012 一件落着、とはいかないようです
うつ伏せに倒れたヴェラの元へとセリムは駆け寄る。
体を仰向けにして、まずは意識の確認。
「ヴェラさん、聞こえますか! セリムです!」
「…………」
呼びかけても反応は返って来ない。
ぐったりと体を横たえたまま、浅く呼吸をしている。
外傷は無く、ところどころに見られる内出血。
このダメージの受け方から、トライドラゴニスの電撃を浴びたと推察出来た。
「まずいですね、かなり体力を消耗している。癒しの丸薬の回復量だと持ち直せないかもしれません……」
さらに強力な回復効果をもつアイテムもあるにはあるが、それは本当に最後の手段。
打開策を考えるセリムは、自分の周りに咲き乱れる黄色い花に目が止まる。
「これは、ロールムーン草……。高い回復効果を持っているのなら、もしかしたら!」
ポーチから薬草を取り出し、黄色い花を一輪摘む。
二つのアイテムを並べ、繋ぎ合わせて一つにするために。
両手をかざし、手のひらに集めた魔力を浴びせていく。
「お願い、何か出来て下さい! 創造術っ!」
この山にしか自生していない固有種、ロールムーン草。
薬草との創造術で何が出来上がるのか、あらゆるアイテムに精通したセリムにすら未知数。
セリムの魔力光に包まれて、二つのアイテムが一つに混じり合う感覚が伝わってくる。
合成は成功、あとはどんな効果を持っているのか。
光が止むと、葉っぱの上に緑色のドロドロした液体が乗っていた。
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特産青汁
レア度 ☆☆★★★
天然自然の回復成分が凝
縮されたエキス。回復効
果は薬草の六倍。とても
臭いのが玉にキズ。
創造術
薬草×ロールムーン草
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創造術終了と共に、頭の中に流れ込んで来た情報。
どうやら賭けは大成功、想像以上のモノを作り出せた。
「……それにしても本当に凄い臭いですね。青臭いです」
非常に臭いが、体には良さそうな気配はする。
こぼさないように葉っぱを持ってヴェラの口元へと運ぶと、片手で口を開き、そっと口内へ流し込む。
ごくりとヴェラの喉が鳴った。
無事に飲み込めたようだ。
「うぅ……、げほっ、げほっ」
「ヴェラさん、気が付きましたか」
軽く咳き込むと、彼女は薄らと目を開けた。
「あぁ……、嬢ちゃん、来てくれたのかい……」
「はい、遅れてごめんなさい。この子を追いかけていたもので」
セリムの傍らには、全てを諦めたかのような表情を浮かべた少女が力なく転がっている。
何かとても恐ろしい目に遭ったのだろう。
「そうだ、ぐっ……、トライドラゴニスは……!」
「たった今、ソラさんが倒したところです」
視線を向ければ、飛竜の急所から群青の大剣を引き抜いたソラが、その背中から飛び下りたところだ。
一度剣を振るって血を飛ばし、背中の鞘に納めると、右手をブンブン振りながらこちらへ走ってくる。
「セリム、やったよー! ヴェラさんも平気そうだね、良かった!」
「お疲れ様です、ソラさん。ちょっとだけ見直しました」
「えー、ちょっとだけー?」
「ふふっ、冗談です♪ よく頑張りましたね、いっぱい褒めてあげます。よしよし」
セリムに頭を撫でられ、ソラは気持ちよさそうに目を細める。
「えへへ、これ好きー」
「仲が良いねぇ、見せつけてくれちゃって」
上半身を起こしたヴェラが呆れ顔で二人を見守っていると、花畑のふちに避難していた弟子たちもこちらにやってきた。
「姐さん、無事ですか!?」
「おっ死んだかと思って、肝を冷やしましたよ!」
「このあたいがあれくらいでくたばってたまるかい、と言いたいところだが。今度ばかしは嬢ちゃんがいなきゃあの世行きだったろうね」
彼女達の背後には、赤いワンピースを着たエマの姿。
幸いかすり傷一つなく、いたって無事な様子だ。
大柄なヒザリィの背後で、ビクビクしながらソラ達の様子を窺っている。
「あ……」
その視線に気づいたソラと目が合った。
エマはすぐに目を逸らしてしまうが、意を決するとヒザリィの大きな影から出てソラの前へ。
「あ、あのっ、ごめんなさいっ!」
そして、小さな体で目いっぱい頭を下げる。
勝手なことをしてごめんなさい、ぶつかった後走って逃げてごめんなさい、危険な目に遭わせてごめんなさい。
色々な意味を込めての精一杯の謝罪。
「……んー、こういう時はごめんなさいじゃなくてさ」
エマの前にしゃがみ込んで目線を合わせると、ソラはセリムにされたように頭を撫でつつニッコリと笑いかける。
「ありがとう、だと思うよ。にひひっ」
「…………あり、がとう」
少女の目尻に溜まっていく涙。
モンスターに追われた恐怖、助かった安心感、申し訳なさや感謝の気持ち。
様々な気持ちがごちゃごちゃになる。
わけが分からなくなって、溢れ出る気持ちのままソラに抱きついて泣きじゃくった。
「ありがとう……、えぐっ、お姉ちゃぁん、うえぇぇぇ、えぇぇぇっ!」
「よしよし、怖かったよね。もう大丈夫だから。お母さんも助かるから」
エマの小さな体を抱きしめながら、ソラは優しく語りかける。
セリムはヴェラを助け起こし、彼女は二人の弟子に左右の肩を貸してもらった。
「これで一件落着ですね」
「あぁ、そうだねぇ。トライドラゴニスが居なくなって、この山も元に戻る。嬢ちゃんたちのおかげだよ」
「では、町に戻りましょうか……っとその前に」
一面に咲く黄色い小さな花、ロールムーン草。
これは優秀な回復薬の素材だと判明した。
生態系に影響を及ぼさない範囲で、可能な限りポーチに詰める。
「よし、今度こそまるっと解決ですね」
「解決ではない……。娘よ、余にこのような無礼を働くとは……」
小脇に抱えられた黒髪の少女。
結局彼女が何者なのか、セリムには見当もつかない。
クラスにもよるが、あの身体能力は冒険者レベルで換算するとかなりの数字のはず。
ともあれ、子どもが一人で遠出できるはずは無い。
どこかに親か、保護者となる者がいる。
つい先ほど、ぱんつがどうとか助けを求めていた相手が。
「まだよく分からないごっこ遊びを続けているんですか。保護者の方がきっと心配してますよ。あなたも帰りましょう」
「うぅ、余はどこへ連れて行かれるのだ……。アウス、早く来てくれぇ……」
セリムは謎の少女を小脇に抱え、ソラはエマをおぶさって、ヴェラは左右の肩を二人の弟子に支えられて。
一行は何事もなく、無事にコロド山を下山した。
○○○
コロドの町に辿り着くころには、ヴェラは自分の足で歩けるまでに回復していた。
彼女達三人は報告をするためにギルドへ、セリムたちは特効薬となる草を届けるためにエマの自宅へと向かった。
そして今、エマの母親に飲ませるため、セリムは小さなすり鉢でロールムーン草をすり潰している。
風土病に効く薬は創造術では作れないようだ。
すり潰したロールムーン草と薬草を一定の割合で混ぜ合わせることで、その薬は完成する。
「よし、後は……」
ドロドロになったロールムーン草が入ったすり鉢に、粉末状にした薬草を入れて混ぜ合わせる。
「出来ましたよ、エマさんのお母さん。さ、飲んでください」
「わざわざ危険を冒して……、ありがとうございます……」
ベッドの上で身を起こしたエマの母親に、鉢を渡す。
やつれた細い腕で受け取った彼女は、有り難そうにその薬を呷った。
「お母さん、これで良くなる? もう大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫よ。エマもありがとう、私のために頑張ってくれて」
ソラとセリムは顔を見合わせて笑う。
黒髪の少女はもう諦めたのか、セリムの隣で大人しくしていた。
エマはソラの前に来ると、にっこりと笑う。
「お姉ちゃん、ありがとう! わたしね、おっきくなったらお姉ちゃんみたいに強くなる! わたしもね、クラス剣士だから、いっぱい剣の練習するね!」
「そっか。強くなったら会いに来てね、楽しみにしてるわ。その頃にはきっとあたし、世界最強の剣士になってるから」
「うんっ!」
元気よく頷いてみせた小さな少女。
彼女の希望、目標になれたことが、ソラには何よりも誇らしい。
「それじゃ、あたしたちは行くから」
「お体に気を付けて、お大事に。エマちゃん、また会いましょうね。ばいばい」
「ばいばーい!」
玄関の扉を出ても、姿が見えなくなるまで少女は手を振り続ける。
ソラも時々振り向いて、手を振り返してあげた。
「ソラさん、すっかりあの子のヒーローですね。なんだか嬉しそうです」
「へへ、そうかな。うん、憧れられるって悪い気はしないよね」
「顔がにやけてますよっ」
セリムはだらしない顔をしたソラのほっぺを人差し指で突っつく。
「ふふっ。…………ところでこの子、どうしましょう」
時々周囲をキョロキョロと見回しつつ、大人しくセリムたちに付いてきている少女。
毛先がウェーブがかった、肩まで伸びた黒髪。
身に付けているものは、黒いローブのような服に、裏地の赤い黒マント。
町の服飾店では見られないような高級品に見える。
「とりあえず名前聞いたら? ……でもさっきから見てるとこの子、セリムを怖がってるように見えるんだけど」
「ちょっと目の前で大木を二本まとめて裏拳で吹き飛ばしてしまって。驚かせすぎたでしょうか」
「あ、うん。あたしが聞くからセリムは黙っててね」
「……はい。やっぱりやり過ぎたみたいですね」
セリムとソラは一旦その場に立ち止まる。
すると、少女も一緒に歩みを止めた。
その様子はまるで連行される受刑者のようだ。
ソラは出来る限り怖がらせないように、目線を合わせて優しく尋ねる。
「えっと、はじめまして。怖がらなくてもいいよ。私はソレスティア・ライノウズ。あなたのお名前は?」
「……ふむ。先ほどの童への対応といい、そなたは悪人では無さそうだ。そこの淑やかさの欠片もない女性とは違い、信用出来ると見た」
「なんか目茶苦茶嫌われてますね、私」
トラウマになりそうなほどの勢いで追いかけられ、目の前で大木を薙ぎ払われ、挙句の果てに荷物のようにずっと小脇に抱えられていたのだ。
無理もない話である。
「良いだろう、我が名、身分を明かしてやる。心して拝聴するが良い」
「…………ねぇ、セリム。この子なんなの?」
「こっちが聞きたいですよ。ずっとこの調子なんです。なんのごっこ遊びをしているのやら」
さすがのソラも、これではどう接して良いものか。
少女はふんぞり返ると、高らかに自分の名を明かした。
「余はマリエール・オルディス・マクドゥーガル。全ての魔族を束ね、その頂点に君臨する魔王である!」
幼い少女から飛び出したとんでもない自己紹介。
セリムは軽く口元を引きつらせる。
ソラは大きく口を開けたまま、硬直してしまった。
「偉大なる余の御名を聴き賜ったこと、光栄に思うが良い」
「……セリム、ごめん。さすがに無理。この子あたしの手に負えない」
「そうですね、もう放っておきましょうか」
「待て待て待て待て!」
自分を置いてその場を立ち去ろうとする二人に、少女は必死に追いすがる。
「余は魔王であるぞ! その余を放って、何処へ行こうというのだ!」
涙目で必死に訴える小さな少女。
この様子を見せられては、ソラも放り出してはいけない。
「えっと、マリエールちゃん、でいいんだっけ」
「む、緊急時だ。特別に許す、なんとでも呼ぶが良い」
「じゃあマリちゃんで。君は何歳? お家はどこ?」
「余は百八歳、住処は魔都アイワムズの魔王城だ」
「あー、…………セリムーっ!!」
ソラはたまらず助けを求めるのだった。