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116 ロマンスの行方は、どうなってしまうのでしょう

 昼食を終えて、太陽が傾き始めた時刻。

 セリムとソラ、クロエの三人は揃ってリースの部屋へ向かっていた。

 仲睦まじく手を繋ぎ、時々見つめ合って微笑み合うセリムとソラの後ろを、独り身の鍛冶師がジト目で続く。


「ねえ、キミら見せつけてるの? 何なの? バカップルなの?」

「は、はい!? ぜ、全然違いますよ! ソラさん、手、離してください!」


 親友の冷や水を浴びて二人だけの世界から帰還を果たしたセリムは、ソラと繋いでいた手を真っ赤になって振りほどく。


「あぁ……、なんで解いちゃうのさ」

「し、知りませんよ! クロエさん、私は見せつけてなんていませんし、断じてバカップルなんかじゃないです!」

「むぅ、クロエめ、余計なことを」

「悪かったね、胸焼けしそうでさ。ケッ!」

「んん? クロエさん、もしやひがんでおられる? お姫様と全く進展が無くて、拗ねていらっしゃる?」

「な、ばっ、違うやい!」


 ニヤニヤしながら突っ込むソラに、今度はクロエが顔を真っ赤にする。

 そこにすかさず食いつくのが、セリムという夢見る乙女。


「クロエさん、無理に気持ちを抑え込むのはいけません! たとえ障害が多くとも、人目を忍ぶ恋もあります! たとえ世界中が敵に回っても、私たち二人はあなたの味方ですから!」

「ち、ち、違うって言ってんだろ! それよりほら、もうリースの部屋!」


 必死に話題を逸らすべく、クロエは前方を指さす。

 いつの間にやら、三人はリースの部屋を目前にしていた。


「本当です、危うく通り過ぎちゃうところでした」

「全然気付かなかったよ。正直なところ、周りを見てなかったからね、あたし。ずっとセリムのこと見てたし」

「も、もう、ソラさんったら……!」

「にしし、セリムも……でしょ?」

「そ、それは……、その……」

「はいはい! さっさと入ろうね!」


 またも二人の世界を作り始めた二人の間に割り込み、クロエは扉を若干雑にノックした。


「リース、いる? クロエだけど、入ってもいいかな」

「……いいわよ。それとね、わざわざ名乗らなくても色々と聞こえてるから……」


 お姫様はため息混じりに返事を返す。

 扉の前でのカップルのラブラブなやり取りは、彼女の耳にも入っていたらしい。

 クロエが扉を開くと、リースは執務机の上で書類と向かい合っていた。

 姫騎士団の予算一切、屋敷の運営、使用人の給与。

 その全てを、彼女一人が取り仕切っている。

 作業の手を止めると、リースは応接用のテーブルへ。


「いらっしゃい、今お茶を出させるわ」

「いいよいいよ、お構い無く。それとごめんね、リース。最近一緒に寝てあげられなくてさ」

「気にしなくてもいいわよ。アダマンタイト、頑張ってるんでしょ? それで、英雄さんたちが全員揃って、今日は何の用かしら」

「ボ、ボクも英雄……なのかな」


 アルカ山麓の戦いで活躍した英雄として、セリムやソラの名前は広く知られている。

 その一方でクロエの名はあまり広まってはいないのだが、彼女も英雄の一人には違いない。


「ま、まあそれはそれとして。実はね、とうとうアダマンタイトの剣が完成したんだ」

「あら、おめでとうクロエ。あなたの夢、一つ叶ったじゃない」


 ベッドの中で言葉を交わす中で知った、幼いころからの彼女の夢。

 それが実現したことに、彼女は彼女なりに最大限の称賛を送る。


「へへっ、リースにも見せたいな、あの綺麗な白銀の輝きをさ」

「あたしたちの部屋に置いてあるの、持ってきた方が良かった?」

「さすがにこの場に刃物を持ちこむのは頂けないわよ。それで、今日はその報告に?」

「いや、そういう訳じゃなくってね……」


 穏やかな表情を浮かべるリースを前に、クロエは中々切り出せない。

 自らの意志で決めた、これからについて。

 セリムに視線を送ると、察した彼女が引き継いで用件を告げる。


「ソラさんの剣が完成したので、私たちはアイワムズへ旅立とうと思います。今日はその報告と、王様においとまを願うための取次を頼みたくて」

「あら、あなたたち二人とも、もう行っちゃうのね。アホっ子はともかく、セリムが居なくなるとちょっと寂しくなるわ。ねぇ、クロエ」

「あ……、えっと……」


 セリムに任せたにも関わらず話題を振られてしまい、クロエは言葉を詰まらせる。

 こうなってしまっては、もう自分で告げるしか、道は残されていない。

 一人前の鍛冶師になったのだ、やはり自分で決めたことは自分で告げなくては。


「じ、実は……、ボクも、ソラたちの旅についていこうと思うんだ……!」

「え……?」


 リースは赤みがかった瞳を大きく見開き、友が告げた突然の別れに、言葉を失った。


「……実は、親方に一人前だと認められてさ。これからは好きにしろって言われて。王都で自分の店を持つってのも考えたけど……。やっぱり気になるんだ、ボクが作った世界最強の剣が、どんな活躍をするのか。それに、もしもソラが下手打って剣に何かあったら、直せるのはボクだけだしね」

「下手は打たないよ!」

「だからボク、決めたんだ。セリムとソラの旅が終わるまで、二人についていく。そのあと、この王都で店を開こうって」

「そ、そう……、なの……」

「そう、なんだ。だから、その……、リースとは……、もう……」

「ええ、わかったわ」

「リース……?」


 続きを遮るように、短く返事を返すリース。


「あなた達の功績を考えれば、直接(いとま)を告げる時間くらいなら明日にでも確保出来るでしょう。私からお父様に取り次いでおきます。用件はそれだけ?」

「う、うん、それだけだけど……」

「ならもう出ていってくれる? 私も暇じゃないの。片付けなきゃいけない仕事が山とあるから」

「ちょっ! お姫様、なんか態度——」

「ソラ!」


 リースの態度に苦言を呈そうとしたソラは、クロエの鋭く短い声にビクッと肩を跳ねさせる。


「……わかった。行こう、二人とも。リース、取次の件、ありがとね。……それじゃあ」

「あっ、クロエさん! 待ってください」

「……もう、なんなのさ、クロエもお姫様も」


 クロエは一言だけ短くお礼を告げると席を立ち、足早に部屋を出ていった。

 彼女を追いかけて、セリムとソラもその場を後にする。

 ソラが扉を閉め、リースの私室は再び静けさに包まれた。

 一人残された彼女は自らの執務机に戻り、筆立てから羽ペンを取り、中断していた雑務を再開する。


「……」


 再開、する。


「……あー、もう!!」


 再開したが、全く捗らない。

 書類の内容が、まるで頭に入ってこない。


「なんなのよ、私……。あんな態度とって、最低じゃない。いくら寂しいからって、いくら、クロエと離れたくないからって……」


 雑務を放り投げ、リースは頭を抱えた。


「ホント、最低……。こんなの王族の器じゃない、なりたい私じゃない」


 クロエがこの屋敷からいなくなってしまう。

 もう会えなくなってしまう。

 いつかそんな時が来ることは分かっていた。

 そもそも身分が違いすぎる。

 一緒にいられる方がおかしかったのだ。

 それでも、共に過ごした決して短くはない時間の中で、クロエの存在は特別なものとなってしまった。


「……あれやこれや悩んでても仕方ない、わよね。お父様への取次、頼まれたからには果たさなきゃ」




 ○○○




 リースは王の間へ押しかけ、手短に用件を伝えた。

 セリムたちの願いとあって、王は二つ返事で明日の予定を開け、面会の運びとなる。

 屋敷に戻ったリースは、この件について三人へ報告するようラナに命じた。

 どうしてもあの三人に——八つ当たりしてしまった、刺々しく当たってしまった彼女たちに、合わせる顔が無かった。

 そのままリースは部屋に戻り、捗らない仕事に頭を抱えながらも何とか終わらせる。

 そして就寝の時間。

 いつもはラナをクロエの迎えに行かせるのだが、今日ばかりは彼女を呼べなかった。

 合わせる顔がないから、という理由もあるが、一番の理由は、別れが余計に辛くなるから。

 一人きりで眠る広いベッドに、今から慣れておきたかったから。




 翌日、王への面会の一時間前、リースはクロエの部屋を訪れた。

 中に通された彼女は、どことなく気まずい雰囲気が流れる中、応接用の椅子に腰かける。

 クロエもリースもお互いに無言。

 リースは意を決して沈黙を破り、謝罪の言葉を口にする。


「……あの、クロエ。昨日は、その、本当にごめんなさい」

「……悪いのはボクの方だよ。リースの気持ちをもっと考えるべきだった。いきなりあんな話聞かされても、ビックリするよね」

「いえ、悪いのは私。あなたは何も悪くないわ。こんな心の狭さ、器の小ささで王族だなんて笑っちゃうわよ」

「そんなこと……! 悪いのはボクで、キミはなにも……」

「いいえ、私よ! 悪いのは私、あなたは何も悪くない!」

「違うよ、悪いのは——」

「……もうやめましょう。どちらが悪いかの水掛け論、キリがないわ」

「そ、そうだね……」


 お互いに譲らない不毛な謝罪合戦が終わり、またも二人は気まずい沈黙の中へ。

 このままではラチが開かない。

 クロエはひとまず無難な話題から、気まずさを取り除こうと試みた。


「あの、リース。ありがとね、王様への取次してくれて。今日にはもう会えるだなんて、さすがは王女様だね」

「……別に、大したことじゃないわ」

「あ……、そう、だよね。親子だし……」

「ええ……」


 が、失敗。

 こんな時どうすればいいのか。

 頭を悩ませるが、何も浮かんでこない。

 何故か脳裏に浮かんでくるのは、イチャつく親友二人の姿。


 ——あぁ、ソラはいいよなぁ。

 こんな時も何にも考えずに、直球勝負で自分の言いたいこと言っちゃうんだろうなぁ。


 頭が緩めの親友を脳裏に思い浮かべ、全く関係のない考えを巡らせるクロエ。

 ソラのように真っ直ぐに想いを伝えられたら、こんなに悩むこともないのに。


「……いっそ言っちゃうか、言いたいこと全部」

「……なに?」

「リース、あらかじめ言っとく。これからボクが言うことは多分メチャクチャだ。なんせあのソラを見習っての言葉だから」

「そ、それはさぞ……」


 さぞメチャクチャなのだろう。

 凄まじい説得力をリースは感じた。


「でもさ、これがボクの正直な気持ちだから、言うね」

「え、ええ。あのアホっ子を見習って、っていうのがとても不安だけど……」


 クロエは何度か深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

 ソラならば何も考えずに言ってしまうのだろう。

 そもそもあの二人に恋の障害となるものはほぼ何も無かったのだから、こんな状況には陥らないだろうが。

 再びイチャつくバカップルの姿が甦り、クロエは何となく腹が立った。

 怒りによる勢いも織り交ぜて、彼女は心からの本音をぶちまける。


「リース! キミと離れ離れになりたくない! ボク達の旅についてきてほしいんだ!」

「は?」


 何を言われようが、驚かない覚悟をしていた。

 その上でのリースのこの反応。

 予想の斜め上を行かれ、思わず「は?」と声が出てしまう。


「……あ、あの。クロエ? 自分が何を言っているか分かってる? あなたはもう少し理知的だと思っていたのだけれど」

「分かっているよ! リースはこの国のお姫様! 騎士団の所有者! ここでやることもいっぱいあるよね! なんせ王族であることに誇りを持っていて、その責任から逃げ出したりなんて絶対にしない強い女の子だもん! 大好き!」

「ちょ、ちょっと、少し落ち着いて……」

「だけどさ、そんなの関係ない! ボクがリースと離れ離れになりたくないんだ! 他のことなんて知ったこっちゃないよ! リース、お城なんて抜け出して、黙ってボクについてきて!」

「……………………」

「はぁ……、はぁ……」


 言いたいことを全てブチ撒け終わり、荒く息を吐くクロエ。

 あまりに突拍子のない主張に、リースは。


「……ふふっ」

「リ、リース?」

「あははっ、あははははっ! 何よそれ、メチャクチャって聞いてたけど、想像以上にメチャクチャじゃない! あはははははっ」


 お腹を抱えて、心底可笑しそうに笑いだした。


「そ、そこまで笑う? ボクは真剣なのにさ」

「だ、だって……! ふふっ。でもね、クロエ。ありがとう。少しだけ、気持ちが楽になったわ」

「そっか、良かった。ボクも言いたいこと全部言えて、ちょっとスッキリしたよ」


 昨日以来見ていなかった、リースの笑顔。

 彼女にこの笑顔を浮かばせられただけでも、勇気を出した甲斐があった。

 リースと微笑みあいながら、クロエは自分の行動をこっそりと心の中で褒め称えた。


「ねえ、クロエ。旅が終わったら、また王都に戻ってくるのよね」

「もちろん。そうしたらさ、なんとかしてリースに会いにくるよ。そしてこの王都で一番の……違うや。この国で、世界で一番の鍛冶師になるから。何なら王城のお抱え鍛冶師になって、またリースの屋敷に厄介になっちゃうよ!」

「ふふっ、そうね。楽しみにしてるわ。私も、あなたがここに戻ってくる頃には、もっとずっと立派な姫騎士になってるから、だから……っ」


 笑顔を浮かべていたリースの瞳が段々と潤み、その目尻にじわじわと涙の粒が育っていく。


「ちょっ、泣かないでよ。やめてよリース。せっかく笑ってくれたのにさ……」

「ご、ごめんなさい。でも、だって……」


 涙の粒は大きくなり、とうとうポロポロと零れ始めた。


「だって、本当は私だって、あなたと離れたくない……。せっかくここまで仲良くなれたのに、きっと、きっともう、こうして会えなくなる……。一緒のベッドで眠ったり、二人で笑い合ったりなんて……」

「リース……。会えなくなることなんてないよ……。きっといつまでも、ボクたちは……」

「だったら、私が誰かと結婚しても?」

「え——結婚?」


 リースが結婚する。

 彼女が他の誰かのものになる。

 そんなことを考えただけで、クロエの胸が締め付けられるように痛んだ。


「結婚、するの? リース……」

「しないわよ、今はまだ。でも、あなたが旅から帰って、店を開いて、一人前の鍛冶師として名を上げる。それって何年後? 私は王族、その頃にはとっくに縁談が来て、上級貴族の誰かを適当に見繕われて、結婚させられてるでしょうね」

「そんな……」

「そんな私と、今のように一緒のベッドでお話ししたり、一日中一緒にいたり出来る? 無理よね」

「そ、それは……」

「無理よ。でも、それも覚悟の上。王族として生きていく上で避けられない宿命。そう、思っていたはず……、なのに……っ」


 誰よりも強い心を持った少女は、とうとう泣き崩れ、クロエの胸の中に飛び込む。

 自分はどうすればいい、クロエは自問自答する。

 リースをここから無理やり連れ去ってしまえば、それはもうリースじゃなくなる。

 王族としての責任から逃げ出さない誇り高い姿こそが、彼女という人間を形作る大きな要素の一つなのだから。

 だから彼女を旅に連れ出すなんて、不可能だ。

 そもそも彼女の将来が政略結婚と決まっているのなら、自分の想いが成就する可能性なんて欠片もないじゃないか。


「うっ、ううっ、クロエ、行かないで、ここにいて……っ。嫌っ、私を置いていかないで……っ」

「リース……、ボク、ボクは……」


 泣きじゃくる細い体を抱きしめたまま、クロエは今度こそ——何も言えなかった。



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