしながら、セリムに迫るソラ。

 ゆっくりと後ずさるセリムだったが、いとも容易くあっさりと捕まり、ソラに背後から抱きしめられてしまった。

 しかし明らかに本気で逃げていない上に、抱きしめられたセリムの顔はどことなく嬉しそうだ。


「つっかまーえたっ。にしし、ここちょっと冷えるからさ、しばらくこうやってくっついてようよ」

「やだぁ、恥ずかしいですよぉ……」


 セリムの肩に顔を乗せ、頬をくっつけながらスカートを抑えてあげるソラ。

 時々太ももに手を這わせているように見えるのは気のせいだろうか。

 リースはクロエの肩を軽く叩きながら、二人を指さして尋ねる。


「……ねえ、クロエ。アレどう思う?」

「そうだね、とっても立派な大聖堂だと思うな! こんな立派な建造物、見たことないってくらい。王城にも引けを取らない見事な造りだよ」

「いえ、そうではなくて……」

「中がどうなってるのか、早く見てみたいな! リースもそう思うだろ? あ、昔来たことあるんだっけ」

「……そ、そうね。一応来たことはあるけど、まだ小さかった頃だし、あまり覚えていないわ」

「じゃあリースも気になってるよね。風も強いし、早く中に入ろう!」

「え、ええ。アレは置いていっていいのかしら……」


 背後でイチャつく二人を意図的に意識から外し、目の前の大聖堂に集中して熱弁を振るうクロエ。

 密着してハートを撒き散らす二人をその場に放置して、クロエとリースは大聖堂の大きな扉を開いた。



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