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117 クロエさんのロマンス、私はずっと見守ってますから

 セリムとソラの部屋へ向かう二人。

 リースの隣を歩きながら、クロエは泣きじゃくる彼女に何も言えなかった、何もしてやれなかった自分に腹が立った。

 弱い彼女を自分にだけは見せてほしい。

 弱音を吐いて、頼って欲しい。

 そんな事を偉そうに言っておいてこのザマだ。


「ごめんなさいね、見苦しいところを見せてしまって。さっき言ったことは全部忘れて」

「……うん」


 結局のところ、なんの力にもなれていない。

 彼女のために夢を捨ててこの場所に留まる選択は、きっとどちらのためにもならない。

 だが、この国の王女である彼女を長い旅に連れ出す方法なんて何も思い浮かばない。

 無力感に苛まれ、クロエは奥歯をギリリと強く噛み締める。


「クロエ、どこ行くの? あの子たちの部屋はここよ?」

「……あ、もう着いたんだ」


 リースのことを考えるあまり周りが見えず、部屋の前を素通りしてしまい、リースに呼び止められてようやくクロエは我に帰った。


「もう、最後まで屋敷の構造覚えられなかったわね」

「あ、あはは……。ちょっとは覚えてきてるんだよ? それに今のは分かんなかったからじゃなくて……」

「じゃなくて?」

「や、やっぱなんでもない! さー、早くあの二人も呼ばないとね! しっかりノックしないと、中でナニをヤってるか分かったもんじゃないからなー!」

「……クロエ?」


 早口で捲し立て、扉を盛大にノックするクロエからは、空元気しか感じられない。


「セリム、ソラ、いるー?」

「クロエさんですか、入って大丈夫ですよ」

「おっし、おっ邪魔しまーす!」


 元気よく部屋に飛び込んだクロエ。

 仮面を張り付けたようなどこか痛々しい笑顔に、リースの胸が締め付けられる。

 王との面談を直前にして、二人の準備もすでに整っていた。

 セリムは以前と同じデザインの青い旅装に身を包み、ソラは真新しい黒竜装備を身に着けた姿。

 以前の謁見時と同様、正装の代わりだ。

 セリムはテーブルに腰掛け、紅茶を啜りながらクロエとリースを出迎える。

 一方ソラは、姿鏡の前で謎のポージングをしていた。


「……なにやってるの、ソラ」

「カッコいい決めポーズの練習!」

「そう、なんだ……」


 両手を鳥のように広げ、足はがに股。

  体操でもしているのか、これのどこがカッコいいポーズなのか。

 無理やりに上げたクロエのテンションは急降下した。


「恥ずかしいからやめて下さい。それを外でやったら他人のふりしますよ」

「はーい……」


 恋人に注意され、渋々止めるソラ。

 剣に付けようとした壊滅的な名前といい、彼女のセンスはどうなっているのだろうか。

 女の子を見る目は良いみたいだが。


「それで、リースさん。呼びに来てくれたんですよね」

「えっ……、ええ……」

「おっし、王様にちゃっちゃとお別れの挨拶して、明日にでも出発だよ!」


 クロエの背後に隠れるように、気まずそうに立っていたリース。

 そんな彼女に対し、二人は昨日のわだかまりを欠片も見せずに普段通りに接してくれた。

 このまま黙っていても、彼女たちは何も言わずに許してくれるだろう。

 それでも、その優しさに甘えることは彼女のプライドが許さない。


「あの、二人とも。ちょっといいかしら」

「はい?」

「なにさ、改まっちゃって」


 首をかしげる二人に対し、リースはおもむろに頭を下げた。


「昨日はごめんなさい! 私、気が立っちゃって、あんな八つ当たりみたいなことを……」

「頭を上げてください。昨日何があったかなんて、とっくに忘れちゃいましたから」

「……セリム」


 顔を上げたリースに、セリムはニコリと笑いかける。


「そーそー、とっくに忘れちゃったって。それにお姫様がそんなにしおらしいと、なんか気持ち悪いし」

「……あなたの場合本当に忘れてそうね」

「おぉっと! にしし、いつもの切れ味出てきたじゃん!」


 ソラと軽口をたたき合いながら、心の中でひっそりと二人の優しさに感謝する。

 別れは寂しくてたまらない、けれどどうにもならないのなら、せめて。

 勝気な笑みを悲しみの上に張り付けたお姫様は、三人に向けて高らかに号令をかけた。


「さあ、お父様のところに行くわよ。あなた達、この私についてらっしゃい!」




 ○○○




 アーカリア本城、会議室。

 かつてアーカリア王とマリエールの会談が行われた席に着いているのは、救国の英雄である四人。

 セリム、ソラ、クロエ、そしてリース。

 白いテーブルクロスが掛けられた長いテーブル、白い石壁に名匠の絵画が並び、アーカリア国旗が立てかけられた豪華な一室で、クロエはやはり非常に落ち着かない様子。

 一方で、貴族モードに入ったソラの顔は既に引き締まり、セリムはその横顔に夢中で見惚れている。

 やがてアーカリア王が側近であるルーフリーを引き連れて姿を現し、部屋全体を見回せる上座に腰を下ろした。


「陛下、本日はご多忙の折、わたくし共のために時間を割いていただき、恐縮の限り」

「うむ、良い、ソレスティアよ。お主らは儂の、そして我が国の恩人であるからな。して、今日は何用か」

「は、その件に関しましては——セリムっ、お願い」

「はぁ……、ソラさん、素敵です……」

「せ、セリム……?」


 上手く説明する自信が持てず、セリムに頼るソラだったが、彼女は愛しの王子様に対する色ボケを発動させ、前後不覚に陥ってしまっていた。

 咄嗟にクロエに視線を向けて助けを求めるが、彼女は青ざめた顔でピクリとも動かない。

 お姫様に頼るのはなんか癪に障る。

 もはや頼れるのは自分だけ、アホの子なりに頑張るしか道は残されていない。


「……実は明日にでも王都を発ちたいと思いまして、本日はその御挨拶に」

「ほう、明日にでも? 突然急な話であるな。何か急ぎの用事でも出来たのか?」

「はい、こちらのセリムがマリちゃん……じゃない! マリエール殿下から直々に、とあるアイテムの調達を頼まれまして」

「魔王殿からの直々の依頼、とな」

「左様で。例のものも完成しましたので、急ぎ魔都アイワムズへと向かいたい所存に」


 何とか用件を伝えられた。

 内心冷や汗ダラダラになりながらも、ソラは最後までポーカーフェイスを崩さなかった自分を褒め称えてやりたくなった。

 もっとも、いくら自分を取り繕おうが、アーカリア王はソラの素の性格を既に知っているのだが。


「おぉ、ついに完成したのか。それは目出度い。相わかった、お主らがここを去るのは名残惜しいが、いつまでも引き留める訳にもいかぬ。出立を許可しよう」

「御配慮、感謝致します」

「うむ。して、クロエ・スタンフィードよ」

「……。——え? ボク? ひゃ、ひゃいっ!」


 完全に油断していた所に突然話を振られ、クロエは軽くパニック状態に陥る。


「イリヤーナの鍛冶師たちは今朝、既にここを発ったと聞いておる。お主は共に行かなんだのか」

「そ、それはですね、えっと、あの、その……」


 マリエール相手にすら緊張するクロエが、威厳たっぷりのお髭の王様を前にすれば、こうなってしまうのも無理はない。

 頭が真っ白になり、しどろもどろなクロエを見かねたリースが、彼女に代わって答える。


「お父様、クロエもセリムたちの旅に同行するのです。自ら作ったものの活躍をこの目で見たいとかで」

「なるほどな、得心がいったわ。リースよ、そのようなことまで知らされているとは、屋敷で共に暮らす間に随分打ち解けたようだな」

「え、ええ、それは……、はい」

「同じ年頃のおなご同士、気心も知れていよう。別れは寂しくないか?」

「私は王女ですわよ。そんな、寂しくなんて。寂しく、なんて……」


 表情を曇らせるリース。

 アーカリア王も人の親、娘の心境をただそれだけで容易に察する。

 察しはするが、どうしてやることも出来ない。

 王族を危険な旅に同行させるなど、いくらリースが規格外に強くなっていても、おいそれと許可出来るはずもなく。


「……そうか。だがな、リースよ——」

「親善大使、というのはいかがで御座いましょうか」


 静かに佇んで成り行きを見守っていたルーフリーが、唐突にその口を開いた。

 彼の発言の意図するところが掴めず、王もリースも一様にその切れ長の瞳を見やる。


「と、突然何を言い出すのだ、ルーフリーよ」

「今回の事件で、我らがアーカリア王国とアイワムズは大きく歩み寄りました」

「……で、あるな。魔王殿が我らと共に脅威に立ち向かい、援軍まで寄こしてくれた。彼らの中にも犠牲者が出てしまったことには、儂も胸を痛めておる」

「よって、我が国からも友好の証を示すべきではないでしょうか。陛下、リース様を親善大使に立てて、アイワムズへ向かわせる。我が国の未来のため、私はそう進言させていただきます」


 リースにとって、それは願ってもないことだ。

 旅に出られる、クロエについていける。

 それも、この国の王女として堂々と、国の重責を担って。

 アーカリア王としても断る理由はない。

 この経験は将来、彼女が姉を支える立場になった時、必ずプラスになる。

 彼女自身の実力に加え、セリムとソラ、それにクロエが護衛に付いているならば、万一も起こり得ないはずだ。


「……ふむぅ。良かろう、儂は許可を出す。だがリースよ、お主の気持ちも聞いておかねばな。彼女らと共にアイワムズに赴くか否か、そなたの正直な気持ちを聞かせてくれ」

「……本当に、いいの? どんな旅になるかも分からないのに、いつ戻れるかも分からないのに。アイワムズに行って、帰ってくるだけじゃないのよ? 護衛の家臣団なんて連れていけないもの。セリムが難しい依頼を達成して、それでやっと戻ってこられるのよ?」

「承知の上だ。その上で聞いておる。そなたが同行を望んでおるか否かをな」


 どうしたいか、答えは最初から決まっている。

 あとはただ正直に、自分の気持ちに正直になるだけ。

 リースは立ち上がり、飛び上がりそうな気持ちを抑え込んで、微笑みを湛えながら優雅にお辞儀してみせた。


「陛下。親善大使の任、喜んでお受け致しますわ」




 ○○○




 暮れなずむ空の下、リースの屋敷の広い広い庭に、使用人と姫騎士団、そしてリースとその友人三名が一堂に会していた。

 屋敷の中から持ち出された大量の丸テーブルの上には、所せましと豪華な料理が並ぶ。

 突然に発表された、リースのアイワムズ親善大使就任と、あまりにも急な明日の旅立ち。

 当然屋敷中が大騒ぎとなり、急遽壮行パーティが開かれることとなった。

 クロエは衣をまぶしてカラリと揚げた鶏肉をぱくつきながら、リースを遠巻きに眺める。

 彼女の周りには屋敷中の使用人と姫騎士団全員が集まり、王女は一人ずつと言葉を交わし、しばしの別れを惜しんでいた。


「リース、あんなにみんなから慕われてるのに。それでもボク達と来る道を選んだんだ……」


 王との会見を終えてすぐ、リースは屋敷に戻り、大急ぎで雑務の処理や引き継ぎ、自分が留守の間の屋敷の切盛りや姫騎士団の訓練予定などに取りかかった。

 クロエが彼女と話を出来たのは、本城から屋敷に戻るまでのわずかな時間だけ。

 そんな短い間、しかも親友二人がいる中では深い話は出来ず、良かったね、程度の当たり障りのない会話しか出来なかった。


「どうなんだろ。ボクはキミの一番になれるのかな。キミの中の大切な人たちの中に、ボクもちゃんといるよね?」


 あれだけの人間から慕われているリースを見ると、その中での一番を名乗る自信はとても持てなかった。

 クロエにとってリースはこの世で最も大切な存在だが、彼女にとってはどうなのだろうか。


「大丈夫ですよ、クロエさん」


 セリムがぶどうジュースの入ったグラスを片手に、穏やかな声色で話しかける。


「セリム……。そうかな、リースの中に、ちゃんとボクはいるかな」

「いるに決まってます。昨日のリースさん、見ましたよね。クロエさんと別れるのが嫌だったんですよ。それであんな態度とっちゃったんです」

「……だよね。ちょっとだけ、自惚れてもいいよね」

「はい、自信を持ってください」


 ニッコリと微笑むセリム。

 モヤモヤとしていたクロエの心は軽くなり、励ましてくれた親友に微笑み返す。


「ありがと、セリム。ホント、ソラには勿体ないくらい出来たお嫁さんだね」

「おっ、おっ、おっ、お嫁さんって……! ま、まだ早いですよ!!」

「まだ、なんだね」

「あーもう! そ、そういえばソラさんは……!」


 セリムは真っ赤になりながら、どこかに行ってしまった恋人の姿を探す。

 すると——。


「セリム……。ふぅーっ」

「ひゃああぁぁんっ!」


 突然背後から抱きしめられ、名前を呼ばれながら耳に息を吹きかけられた。

 ゾクリとする感覚に悲鳴を上げ、肩を竦める。


「にしし、ビックリした?」

「あ、アホですか! 何してくれてんですか!」

「だって、クロエと仲良さそうに微笑み合っちゃってさ。ソラ様というものがありながら、浮気か!」

「違いますよ、もう……。仕方ないソラさんですね。クロエさん、ソラさんが機嫌を損ねてしまったので、私はこれで……」

「うん、暗いからって物陰で変なことしないようにね」

「し、しませんから!」

「……その手があったか」


 仲睦まじく手を繋ぎながら、二人は遠ざかっていった。

 彼女たちを見送って視線をリースに戻すと、使用人や騎士たちは解散して思い思いに料理を食べ始めており、彼女の周りにいるのはブリジットとラナだけ。

 使用人のトップと騎士団のトップである二人は、クロエ自身も顔なじみだ。

 気兼ねなく彼女たちの輪の中へと入っていく。


「ラナちゃん、ブリ団長! 何の話してるの?」

「クロエさん……!」

「おっ、クロエ! お前ー、よくも我らが姫殿下をさらってくれたなー。このこのー」

「ちょっ、ぐりぐりやめてよー」


 クロエを見るや否や、ブリジットは彼女の頭を小脇に抱えて握り拳でぐりぐりと小突く。

 手荒い歓待に苦笑いしながら、クロエは自分に向けられた食い入るような視線を感じ、ラナの顔を見る。

 目が合うと、内気な少女はすぐに顔を逸らしてしまった。

 心なしか頬が赤らんでいるようにも見える。


「ラナちゃん、今までありがとね。屋敷の中も外も、色々案内してくれてさ」

「い、いえ……。私はただ、姫さまの命に従ったまでで……」

「思えば随分世話になったよね。時々無理やり手を握って引っ張り回したりしちゃってさ。迷惑だったかな」

「そんな、迷惑だなんて……、全然……」

「そっか、良かった」


 ニッコリと、とびっきりの爽やかスマイルをクロエに投げかけられたラナは、顔を真っ赤にしてその場を走り去ってしまう。


「あ、あれ……? なんか怒らせちゃった……?」

「お前なぁ……。何なんだ、女たらしかよ」

「何さ、ブリ団長。言いたいことがあんならハッキリ言いなよ」

「おう、じゃあ言うぜ。姫殿下、お前のせいでご機嫌斜めになってるぞ」

「……へ?」


 クロエの背後を指し示しながらのブリジットの言葉。

 恐るおそる振り返ると、明らかに機嫌が悪そうな仏頂面のリースが腕を組んで仁王立ちしていた。


「では、自分はこれにて。姫殿下、ご機嫌麗しゅう」

「……ええ。ちっとも麗しくないけどね」

「あっ、ブリ団長! 逃げんな!」


 完璧な礼儀作法で恭しくお辞儀をすると、青髪の女騎士はそそくさと逃げ去っていった。

 一人残されたクロエは、リースがなぜ怒っているのか見当も付かず、まずは無難な話題から入る。


「え、えっと……、ブリジットとラナちゃんとは、どんな話を?」

「ラナとは屋敷内の仕事について。屋敷の運営、維持費についてはさすがにお父様に任せたから、彼女には私が留守の間、炊事、家事の一切を取り仕切ってもらうわ。ブリジットとは姫騎士団の演習、訓練についてね。まあ、これについては元から彼女に一任しているから、問題はないでしょうけど」

「そ、そう、なんだ……」


 ろくに息継ぎもせずに早口で捲し立てられ、クロエは相槌を返す暇すら与えられない。

 ここは下手に謝るよりも、本来の目的を遂げることを優先すべきと判断。

 勇気を出して、クロエはリースを誘う。


「え、えっと……、ボクさ、リースと二人っきりで話がしたいんだ。いいかな?」

「私と、二人で……?」

「うん。リースの時間を独り占めするなんて、やっぱりダメ、かな?」


 クロエの誘いを受け、不機嫌そうだったリースの頬がほんのりと染まり、少しだけ表情が緩む。


「……いえ、あらかた用事も済んだし、引き継ぎも終わったわ。少しだけなら付き合ってあげてもいいわよ?」

「やったっ。じゃあさ、あそこ、行きたいな」

「あそこっていうと……?」

「ボクたちの、思い出の場所。ちょっとだけ遠いけどさ、ボクらの身体能力ならすぐでしょ。行こうよ!」

「あっ、ちょっと……!」


 リースの手を取って、クロエは駆け出す。

 手を繋いでパーティ会場をこっそり抜け出す二人を偶然目撃したエミーゼは、短く鋭い奇声を発すると突然その場に倒れ込んだ。



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